第354話 九十六階層の謎

 九十六階層で手詰まりとなっているアルドレットクロウ、その原因を探るために一軍PTは一日中神のダンジョンへと潜る日々を過ごしていた。しかし手掛かりこそあれ未だに突破には至っていない。


 九十六階層の構造は至ってシンプルだ。PTメンバーが横に広がっても悠々と通れる古城の通路、それはドーナツ型のような構造でそのまま一周出来る形になっている。そしてその中間地点には、九十一階層から見える古城の中でも一際目立つものが配置されている。



(間違いなくこの竜が突破の鍵であることに違いはないのですけれど……)



 ステファニーはアルドレットクロウが独自に作り出している携帯食のクッキーを口にしながら、火竜よりも大きく頑強な頭をしている竜を見つめる。


 中間地点にある外を一望できる場所の壁内部から突き出ている、竜が形取られた石像。九十一階層から古城を見ても確認できたそれはただの装飾なのかと思いきや、近くで見るとしっかり呼吸していることがわかる。それは光と闇階層でも見たことのある、石像のような見かけをしたモンスターだった。


 その竜は北と南の中間地点に一体ずつ、さも意味ありげに存在している。初めはその竜たちを倒せばいいのかと思い攻撃をしてみたが、まるで古城そのものを攻撃しているかのように手応えはなく、特に反撃をされることもなかった。


 かといって通路では今まで見たことがあるそこまで強くもないモンスターが一定時間経つと出現するだけで、特にこれといった特徴はない。もしかしたら隠し通路でもあるかもしれないという情報を受け五日かけて入念に探してみたものの、それはつい先日空振りに終わった。


 九十六階層だけは無限の輪が観衆から見ても不自然なほどにがっつり情報規制を行っていたため、アルドレットクロウの情報員たちはろくな情報を得られていない。神台には通路で一人モンスターと戦うハンナしか映っておらず、気づけば九十六階層は突破されていた。


 今までの階層ですら努が要所を押さえて巧妙な隠蔽をしていたため、情報員たちは神台での情報収集に苦戦を強いられていた。それが九十六階層では本格的な隠蔽をされたため推測の域が出ない情報しか一軍PTは受け取れず、多少の進展こそあれ空振りが続いて良くない空気に包まれていた。


 そしてあまりにも進展がないため現在の一軍PTは九十六階層の調査に二人、他の三人はレベル上げや下位軍の手助けなどをすることになっていた。現在九十六階層を神の眼で入念に映しているソーヴァは、火花を発生させる魔道具を手元で弄りながらぼやいた。



「無限の輪に頼んで情報が貰えたら一番なんだが……」

「ツトム様はそんなに甘くはないでしょうね。わたくしも釘を刺されましたし、ソーヴァも今回はヴァイスの時のようにいかないでしょう。試しに頼み込んできたらいかがですが? 私は無関係を装いますけど」

「おい、神の眼こっちに持ってきて会話公開してやろうか?」



 魔道具にセットする魔石を迅速に交換する練習を片手で行いながら、ソーヴァは剣呑な目付きでステファニーを睨んだ。そんな視線を受け流した彼女は背後で回していたプロテクやヘイストをいくつか前に出した。



「であれば他のクランメンバーですが、そう簡単に情報を漏らすような者はいません。唯一の穴についても情報すら渡されていない様子ですし」



 犬人という種族からして主人の忠義心には厚いダリルに、規律を重んじる騎士家の出自のため拷問されようとも情報は吐かないであろうリーレイア。弓の腕で右に出る者はおらず、更にその人格も謎が多いディニエル。その中で唯一ポロっと情報を口にしてしまいそうなハンナに関しては、そもそも情報すら与えられていないように見えた。


 そう言ってスキルを自分の足下に戻すとステファニーは一つ欠伸を漏らした。普段のダンジョン内ならば決して気を抜いたことなどしないだろうが、今は神台に九十六階層の景色しか映っておらずモンスターもいない。そんな彼女につられて思わず欠伸したソーヴァは胡乱気に辺りを見回す。



「神台に通路だけを映していたってことは、明らかにあの竜が絡んでいるのは確定だと思うんだが……」

「私たちが二人だけで考えて思いつくのなら、とっくに情報員の誰かが思いついているでしょう。……もうそろそろ全て映したでしょうから、帰還してこちらはレベル上げをしますよ。特にソーヴァ、貴方は出遅れてますから」

「はっ、レベル上げなんざただの作業だろ。それよりも練習するべきことは山ほどあるんだがな」

「もしドルシアがこの場にいたら、貴方は糾弾されていたでしょうね」

「……どうしてアルドレットクロウはイカれた女しかいないんだか」

「何か言いましたか?」

「何でもねーよ」



 傍から見ればお互い不穏ではあるが、元々二人は幼馴染なので幼少期から長い時間を過ごしている。努のせいでステファニーの暗黒面が垣間見えて拗れたりはしたが、今ではその関係性も元に戻り始めていた。


 そんな二人は会話もそこそこにモンスターとの戦闘を避けて帰還の黒門へ辿り着くと、ソーヴァはクッキーをかじっているステファニーを見つめた。



「にしてもお前、よくそれだけで動けるよな」

「ヒーラーはアタッカーやタンクほど身体を動かしませんから、これで十分です。栄養も豊富なようですし」

「変わっちまったな。ペイおばさんが聞いたら悲しむだろうさ」

「……そういえば、おば様とも随分会っていない気がしますね。実家に帰った時もヒーラーの修行に費やしていましたし」



 平民の中では上流階級と言ってもいい家庭で育った二人は、子供の頃からお菓子が食べられるという恵まれた生活を送っていた。そして二人によくお菓子を作ってくれたペイおばさんとはもう一年以上は会っていないことを思い出して、ステファニーは黄昏たような目でクッキーに視線を落とした。



(周りからも、技術を吸収する……)



 少し前に努から言われた言葉は今も心に刻み込まれているが、ステファニーはそれをあまり実現出来てはいない。今もツトム様以外に興味が湧かないというのが正直な気持ちであるが、それでもクラン内の人間関係についてはある程度改善されていて今では二軍ヒーラーのキサラギとも意見を交わすくらいの間柄にはなっている。


 しかし他のクランのヒーラーとはあの出来事の後にもさして進展はない。それに無限の輪が企画した交流会にユニスとロレーナが参加し、自分だけが呼ばれていないことを知った時は呼吸が止まって死ぬかと思った。


 そもそもその交流会はその日に決まったようであり、彼女たちが参加したのも偶然だと聞かされてはいる。しかしそんな偶然などあるのだろうか? その情報の裏をステファニーはどうしても邪推してしまう。それに乗じて嫌な妄想が止まらなくなって思わず頭を掻き毟りそうになる。



(……これは、ソーヴァに確認させた。真実だ。何も疑う必要はない)



 だが今までは一人で抱え込まざるを得なかった部分も、狂気の現場にいたソーヴァやビットマン、それに忠実なしもべにまでなっているドルシアなどが支えとなることで抑えることが出来る。交流会の真実はヴァイスと酒を飲み明かしたかったと残念がっていたソーヴァに調べさせ、本当に突発的なものであることは確認済みである。



(……今度、こちらからお茶会の誘いを送ってみましょうか)



 本来ならば努だけを誘いたいところだが、忠言されてしまった以上他の者たちを誘わないわけにはいかない。このことについては少し前から考えていたことだったが、ペイおばさんのことを聞いてよくお茶会をしていたことを思い出した彼女はその決意を固くした。



(そのためにも、早く九十六階層を突破しなければいけませんわね)



 もしそのお茶会が情報を探るものだとでもツトム様に勘違いされてはたまらない。そのためにもより一層九十六階層の突破を願いながら、ステファニーは帰還の黒門からギルドへと帰還した。



「帰ってきたか」

「ん?」



 ギルドの黒門から出てすぐに二人は声をかけられ、ソーヴァが反応する。顔が見えないほど深くフードを被っている、アルドレットクロウでは見慣れた服装である情報員。勿論全員がこんな怪しげな格好をしているわけではないが、情報員のリーダーがこの服装なのでそれを真似している者が多いことは事実だ。


 黒門の門番から迷惑そうな顔で見られている彼は、二人にひっそりとした声で話した。



「九十六階層の突破方法を、恐らくだが見つけ出した。すぐにクランハウスへ来てくれるか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る