第371話 人は見た目によらない

「百階層も初見突破は出来んのかね」

「あ、それわたしも地味に気にしてたこと」

「……それは僕も割と気にしてはいましたけどね。もし僕たちでその記録が終わったら、何だか他の人たちからも責められそうですし」

(僕はそんな記録なんて気にしてる余裕ないけどな)



 ギルドまで行く道中で話しているアーミラたちを横目に、努は気を紛らわせるように民家の屋根などに様々なスキルを張り巡らせていた。


 ギルドへと向かう努の足取りは重い。階層主の今までと明らかに違う変化に、予期せぬコリナの活躍と背後から迫りくるステファニー。引けば現実への帰還が途絶える可能性が高まり、進めば死の危険がある。現実への帰還を考えると今動かざるを得ないまでに追い込まれた現状は最悪の一歩手前といってもいい。


 どれだけ現実のことから目を背けようとしても無理があるし、自分の中で死ぬ覚悟を決めたところで百階層へと向かう気持ちが軽くなることはない。死亡率が高い過酷な現場に派遣された鉱山夫のような気分のまま歩いていると、急に肩へ腕が回された。



「なーにシケた面してんだよ。当のご本人様は初見突破に興味がねぇってか?」

「出来るに越したことはないけど、昨日の様子を見るに中々難しそうだからね」

「はっ、随分と弱気じゃねぇかよ。お前なら何の問題もねぇだろ?」

「問題ありまくりだけど」



 努が九十階層で活躍した姿に魅せられていたアーミラは、まるで昨日のことのようにそのことを思い出しながら馴れ馴れしく肩を組み続けた。それに比べてあまり気乗りしない努は彼女と問題あるないの押し問答をしているうちにギルドへと到着し、まだ言い合いをしている後ろの二人に呆れた目をしているダリルが扉を開ける。するとギルド内にいた探索者たちの視線が一気に先頭の彼に集中した。



「ひえっ」

「行くぞ」



 注目のされ方にびっくりしたダリルの背中を押してガルムが進み、それに努たちも続く。



「謙遜するにも限度があんだろうが。トップはトップらしく胸張っときゃいいんだよ」

「はいはい、過分な評価を頂いて光栄でございますよ」



 やたらにギラギラした目で自分を上げてくるアーミラにうんざりしていた努はギルドに着くなり保護者を探すと、すぐにその姿は見受けられた。どうやら見逃さないようにわざわざ目立つ黒門の前で待機していたカミーユは、努たちを見つけると満足そうな顔で手を振っていた。


 アーミラを親元に押しやってついでにガルムとエイミーも挨拶に行かせ、努は周囲からの視線を気にしまくっているダリルと共に受付へと並ぶ。すると前に並んでいた装備からして中堅下位といったところの五人PTは途端にそわそわとし始め、その中の一人がおずおずといった様子で努に話しかけた。



「あの、先を――」

「百階層についてまだ考えたいことがあるのでこのまま並ばせてもらいます」



 女性比率が多いとされるヒーラーで珍しく男っぽい彼の提案を、努は特に視線を合わせることもなく断った。しかし明らかに尊敬の念いっぱいである彼に対してのあんまりな態度を見かねたダリルは、注意するように努の肩を小突く。



「何だよ」

「あの態度はないでしょう。可哀想です」

「……あぁ、ダリルの知り合いかなにか?」

「そういうわけではないですけど……ツトムさん今日は少し気を張りすぎじゃないですか? いつもならヒーラーの人だけには妙に優しいじゃないですか。しかも男の子ですよ?」

「……ん? 中堅で男の白魔導士なんていたら目立つだろうし、このPTメンバーなら僕も多少は興味が惹かれてると思うんだけど」



 ダリルにそう言われた努は徹夜明けのような目付きで白魔導士の男の子を観察する。主に渓谷階層で揃えたであろう装備からして到達階層は六十前後、そして背後にいる小綺麗な女性PTメンバー全員の武器構成からPT編成を割り出す。もしこんなハーレムPTがいるなら多少なりとも誰かが話題に上げているだろうが、努は聞いたことがなかった。


 その前提を元に改めてこけしのような髪型に男性用のダンジョン産ローブを装備している彼に視線を戻す。すると努は思い出したように呟いた。



「……あぁ、金策で男性用の装備を改造して着てるのか。ダリル、この人女性だよ。確か女性限定クランのメンバーだったかな」

「……えぇ!?」

「あーあ、こんな可愛らしい女性に対して、よくもまぁ随分と失礼な物言いをしてくれたな。どう責任を取るんですかね」

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!! 何ですかその悪意のある言い方!」



 そんなダリルの驚きようと努の物言いに、男の子と勘違いされていた背の小さな女性は泣きそうになっている。それからはどんなに助けを求められようが女性たちの対応をダリルに丸投げした努は、アーミラたちが帰ってくるまでは頭の中で百階層での立ち回りをイメージすることに努めた。



「ツトムたちも百階層に行くのだな」



 そして五人のPT契約を済ませて魔法陣へと向かう途中でカミーユが声をかけてきたので、努は軽く頷いた。そんな彼女をアーミラはあっち行けとでも言うような目で見つめているが、エイミーやガルムは歓迎している様子だ。



「また初見突破を期待しているぞ」

「あまり期待はしないで下さいね」



 ただ努はあまりカミーユとも言葉を交わすことはなく、最後に魔法陣へ入るとすぐに九十九階層へと飛んでいった。

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