第348話 森ダイエット

「……恐らくここですね。一応内部も確認しましょうか」



 そろそろ九十二階層の環境にも慣れてきたコリナはゲリラ兵のように顔へ泥を付けたまま、森階層で見た覚えのある大樹を指差した。ここにそれがあることに気づいてしまえばその大樹を見つけることは出来るが、他にも目立つ大樹自体は多くあるためわかりにくい。


 まるで入り口のようにぽっかりと空いた木の穴の中はうっすらと光っている。それは森階層の大樹と同様に光キノコが多数生えている証拠であり、中を確認してもモンスターの存在は見受けられない。


 セーフポイントは黒門と同様にモンスターが近寄りがたいとはいえ、誘導すれば足を踏み込ませることが可能な場所だ。既にある程度人の言葉を理解するフェンリルへの説明は済んでいるため、ダリルは散歩をねだる犬のように跳ねている子供を大樹内部へと連れていく。


 フェンリルは値踏みするような顔で大樹の内部が本当に安全なのかを確認した後、含みのあるような軽い唸り声を上げてダリルをじっと見つめた。そしてその肩に乗っている土人形のノームにも任せたように一つ吠えると、コリナの横についてゆらゆらと白い尻尾を揺らしながら歩き出す。ピコから提案されたセーフポイントを活用する作戦は一先ず成功したようである。



「それじゃあ少し大変だとは思いますが、よろしくお願いします」

『ワウッ!』



 子守を任されたダリルはそう言って頭を下げた後、自身の尻尾にじゃれついてくる子供をたしなめている。そんな光景をディニエルが理想郷かのように見つめていると、コリナが気を利かせて声をかけた。



「あの象を倒して牙でも持ち帰ってきたら、もしかしたら子供に尊敬されるかもしれませ――あいたたたっ!?」

「あまり軽々しく理想論を口にするな」

「す、すみません……」



 真顔のディニエルにぎゅーっと腹肉を掴まれた彼女は、若干涙目になりながらも謝った。そんな様子を見たハンナは怖い怖いといった様子で離れていき、リーレイアは呆れたような半目で二人を見ていた。


 それからランページエレファントが荒らした森の痕跡を見つけて場所を推測していると、ハンナは小さな雷魔石を手の中で転がしながらふと口にした。



「そういえば男の人がいないPTってなんか新鮮っすね?」

「無限の輪は基本的にタンクを二人入れるPT構成ですし、それだとあの三人の誰かは入りますからね。確かに珍しくはありますが」

「なら女の腕の見せ所っすね!」

「…………」

「なんっすか。その視線は」



 リーレイアも人のことはとやかく言えなかったが、無限の輪に果たして女らしい女性がいるかというのは疑問である。そう息巻いている当人のハンナはその身体つきこそ女性らしいが、精神性はそこら辺の子供と変わらないため無邪気な少年とも取れる。恐らく無限の輪で女性らしいと言えるのはコリナくらいだろう。



「ランページ見つけた。ここから右に歩けばすぐに合流出来そう」

「了解しました。この付近だと蔦に絡めるのが無難でしょう」

「じゃあこっちも準備しとくっす」

「で、では支援スキルも使っておきますね」

「はい。では移動しましょう」



 フェンリルがいるおかげでモンスターが近寄ってこないため暇つぶしに話している間にイーグルアイで索敵していたディニエルがそう報告してきたので、リーレイアはランページエレファント――略してランページを止める方法を提案しながらフェンリルに目でこれから戦う意思を伝える。


 ハンナは握っていた雷魔石に力を込めて砕くと、その魔力を拳ではなく身体全体に循環させた。すると彼女の周りに薄い電気が走り始め、背中の青い翼にある羽根が生き物のように蠢きだす。それは魔流の拳を使う際の準備運動のようなものだ。


 突如きびきびと動き始めた三人にコリナは少し焦った様子で迅速の願いなどをかけながら、小走りでリーレイアに付いていく。そしてディニエルが指定した場所に着いて一分もしないうちに大地が揺れ始める。


 その存在そのものが自然災害といっても差し支えないランページ。その姿が見えた途端にフェンリルは牙を剥き出しにして吠え、一直線に向かっていった。そんなフェンリルに応えるようにランページも重低音の叫び声を上げる。


 フェンリルは瞬時に地面から氷の塊を形成し、ランページは少し勢いを落としたもののそれを突き破っていく。九十二階層の二大巨頭であるモンスターが激突し、周辺にいたモンスターが逃げ出して森全体が揺れた。



「契約――サラマンダー。しばらくはフェンリルが気を引いてくれますので、コリナも攻撃に参加でお願いします」

「はい。破邪の祈り」

「行くっすよー!」

「パワーアロー」



 リーレイアはランページとの戦闘が初めてなコリナに時折指示を送るため傍に付き、ハンナは雷の魔力をその身に纏わせて飛び立つ。その背後からディニエルの矢が援護するように放たれ、ランページの硬質な灰色の体表を穿った。



「カウントバスター」



 フェンリルと争っている間にハンナは雷の魔力によって上昇した速さを利用しながら、まずはコンボ数が上がるほど威力が増すカウントバスターという攻撃スキルで手数を稼いでいく。


 彼女たちはコリナ以外ランページとの戦闘自体は何度も経験しているが、その中でもハンナの成長は著しく高い。そもそも避けタンクという役割自体が理論値の高さだけで言えばかなり強く、既に狩っていて行動を把握出来ているモンスター相手なら尚更強くなる。


 ハンナはランページ相手に十回ほど死んでいるが、彼女は死の数だけその身で学習し最適な行動を覚えて強くなる。そしてその学習能力を増強できる努もPTにいたので、古城階層での戦闘練度はディニエルにも負けないほどだ。



「少し離れてほしいっす!」



 メルチョーから教わった魔流の拳にも磨きがかかり、以前よりも事故率が大幅に減少している。更に今彼女が身体に巡らせている魔力は雷属性であり、九十階層の時よりも扱える属性が増えていた。


 今までは火や炎魔石を全身に巡らせて火の鳥のようになって自爆するフレイムアタックと名付けた技など、自身への反動の大きすぎるものしか使えなかった。だが努に借金を負わされてからは身の危険を感じたおかげか、魔石の中でも高価な雷属性に限って使えるようになっていた。


 それからはメルチョーに雷属性の扱い方を教えてもらい、身体全体に魔力を巡らせて身体能力を向上させることに成功した。それからはどんどん雷魔力の扱いは上達し、今では炎と同等くらいには扱えるようになり彼女の主軸となっていた。


 帯電するように光っていた青翼を動かしながら近づいたハンナは、フェンリルが離れたことを確認するとランページの背中にピタっとせみのようにくっついた。



「どーん!」



 神台を見ている男性諸君ならば是非ランページになりたいといった気分になるだろうが、青白く光って雷を撒き散らす光景を見た後はそんな気持ちも霧散するだろう。元々白目を剥いているランページの目からは煙が上がり、予期していない攻撃に思わずといった具合にずしりとしゃがみ込む。


 するとランページの長い鼻からでろりと鼻水のようなものが流れ出た。その正体はランページの鼻に共生しているスライムであり、ハンナの雷撃で既に死んでいる様子である。そのスライムはランページが鼻を振るった際に飛び出てくることがあり、ハンナは一度それに取りつかれて身動きが取れなくなったことがあるので対処していた。



「コンバットクライ! 象さんこっちっすよー!!」



 雷の魔力を全て放出したハンナは無色の魔石を砕いて身体能力の向上を続けながら、ヘイトも稼いで鞭のように振るわれた長鼻をひょいと避ける。その間にもリーレイアとディニエルの遠距離攻撃が猛威を振るい、フェンリルはその攻撃に当たらないように動きながら鋭い氷柱を飛ばす。



「移動するっすよ! リーレイア、あっちっすよね?」

「はい。ではコリナ、蔦の方にランページを誘導するので付いてきて下さい」

「あっ、はい」



 その鼻で器用に巨大な木を掴んで武器のように振るっているランページ、しかしそれもひょいひょいと躱し隙をついて攻撃すらしているハンナの動きに見とれていたコリナはハッとした様子で頷いた。



「フェンリルっちも行くっすよー!」

『…………』



 余所見すらしている様子でもランページの攻撃に当たらないハンナをフェンリルは見つめた後、一吠えして最後の足止めに氷の大壁を出現させるとその場から飛び上がってリーレイアの方へと着地した。


 森を荒らし回る暴走を止めて一時的にハンナへと敵意を向けたランページはすぐにその氷壁を一対の牙でぶち壊すと、腹を立てたような怒声を上げながら侵攻を開始した。



「ストリームアロー」

「サラマンダーブレス」



 しかしその出足を挫くようにディニエルが火矢の嵐をお見舞いしてその足を止め、サラマンダーがその小さな口からは想像も出来ないような炎のブレスを放つ。炎の絨毯じゅうたんに足を焼かれているランページは更に怒りを増長させ、思い切り地面を踏みつけた衝撃で炎を消した。地面がぐらぐらと揺れてふらついたコリナをリーレイアが支え、飛翔の願いで飛んで移動するよう指示する。



「それじゃあ時間稼いでくるっす」

「あまり無理はしないように」

「わかってるっすよー。コリナ、一応蘇生の準備だけよろしくっす」

(全然死の気配を感じませんけど……)



 黒い靄など一片も感じないハンナに内心で突っ込んだ後、コリナは出遅れないよう必死になってリーレイアに付いていった。



「いい運動の機会だから走るといい。今こそ腹周りに溜まった余計な贅肉を落とす時」

「い、言ってくれますね……」



 森の地形には慣れっこなのか大した苦労もなく走っているディニエルの軽口に言い返しながら、コリナは飛翔の願いによってフライ同様に飛んで移動していた。その後ろではハンナが三人と一匹にランページの攻撃が向かわないよう囮になりつつ、どんどんとスキルで攻撃を与えてコンボ数を稼いでいた。



『ブモォォォォ!?』



 それから三分ほどで粘着質な蔦の群生地に到着し、大いにヘイトを稼いでいたハンナがそこにランページを突っ込ませた。その途端にディニエルとリーレイアが息を合わせてランページの大きなうちわのような形をした耳に攻撃を放ち、その痛みによって更に暴れさせて蔦を絡ませる。



(戦いというよりは、害獣駆除みたいになってる。凄いなぁ)



 未だに支援と攻撃スキルしか使っていないコリナはそんなことを思いながら、青ポーションを片手に飲みながらレイピアを抜いているリーレイアの手際に惚れ惚れといった様子で見つめた。



(ここまで来るとヒーラーじゃなくてバッファーの方が効率は良さそうだけど……。それでも私は私に出来ることはしよう。こんなに攻撃スキル使うことなんて早々ないし)



 モーニングスターを片手に戦闘へ参加して精神力を使わず前線を張る経験こそあれど、こんな余裕のある戦闘は今までほとんどなかった。コリナはタリスマンを握り締めて祈祷師の攻撃スキルではメジャーである破邪の祈りを中心にして立ち回った。

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