第346話 ワイン会

「何というか、随分と大所帯になってるな。どういうことだ?」



 スミスのワインを買い戻してクランハウスへ帰った努は、エプロン姿で厨房にいるカミーユやギルドの受付嬢、それに何故か紅魔団と金色の調べ、シルバービーストのメンバーも何人か手伝っている様子を見て首を傾げた。そんな彼にエイミーはそそくさと近づき耳打ちした。



「ごめん。アーミラから今日ワインの飲み比べするって聞いたからギルド長とかも誘ったんだけど、何かPT組んだよしみで紅魔団とかも付いてきちゃって。そしたら金色の調べの、あのー、銀髪の子? も何か持参していくからどうしても行きたいってお願いしてきて……それにシルバービーストも結構なゴリ押しで付いてきた感じ」

「……あぁ、ミルウェーさんかな?」



 話に出てきたのはミルウェーだと推測しながらエイミーの報告を受けていると、クランリーダーである努が帰ってきたということで紅魔団からはアルマがやってきて猫なで声で挨拶してきた。



「迷宮都市を代表するワインが勢揃いって感じね? きゃーすごーい。ツトム様様ね」

「…………」

「…………」

「冗談よ。ほら、紅魔団からもこうして珍しいお酒を持ってきたのよ?」



 アルマは努とエイミーの白けた顔を見るとマジックバッグから高そうな壺に入った酒を取り出し、自慢するように見せびらかした。そんな彼女の対応を投げ出すように努はしっしと手を振った後、その後ろに控えていたヴァイスやセシリアとも軽い会話を交わして滞在を許可した。


 するとそれに続くように金色の調べも挨拶しに来た。既に酒が入っているのではと思うほどテンションの高いレオンがハンナをナンパしているのを横目にしつつ、目の前にきた銀髪の女性に目を向ける。



「突然押しかけるような形になってしまいすみません」

「別に構いませんが、理由をお聞きしても? エイミー曰く結構な無理をして来たようですけど」



 努は申し訳なさそうに頭を下げているミルウェーに尋ねると彼女は迷ったように目を逸らしたが、観念したように目を合わせて建前を全て取り払って話した。



「ユニス先輩がスキル開発で塞ぎ込んでいたので、ツトムさんと話させて息抜きをさせたかったのです」

「それならミルウェーさんが――」



 そんな努のよそよそしい言葉にミルウェーはムッとした顔になったが、周囲のことを気にしてか思い切り近づいて小さな声で物申した。



「わかっていますよね? 先輩が貴方のことを尊敬しているのは。それに本人は否定するでしょうが、お団子スキルだって貴方に認められるために開発したことは明白です。そして貴方からお団子スキルを認められた後の先輩は、それはもう幸せそうでした。それなのに、そこまで邪険することはないのではありませんか?」

「そもそも、何で僕がそこまでユニスのことを気にしなきゃいけないんだ? 面倒臭い」

「……同じ弟子であるステファニーさんにはあんな親身に対応しておいて、先輩にはあんな厳しい言葉をかけるのは不公平だと思います。ステファニーさんのことはよく調べましたけど、あれは先輩より面倒臭い弟子だったと思いますが?」

「…………」



 そう物申された努は言葉に詰まった。確かにステファニーの方が明らかに面倒臭いと周囲からは見えただろうし、努も事実彼女の異常な迫力に気圧されたしそこまで拗れているとは思わなかった。その後幸いなことにヒーラーの話となったので説得に成功はしたが、危害を加えられてもおかしくないという危険と、アルドレットクロウとも拗れる可能性がある面倒な状況にいたことは確かだ。


 それでも努はその問題の解決に臨んだ。元弟子で将来も有望なヒーラーになる可能性が高いステファニーのために。それなのにお団子スキル開発という実績を上げこれからも新しいスキル応用を開発することが見込めるユニスを、面倒臭いという理由で気にもしないという理屈はおかしい。



「別に、先輩をずっと気に掛けて優しい言葉をかけろとまでいいません。ただ以前クランハウスで言われたことを先輩はずっと気にしています。その誤解だけでも解いては頂けませんか?」

「……確約は出来ませんよ。結局のところどう転ぶかなんて、僕にはわかりませんから」

「普通に声をかけてくれるだけで十分ですよ。ツトムさんは行動で示そうとしすぎですから、時にはちゃんと言葉で示さなきゃ駄目ですよ? そこだけはレオンから見習って下さいね!」



 努がユニスに言った厳しい言葉で得たヒントと神台で立ち回りを見て今の一軍PTを構築したミルウェーは、最後にお茶目なことを言って託すように努の手をギュッと握った。そんな期待を込められた努は嫌そうな顔をしながら彼女を見送った。


 それからはいつぞやタンクを教えたバルバラやクランリーダーのレオンとも話した後、白い兎耳をピコピコと動かして嫌に熱い視線を向けてくる女性にも話しかけた。



「元気そうだね」

「はい。あのステファニーやユニスと違って師匠から何を言われるまでもなく九十階層に潜っている私は、今は元気になりましたね。少し前までは本当に死にたくなるくらい辛くて、誰かさんが何か声をかけてくれるかなと期待していたんですけど、結局声どころか見てもくれませんでしたけどっ!」

「手のかからない弟子で師匠は助かるなぁ」

「蹴ってもいいですか?」

「嫌だよ。並のモンスターなら蹴り殺せる脚力持ってるでしょ」

「私が九十階層でどれほど苦労していたかツトムにわかりますかー!? 今日はそれを言いに来たんだー!! それなのに何でお前いるの? みたいな顔してー!!」



 ロレーナはその長い耳で努の身体を乱れ突きした。



「いいですよね! ステファニーは師匠の目の前で指を食い千切るとかおぞましいことしておいて、あれだけまともに慰めてもらえるんですから! ユニスも聞いた限り頭ナデナデされながら褒められてみたいですし! あーあ! 胸ですか!? 結局男はおっぱいなんですか!? それとも若くて可愛かったら何でもいいんですかね!? はーくだらない! いっそのこと私もツトムの寝室に泣いて転がり込めば構ってもらえたんですかねぇ!?」

「もうお酒入ってる?」

「入ってませんよ! 馬鹿にしてるんですかぁぁぁ!?」



 完全にチンピラのような目つきで胸ぐらでも掴んできそうな勢いで距離を詰めてくるロレーナに、努はまぁまぁと言いながら両手で彼女をやんわり拒否した。そしてその後ろにいたミシルが彼女の兎耳をきゅっと手で握って押さえる。



「多少の失礼は許してやってくれな」

「構いませんよ。実際ロレーナにだけ口出ししていないことは事実ですしね。まぁ色々とあったみたいですがシルバービーストもそろそろ九十階層も突破出来そうですし、今日は前祝いということで楽しんでいって下さい。ワインも何十本か買ってきてあるので」

「おいおい、圧をかけてくれるなよ」

「話はまだ終わってませんよ! それとこの前も――」



 それからオーリを主導に十数人が協力して料理と配膳を完成させるまで、努はロレーナの話に付き合ってガス抜きをさせた。そうでもしないといつか本当にクランハウスへ転がり込んできそうな勢いだったからだ。


 そしてゼノが企画したワインを嗜む会はあれよあれよという間に三つのクランとギルド職員にバーベンベルク家まで巻き込み、もはや壮大な交流会へと変貌していた。クランハウスのリビングは大分広いので問題ないとはいえ、ここまで人が立ち入ったことはないのでダリルやコリナは緊張している様子だ。



「では皆の衆、グラスを持ってくれ」



 そんな中でむしろ張り切ってすらいるゼノはお立ち台に上がると、優雅な動作で香りが広がるように底が大きく作られたワイングラスを手に持つ。そして皆がグラスを持ったことをゆっくり確認すると高らかに宣言した。



「ここにいる全ての者たちに、乾杯!」



 そんな主催者の宣言で皆はゼノが持ってきたものと努が合わせて買ったマルトーのワインを口にした。努はワイン自体初めてだったので悪酔いするようなイメージしか持っていなかったが、口にしてみると案外アルコールはそこまで感じなかった。



(これ、何の匂いだろう……? 葡萄っぽいけど、他の匂いもするよな。良い匂いってことだけはわかるけど……)



 口当たりが良くすっと鼻腔に広がる複雑な香り。しかしその匂いを努は上手く表現できなかった。葡萄の匂いだけはわかるが、他にも微かに花のような匂いがしたかと思えばコリナの部屋で嗅いだアロマのような匂いもする。


 だがマルトーのワインが美味しいことだけは確かだった。注がれた量自体は少ないのでこのまま一気に飲んでしまおうかと思っていると、近くにきたゼノがその雰囲気を察したのかやんわりと止めた。



「もう少し空気に触れさせてから飲むと味が変わるから、その変化を楽しみながら飲むといいぞ。その間は他の者たちと話したり、食事を摘まむといいだろう」

「へぇー。そんな短時間で変わるの?」

「結構変わるものさ。他には、そうだな……。このグラスワインの形によって入れるワインの種類も違ってくる。マルトーのワインは――」



 ワインに関しては全く知識がないので努はゼノのうんちく話を聞きながら、彼の言う通り料理を口に含みながらソースのようにワインを入れてみたりして食事を楽しんだ。そして一通りゼノからワインについての説明が終わると、彼は一息ついて辺りを見回した。



「それにしてもまさかここまで大規模な交流会になるとは思いもしなかったね。PTで飲むつもりだったのだが、これはこれでいいものだよ」

「あー、悪いね。一応僕の方でも買ってはきたけど、多分飲める量は減っちゃっただろうし」

「いや、構わないさ。ワインは他の人と飲んでこそだからね。皆で一杯を分かち合い語らっているこの光景が、私は好きだ」

「そうなんだ。僕なら一人占めしたいところだけどね」



 少し酔いが回ってきた努が意地の悪い笑みを浮かべて言うと、ゼノはワインボトルを手に取って彼に見せるように光へかざした。



「ワインは一人で飲み切れる量ではないし、どんなに良いワインでも飽きはくるものさ。それに高めのワインを買った後、これを誰と飲んで過ごそうかと想像するのはいいものさ」

「ふーん。そういう楽しみ方もあるんだ。ワイン通の人っててっきり一人で飲んでるものかと思ってた」

「ふふふ、それもまた良いとは思うのだがね。ほら、どうやらその一人が来たようだよ」



 ゼノがそう言って目を向ける先には、いかにも高級ですよと自己主張しているようなワインボトルを持ったリーレイアがこちらに歩いてきていた。



「一杯四十万Gのワインはいかがですか」

「僕のお金で買ったやつだけどね」

「私が稼いだお金でもあります。なので売却しようとも考えはしましたが、ワインも心許ないことですし開けることにします。無限の輪のメンバーで十二等分なので少ないとは思いますが」

「そう、わざわざありがとう」

「……どうしました? 随分とご機嫌なようですが、そのまま酔い潰れたりはしないでほしいものですね」



 怪訝な顔をしたリーレイアの冷めた言葉も先ほどの話を聞いた後だと可愛いものだ。今に限っては慈しみの心を持った努はそんな彼女に乗せられることもなく、ただお礼を言って乾杯をするとそのワインを一口飲んだ。



「流石四十万G。美味いね」

「……それは良かったですね」



 そんな努の素直な感想に毒気でも抜かれた様子のリーレイアはおずおずと離れていき、他のクランメンバーにもそのワインを振舞った。


 それからもスミスが礼だと言ってマルトーに負けないワインを開けて努のグラスに注いだり、アルマが持ってきた地酒を貰いながら探索者たちと語り合った。普段ならば情報交換も兼ねていただろうが、この日の努は大分緩かった。


 そんな努のいつもと違った雰囲気を感じ取ってか、普段絡むことがないヴァイスや他のクランメンバーなどが近づいて話していた。その輪の中にひっそりと隠れていたエイミーは隙を見て少し聞いてみた。



「ツトムの両親って何処かにいたりするの?」

「今はもう何処か遠い所にいるね」

「あっ……そうなんだ。ごめんね」

「いいよ。珍しい話でもないし」



 しかしそんな状況でも自分の出自や家族について努が真実を話すことは微塵もなかった。いくら美酒に酔いしれているとはいえ、その境界線だけはエイミーでも越えられない。ただ曖昧にぼやかしたことを話しながら、のらりくらりと適当に歩き回っては他愛もないことを話してその場を楽しむ。



「よ、よう、なのです」

「あぁ、ユニスか。料理の手伝いご苦労様」

「あ、ありがとうなのです」



 そんな調子で若干ギクシャクしていたユニスとも話す機会があり、珍しく上機嫌だった努は彼女とも特に変わらない様子で会話していた。そんな柔らかい雰囲気の努は新鮮だったのかユニスは緊張した様子で、周りにいたカミーユやアルマも丸い目をして見守っていた。



(絶対飲みすぎたけど、今日は悪い気分じゃないな。ヒールは明日にしておくか)



 交流会が終わる頃にそんなことを思うような調子でユニスと話していたので努自身は気付かなかったが、その会話途中で彼女の顔色は面白いほど変化していた。


 その内容については既に努は忘れていたが、ミルウェーがお礼を言って帰った時点で悪いようにはなっていないのだろう。気づけばガルムに運ばれて自室のベッドにいた努は、ふとそんなことを思った後眠りについた。

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