第358話 兎と魔女

「うがーっ!!」

「今日のハンナさん、動きが大雑把な気がしますね?」

「びょーきで休んでたみたいだし、しょうがないんじゃないのー? ……あー、でも確かにいつもと違う気がする」



 赤と青色の羽根が目立つ鳥人の二人は朝からギルドでフライドポテトを食べながら、三番台に映っているハンナの立ち回りを観戦していた。特にハンナと同じジョブの拳闘士で避けタンクもしている赤鳥人のララは、彼女の雑な立ち回りに気付いて目を細めていた。


 そんな彼女たちの後ろにはシルバービーストのクランリーダーであるミシルと、呪術師のマデリンが居座っている。まるでアルドレットクロウの情報員のように黒いフードを深く被っている彼女は、適当に話してくるミシルを横に何か答えるわけでもなく神台を見ていた。だがそれはいつものことなのか彼は気にせず喋っている。



(毒の解除も上手いなー。九十三階層の動きは参考にしないと)



 そして走るヒーラーであるロレーナも音を聞き逃さないように兎耳を立てながら、二番台に映っている努の立ち回りを観察していた。シルバービーストも九十一階層から攻略を進めていく立場になったので、今日の午前中は実際に神台を見て情報を集めることにしていた。


 九十階層を越えたシルバービーストの一軍PTは周りからも大分注目されている様子だが、四人はもう気にした様子もなく神台視聴に集中している。だが聴力が良いロレーナだけはシルバービーストに対する噂話などが聞こえていたため、その声を若干気にしてはいたが集中を乱すほどではなかった。



「じょうほう、まとめときました!」

「ありがと!」



 それから午後までは神台での情報収集を一軍PTは行い、シルバービーストの一員で文字の読み書きが出来る数少ない孤児たちから書類を受け取る。まだまだ迷宮マニアには及ばないが指示された神台を見てある程度の情報を抜き出すことは出来るので、シルバービーストは練習も兼ねて情報収集を孤児たちにある程度任せている。


 最近では他にも孤児たちに色々と手伝ってもらうことは多くなった。特に九十階層で資金難に陥ってからシルバービーストはクランとしての在り方を再認識させられ、孤児たちもただミシルに数年養われた後に自立していく道だけではなく、クランの一員として働く道も選択し始めた。


 その結果シルバービーストにいた孤児たちはクラン運営に関わったり、スポンサー企業との提携で資金繰りのために動く者が増えた。今まではクランリーダーのミシルがほぼ一人で何とか運営していたシルバービーストは、そこから大手クランといってもいい動きを見せ始めた。


 勿論現状はほとんどの者が素人のため、人数が多いとはいえすぐにアルドレットクロウのようにはいかない。例えるならアルドレットクロウは社会人、シルバービーストは学生が運営をしているようなものだろうか。


 だがミシル率いる古参の者たちが後発組にも気をかけて育てていたこともあり、人材自体は悪くなかった。そのためスポンサーに頼り切りという状況にもならず、シルバービーストは独立したクランとして成り立ち始めていた。



「今日も余り物のごった煮かなー?」

「あれが一番簡単だしねー」



 神台視聴を終えて昼過ぎになるとロレーナたちは一度クランハウスへ戻り、孤児たちが巨釜を使って用意してくれた肉と野菜のごった煮を食べに行った。


 傍から見れば質の悪い炊き出しでもしているような風景であり、とても大手クランと呼べるような環境ではない。だが用意している者から並んでいる者まで家族のように共同生活を送ってきているため、ぐずぐずに溶けた野菜と固いクズ肉も前よりおいしくなったねー、と笑い合いながら食べていた。


 食事の他にも探索に必要な装備や備品、クランハウスの管理に資金調達などを孤児たちは積極的に行っている。それに自立していた者たちも恩を返すために休日にはシルバービーストへ戻ってきて、孤児たちに職業ごとの技術を教えていた。そのおかげか最近は煮え切っていないごりごりの野菜を食べることもなくなってきている。



「ロレーナさん! よろしくおねがいします!」

「うん、よろしくー」



 腹ごしらえを終えてからは各自後発の育成に当たる。ロレーナは走るヒーラーを教えてほしいと志願してきた白魔導士の少年少女たちとPTを組んで神のダンジョンへと潜り、スキルの練習法を目の前で実践しながら数人に教えていく。



(ツトムも当時はこんな気持ちで私に教えていたのかな)



 必死な顔でスキルを動かしている少年少女たちを微笑ましく見つめながら、九十三階層で今も階層更新に向けて頑張っているであろうツトムのことを考える。


 初めはソリット社と全面対決したということで怖いイメージしかなかったが、話してみるとそこまで悪い人ではなかった。たまに神台を見ていると底意地が悪いなと思うことはあるにせよ、自分にわざわざヒーラーを教えてくれて個別に資料と立ち回りの改善点まで書いてくれたので師として尊敬しているし感謝もしていた。


 そんな努と肩を並べるまでになりたいなと考え、ロレーナは彼の資料通りに練習していった。そのおかげで当時から頭角を現していたステファニーにも負けないくらいの実力を持ち合わせることが出来たのだが、その頃には努との差がどんどんと開いていることに気づかされた。


 努の言う通りに実力と知識を付けていくほど、今まで見えていなかった彼の実力も理解できるようになって気づかぬうちに差が開いていくような気がした。そしてこのままではステファニーにも抜かされることに気付いてからは努がやっていないことに着目し、触れるヒールと自前の速い足を活かした走るヒーラーに挑戦することにした。


 それが形になってからは他の白魔導士の中にも走るヒーラーのようなものをする姿が神台で確認出来るようになり、努も形だけではあるがあの九十階層で走るヒーラーを魅せてくれた。その様はかなり不格好で走るヒーラーとして何かしら言いたくなるようなことはあったが、あの努が自分の真似をしてくれたのはとても鼻が高かった。



(でもまさか私がヒーラーを教えるような立場になるとは思わなかったなぁ。ゆくゆくは私が育てたヒーラーたちも探索者になって私の後継者になったりして……その頃には私もツトムと肩を並べられるくらいにはなってるのかな)



 その後の将来のこともあれやこれや妄想しながら、ロレーナはまだまだ未熟な白魔導士の卵たちに色々と教えていった。



 ▽▽



 それから五日後。雪原階層で宝箱からドロップした水色の杖へ寄りかかるように顎を乗せているアルマは、九十四階層を攻略している無限の輪の姿を神台で見ていた。



(怒涛の勢いって感じね。アルドレットクロウも九十六階層まで到達しているし、紅魔団は立つ瀬がないわ)



 元から探索者としての知名度があったヴァイスをクランリーダーとした紅魔団は、一年前までは大手クランとして名を馳せていた。しかし最近では変異シェルクラブを討伐したことくらいしか話題に上がらず、八十階層を突破して光と闇階層に到達したことも大して知られていない。


 だが皮肉めいた心の呟きとは裏腹に、アルマの表情はそこまで悪いものではなかった。確かに紅魔団としては活躍出来ていないとはいえ、現状が悪いわけではない。特に寡黙だったヴァイスがゆっくりとではあるがクランメンバーと対話するようになってからは、クランの空気は目に見えて良くなった。



(少し前まではそれもわからなかったけど……)



 しかしヴァイスが喋るようになった頃、アルマだけは黒杖への異常な依存と探索者の中でも絶大な影響力を持ち始めた努に嫌われているということで周りから腫れ物のように扱われていた。それを気の毒に思ったヴァイスが和解の場を設けたものの、結果としては失敗に終わった。


 当時のアルマは完全な責任転嫁をしていた。そもそも自分は良かれと思って名も知れぬ孤児を幸運な者だと上げてやったし、多額の金もしっかりと支払っている。幸運者という二つ名も自分の言葉が発端とはいえこちらに悪気はなかった。ただ努の幸運に嫉妬した者たちが曲解した噂を流しただけで、自分は何も悪いことはしていない。


 にもかかわらず努は和解の場に来た時、犯罪者でも見るような視線を向けてきながら黒杖の受け取りすら拒否した。そんな彼の態度を見て、今まで受けてきた自分の不遇もあって感情が爆発した。


 ただの孤児なはずだった努は幸運者という不遇の二つ名すらものともせず火竜を三人PTで突破し、三種の役割を広め迷宮都市を襲った前代未聞のスタンピードで貴族に認められるほどの大活躍をして名声を手にした。


 それからというもののアルマはそんな努に嫌われているということで同業者からは疎まれ、住民たちからも良い視線は向けられなかった。装備や魔石の買い取りすらアルマ一人では断られたりして、そんな状況もあって彼女はますます黒杖へ依存することになった。


 そして努が計画的に自分をこんな状況に追い込んでいるのだと無意識のうちに思い込んでいた。だが黒杖から引き離されてクランメンバーと日々を過ごしていくうちに、アルマは努が自分を陥れようとはしていないことを知らされた。


 勿論初めはとても信じられなかったが、外に出て自分を疎んでいる者たちと少しずつ話していくうちにそれが真実であることに気付き始めた。努は確かに自分のことを嫌ってはいたのだろうが、本当に何もしていなかった。奇しくもそれは幸運者騒動の状況と酷似していて、アルマは思わず笑ってしまった。


 自分も努が幸運者だと呼ばれてあざけりを受けていた時に何もしなかった。むしろ助けを求めるような目を向けてきた努を見捨てたことも思い出して、深い罪悪感に苛まれた。それからは被害者意識を止めて心の底から努に謝ろうとしたものの、彼からは避けられているので話しかける切っ掛けがなく困ったまま時だけが過ぎていってしまった。



(まさかワームに飲み込まれたことが話す切っ掛けになるとは思わなかったけど)



 王都でのスタンピードでワームに飲み込まれて体液だらけになった時、アルマは勢いもあって努に話しかけた。そして恐怖心と戦いながら何とか謝った時、努はもう済んだことだと言ってくれた。そんな言葉もあってアルマはようやく心の内で引っかかっていた過去を謝罪し、努と正常な関係を結ぶことが出来た。


 そして努と普通に会話するようになってからは、今までの不遇ぶりが嘘のように消えた。積もり積もっていた罪悪感や不安も徐々に消えていき、最近では無限の輪に紅魔団共々お邪魔したりもした。なのでアルマとしては今という時間がありがたく、そして幸せだった。



(あ、嫌そうな顔してるわね)



 それに努という人物も等身大に見られるようになった。彼はソリット社や虫の探索者を徹底的に追い詰めた血も涙もない非情な男でもなく、迷宮都市を救った英雄でもない。ただ神のダンジョンが好きなちょっと性格に難のある男の子である。


 複数のPTメンバーが毒状態に陥っている状況の中で映し出された努の顔を見て、アルマはクスクスと笑いながらその後も神台を見守った。

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