第369話 廃人の意地

 わざわざバーベンベルク家が障壁魔法を使って観客席を設けるほど、外にある神台の観衆人数は恐ろしいものになっていた。しかし探索者関係の者しかいないギルド内でも一番台への注目は凄まじく、人でぎゅうぎゅう詰めの中一通り名の知れている探索者たちもほぼ全員が視聴していた。



「あぁー。駄目かぁー」

「いや、あんなに集中狙いされたらツトムでも無理だろ」

「どうだろう。また初見突破してくれたりするかもよ?」

「……出来ないって断言はできない! この前賭けて大損したし!」

「だろ?」



 爛れ古龍の脳が再生してからは突然タンクが無視されて集中狙いされてしまったコリナが死んだのを見て、探索者たちは残念そうな声を上げる。それから数分してコリナがギルドの黒門から出荷されるように出てくると、探索者たちは敬意を込めて一番台を見やすい位置を彼女に譲ろうと動き出す。


 基本的には麻色あさいろの服を着せられて黒門から吐き出される者に対して、周りは嘲笑するか無関心なことが多い。余程の活躍でもしなければわざわざ良い席を譲ろうなんて空気は発生しない。


 しかし建前上の一軍なのではないかと少し疑われていたコリナは、途中まで同業者のヒーラーたちが感心するような立ち回りを見せていた。そして最後にはヘイト管理が出来ていたにもかかわらず理不尽にも殺されることになった。それに何かと噂されているキリのいい数字の百階層ということもあってか、探索者たちは滅多に見せない憐憫れんびんの心を以てして声を掛け合い動いていた。



「お疲れさん。ほら、ここが空いたぞ」

「えっ?」

「はい。これ羽織って」

「えっと……」

「これ食うか?」

「あっはい」



 親戚の集まりで可愛がられる子供のように色々と世話を焼かれているコリナは、いつもと違う状況を理解出来ないまま一番台が見えやすい席で歓待を受けていた。そして爛れ古龍に殺されて次々と黒門から出てきたリーレイアやゼノ、ハンナも同様の扱いを受けていた。



「おっ、ディニエル粘るなー」

「珍しいね?」



 そんな中、片腕を失ったディニエルは今までにない粘りを見せていた。完全な状態に近づきつつある爛れ古龍の攻撃を紙一重で躱し、風圧で地面に身体を引きずらせながらも仲間の遺品を回収していく。そして最後には雷矢を右手に持ち爛れ古龍の身体に突き刺しながら必死に喰らいつく姿に、コリナたちは息を呑みながらその光景を目に焼き付けていた。


 だがディニエルの健闘も虚しく最後には右手の握力がなくなり、古城の外壁へと振り飛ばされて死亡した。そうして全滅した後も爛れ古龍の姿が一番台に映し出されていたが、数分するとアルドレットクロウが九十九階層に挑んでいる映像に切り替わった。


 そしてギルドの黒門から凍ったマグロのように飛び出てきたディニエルは、床に顔を打ち付けないように腕立て伏せの形で受け身を取った。しかし最後にはやる気を失ったようにぐでんと木の床に顔を着け、気が滅入ったような長いため息をついた。



「あの、ごめんな――」

「ん」

「あ、ありがとうございます」

「謝る必要はない」



 既に黒門前で待機していたコリナが謝ろうとする前にディニエルは皆の装備などを詰めたマジックバッグを突き出すと、涙目の彼女に視線を向けることなくそう告げた。



「で、でもディニエルさん、凄く頑張っていたので……」

「勝ちに繋がらなければ意味はない」

「それは、大丈夫です。あの時間があったおかげで私たちはあの竜の動きをよく見ることが出来たので、情報収集が出来ました。ディニエルさんが作ってくれた時間は、無駄なんかじゃありません。……それにツトムさんも、あれを見たのならもう以前のミスなんて責めませんよ」

「どうだか」



 吐き捨てるように言ったディニエルにコリナが何か声をかけようとする前に、にへらっとした顔のハンナがちょこちょこと近づいて彼女の腰にこのこのと肘を当てる。



「中々格好良かったっすよ。ナイスファイトっす!」

「あ、避けタンクの癖に私より先に死んだ奴だ」

「はぁー!?」

「はっはっは! では私は一体どのような評価になってしまうのだろうね!」

「…………」



 羽根を逆立てて怒るハンナをよそに途中で意気揚々と話に割り込んできたゼノ。彼女が全員の装備を回収して尚諦めなかった姿を見て思うところがありそうなリーレイア。そしておろおろとしているコリナを前にディニエルは大きくため息をついた。



「流石に百階層の初見突破は無理がある。あれは今までの階層主の中でも群を抜いていた」

「……そうですね」

「だけど、攻略出来ない相手ではない。もう何度か潜れば攻略の糸口は掴める。私たちが先に百階層を突破して、あのクランリーダーの鼻を明かしてやろう」

「おっ、言うっすね~」

「それには私も同意しますよ。建前上の一軍と呼ばれるのも嫌ですし、出来るのなら百階層で得た魔石でも持って目の前で煽ってみたいものですね」

「ふっふっふ、それも中々に面白そうだね! そうしたらまた良いワインを開けようじゃないか!」

「ほ、ほどほどにはしましょうね……」



 絶好の獲物を狙う狩人のような目付きでそう言ったディニエルに触発されるようにハンナは目を輝かせ、リーレイアとゼノは不敵な笑みを浮かべる。そんな四人を止めるのを半ば諦めながらも忠言しているコリナを見て、周りにいた探索者たちも励ましの言葉を送っていた。



 ▽▽



 コリナたちが全滅したことで一旦区切りがついたからか、神台周りから離れていく者たちが多くなったので警備団が安全に移動出来るよう誘導している。エイミーたちもついでに軽食を買ってくるといって障壁魔法の席から一旦降りていくのを見送った努は、何やら百階層について話したそうにしているスミスを無視して考え込んでいた。



(あんな得体も知れないのを相手に、しかも早急に挑まなきゃいけないとか地獄かよ)



 先ほどの神台で見た映像を何度も反復しながらも、努は内心萎えていた。


 事前に何十回も想定して準備していた『ライブダンジョン!』の爛れ古龍攻略法は使用出来ず、尚且つ誰よりも早く突破するという前提条件は変わらない。最悪コリナたちにはクランリーダーの権限を使えば攻略を遅らせてもらうことは出来るだろうが、そうするとクランメンバーとの関係は最悪になるだろう。それでもいざとなったらやるのだが、あまり取りたくはない選択肢である。


 それにアルドレットクロウも既に百階層へと到達しそうだが、彼らを確実に止められる術はない。ステファニー率いるPTは現状で想定する敵の中でも最悪な部類であり、先に攻略されるとすればここだ。



Oオーの特性こそ同じだけど、そもそもの大きさが違う。それに爛れ古龍の腐食ブレスに、恐らく生に執着するような特性も兼ね備えてる。他にも成れの果てみたいな新しい攻撃パターンもあると考えると……)



 Oはレイド戦ということもありプレイヤーたちはPTを組んで体内部へと飛ばされ、臓器の破壊を目指して数十人で戦っていく方式だ。あの爛れ古龍はその縮小版といえるだろう。そして他にも何かあるのだと考えるだけで憂鬱になる。


今日はまだコリナたちも腐食のブレスによって壊された装備や消費したポーションなどを補充し、再度百階層には挑むだろう。そこでまだ情報を得られるだろうが、正直なところあの心臓を停止させた場面を見せられた後ではあまり悠長に構えていられなくなった。


 もしかしたらハンナのラッキーパンチということも考えられはするが、普段やらない掌底しょうてい突きで心臓に強い衝撃を与えるように放ったところからして明確な意思がある。恐らくはコリナの入れ知恵なのだろうが心臓を一時的とはいえ止めるなど『ライブダンジョン!』では有り得ない現象だった。



(あまりコリナに長い間検証されると不味い。明日には潜らないと、間に合わなくなる可能性がある……)



 もしかしたら序盤に心臓を破壊まで出来る手段を、看護師経験があり人の内部についても知っているコリナならば探し出すかもしれない。心臓は一度破壊してもまた再生自体はするが、大ダメージを与えられることに違いはない。もしそんな手段が見つけられでもしたら速攻で百階層を攻略される可能性もある。



(今までの準備が全部ぶち壊された。何でこんなことに……)



 よりにもよって百階層の階層主が仕様変更されていることと、コリナに突然先を越されるかもしれないという恐怖。これでもし帰還の可能性が摘まれるなんてことがあれば、今までの苦悩と努力は一体何だったのか。



(……負けてたまるかよ。いくら百階層といえども、僕が先を越されるなんてことは万が一にもあってはならない。何のために今まで頑張ってきたと思ってるんだ)



 どこまで走って目を背けても決して逃げられない現実を受け入れるため、そんな理由も勿論ある。だがそれ以上に譲れないのは自分が必ず一番に攻略すると決めていた百階層を、他の誰かに取られることだ。それは『ライブダンジョン!』を長年プレイしてきた自分のプライドが許さない。



(『ライブダンジョン!』未プレイの初心者に、百階層ごとき先に攻略出来なくて何が廃人だよ)



 もしそんなことがあればかつてのフレンドたちに顔向けできない。全盛期に死ぬほどのめり込んでいた仲間たちと、自分が一人きりになってもプレイしていたあの時間も否定されることになる。それだけは嫌だった。


 そんな思いもあって知らぬうちに強く椅子の手すりを握っていた努は、その感覚を障壁から僅かに感じていたスミスに不審そうな目を向けられていた。

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