第384話 狡猾な男

「まぁ、そんなわけなんだけど」

「…………」



 努はクランハウスに帰ってからクランメンバーを改めて集め、この世界の人でもわかりやすいように百階層で起きたことの説明と、爛れ古龍の脳が再生を始めてからは、死を恐れるあまり一人だけ逃走の準備をして実際に逃げ出したことを正直に告白した。


 エイミーとガルムは一番台を見ていた時からある程度の予測はついていたため、そこまで驚いた様子はなかった。ゼノとハンナは意外そうな顔つきのまま話を聞き、コリナはおっかなびっくりな目でアーミラの様子を窺っている。



「馬鹿みてぇ」



 しかしコリナの予想とは反しアーミラは激昂することもなくぽつりと呟くだけだった。彼女の珍しく弱気な態度を前に、飛び掛かってくるのではないかと身構えていた努は不思議そうな表情のまま固まる。



「信じたかったのに裏切られて、それも裏切られたと思えば今度は逃げたってぬかしやがる。俺を苛つかせるために嘘ついてるんじゃねぇか? てめぇ」

「どれも事実だよ。それに嘘をつくならもっと良い方向に進めてるし」

「……お前なら、爛れ古龍に一人でも勝てるんじゃねぇか? 初めからあんな風にやっとけばよかっただろ。俺らに気でも遣ってんのか?」



 アーミラの言葉にガルムとエイミーは獣耳をピクリと反応させる。ダリルだけは意味がわからず訝しげな顔をしていたが少しして彼女の言いたいことは理解できたのか、そっと努の方に視線を向ける。


 確かに一番台の映像を見ていた限りでは、努は爛れ古龍に攻撃を加えて自力での突破が出来るような口ぶりをしていた。だからこそアーミラは努一人でも爛れ古龍を突破できるのではと考えていて、それはエイミーとガルムも少し気にかかっていたところだった。



「あー……」



 ただ四人の深刻そうな顔つきとは裏腹に、努は困ったような声を上げるだけだった。そして気を取り直すように腕を組んでソファーにもたれかかり、首を傾げながらも言葉を紡ぐ。



「百階層で爛れ古龍をこのまま倒せそうな雰囲気を出したのは、単なるハッタリだよ。別に可能性としてなかったわけじゃないけど、見込みは1%もない。仮にあのまま続いても肝臓再生してる爛れ古龍相手じゃそもそも僕の攻撃力が足りないから、倒せるわけがないよ。だからこそ神に向けてハッタリでもかますしかなかった」

「……お前なら何とかして倒す方法も見つけられたんじゃねぇか?」

「爛れ古龍に僕がエアブレイド当てた時のところは見てたよね? ありが象に噛みついたのと変わらないくらいだったと思うけど」

「一匹の毒虫が象を倒すことだって有り得る」

「いや、僕にそんな毒ないから。物理的に象を殺せる虫なんていないでしょ」



 途中で物申してきたディニエルに軽い調子で言葉を返した努は、いつもと違い沈んだ様子のアーミラとその近くに座るエイミーやガルムを見つめる。



「確かに普段の行動からして僕が胡散臭くて信じられないって言われることは否定できないし、実際色々と嘘をついている時もあるよ。休日に用事があるって嘘ついて神台見に行ったりとかしてるし、百階層でもおかしな方法をとったわけだしね。でも、少なくとも探索者のことで嘘をつくようなことだけはしていない」

「……どうだかな」

「アーミラは元々龍化がある時点でアタッカーとして優秀だったけど、大剣士としての実力が付いてきてからは龍化中でも適切にスキルが使えるようになったし、龍化結びもPTメンバーに合わせる努力をしてきた。特に九十階層の一軍選抜から外れた後からの伸びは凄まじかったよ。今のところアタッカーの中でも一、二を争う実力と伸びしろも持ってるから、これから先も期待が持てる」

「……はっ」



 そんな努のクランリーダーとしての意見に対し、アーミラは呆れたように鼻で笑った。



「お世辞はいらねぇんだよ。結局お前は俺を置いて逃げたじゃねぇか。それはつまり、期待なんかしてねぇってことだろ。……もしあの時残ってたのがエイミーだったら、ディニエルだったら、てめぇは逃げもしなかったんだろうよ」

「いや、僕はただ死にたくなくて逃げただけだから、誰が生き残っていようと関係なかったと思うよ。それがエイミーでもガルムでもね。仮にディニエルやリーレイアでも変わらないよ」

「えっ」



 そんな努の物言いにエイミーは思わず声を漏らしたが、すぐに口を押さえて黙り込む。



「……嘘だ」

「嘘じゃないよ。というか普通弁明するにしても逆じゃない? 本当に僕は自分が死にたくなくて逃げただけなんだって。別にアーミラの実力がどうだとか関係ない」

「嘘だろうがっ!! 俺に気遣ってんじゃねぇよ! 俺が弱かったからだろうがっ! ユニークスキル持ってるのに、俺はまだアタッカーとして負けてんだよ! だから見切りを付けて一人で戦ったんだろうが!!」

「……いやー、そうじゃなくて」

「アーミラ、残念だけどツトムの言っていることは事実。そういう奴」



 ディニエルはそう言って落ち着かせるようにアーミラの肩に手を当てながら、気まずそうな顔をしている努を見て諦めるように首を振った。それに続いてリーレイアも精霊契約を解除してから努をねめつける。



「貴方が思っているほど立派な男ではありませんよ。自分の醜態を晒さないために神の眼を動かすような醜い性格で、未だ死に怯えるくらい臆病で、神の裏をかくほど卑劣な男です。しかしその欠点すら凌駕する能力を持っているだけの話です」

「少し言い過ぎな部分もあるけど、概ね間違ってないよ。それに僕が逃げた原因についてはエイミーとガルムも推測出来てたみたいだしね」

「…………」



 そう言ってガルムとエイミーの方に目を向けると、二人は少し気まずそうにしながら視線を合わせないようにしていた。そして悔しさからか涙ぐんでいるアーミラに向き直り、彼女の座っているソファーの前に歩いてしゃがみ込む。



「逃げたことについては、前にも言った通り本当に申し訳ないと思ってる。見捨てるような形になってすまなかった。ただ百階層で一人になって考えてからは、死の認識についても改めた。もう死に怯えて逃げるような真似は……まぁ断言は出来ないけど、多分しないと思う。最後の行動はそれを示すつもりでやっただけだ。一人で勝てるからだとか、微塵も考えてないよ。だから次に挑む百階層でも、アーミラの力を貸してほしい」

「…………」



 そう言って目の前で頭を下げている努。その姿に何処か懐かしいものすら感じてしまったアーミラは、じわりと浮かんだ涙が落ちるのを堪えながら努の胸倉を掴んで引き寄せた。



「……次」

「な、なに?」

「見捨てたら、俺がぶっ殺してやる」

「それじゃあ、ぶっ殺されないようにするよ」

「……ばーか!」

「いってぇ!?」



 アーミラは最後に頭突きをお見舞いして努から距離を離すと、額を押さえて痛みに悶えている努を見てようやく心に引っ掛かりのない笑みを浮かべた。そして自分にヒールをかけてあまりの痛さに血が出ていないか確認している努に、エイミーはサッと駆け寄る。



「ねっ、わたしはわたしは?」

「え、何が?」

「わたしの評価! さっきアーミラに言ってたようなやつ!」

「……んー、エイミーは一時期アタッカーとして伸び悩んでいたけど、それでも僕の指導に文句も言わず付いてきてくれたよね。その結果として双剣士の中でもスキルを回す効率が頭一つ抜けて良くなったし、元からあった戦闘センスも相まって独自のアタッカーとして成長した。それにアイドル活動も並行して未だに莫大な資金を稼ぎ続けてクラン運営にも貢献してるしね。そのおかげで僕が資金稼ぎに時間をかけなくても良くなってるから本当に助かってるよ」

「……ほうほう?」



 そんな努の言葉にエイミーは訳知り顔で冗談っぽく頷いていたが、背後の白い尻尾はピーンと天を向いてゆらめいていた。ヒールを終えて立ち上がった努はそわそわしているガルムと目が合う。



「あー、ガルムは自力でタンクの道を探求してたよね。それからは熱心にビットマンとかの動きを取り入れてたし、避けタンクについてもハンナやララ、リリとも話し合ってた。他のタンクの動きを模範にして自分に合うものだけ取り入れる試行錯誤の回数は一番かもしれないね。その経験を積み重ねてきたからこそどんな状況でも柔軟に対応できるんだろうし、僕個人としては付き合いも一番長いから安心感のあるタンクだよ」

「……だが私は、結果としてツトムを守れなかった」

「あの状況じゃしょうがないよ。クリティカル判定だったし」

「……だがツトムは、私が死んだ後も戦い負けはしなかった。だから私も、そんなタンクでありたいと思う」



 最後にツトム一人だけで百階層の場に立たせてしまったことは、タンクであるガルムとしては見るに堪えない失態だった。しかし本当に気にしていない様子である努の姿はその気持ちを余計に増大させ、ガルムは少しだけ悔しそうな感情を滲ませながらそう宣言した。



「…………」

「ツトム」



 餌を前に待てを強いられている中、主人と目が合い待てが解かれることを期待して目を爛々と輝かせ尻尾を振っている飼い犬。そんな表現がピッタリなダリルを努は敢えて見ないようにしていると、いつの間にか髪を下ろしているディニエルから声をかけられた。



「さっきツトムは誰でも見捨てていたと言った。つまり私も貴方を糾弾する資格があるということになる」

「仮の話なんだからそんな資格はないよ。というかマジで頭痛いんだけど。本気でやったんじゃないだろうな」

「バーカ。本気ならお前の頭かち割れてるだろ。それで済ましてやったんだから感謝しろ」

「はいはい。涙拭けよ」

「……やっぱここで殺しといた方が良さそうだなぁ!?」

「ガルム、エイミー、あとはよろしく」

「……ちっ」



 これは盛大な振りだと勘違いして未だに尻尾を振っているダリルに、恋敵でも見るような目つきで舌打ちをしているリーレイア。そんな二人と決して目を合わせないようにしている努は追加でハイヒールをかけながら、今にも飛び掛かってきそうな勢いなアーミラの処理を二人に任せた。

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