第344話 歩み寄りは自分から

 コリナたちがフェンリル親子を救う手立てを模索している中、努たちPTは強化ゴブリンとスライム相手に戦闘訓練ばかり送っていた。だがPTメンバーたちの顔つきは心なしか明るく、その中でもアーミラはうきうきとした様子だ。



「ようやく慣れてきたぜ。ったく、俺がツトムに合わせてやらなきゃいけねぇとはな」

「ありがとう、助かったよ」



 訓練中に努が少しだけ離して置いたヘイストを自分から踏んでAGI上昇を継続させたアーミラは、どうだと言わんばかりの顔で戦闘終わりに近づいてきた。そんな彼女にお礼を言った努は内心ため息をつきながら気を紛らわせるようにヒールを頭上で回す。



(そろそろ皆が白魔導士のヒーラーに慣れてきたかな。こっちで全部合わせる必要もなくなってきたし)



 努はコリナが完成させたPTに入ってからはメンバー全員の動きを観察し、全て自分で合わせながら支援回復を行っていた。だが先ほど一番人に合わせることが下手なアーミラの視野も広まってきたことを確認し、スキルを願うのではなく飛ばすヒーラーがPTに馴染んできたことを確認していた。


 初めから全ての動きが噛み合う理想のPTなど存在しない。そもそも性別や年齢、性格なども違う五人が戦闘中に動きを完璧に合わせることなど出来はしない。ゲームですらそれは早々出来るものではなく、現実の戦闘ともなればそれは尚更である。


 そしていち早く他のPTに馴染む一番の方法は今までのように自分がトップに立ってメンバーを引っ張っていくことではなく、自分を一番下に見立てて味方と合わせる努力をすることだ。


 PTメンバー自体は四人固定のまま来ているので可能ならガルムたちに合わせてほしいと普通なら思ってしまうところだが、他人に何かを期待するよりも自分が変わった方が手っ取り早い。


 努はガルムやエイミーとは色々と意見交換出来るような関係性が出来ているにせよ、自分から合わせに行った方がいいことに変わりはない。そうすることによって連携の阻害が起きにくくなって戦闘が上手くいって空気が良くなり、アーミラのようにあちらから歩み寄ってくれるようになる。



(ま、最初はどうしても期待しちゃうけど)



 とはいえ自分が全て合わせるというのは相当な神経を使うし非常に疲れる。特に集団のモンスターを相手にしていて余裕がない時は、味方のミスや予測していない動きにイラつくことはひっきりなしだ。


 ヒーラーにとって重要であるタンクのガルムやゼノが思い通りの動きをしない時には、これならダリルやハンナの方が強いなー、なんて毒が心の内に浮かび上がることがある。エイミーにも最近装備が宣伝に偏りすぎていないかだとかどうでもいいことにまで目が付き、口の悪いアーミラには中指を上に向けてやろうかと思うこともある。


 だがそれは努だけでなくガルムたちも、流石に彼ほど露骨ではないが少しは思っていることだろう。四人は長い間コリナというヒーラーに支援回復を受けて九十階層へ挑み続け、数々の苦難を乗り越えてやっとの思いで攻略した。そんな五人の結束が強まっている中で実力は信頼できるとはいえ、コリナの代わりとして努が入ってきた。


 そもそも祈祷師と白魔導士とではヒーラーの仕様が違うため、ガルムたちも立ち回りに違和感を覚えながらも気を遣っている。そんな中で努が内心の毒をPTメンバーにぶつけたとしたら、当然ガルムたちも内心にあった僅かな不満が出てくるだろう。そしてPT全体の空気が悪くなり、余計に戦闘が上手くいかなくなる未来は容易に想像できる。


 だからこそ努はそういった不満を表に出すことはせず、表情や声色も暗くならないように意識していた。出来ることならコリナのようにほんわかとした雰囲気を自然と出せるなら一番いいのだが、もし努が素でいたら確実にどんよりとした空気を巻き散らすことになるだろう。



(あっちもあっちで苦労はあるんだろうけど、素でこういうことが出来る人間性は羨ましい限りだね)



 そこはコリナの庇護欲を刺激させられるような雰囲気や、ロレーナの天性の明るさなどは才能だなと思いながらゴブリンを倒してサムズアップしているゼノに、努はヒールで同じジェスチャーを形作って返した。



「もう少し装備で受けた方が良いかもしれんな」

「あぁ。ツトム君が準備していてくれることだしね」

「ゴブリン叩き潰すのすげー気持ちいいけど、外してばっかだな。なんかいい方法ねーかな」

「わたしは一撃で仕留められるようにしたいけどねー。こう、ぐいっと」

(ここに来てからは余計にそれを意識するようになったなー。何にせよライブダンジョン! と同じ理論が通じて良かった)



 誰に言われるまでもなく自分で試行錯誤もしている四人の成長速度は早く、それでいてその表情も悪くない。その中で努はあくまで相談相手に留まって過度なアドバイスはせず、四人が順応するまでは戦闘をとにかく上手く進めて良い空気感を作ることに徹した。


 努は元々人望が持てるような性格をしていなければ、クランの中心人物になれるような面白さもなかった。そんな自分がどうやってPTにすんなり溶け込むことが出来るか。色々と考えて出した努の結論は、良い成果を出すことだ。


 成果が右肩上がりになっているPTがギスギスとした空気になることは、余程特殊な事情がない限りはあり得ない。そしてヒーラーが特段空気を悪くするような発言をせずに仕事をしてPTを安定させれば、おのずと平和な空気が流れだす。そうなれば変に張り切って会話を盛り上げようとするよりも、明らかにあちらから歩み寄ってくれる可能性が高くなる。



(空気清浄機……僕は空気清浄機)



 努が『ライブダンジョン!』で野良PTや臨時で上位勢のPTに入った経験からして、そのことは良くわかっていた。なので会話で盛り上げる役はゼノやエイミーに任せ、努は空気清浄機に徹していた。



 ▽▽



 そんな空気清浄機の働きもあってか、PTの調子はどんどんと右肩上がりのままで今日のダンジョン探索は終わった。そしていつものようにギルドへと戻ってステータスカードの更新を済ませる。



「おっと。ツトム君、少しいいかな?」

「ん? どうしたの?」



 神のダンジョンから帰還した後は顔をきりりとさせてすぐにさよならの挨拶をして去っていくゼノが、今日はその途中で手招きをしてきた。そして気障ったらしく銀髪を掻き上げると自慢するように目を細めた。



「この前妻との結婚記念日に良いワインを開けたのだが、まだいくつか残っていてね。せっかくだからこのPTで近いうちに開けようと考えているのだが、どうだろうか?」

「あー、なるほど。でも僕はそこまでワインに詳しくないんだけど……」

「それなら問題ないさ! 私が直々に教えてあげるからね!」

「……それならお願いしようかな。アーミラとかも酒弱いのに好きそうだしね」

「あ? 何か言ったか?」



 不意に名前を出されたアーミラが不機嫌そうな顔で近づいてきたので、努はゼノからの提案を話した。すると彼女は面白そうだといった顔つきになり、ちゃっかり話を聞いていたガルムとエイミーも獣耳をピクリとさせてそろりと寄ってきた。



「おー、マルトーのワインなんだ。よく何本も手に入れられたね?」

「あ、それババァから聞いたことあるぞ。なんか高ぇやつ」

「……私も名前くらいは聞いたことがあるな」

「ふっふっふ! あれを手に入れるのには苦労したよ! 迷宮都市に来た時いつか買おうと思っていた一品だったからずっと狙ってはいたのだが、ようやく手に入れたのだ!」



 どうやらマルトーというワインの銘柄が迷宮都市では有名らしく、その名前を聞いたエイミーたちは一様に関心を示している。そんな中日本ですらワインを口にしたことがない努も少し興味はあったため、ゼノの話を黙って聞いていた。



「それならばいっそ今日開けようか!」

「いぇーい!」

「ならババァに自慢してくるか」

「えーっと、クランハウスで飲む?」

「そうだね。この前一度オーリ君にも相談しているから問題ないだろう。では先に帰っていてくれ! 私はワインを取ってこよう!」



 意気揚々と肩で風を切るように歩いていったゼノ。そして楽しみだねーと話しているエイミーとアーミラと、娘に自慢されて何処かねだるような表情をしているカミーユ。



「いや、僕に期待されても困りますよ。そもそもワインとか知らないので」

「私もマルトーが飲みたい!」

「そうですか。自分で買って飲んでください」

「そんなおいそれと買えるものではないんだよ……それを、ずるい! 私も飲みたい!」



 カミーユに乗せられて奢るくらいならばダンジョンに関わる道具に使いたいので、努はにべもなくそう言った。そしてまだ仕事があるため付いてこれず恨み言を言っているカミーユを置いて、努は隣にいたガルムに話を振る。



「ガルムはワインとか飲んだことあるの?」

「私はあまり飲まないな。もう少し強い酒の方はたまに飲むが」

「へー。ドーレンさんとかが飲むやつ?」

「あぁ。……そういえばツトムはあまり一人で酒を飲んでいる姿を見たことがないな」

「基本的に人付き合いでしか飲まないからね。嫌いじゃないんだけどね、皆と飲むのは」



 そう言った途端にぶんぶんと揺れ出した尻尾を夕日で出来た影で偶然見てしまった努は、表情だけ見ると真顔のガルムに思わず呆れたような目を向けた。そんな努の視線にガルムは自分の尻尾が揺れていたのに気付くと、軽く手で押さえて止めた。



「何かと勘違いする者も多いが、尻尾を振っているからといって機嫌が良いというわけではないんだぞ。街中で犬人を観察すればわかるだろうが、何気ない時でも自然と尻尾が揺れることが多い」

「へー、そうなんですか」

「…………」



 確かにガルムの言葉は一理あるのだろうが、その恥ずかしさをひた隠すような表情では説得力がなかった。

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