第359話 狐と信者
「はぁ……」
闇属性のモンスターが多数出現する九十五階層でホーリーを放っている努の姿を、ユニスは黄昏た様子で机に頬杖を突きながら眺めていた。毎日手入れされてふわふわな金色の尻尾は元気がなさそうに揺れている。
ミルウェーに到達階層を越された彼女はその当時拗ねたものの、実力に関しては認めていたのか特に足掻くこともなく一軍の座を明け渡した。
それからも新しいスキル応用の開発に勤しんでいたのだが、ある日ミルウェーにおめかしをされて突然外に引きずり出された。そして何事なのかと抗議する暇もなく無限の輪のクランハウスへと運ばれ、交流会とやらに参加させられることになった。
初めは強引に外へ連れ出したミルウェーに腹を立てていたものの、二軍PTでの探索以外ではほとんど外に出ていなかったので久々に会った感覚のアルマなどと話すのは楽しかった。だがその中でも気になるのはやはり努だった。
その時の彼はワインを飲みすぎたのか大分酔っていた様子だったが、雰囲気自体はむしろこちらの方が良かった。普通は酔った方が酷いことをしたりするものだろうが、相変わらず意味のわからない人だった。
その後ミルウェーから背中を押される形で直接話もしたが、まるでいつもの毒気を抜かれたような彼の様子には本当に驚いた。それに自分が二軍に落ちていたことも知っていたようだが馬鹿にしてくる様子もなく、ミルウェーと実力を比較して普通にアドバイスをしてきた。
(もしかしたら、あっちが本当のツトムなのかもしれない。だとしたらそれは……いいことなのです)
それに普段ならば絶対に言わないであろう励ますような言葉すらかけてきて、一軍目指して頑張れと頭をよしよしされた時は思わず泣き出しそうになった。それと同時にこれが本当の努なのかそうじゃないのかと大分混乱したが、そんな気持ちを打ち消すようにワインを飲んだせいでそれからの記憶は曖昧だ。
ただその翌日からは努のアドバイス通りにスキル開発はそこそこにして、今まで使ってきた飛ばす、置くスキルなどの更なる練習を始めた。このままじゃすぐに抜かされちゃいますね、なんてミルウェーは言っていたがまだまだ一軍奪還は出来ないだろう。だが前進はしている感覚はあった。
それに最近の努を見ていると、彼のことがわからなくなった。初めは間違いなく嫌な奴だったはずだ。発する言葉は嫌味っぽいし態度も男らしくない。まさにレオンとは正反対といっていい男で、それなのに彼と仲良さげに話すことも気に食わなかった。
だが今はそう思わなくなってきた。しかしその気持ちはレオンへの裏切りになるのではと考えて封じ込めているが、もう苦しくて仕方がなかった。
レオンのことは今でも好きなはずだ。神台を見て一目惚れをして取り敢えず近づいてみたものの、彼が一夫多妻制を取り入れていることには度肝を抜かれた。それにいくら金狼人の種を残すためとはいえ毎日
しかしその気持ちを伝えるとレオンは考えを尊重してくれて、自分には手は出さないでくれた。そんな誠実さもあってユニスは余計レオンに惹かれることとなり、それに伴う努力もして金色の調べに在籍している数十人の白魔導士の中で一番の実力を手に入れた。
(もうわからないのです……)
そしていつかレオンに自分だけを選んでもらえるよう努力しているが、それは今も実っていない。だからレオンを諦めて努に鞍替え、なんてことは自分自身が到底許せない。しかし実らないことをいつまで続けているのかと思う冷静な自分もいて、ユニスはそのせめぎ合いで苦しんでいた。
そんな思いを抱えきれないユニスは神のダンジョンやスキル練習、開発に没頭することで何とか逃げているのが現状だった。
▽▽
(……結局無限の輪が来るまでに突破は出来そうにありませんわね)
アルドレットクロウはクラン内で色々とごたついたものの、九十六階層を突破するための情報を知り得て攻略を開始した。しかし九十六階層の攻略は困難を極め、そろそろ一ヶ月が経過するがまだ突破には至っていない。
神のダンジョンでは初の防衛戦。まずそのシステムを理解することにステファニーたちは時間を要した。北か南の竜に魔石を与えると同時に外からモンスターが攻めてくるが、古城にヘイトが集められているのでいつものように探索者たちを襲ってはこない。九十六階層では外から攻めてくるモンスターから古城を守り抜くことが次階層への黒門を開く鍵となっているため、いつもとは違う戦闘を強いられることとなった。
初めはそのことがわからず訳も分からぬままモンスターに古城の耐久力を減らされ、足場を崩落させられてしまった。それ自体はフライで何とか凌げたものの、古城が完全に破壊されると条件未達成により九十六階層そのものが崩壊を始めてステファニーたちは全滅してしまった。その後黒門で戦闘途中でも帰還出来ることを知ってからは問題ないものの、装備のロストは中々に響いた。
それから何度か繰り返していくうちに古城を防衛することはわかったが、北と南で二手に別れなければいけない状況が辛かった。更に竜へ与える魔石は通路で発生するモンスターを倒してドロップしたもの限定のため、魔石確保にも尽力しなければならない。
その今までにないPTが分担してでの攻略は困難を極め、苦戦している頃には無限の輪の一軍二軍の両方が九十五階層の終盤まで辿り着いてしまった。恐らく明日には九十五階層を突破してくるだろう。
だがステファニーとしては何としても努たちが来る前に攻略したかったというのが本音だ。そのためにまた目の下に隈が出来るくらいの努力はしてきたが、それでも突破は叶わなかった。今まで攻略してきた階層と全く違うことをしなければならない九十六階層はそう簡単に攻略できるものではない。あまりにも厳しい状況を見て情報員たちが他にも何か攻略の手立てがないかと洗いざらい調べているが、期待は出来そうもない。
(ツトム様のためにも、
無限の輪のクランメンバー五人は既に九十九階層まで辿り着いているにもかかわらず、百階層への挑戦はまだしていない。その理由は九十階層で起きたディニエルの諦めを見たクランリーダーの努が彼女を信用していないから、というものが有力でそれは正しいのだろう。
しかしステファニーはそれだけではないと考えていた。その考えに至った切っ掛けはコリナの異常な成長速度だ。祈祷師についてはまだ理解が深まっていないので気にしていない者も多いが、彼女は実力だけで見ればもはや自分と並んでもおかしくはないヒーラーへと変貌している。
九十階層を突破できそうだと聞いた時からステファニーはコリナのことをマークしていたが、彼女が自力で成れの果てを攻略した。そしてそれから彼女の率いるPTの完成度が最初から異常に高いことがまず目についた。
それに日を重ねるごとにコリナも自信がついたのか、みるみるうちにPTとして更に成長していったことも良くわかった。そして調子の良い彼女と反比例するように努のPTは初め調子が悪かった。そして今ではどちらのPTも到達階層は同じであるが、コリナの方が僅かにリードしているといった具合だ。
まだ確定ではないだろうが、努は恐らくコリナを先に百階層へと挑ませようとしている。そのために彼女のヒーラーとしての実力を付けさせ、PTも調整していた。
もし他人がこの推測を聞けばそれは有り得ないと断ずるだろう。そもそもコリナを意図的にそこまでヒーラーとして成長させることは不可能だろうし、他にも不確定要素が多すぎる。しかしステファニーは今までの経験を踏まえてこれが真実であることを確信していた。ただ努がそこまでした理由だけは彼女もわかっていなかった。
だからこそ自分がコリナと同じように階層を更新できれば、その理由を本人から聞くことが出来るかもしれないと思い努力してきた。しかしいくらステファニーが頑張ろうとも彼女はPTメンバーの一人であるに過ぎないので、中々進展はしなかった。
(巷ではツトム様がただ死にたくないだけだと言われていますが……そんなわけがありませんわ。何か他に事情があるに違いありません。私が、ツトム様の支えにならなければ……)
そう信じ切っているステファニーは明日の攻略に備え、意識を失うように自室で眠りへとついた。
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