第372話 あの時と違う自分

 九十九階層から百階層へと続く黒門に辿り着いた努たちPTは、最後にお互い作戦を確認し合った後にその扉を開く。ガルムを筆頭に次々とPTメンバーが入っていく中、最後に残った努は一つ深呼吸をした後に遅れて一歩を踏み出した。


 階層主は上から来るだろうと見当をつけて曇天を眺めている四人がいることに一先ずホッとしながら、努は事前に何度も確認したポーション類と装備をチェックする。



(あの時に比べると随分頼りない装備だな)



 この世界に来た当初からすればどれも貧弱といえる装備。だがあれらはそもそも爛れ古龍の素材が使われたもので、更に最大強化していることからして百階層の攻略に適正な装備とはいえない。今現在の装備は光と闇階層と古城階層のハイブリッドで構成していて、百階層に挑むに十分な性能はある。それにポーションや『ライブダンジョン!』にはなかった備品に限っていえば引けは取っていないだろう。



(それに今回は一人じゃないし、明らかな無理ゲーってわけじゃない)



 上空から爛れ古龍が下りてきたことを確認しながらガルム、エイミー、アーミラに支援スキルを送る。そして努は一度様子見を兼ねて近くに待機しているダリルに近づくと、そわそわしている黒い尻尾を横目に肩を軽く叩いた。



「まずは落ち着いてガルムの動きを見て参考にしろ。それに失敗したとしてもダリルのVITなら早々死にはしないから心配するな」

「……僕、そんなに緊張しているように見えました?」

「不安そうには見えるよ」



 鎧の隙間から飛び出ている尻尾に視線を向けながら言いのけると、ダリルは心外とでも言わんばかりの目で睨み付けてきた。



「尻尾だけで判断するのはどうかと思います」

「別に犬人全員の考えを尻尾で判断できるとは思ってないよ。ただガルムは顔に出ない分尻尾とかに感情が出やすいし、ダリルはそもそもそれ以前にわかりやすいだけだけど?」

「ツトムさんは狡いですよね。いつも感情隠してるじゃないですか」

「そんなつもりはないんだけどなー」



 ダリルと適当な会話をして少し気を紛らわせた努は、腐食のブレスを吐きながら心臓の再生を始めた爛れ古龍に視線を戻した。血管が巡るにつれて血の線で竜の面影が浮かび、ヘイトを取っていたガルムへ追尾型の血槍が迫る。



「…………」



 ガルムは地をしっかりと踏みしめて正面から血槍を大盾で弾き砕く。フライで空中に浮いているとどうしても衝撃が逃がし切れずに体勢を崩してしまいがちだが、地上にいれば話は別だ。


 大盾で身を守りつつ鋭い目と犬耳で状況把握をしながらガルムは血の武器による攻撃を的確に捌いていく。対人戦闘能力の高いガルムからすればむしろ武器を相手にする方が慣れているため、四方八方から迫る血の攻撃をものともしていない。


 努はその様子を確認した後、目を閉じて深呼吸していたアーミラに話しかけた。



「アーミラ、あれは問題ないか?」

「ババァだったらチビってたかもしれねぇが、俺は問題ねぇよ。それに暴食竜よりはマシだ」



 竜人の中でも特に竜へ近しい存在である神竜人であるアーミラは、強い竜への畏怖を感じやすい。だが限界を越えて強化されていた暴食竜を事前に見ていたおかげか、若干の怯えこそあれ動けないほどではなさそうだ。



「わたしも大丈夫だよー」

「よし、それじゃあ作戦通りに行くよ。ハイヒール」



 努は待機していた二人に確認を取ると爛れ古龍に向けてハイヒールを放った。黒い血が集まって今も再生している場所に緑の気が当たると、みるみるうちに回復してすぐに綺麗な心臓が出来上がる。その現象を確認したアーミラとエイミーは武器を手に飛び出した。



「まずは普通にぶった切るんだったな?」

「本命は厄介っぽい肝臓なんだから、それまでは手慣らし程度にしとくよーに!」

「さっさと龍化したいもんだ」



 素の状態だと僅かだが畏れの感情が垣間見えるため、龍化で誤魔化したいと思っていたアーミラは舌打ちを漏らした。しかし背後に控えている努をちらりと窺った後、頼もしそうに笑みを深めて大剣を持つ力を強めた。



「おらぁぁぁぁ!!」



 開戦を告げるに相応しい大剣での一撃をアーミラは放ち、エイミーはまず心臓を観察することに努めた。コリナが教えてくれた心臓の構図と効果的に攻撃が通る箇所を見極めるためだ。



(やっぱり回復の仕様はOオーと変わらずか)



 敢えて心臓を回復させてまずは仕様を確認した努は『ライブダンジョン!』の情報や経験が流用出来ることを確信して安心したように一呼吸ついた。優先したい臓器の破壊手順、各臓器の再生時間と敢えて回復させるタイミング、レイドボスであるOとは違うものの使える知識はある。


 まず最も優先して破壊するべき臓器は肝臓だ。再生速度の上昇と様々な状態異常を無効化する効果を持つ肝臓は、まさに爛れ古龍のヒーラーを担っているといってもいい。脳を持った途端にコリナを集中的に狙った爛れ古龍と同様に、こちらも優先するべきは肝臓の破壊だ。


 基本的に臓器は破壊されてもまた黒い血が集まって再生されるのだが、それは一度までだ。つまり二回破壊すればその臓器は機能を失うことになる。その臓器破壊を続けていき、最終的に見た目は完全に生前へ復活するOをいかに弱体化させた状態で迎え撃つか。Oはそういった流れで討伐が進められるレイドボスであり、特性をおおよそ引き継いでいる爛れ古龍もその流れは変わらないだろう。


 上手く進めるポイントはいかに素早く重要な臓器を破壊するかだ。『ライブダンジョン!』では全ての臓器を破壊することは仕様上不可能だったので、安定の肝臓小腸パターンから博打の心臓一点狙いなど様々な戦法が模索されていた。



(まぁ、安定策だろうな)



 安定策を取るならば破壊するべきは回復を担う肝臓、それと胃かちょうの破壊だろう。胃と腸についてはセットで強さを発揮する臓器のため、完全状態と戦闘することを考えるとどちらかは必ず破壊する必要がある。ただ胃は破壊する時に胃酸を撒き散らし、腸はとにかく破壊に時間がかかる。



(火力はアーミラが補えそうだし、腸で良さそうかな。現物を見てから判断しなきゃいけないだろうけど)



 腸は心臓に匹敵するほど頑丈で長く、更に小腸、十二指腸、空腸、大腸など細かな分類がされていて破壊が面倒な臓器だ。Oのレイド戦でも腸はあまりプレイヤーから好まれない場所であり、それならスリルのある胃の方がやっていて楽しいという声も多かった。努としても二つの意味で溶けるタンクたちをリカバーするのが楽しかったので胃の方が好きだった。



(でもただ単にOを小さくしたってわけではなさそうだからな。それなら腐食のブレスだって撃ってこないだろうし、その観点から言えば肺を壊しておかないと不味いかもしれない。他にも『ライブダンジョン!』では見過ごされてた膵臓やら膀胱やらの可能性もあるし……あとは何とか現場で対応していくしかないか)



 もしかしたらアンデッド系のモンスターである爛れ古龍の仕様と交わって何か新しい仕様が生まれているかもしれないし、成れの果てのように暴言を吐きたくなるような新しい攻撃パターンもあるかもしれない。そのことを想定すると頭が痛くなってきそうだが、あとはその場その場で対応していくしかないだろう。


 これが『ライブダンジョン!』での話であれば努もウキウキしながらヒーラーが出来たが、残念ながら自分が死ぬ可能性のある現状では胃が痛くなるだけだ。それも一度殺されている相手ということもあり、今も殺された時の記憶がどんどんと蘇ってきて吐きそうだった。生きたまま溶かされる感覚なんて二度と味わいたくはない。


 そんな過去の恐怖で努が発狂していない理由はまだ勝てる可能性が十分にあることと、頼れるPTメンバーの存在だ。血武器の攻撃をものともしていないガルムの立派なタンクぶりには安心感を覚えるし、爛れ古龍の心臓を双剣で抉っているエイミーには自分の理想であるアタッカーをよく理解させている。アーミラは現状で高火力を出せるアタッカーの筆頭であり、重騎士のダリルもVITは一番なので早々に死ぬことはない。


 努は四人の実力を信頼している。だからこそ普段と違うプレッシャーを感じているとはいえ、自分の仕事はきっちりとこなしていた。飛ぶスキルには一切の乱れがなく、的確な時間に戦っている三人へ支援が行き届いている。



(肝臓、来たか。まずはあそこを潰す)



 そして黒い血が肝臓部分へ集まり始めたことを確認した努は、ダリルにガルムと交代することを指示するとハイヒールを爛れ古龍に向けて飛ばした。

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