第364話 死んだ目

 その翌日、努は朝からクランメンバー全員を集めて百階層のPTメンバーをコリナと共に発表した。今回はコリナが一軍扱いだということをガルムとディニエルは疑問視している様子だったが、その他は概ね賛成しているようだった。特にアーミラは興奮のあまりコリナの肩を掴んでがくがくと揺らしたせいで彼女は目を回していた。


 流石に九十階層の初見突破から日にちが経過してあの時の感動は薄れ、最近ではコリナ自身の実力もついてきてクランメンバーたちからも認められている。それにコリナからPTの選抜理由を聞かされた三人は満更でもなさそうであり、納得もしているようだ。



「ディニエル」

「…………」

「おい」



 そんな中死んだ魚のような目をしていたディニエルの肩を努は小突いた。顔を一切傾けずに目だけ動かしてこちらを見てきた彼女にため息をつく。



「まずはコリナのPTで実力を見せろ。それで僕はこれからディニエルとPTを組むかを判断するから」

「もしかしたら百階層で神のダンジョンは打ち止めかもしれない」

「神のダンジョンの未来なんて僕にはわからないし、ディニエルがしたことを今すぐ帳消しにすることも出来ない。まずは今のPTで全力を尽くしてからだろ」

「…………」



 そんな言葉にディニエルは特に納得した顔も見せず、長耳を少し下げるだけだった。そんな彼女の後ろからエイミーは抜き足差し足といった様子で近づき、その長耳の先をそっと掴んでくるくると丸めた。



「にゃはは! もしかしてディニちゃん落ち込んでるー? 珍しいねー?」

「エ、エイミー……止めた方がいいっすよ」



 爆弾の導火線で遊んでいる猫でも見るような目でハンナはやんわりと止めたが、エイミーはその長耳を弄ぶことを止めない。むしろいつもの借りでも返すようににっこにこの顔で弄り倒していると、その手をディニエルはがっしりと掴んだ。


 そのまま手を引き寄せて背中にエイミーの身体を乗せて跳ね飛ばすように前方へ投げる。だが彼女は投げられることを予期していたのかすぐに受け身を取ると、ぷぷぷっと笑いながら口元を押さえた。



「あんまり拗ねてるとまた失敗しちゃうぞー」

「拗ねてない」

「えー? そうかなぁー?」



 にやにやとしているエイミーにディニエルはムッとした様子で一歩踏み込んで手を伸ばすが、ひらりと躱される。それで更にムッとした顔になったところでエイミーはソファーを飛び越えて逃げていき、ディニエルは狩人の目付きでそれを追いかけていった。



「よ、よくやるっすねぇー? エイミーでもいずれ捕まると思うっすけど」

「お前ならすぐに焼き鳥だろうしな」

「……ほーう。二軍のアーミラがよく言ったっすねぇー? これは一軍のあたしが教育してやる必要があるっすねぇ」



 ハンナはそう言って小さい拳を片手で包んで握り、ぽきっと小枝でも折れたような音を立てた。対するアーミラは血管の浮き出た手に力を入れてごきごきと嫌な音を立てる。それに負けた気でもしたのかハンナはそれから一生懸命手から音を鳴らそうとしているが特に何も起きない。



「そうだ! リーレイア、魔石!」

「オーリさんにまた怒られますよ」

「うぐぐぐぐ……」



 妙案でも思いついた顔で精霊用の魔石が入ったポーチに目を向けてきたハンナに、リーレイアはにべもなく返す。そしてアーミラに対しても何か小言を言おうとしたが、今の彼女に何を言っても通用しないと思ったのかその口をつぐんだ。



「ふふふ、ガルム君、ダリル君。精々二軍で頑張りたまえっ!」

「ははは、はっ! ……ゼノさん。冗談はほどほどにした方がいいですよ。ガルムさんが本気にしてますから」

「…………」



 冗談だとわかる軽口を叩くゼノにダリルはちょっと笑っていたが、ガルムのキツい目付きを見て取り繕うような顔をして小声で忠言した。するとゼノはわざとらしく銀髪を掻き上げ意気揚々とガルムの方へ歩き出す。



「ガルム君は随分とツトム君に信頼を寄せているようだが……当の本人がコリナ君を一軍に任命しているのだ。それを認めないという態度は如何なものなのかな?」

「別にコリナを認めていないわけではない。彼女もヒーラーとしてよくやっていることは知っている」

「ほう、では何故つまらなそうな顔をしているのだね?」

「……私個人としてはツトムの方がヒーラーとして上手うわてだと思っているからだ。それ以上でもそれ以下でもない」



 そう言うとガルムはばつの悪そうな顔でコリナに一礼した後、ゼノに目をくれる様子もなく探索の準備をしに二階へと上がっていった。そんな彼をやれやれといった様子で見送ったゼノはその後コリナにグーで背中を殴られて説教をかまされていた。


 ダリルはそんな光景を見て努はコリナのことをどのように思っているのかを聞こうと思ったが、肝心の彼が見つからなかった。



「……あれ、ツトムさんは?」

「先ほど一人で二階に上がっていきましたよ。私たちもそろそろ準備をしましょうか。ハンナ、いつまでも張り合っていないで行きますよ。アーミラ、貴女もです」

「魔流の拳さえ使えばもっと音鳴るっすから!」

「お前もうそれ骨折ってるだけなんじゃねぇか?」



 そしてクランメンバー同士ざわざわとしている間にいつの間にか努はリビングから立ち去っていたようなので、PT変更となったダリルは急いで自室に戻って装備や備品の準備をした。


 それから装備の準備を終えて重鎧を纏いながら部屋から出て階段に向かおうとしたが、今日の寝癖は強敵だったので一度洗面台で様子を見ようと思った。ただあまり時間もかけたくないので急いで洗面台の扉を開けると既に先客がいた。びっくりするぐらいの真顔を鏡に映している努が立っていた。



「え?」



 別に努の真顔自体はダリルもよく見てきた。例えばハンナが面倒な絡み方をしてきた時だとか、朝の走り込みで周回遅れにされた時だとか。ガルムほどではないが元々そこまで感情を表に出さない部類の人でもあるので、真顔自体は別に不思議ではない。


 だが努の顔色が異常なほどに真っ白であったことと、感情が死んでいるのではと思わせるくらいの無表情は今まで見たこともなかった。もう一年近く共同生活を送ってきて、仲自体も良くなってきていると思っている。しかしダリルはそんな努の顔を見たことがなかったので思わず絶句していた。



「いや、邪魔なんだけど。どいてくれない?」



 だが当の本人はいつものような顔と態度でそう言うと、非力にも身体を押してきた。そのあまりにも変わらない態度にもしかして自分が見たものは幻だったのかと思ったが、しかし確かに見たよなと思いながらダリルは努に押されるがままその場をどいた。



「寝癖酷いから直した方がいいよ」

「あっ……そのつもりです」

「そのつもりですってなんだよ」



 咄嗟の返し言葉が妙にツボだったのか努はちょっとした笑みを見せたが、ダリルはその笑顔をいつものように受け入れることは出来なかった。

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