第365話 逃れられぬ現実
PTメンバーの変更と言っても代わったのはゼノとダリルのみのため、PTの連携にさほど問題はなかった。ダリルは祈祷師用に仕込んでいたが良くも悪くも素直なので矯正出来るだろうし、ゼノはピコの補佐もあって足を引っ張るようなことにはならないだろう。
「ある程度は慣れてきたか。ちゃっちゃとガルムに負けないくらいにはなってくれよ」
「無茶言わないで下さい……」
その予想は大きく外れることはなく、ダリルは数日で模範となるガルムの動きを真似する形から入り徐々にPTにも慣れてきたようだった。コリナたちも九十九階層へと進んでいることからしてあまり大きな問題は起きていない様子だ。
「あまり真似ばかりしてくれるなよ」
「えぇ……?」
垂れた犬耳を下げているダリルと対照的に犬耳を尖らせているガルムは、急速に追い上げてくる彼に危機感でも覚えているのか若干突き放した態度をしていた。年頃になって仲の良かった弟を邪険にする兄のような態度に、ダリルは親でも探すようにおろおろとしている。
「もうちょっと動ける気がするんだけどなー。龍化中」
「…………」
エイミーは龍化結び状態に大分慣れて今では効果時間を着々と伸ばしている。アーミラは微妙な表情で自分の持つ大剣を見つめながらも、彼女の様子を窺っていた。
最初こそ成果がそこまで見えなかったものの、誰よりも努の異常に細かい指示に従って訓練してきたエイミーは今や双剣士の中でも一、二を争うほどの実力を手に入れていた。現状では双剣を手にしたヴァイスくらいしか対抗馬に当たる者が存在しないほどに実力が飛び抜けているし、クランメンバーとの連携にも磨きがかかっている。
それに龍化結びでの龍化維持も上手い彼女を意識していたアーミラは、その影響か龍化状態について目を向けることが多くなっていた。
そんなタンクの犬人コンビに剛と柔といったアタッカーたちを観察しながら、努は妖精のように回していたメディックを消す。
(戦力的には十分すぎるほどだ。ガルムとダリルならタンクに不安を覚える必要はないし、エイミーも上位勢の双剣士になってきた。最悪死んでもアーミラが火力を補って継戦出来るし、中々えげつないPTになったな)
最近になって全員レベル九十を越えたのでステータス的にも問題はなく、連携にあまり不安もない。百階層を攻略するにはほぼ万全といってもいいPTであることに間違いはないだろう。
(……百階層行きたくないなー)
唯一の懸念を上げるとすれば間違いなく自分だろう。いざ百階層を目の前にすると今まで何度も考えてきた悩みが心の底から噴き出してくる。もう現実のことなど忘れてこの世界に留まるという選択。
この世界にいきなり連れてこられた当初は元の世界に帰りたいという願望は強かった。黒杖の売却で当面の資金は確保出来たものの、誰一人頼れる者がいない中で幸運者として邪険にされる日々は嫌でたまらなかった。
しかしガルムやエイミーと出会い神のダンジョンを攻略していくうちに自分の立場を上げ、理不尽な目に合うことは少なくなった。それからも肝の冷えるようなことは何度かあったが、徐々に不安を感じることもなくなって楽になったことは確かだった。
このままこの世界に定住することを選べば無理に百階層を攻略する必要がないため、コリナやステファニーに先を越されても問題ない。それどころかクランメンバーやギルドの者たち、いつもポーションを売ってくれる森の薬屋や装備の整備をしてくれるドーレン工房の者たちとも別れずに済むのだ。
それに今の地位や一生遊んで暮らせるような財産も失われない。百階層を攻略しなくても自分は困らない。そう考えを決めてこの世界に定住する未来も何度か想像してシミュレーションしてみたこともある。
(でも結局、現実からは一生逃れられそうもないしな……)
しかし努はこの世界をどうしても現実だと認識出来なかった。いつかこの夢から醒めて自室に戻るのではないか、という不安はどうしても付き纏う。それに今の自分が持つ資産に関してもゲームの通貨という考えが抜けない。実際にこの世界では十分な
そんな簡単に現実を手放せるのなら『ライブダンジョン!』にハマった高校生の時に捨てている。廃人たちとそこまで変わらなかった努が高校三年生の時は『ライブダンジョン!』一番の黄金期であり、テレビのニュースでネトゲ廃人について報道されるくらいには現実を捨てている者も多く存在した。実際に努もログイン時間をもっと長めに取れとフレンドから言われたこともあったし、高校生活に関しては思い出がほとんど『ライブダンジョン!』しかないほどだ。
だが努はその時期『ライブダンジョン!』をプレイしている時のロード時間やチャットなどの合間に受験勉強もしていて、ギリギリではあるが大学には進学した。高校を中退してまで『ライブダンジョン!』にのめり込んでいた者を横目に、努は現実のことについても周囲からドン引きされるくらい最低限ではあるが動いていた。
それから数年は廃人からクラン運営に移りながら楽しんでいたが『ライブダンジョン!』の運営プロデューサーが変更されてからはみるみるうちにプレイヤー人口は減少し、努も消えていくフレンドたちと最後に搾取する気満々の運営を見て潮時だなと内心思っていた。なので大学三年の時からは就職活動をしながら『ライブダンジョン!』をプレイし、最後の五台運用の時には内定も貰っていた。
新規の者たちをにわかと馬鹿にしてマウントを取っていた廃人たちも、高校を中退したり部屋に引きこもって『ライブダンジョン!』をプレイしていた者たちも迫りくる現実から逃げることは出来ない。そしてそれは努も同じである。このまま現実から目を逸らしてこの世界で生きていくことは難しい。だからこそ自分はまず百階層を誰よりも早く攻略し、そこで終わることもなく現実から目を逸らさず生きていく。
(現実からのログインでも実装してくれないかな……)
そんな結論に至ってはいるものの、ぐだぐだと考えてしまうことは止められない。努はそれからも現実逃避じみたことを考えながらも、九十九階層でPTへの入念な支援回復を続けた。
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