第343話 白崎さん
「凄い可愛かったですよ! フェンリルの子供!」
「九十二階層は観衆からも評判良いからね。アルドレットクロウもその子供を殺して得た魔石を使ってフェンリルを召喚しようと試みているみたいだし? あれは客寄せに丁度良いんじゃないかな」
「…………」
「探索者全体の攻略が進んだ時には、シェルクラブと同じ扱いになるやもしれんな」
「……ガルムさん? 最近ツトムに毒されすぎてませんか? 危ないですよ」
「おい。というか呼び捨てにするなら普段からそうしろ。さんを口にする時間が無駄だから」
「ガルムさんはガルムさん。ツトムさんはツトムさんです」
余計な情報を与えられたダリルは意趣返しでもするようにつーんとした表情で腕を組んでそっぽを向いている。すると努は眉をひそめた後に何やら小さい声でガルムに耳打ちして、彼はそれを聞いて少し含み笑いした。
「な、なにを話したんですか?」
「ん? ダリルさんには関係のないことですよ」
「ツトムさぁん!!」
「うるさいぞ」
「うぅ……」
実に仲良さげな三人を見て正面のコリナは苦笑いした後、酸味のある葉野菜とチーズを一緒に巻いて揚げられたチキンロールカツを頬張った。そしてコリナが美味しそうな顔をしているのを見てか、アーミラも斜めに切られて半溶けのチーズが垂れているそれをつまんだ。
「よくこんなもんを毎日作れるもんだ」
「毎日の献立考えるの、凄いですよね。それに個人の栄養管理もしっかりしていますし……」
「家事に関しては右に出る者も少ないでしょうね。それに経理、備品管理や装備の点検、よくここまでの人材がクラン経営をしているものです。それにあのアーミラにも物怖じせず接しますしね」
「あ?」
「ま、まぁまぁお二人とも。落ち着いて食事をしましょうね……?」
アーミラとリーレイアに挟まれているコリナは若干ピリついた空気を察すると、ミートスパゲティをトングで器用に盛り付けて彼女たちの気を逸らした。
「フェンリル触りたい」
「わたしがフェンリルじゃなくて悪かったね。というか何で地味にハンナちゃんも触ってるの?」
「アイドルはみんなのものだってエイミーが言ってたっす」
「それは建前だよ。本当にみんなのものだったら結婚できないじゃん」
「……まぁ、それもそうっすね」
数年前に神台で聞いたエイミーの言葉を本人に否定されたハンナは、納得したような顔をしながら白い猫耳をふにふにしていた。両耳を二人にふにられている彼女はもう慣れた様子で健康的な食事を続けている。
ダンジョンの打ち合わせや準備などは各PTで行うが、朝食と夕食だけは原則皆で食べるためお互いのPTは現状報告をしつつも各自雑談している。そして食事も終盤に差し掛かってきたところで、努はフェンリル親子の話題をあげた。
「何か新しい発見があったみたいだね。迷宮マニアが何やら騒いでたよ」
「えぇ。こちらは今フェンリルの子供を救う手立てを探しているところです」
アーミラと違いスプーンとフォークを使って上品にスパゲティを口に運んでいたリーレイアは、口元を拭いた後にそう答えた。
「わかっているとは思うけど、アルドレットクロウが百階層まで辿り着くまでには九十九階層まで行くように頼むよ」
「はい。ですがそちらは大丈夫なのですか?」
「手こずってはいるけど、順調に進んできてるよ。戦力的にも問題ないしね」
「わたしとしては、今のところ問題を感じてるけど!」
「大丈夫だって。スライム相手に手こずっているのは精神的にしんどいだろうけど、一週間もすれば慣れて余裕になってくるから」
今までは階層主を突破した後の階層では初めての環境で苦戦こそするものの、突破出来る気がしないということは一度もなかった。だが九十一階層に限ってはその常識が通用せず、見た目は雑魚モンスターの相手に撤退すらしなければならない時がある。
だがそれに関しては今まで九十一階層に挑んできたPT全員がそうだったので、別に気落ちする必要はない。そのことは努も散々伝えているのでエイミーも冗談っぽく言うだけでそこまで萎えている様子はない。
ちなみに初めて九十一階層へ潜ったダリルたちはゴブリンやスライムにボッコボコにされてガン萎えしていたし、努も『ライブダンジョン!』で初めて潜った時にタンクは溶かされアタッカーは機能しないモンスターの異常な強さに発狂していた。
九十一階層のモンスターは廃人たちが発狂するほど能力値が異常に高く、それでいて対策も講じなければならない。更に次の階層へと進むには統率の取れた軍隊をも相手にしなければならないため、最初からクライマックスといった難易度になっている。
(ダリルたちには九十一階層の対策を死ぬほどやらせたから、すんなり突破出来るのも頷ける。だけど流石に一日目で突破出来るとは思ってなかったからな……)
自分がPTメンバーたちに古城階層のことを全て仕込んだので、彼らの練度は間違いなく高い。コリナが活躍出来る下地も一ヶ月近い期間をかけて入念に準備し、そして実際に彼女はそのPTメンバーと自身の能力を活かして難関である九十一階層を一日で突破した。
しかしコリナが実際にPTメンバーから自分よりも評価された時、自分の思い通りに事が進んだという充実感と共に、何ともいえないモヤモヤとした気持ちも浮かび上がってきた。
(今なら白崎さんの気持ちがわかる気がするな。うわ、面倒臭いな僕)
まだ『ライブダンジョン!』と出会う前、中学生の時から付き合っていた白崎という女性。そんな彼女とは高校もたまたま同じだったのでそのまま付き合っていたのだが、その時に努は『ライブダンジョン!』と出会ってしまいゲーム中心の生活となって白崎を蔑ろにすることが多くなってしまった。
それから数ヶ月後には白崎から家に乗り込まれ、唐突に別れを切り出された。そして泣きながら出ていかれたので努はしょうがないと思って耳にイヤホンを差し直してゲームを再開した。だがそれから数十分後に白崎は戻ってきて何故追いかけてこないのかと説教された。
その当時は自分から出ていったのに何故自分が追いかけなければいけないのか、などと思ったものだが、今ならそんな彼女の気持ちを少しは理解出来る気はした。
今の自分もコリナが活躍できる場を自分で準備したくせに、いざ活躍したとなると彼女に嫉妬してモヤモヤしている。かまってちゃんかなと努は内心自虐をしつつも、アーミラたちに目を向けた。
(コリナに嫉妬する前に、僕もこっちで活躍すればいいだけのこと。本気でやってもどっちにしろリーレイアたちを追い越すことはないし、まずはこのPTにしっかり集中しよう)
そんな結論に至れたのも、当時クソ面倒臭いと思っていた白崎が反面教師になってくれたからである。その後も結局半年くらいは粘着されたため、努はその気持ちを表に出すといかに面倒臭く思われるかを実体験で良く知っていた。
(ありがとう。白崎さん)
努は今更そんな彼女に感謝を込めつつも、少し
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