第363話 指揮能力の差
それから九十七階層を突破した三日後に、コリナはPTメンバーを決めたようで夜に部屋を訪ねてきた。両手で資料をどっさりと抱えているコリナの代わりに努が扉を開けて招き入れると、彼女は地獄の門にでも足を踏み入れるかのようにそっと入ってきた。
「随分と資料が多いみたいだけど、全部自分で書いたの?」
「いえ、ピコさんに色々とお世話になりまして……」
新聞社や大きな出版社などは新聞や本を大量に作成できる技術や道具を持ち合わせているが、個人的にそれを手に入れるのはまだ一般化されていない。だが今やソリット社にも迷宮マニアとして原稿を寄贈しているピコは、様々な伝手のおかげでタイプライターのような道具を持ち合わせていた。
今回はそれを借りて共同で資料を作成していたコリナはこんもりした書類を机に置くと、緊張気味な顔つきのまま振り返った。
「結論から先に言いますけど……PTメンバーはディニエル、リーレイア、ゼノ、ハンナにしたいと考えています」
「なるほど。それで、その理由を説明する資料がこれなのかな?」
「は、はひっ」
新しく出来た攻略サイトでも見るような目付きで書類の束を眺めている努を見て、彼女は思わず舌を噛みながらも答える。そしてギラギラとした目で資料に手を付け始めた努は話の続きをするように促した。
「アタッカーはそのままで行くんだね?」
「……はい。アーミラかディニエルさんどちらをPTに入れるかは迷いましたけど、ディニエルさんにしました。その、青色の付箋がある資料に詳しい理由は書いてありますけど、九十階層のことを反省している様子もあるので安定感はあるかと……」
「なるほど」
ぺらぺらと青い付箋の貼られた資料を捲ってその項目を見てみると、確かにディニエルのことについて詳しく書かれていた。今も一緒のPTということもありその内容は的を射ていて、自分でも気付かないようなことも色々と書かれている。
とはいえ相性でいえばアーミラの方が間違いなく良いアタッカーだと思うのだが、それについては思わず笑ってしまうくらいに書かれていなかった。そのことには目を瞑りながらもコリナに言われるまま資料を読み進めた努は、最後に書類を纏めると一つ疑問を投げかけた。
「ディニエルとハンナについてはよくわかったけど、リーレイアとゼノについてはこれ以外に何か理由はないのかな?」
迷宮マニアのピコが作成の手伝いをしていることは聞いていたので、ゼノの資料はとても充実していたがどうも妻の推し感が強かった。それとリーレイアについても客観的な意見ばかりでコリナの意思が介在しているようには見えなかったのでそう尋ねると、彼女は露骨にギクッとした様子を見せた。
「別に理由が何であろうと構わないけど、この資料を見る限りではコリナの考えがわからない。特にゼノとリーレイアについてはね。ハンナに関してはよく考えられているから余計に目立つよ」
避けタンクであるハンナの分析と祈祷師との相性については非常に良く書かれていた。それにリスクを避ける傾向にあるコリナが魔流の拳について考察し、今も練習を兼ねて使わせてデータを取っていることは好印象だった。ディニエルについても若干贔屓がかってはいるものの、今PTを組んでいることもあって理解度は高く見える。
しかしゼノとリーレイアに関しては客観的な意見ばかりで用意された資料も多い。何か言い訳でもしているような印象を受けるしコリナの意見もあまり見受けられない。そのことを指摘すると彼女は泣きそうな顔で下を向いた。
「それは……その」
「…………」
コリナが言い淀んでいる間も努はまだ読んでいない資料を読んでいる。ぺらぺらと資料が捲られる音だけが部屋の中に響き、いつの間にか冷や汗がびっしょりなコリナの鼻から汗の水滴が落ちた。そんな彼女の様子をちらりと見た努はポツリと口にする。
「え、そんなに言いにくいことなの? それなら無理に言わなくてもいいけど」
「いえ、ただまぁ、あまり胸を張って言えるような理由でもないんですけど……。私はまだ、ツトムさんみたいにPTの指揮は執れません。なので指揮能力のあるゼノとリーレイアに協力してほしいなと……」
「……あー」
おろおろとした目でそう語るコリナを前に、努は意外そうな声を上げたまま資料を机に置いて腕を組んだ。言われてみれば確かにコリナにはPTを指揮する能力があまり備わっていない。九十階層をPTメンバーと協力して突破して成長しているが、最前線のヒーラーであるステファニーに、最近頭角を現してきたミルウェーやセシリアなどとも比べると指揮能力は一段劣る印象がある。
その短所を補うためにコリナはゼノとリーレイアをPTに入れる選択をした。その自尊心もへったくれもない選択は努から見れば賢いものだ。特にリーレイアはそこそこ良い騎士家系の生まれで教育されていたからか、PTを指揮する能力に長けている。実際に九十階層での窮地でもPTの指揮を任せ、結果として上手くいった。
「そうか、それは僕も盲点だったよ。よく考えてるね」
「え? いやいや、全然です」
「そこまで考えてるなら僕は構わないよ。百階層のPTメンバーはそれで行こう。ディニエルには僕から直接話してはおくよ。あとは何かある?」
「いえ……」
「それじゃあ、近いうちにクランメンバーたちに知らせるよ。あ、この資料少し借りてていい? 読み込みたいから」
「あっ、はい」
それからはとんとん拍子で話は進み、百階層のPTメンバーは正式に決められた。
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