第361話 百階層のメンバー決め

「うわ、明日には突破してきそうな勢いだな」



 九十六階層の突破方法が公開されたことにより、アルドレットクロウの一軍はすぐさま攻略を開始している。その様子をギルドに帰ってきた努は嫌そうな顔で眺めていた。防衛戦の心得は持ち合わせているであろうビットマンもいるので、竜の運用方法が知られた今ではそう長くは持たないだろう。



(今日のうちにコリナと話をつけておくか……)



 今日で九十七階層もおおよそ攻略できる目処が立ったので百階層まで残す階層もあと二つしかないし、アルドレットクロウの追撃も考えるにそこまで余裕はないだろう。


 アルドレットクロウは当初の予想よりも明らかに手強くなっているが、中でも前々から注目されていたビットマンと最近になって頭角を現したドルシアというタンク二人の安定感は抜群だ。特に痛覚遮断でもしているのかと疑うまでに身体を張り、命令を忠実にこなすドルシアは努から見れば厄介だ。


 それでいて召喚士として現役であるクランリーダーのルークに、ヴァイスの下位互換という殻を破ったソーヴァ。そしてそんな四人を率いるステファニーはあまり相手にはしたくない。実力的にも精神的にも。


 それに外ばかりに目を向けるわけにもいかない。無限の輪のヒーラーであるコリナもあのPTメンバーたちを手懐けられるほど成長してくるとは思いもしなかった。中でも人間関係でいえば荒れていたアーミラと、生粋の避けタンクであるハンナから信頼を寄せられているのは大きい。当初はコリナの好きにPTメンバーを選ばせるつもりだったが、今の彼女にクランの最大戦力を取られたら自分が負けることも十分にあり得るかもしれない。



「あ、コリナちゃんたちも帰ってきたみたいだね」



 そうこう考えながらぼんやりと神台を眺めていると、コリナたちPTも九十七階層から帰ってきたようだ。こちらに気付いた様子の五人はギルドの鑑定所でマジックバッグの中身を預けた後、コリナはおずおずといった様子で近づいてきた。



「お疲れ様」

「お、お疲れ様です」

「今日は割と早かったね。もう九十六階層は終わったんだし、こっちの進行状況に気を遣わなくても大丈夫だけど?」

「……ハンナが妙に調子を崩しているので今日はリハビリしていたんです。もう大丈夫だとは思いますが、またからかったりはしないで下さいね」

「あれが調子に乗らなければね」



 周りに聞こえないよう少し身体を近づけて声を潜めて言ってきたコリナにそう返すと、彼女はたしなめるようにきゅっと眉を上げた。



「ハンナがああいったことに慣れていないことはツトムさんも知っていたでしょう? まだまだ多感なお年頃なんですから、変にからかうのはよくないですよ」

「気を付けるよ。それはそれとして僕も百階層のことでコリナに話したいことがあるんだけど、クランハウスに帰ったら時間もらえる?」

「えっ、それは、いいですけど……」

「聞き耳立ててる奴らがいるから詳しくは後で話すよ」



 その言葉に猫耳をぴくぴくさせていたエイミーがわざとらしく口笛を吹き、ガルムとダリルがばつが悪そうな顔をしているのを見てコリナは困ったように笑っていた。ちなみに通りすがりの獣人たちもその言葉を耳にしてそそくさと逃げていった。


 それからは久々に十人一緒になってギルドからクランハウスへと帰ることになり、自然と二人組や四人組などの偶数になって適当に話しながら帰路についた。その中で努はダリルと屋台から香る誘惑に負けて夕食に差し触りがない程度に軽食を取りつつ、新人と思われる受付の娘さんについて適当に話していた。


 クランハウスに帰ってからは風呂に入って全員で食事を済ませた後、努は応接などに使用している部屋にコリナを呼んですぐに本題へと入った。



「そろそろお互いのPTが百階層に辿り着く日も近いだろうから、今のうちに挑むPTを決めておきたいんだ。前もって話していた通り百階層はコリナが一軍になって引っ張ってもらいたいし、今の活躍を見るにクランメンバーからも異論は出ないと思うから」

「ほ、本当に私が先に挑むんですか?」

「うん。ただ今のPTを大きく崩すのはお互いに良くないから、タンクとアタッカーを一人ずつ交換でどうかな? その代わりそのメンバーはコリナが選択するって感じで」



 コリナの急成長を危惧した努の譲歩案としては、二名のPTメンバーを好きに交換する権利を彼女に渡すことだった。ただこれでも最良の選択を取られると、努としては苦しい戦いを強いられることとなる。彼の考えるコリナにとって最良の形はアーミラとリーレイア、ガルムとハンナの交換である。


 ユニークスキル持ちでありエースアタッカーとしても期待できる風格を持ち合わせてきたアーミラと、初見の相手でもある程度の安定感が見込める歴戦のタンクであるガルムは何としてもPTメンバーとして確保しておきたいところである。だが最悪それを失ってもいい保険はあった。



(最悪アーミラを失っても、理論値が期待できるエイミーがいるしな。リーレイアとの相性も悪くないし)



 そのために努は長い時間をかけてエイミーを『ライブダンジョン!』に近い双剣士へと仕上げていた。自分が求める理論値を着実に出してくれる双剣士が存在することはありがたいし、いざとなった時には自分のために多少の無茶はしてくれるだろうという安心感もある。


 ゼノに関しては期待以上の活躍は見込めないものの、期待を下回らない仕事はこなしてくれる。それに最近は神台を意識させることによって多少は粘ることもわかってきたため、あまり露骨にはならないように神の眼の操作も取り入れて底上げをしていた。



「うーん……」



 コリナは突然宣言されたPTメンバー指名に戸惑い、結構悩んでいる様子だった。その様子を見て努は内心しめしめといった様子である。


 アーミラと個人的に仲の良いコリナが彼女の心情を知らないわけがない。前回一軍から外れてリーレイアに積年の恨みを返され、アーミラはその悔しさもあって途方もない努力を重ねていた。そして努の前人未踏な活躍を見てからは次こそ自分が、といった気持ちで修練に励んでいた。そんなアーミラを自分が先に挑む一軍になるとはいえ、努と引き離してしまっていいものか。


 アーミラはコリナから指名されたことを誇りに思うだろうし、恐らく表立って文句を言うこともない。だが何かしら思うところは出てしまうとコリナなら推察してしまうだろう。なのでエイミーとリーレイアが交代になるだろうと努は考えていて、こちらも多少痛くはあるが問題はなかった。


 タンクに関しては正直どうしようもないが、祈祷師であるコリナがハンナを渡すことはあまり起こり得ないだろうと感じてはいる。スキルを当てなければいけない白魔導士と違って祈祷師は対象に願うだけでいいので、ハンナの運用は楽の一言に尽きる。それでいてハンナのポテンシャルは高く、魔流の拳というユニークスキルのような強さも兼ね備えているからだ。


 なのでガルムとダリル交代が濃厚で多少の痛手は覚悟しているものの、何とかなるかなと考えていた。そんなことを思い返しているうちにコリナは苦悶の表情を浮かべながら顔を上げ、お伺いを立てるような声で言ってきた。



「……えっと、ディニエルさんとエイミーさん。ゼノとダリル君を交代でどうですか?」

「……? ……?」



 全く予想だにしていなかったコリナの選出に努は声を失ったように口だけを開くしかなかった。彼はしばらく落ちてきた餌を食べる金魚のようだったが、次第に驚きが収まってくると明らかに無理のある作り笑顔を浮かべた。完全に怒っているであろうことを察した途端に彼女はあわあわといった様子で両手を振る。



「あの、別に悪意とかがあるわけではないですよぅ。ただ、ディニエルさんはツトムさんと組むためにかなり頑張っているようですし、ダリル君は女性四人だとどうしても気を遣ってしまっているようなので一番問題がなさそうなゼノを指名したんですぅ」

「いや、それでもディニエル手放すのだけはないでしょ。しかもゼノって……何考えてるの?」

「すすすっ、すみません……で、でもでも、ディニエルさんは本当によく頑張っているんですよっ。九十階層で勝負を諦めてしまったことは確かにいけないことでしたが、彼女自身がそれを一番反省しているんです!」

「それは僕も理解はしてるけど、それでもアーミラとディニエルをくっつけるのは無いでしょ。それならアーミラとディニエル交換が妥当だと思うけど」

「…………」



 それでも何か理由をつけて言い返そうとしているコリナを牽制するように手の平を向ける。



「それと僕自身まだディニエルを信用出来る気はしない。今の調子なら百階層で活躍はしてくれるだろうけど、まだ自分の命を張る覚悟はないよ。ただ実力的には間違いなく一、二を争うだろうし反省もしている様子もあるからコリナのPTで引き続き使うといい」

「……ならそれを、ツトムさん自身で伝えるべきです」

「わかったよ。それじゃあディニエルはそっちで確定だとして、他はどうする?」

「……あの、それならPTメンバーの回答は後日でもいいですか? 自分でも少し感情的になっていることはわかっているので、ちょっと落ち着いてから考えたいんです」

「いいよ。ただ他のクランメンバーと相談するのは止めてくれ。他の……オーリさんとかピコさん辺りに相談する分には構わないから」

「はい」



 言葉で詰められて少し怖がっている様子のコリナを見下ろしてどうしたものかと努は頭を掻いた。もしかして人柱扱いをしたことがバレてしまったのではないか、不審に思われていたのかという思いもあって、迂闊な事は言えない。



「それじゃあ、おやすみ」



 結局何と声をかければいいか思いつかずに、微妙な表情のまま軽く挨拶をして応接室を出ていくしかなかった。

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