第368話 別物の爛れ古龍

「今回の階層主は中々エグい感じだね」

「私は成れの果ての方がエグく見えたわ。人型だからかなー」



 初めは骨だけだった爛れ古龍が変化した姿を見て恐くなったのか顔を埋めてくる子供たちをあやしながら、母親たちは一番台の映像を眺めている。そんな資産家の妻たちが話す声を聞き流しながらも、努は今にも叫び出しそうになる感情を押さえていた。



(絶対爛れ古龍じゃないだろあれ! 完全な別物なんだけど!)



 努の知る爛れ古龍は再生こそするものの、あのように血管や臓器から細かく再生されることはない。『ライブダンジョン!』ではその名の通りいくら再生しても爛れた身体を癒すことは出来ずに生を求めて探索者へと襲い掛かる特性を持つ、腐食による武器防具の耐久値減らしや強烈な毒などを撒き散らすアンデッド系の階層主である。その生を求める特性は利用することも出来るため、回復や蘇生スキルを持つジョブが有効的な相手でもある。


 しかしこの世界の爛れ古龍は初めこそ挙動が同じだったものの、心臓が再生してからは血を操っての攻撃を行い始めた。そして攻撃してくれと言わんばかりに開けっ広げで再生された心臓、それにその他の臓器も再生する気配がある。


 とにかく巨大なモンスターを作りたい。そんな開発コメントと共に『ライブダンジョン!』で実装されたレイドボスである、Oオーというゴーレム型のモンスター。神台に映る爛れ古龍の特徴はそれに酷似していた。


 CERO対策として血は魔力、臓器は機械として見せてはいたが、初めは外郭しかないOは次第に魔力を巡らせて機械的な臓器を作り出していく。そして臓器が増えるごとに特性や攻撃パターンも増えていき、プレイヤーたちは臓器を破壊する優先順位や対応などを集まったPTごとに見極めていかなければならないレイドボスだった。


 裏ダンジョンが解放されてしばらくした後に実装されたOは中級者たちから人気のある定期イベントであり、努もフレンドと共に挑んで攻略した経験はある。その特徴や攻略パターンも当然知ってはいるものの、それを百階層で活用するなど夢にも思っていなかった。



(ここに来て何で本体性能まで変えてくるんだよ! 成れの果てですら新規の攻撃パターン追加ぐらいしかなかったのに!)



 他の階層ならばまだそれも受け入れられたかもしれない。変異シェルクラブ、最近変異する気配があると噂を聞く火竜。その辺りならば何も問題はない。だがよりにもよって何故百階層でそんなことをしてくるのか。もはや嫌がらせとしか思えない爛れ古龍の変化に努は頭を抱えそうな勢いで下を向きそうになるが、目を離すわけにもいかないので何とかして神台を見ていた。


 だが努以外のクランメンバーたちは新たな階層主の特性を見て歓喜していた。観衆の中にはその生々しさに引いている者もいたが、迷宮マニアなどは目を輝かせている。そして心臓以外にも肝臓、肺などが生成されるにつれて爛れ古龍の特性が追加されていく。


 肝臓が生成された時には有害物質の分解機能によって毒があまり効かなくなり再生速度も増し、肺が生成されてからは腐食のブレス範囲が大きく広がり爛れ古龍の速さが更に上昇した。それに無限の輪のPTは何とか死なずに対応してはいるものの、後手に回らざるを得なかった。



「ディニエルとリーレイアがあれだけ攻撃しても壊せないとなると……心臓の耐久性は中々みたいだな」

「他の臓器わからねぇー。詳しい奴いないの?」

「知り合いにはいるけど今は患者診てるからな。でも何か資料作るなりして連絡取った方が良さそうだな」

「くそ、写真欲しいな」



 内臓の種類については教養としてそこまで広まっていないため、爛れ古龍が生成している臓器を判別してその役割までこの場で話せる者は迷宮マニアの中にほとんどいなかった。



「…………」

「ハンナ、代わって下さい!」

「了解っすよ!」



 心臓、肺、肝臓の生成に血を操っての攻撃パターンも増えた中、ゼノは範囲が拡大した腐食のブレスを受けて装備を交換せざるを得なくなった。更に顔の下部分が完全に腐り落ちているのを手で覆い隠している彼に代わり、ハンナは臓器の生成によって新規の攻撃手段が増加した爛れ古龍相手に時間を稼がなければならない状況に陥った。


 攻撃に当たってしまえばVITの低さで死ぬ確率が高い避けタンクの性質上、ハンナは初見の相手に対してはどうしても安定しない。コンバットクライを放ちながら前に出た彼女に観衆たちはどよめいた。


 そんな中一番台を食い入るように見ていたエイミーは白い尻尾をゆらゆらとさせながら呟く。



「大丈夫、落ち着いてる」

「どうだかな。あいつ、たまにさっくり死ぬこともあるしよ」

「ハンナちゃんが死ぬ時って、大体変に緊張してるんだよね。でもあの感じなら大丈夫だと思う」



 エイミーはハンナの借金を返済させる時に付き添った際、彼女が意外と小心者でもあるところを知った。そして過度な緊張にも弱い。例えばもう一人のタンクが死んでいる時や慣れない魔石を使って魔流の拳を使う時など、一つの緊張があるとそれが焦りとなって死ぬことが多かった。



「コリナちゃんもそれを踏まえて選んでるだろうし、ここで出すのは正解だと思うよ。ここでゼノに無理をさせて動きを観察させても、あれはまだ変化するだろうしね」

「そうかよ。で、ツトムはどう思う?」

「……ある程度のリスクは承知の上だろうし、誰が死にそうってことに関してはコリナの方が良くわかるみたいだからね。ここで出すってことはそういうことなんじゃない」



 腐食のブレスを見て若干気分が悪くなっていた努は、スキルを事前に回しているコリナを見ながら切り替えるように息を吐いた。



「時間稼ぐっすよ~」



 コリナから臓器について色々と聞いた手前試したいことはあったが、ハンナはまずゼノが回復するまでの時間稼ぎに努めた。自動追尾の血槍はカウントバスターで破壊してコンボ数稼ぎに使いつつ、爛れ古龍から視線を外さない。


 血を操っての攻撃パターンは増えたものの、その前動作は変わっていない。爛れ古龍が何か動作をした際に血管が損傷し、そこから溢れた血を使って攻撃が始まる。その前動作にハンナは注目して不意に攻撃が来ることがないようにしていた。


 不意を突かれなければ圧倒的な空中機動と動体視力を持つハンナに、血を武器に変えてそのまま突撃してくる単調な攻撃など掠りもしない。幾多もの赤い武器を単身でとにかく避け、追尾してくる槍はナックルを装備した拳や蹴りなどで破壊していく彼女の姿に観衆たちは盛り上がる。



「心臓は後回しにする?」

「……そうですね。破壊出来れば良かったのですが、仕方がありません。あの二つある臓器に切り替えましょう」



 再生速度は遅々としているが攻撃を加えている心臓は破壊出来そうもない。ここまで来て途中でやめることに後ろ髪を引かれる思いはあったが、効果が薄いことを考えてリーレイアは爛れ古龍のブレス強化に繋がったであろう肺に攻撃目標を切り替えた。



「よし! もう問題ないぞ! ハンナ君! 私はいつでも代われるぞ! リーレイア君! ディニエル君! 良い判断だ! あのブレスは勢いが速くて厄介だったからね! 出来れば破壊してもらえると助かる! コリナ君は引き続き支援回復を頼むよ!」



 癒しの願いが次々と叶ったことによって喋られるまでに回復したゼノは威勢の良い声を上げ、PT全体の動きを再確認させるように指示を出す。相変わらず拡声器も無しに良く通る声にハンナは面白そうに笑い、ディニエルは嫌そうな顔のまま矢を放つ。



「じゃあ一気に攻めるっすよ!」



 ゼノの復帰を知ったハンナはせっせと血槍を破壊して溜めていたコンボ数、それと魔石を追加で砕きながら爛れ古龍の心臓へと向かった。そんなハンナを射殺そうと血でかたどられた武器が飛んでくるが、それを彼女は青翼を使って上手く飛行しながら避けていく。



「カウントフルバスター! で心臓マッサージっす!」



 鼓動している心臓の前に潜り込んだハンナはスキルと魔流の拳を合わせた強烈な一撃を、張り手でもするように放った。コリナに教えられた通り脈動するタイミングに合わせたその衝撃によって、爛れ古龍の心臓は麻痺したかのように止まった。途端に体中を駆け巡っていた血の勢いが弱まり、ハンナを追いかけていた血の武器たちは融解して地に落ちた。



(なんじゃそりゃ)



 その現象を神台越しに見た努は内心で思わず呟いた。Oも心臓を破壊するとしばらくの間血を操れなくなり、その強さは激減する。しかしその心臓を破壊することは序盤では不可能に近いため、それは出来ても終盤だった。


 だがハンナの強烈な一撃とコリナのアイデアによって、爛れ古龍の基本となる攻撃は一時的ではあるが機能しなくなった。その戦況を一気に変えた一撃に観衆はどっと盛り上がり、それを放ったハンナ自身も驚いていた。



「すげぇな! これなら初見突破出来るんじゃねぇか!?」

「ハンナえげつねー」

「機能すると本当に強いよな」

(確かにあれは凄い。凄いんだけど……破壊出来たわけじゃない。このままだと臓器が全部再生しきる。そうなると状況が不味くなるからまずは再生能力のある肝臓を破壊しないといけないんだけど……)



 ハンナの一撃には確かに驚いたし、実用性は間違いなくある。だがOの特性を爛れ古龍がそのまま引き継いでいると仮定するならば、全ての臓器を再生させてしまうのは非常に不味い。



「心臓が固すぎただけか」



 それからディニエルとリーレイアの活躍によって爛れ古龍は一時的に心肺停止状態となった。しかしその間に他の臓器の再生自体は進んでいる。膵臓すいぞう、胃、小腸などが再生したところで、最も再生を進行させてはいけない部位に黒い血が集まり始める。



(脳が完全な状態で再生したら、もう勝負にもならない。駄目か……)



 だがそんなことなど初見のコリナたちがわかるわけもない。PTとしての勢いはあるし、それは観衆も同じ。クランメンバーだって臓器が次々と再生していくことに多少の不安は持ち合わせていただろうが、深刻な事態には陥っていないと思っているだろう。



「……え?」



 事態が急変したのは脳が再生した直後。脳に追従するように眼孔へ黒い血が集まり始めた頃に、二つの黒い球体が完全にコリナの方へと向いた。



「コンバットクライ! タウントスイングッ」



 十分すぎるほどにゼノとハンナはヘイトを確かに取っていた。しかし巨大な脳を再生させた爛れ古龍は遂に再生した血走った眼球で確実にコリナを見据えていた。誰に攻撃されスキルを当てられようとも憎悪の対象が外れることはない。



「あっ……」



 遂に壁際へと追い詰められたコリナは悲鳴を上げる暇もなく前足で全身を潰された。それからはタンクが何をしようともアタッカーが付け狙われる。既に機能を取り戻した心臓による血の操作に、暴食竜にも匹敵するのではないかと疑うほどの素早さ。それでもディニエルは何とか左手の犠牲だけで済んだが、もう弓を引くことは出来ない。リーレイアは腐食のブレスをまともに受けて死亡した。


 そしてしつこく生き延びているディニエルは後回しにされ、爛れ古龍はまずゼノを狙った。この中では一番動きが鈍いゼノはヘイトすら拒否する理性と思考能力を手に入れた爛れ古龍に成す術はなく、最期には徹底的に潰されて圧死した。


 その後ハンナも単身で善戦はしたものの、血槍の攻撃が掠って翼が機能しなくなってからは呆気なく死んだ。そして最後には左腕の欠損によって攻撃能力を失ったディニエルのみが残された。


 緑ポーションによって傷口は塞がれているものの、踏み潰された左腕を取り戻すことは出来ない。それでも単身でPTメンバーの遺品を回収しきり、それからは右手に雷矢を持って爛れ古龍の体に飛び乗って果敢に攻めたものの、最期は巨大な力で振り飛ばされて古城の壁に全身を強く打ち付け死亡した。



(レイドボスだから許されたヒーラー潰しやってくるとかずる過ぎないか?)



 そんな感想を努は抱きながら残念がる観衆の声を聞く。そして神台を見て悔しそうに泣いているエイミーと目を合わせないようにしながらも、爛れ古龍の対策について考えを改め始めた。

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