第341話 フェンリルの住まう森

「コリナさん、どのルートで行きますか? 共闘ルートが一番無難ですけど……」

「あたしは賛成っす! あ、でもあの子は何とか生かす方向で行きたいっすね! 多分救う方法はあるはずっすよ!」

「私は皆殺しルートをお勧めします。その方が経験値は得られますので」

「リーレイア! それはもういやっすよ! ハッピーエンドがいいっすー!」

「絶対生存ルートにすべき。ツトムたちもまだ九十一階層にいるから余裕がある」

「え、えーっと……」



 随分と白熱した様子で議論している四人の中でいまいち要領の掴めていないコリナは、ダリルから渡されていた資料を改めて見直す。


 九十二階層は森をモチーフとして作られていて、九十三階層へ続く黒門の鍵を握っているランページエレファントという巨大モンスターを倒せば次の階層へと進める。


 だが尋常ではない速さで森の中を暴れ回るランページエレファントを倒すには、何かしらのギミックを使うことが必須だ。例えば粘着性のあるツタの群生地に誘導して動きを止めたり、破壊不可能な岩にぶつけさせて一時的に気絶させたりなど、方法は色々と用意されている。


 そんなギミックの中でも一際目立つものがある。それはランページエレファントを凌ぐ強さを持つ歴戦のフェンリルと、まだあどけなさが残るその子供。九十二階層の裏ボスであるこの親子もギミックの一つであり、中でも物語性が高いものでもある。


 九十二階層はランページエレファントとフェンリルが食物連鎖の頂点に君臨し、その下に様々なモンスターがピラミッド型に列を成している。そしてモンスター同士の戦いが特別起きやすいよう設定されているため、探索者はそれを利用すれば楽に突破出来るようになっている。


 そして先ほどからダリルやリーレイアが言っているのは、そのフェンリルとどう関わるかについてのことだ。フェンリル親子はモンスターではあるが唯一中立なため、特に関りを持たずにランページエレファントの暴走を止めて戦えば途中から自然と共闘してくれる。


 ただそのまま普通に共闘してしまうとフェンリルの子が他のモンスターに襲われたり、ランページエレファントに狙われて死んでしまうことがほとんどだ。そのため初めは大体ランページエレファントを倒した後、死んでしまった子の前で静かに佇むフェンリルを背に後味悪く突破することになる。実際アルドレットクロウは初めそうなっていた。


 勿論フェンリルの子を救うルートもあれば、初めから殺すなりして敵対した完全体のフェンリルと戦う、はたまた親を初めに殺して子を覚醒させるルートもある。他にもこの世界ではまだ判明していないが、様々なギミックが準備されている。


 そして九十二階層で素材集めをする際、努は全てではないがいくつかのルートをダリルたちに経験させている。ただそのルートは子殺しか皆殺しがほとんどで、親子生存ルートだけは素材集めの観点からか一度もなかった。



(ツトムさんから渡された資料でも共闘ルートが無難らしいけど……。ディニエルさんのやる気が凄いしなぁ……。少しやってみるのもいいかも)



 どうやらディニエルは何が何でもフェンリルと友好な関係を築いてあわよくばモフモフしたいらしく、今までの中でも相当なやる気を見せている。それにダリル曰く突破が難しいと考えているのは九十一階層と九十六階層のようなので、確かに余裕もある。


 コリナは動物に対して可もなく不可もなくといったところで、特別関心があるわけではない。ただ努やダリルたちがまだ知らない未知の部分について検証し、新しい発見があるのなら見つけたいという気持ちはあった。



「取り敢えず無理のない範囲で、その子供を救う手立てを考えてみましょうか。もしかしたらそれで何か未知の物が手に入るかもしれませんしね」

「コリナ、流石っす! 師匠なら絶対冷めた目で見下してきてたところっす!」

「……確かに、可愛らしい子供を相手にあの目を出来る人はツトムだけかもしれませんね」



 リーレイアはフェンリルの子供を蹴り飛ばしそうな目をしていた努を思い出して、思わずそう口にした。とはいえ努は『ライブダンジョン!』をプレイしていた時、大型アプデで追加されたフェンリル親子には散々苦しめられているという背景があってこその憎しみなのだが、PTメンバーには伝わるはずもない。



「ありがとう」

「い、いえ。それにまだ救える方法があるかはわかりませんから」

「私の方でもツトムに気付かれないよう色々試していたことがある。それも参考にしてほしい」



 まるで同士を見るような目でがしっと手を握ってきたディニエルに思わずたじろぐ。そしてハンナとダリルが残っているリーレイアの方をちらりと視線を向けると、彼女は降参するようにため息をついた。



「私も異論はありませんよ。ただ、初めからそれを試す期限は決めましょう。情に流されてずるずると時間を無駄にすることだけは避けたいですから」

「そうですね。じゃあ――」



 フェンリル親子を救うルートを目指すということでPTの方針は決まり、それを前提とした準備や期間を詳しく決めていく。そしてPT一丸となってフェンリル親子生き残りルートへの挑戦が始まった。



 ▽▽



「これ、薬草ですかね?」

「多分」

「この新種は見分けづらいですね……」



 古城の中とは思えないほど広大な自然が広がっている九十二階層。その道中でコリナは薬草になる素材を見つけては引き抜きつつ、まずはフェンリル親子と出会うために歩き回っていた。



「昨日も思いましたけど、ここは本当に特殊ですね」



 馬鹿デカい食虫植物は甘い匂いに釣られてその花弁に頭を突っ込んだブルーグリズリーを捕食して溶かし、その余った下半身には空から何十匹の鳥たちが群がっている。そして粗方なくなったところで光の粒子がうっすらと浮かび上がって死体は消えていく。


 探索者には目もくれずモンスター同士で争いが頻発している光景は、外のダンジョンを思い起こさせる。現にこの階層ではモンスターの死体が残りやすい傾向もあるし、森という環境でありながらも目新しい植物や虫なども見受けられるので素材の宝庫でもある。努がここに潜った時はその素材がギルドに多く持ち込まれ、猫の鑑定士は目を輝かせていた。


 豊富な素材という観点で探索者から人気が高そうな九十二階層は、モンスターの同士討ちが起きやすいという理由で観衆からも人気がある。今まではモンスター同士で争うということは外のダンジョンと違い滅多になかったため、その物珍しさもあって迷宮マニアも考察しがいがあるのだろう。



「後ろから火竜が来てる。一応身を隠す」



 イーグルアイで索敵をしていたディニエルはそう言ってPTメンバーたちを草陰へと誘導する。それから少しすると耳をつんざくような叫び声が空から響き渡り、ディニエルたちから少し離れたところに草食モンスターの死骸が落ちてきた。


 空ではもはやモブモンスター扱いされている火竜が滑空し、その後ろを氷竜が青いブレスを吐きながら追跡している。そんな光景を神の眼と一緒にコリナは眺めつつも、ディニエルの手招きに従って静かに移動を開始する。



「氷竜……本当に出るんですね」



 昨日探索した時にも見たことがない緑色の大きな亀がのっしのっしと歩いていたのを見ていたので、コリナは驚いて声を出すことはなかったが驚いた様子で空を眺めている。



「一番驚いたのは雷竜。あれは空想上のモンスターに近かった」

「あたし速攻で死んだっす」

「暇が出来たら倒してみたいですよね。滅多に会えないですけど」



 九十二階層にある程度慣れている三人は空でのドンパチを気にせず気楽そうに話しながら、あまり音を立てないように進んでいく。だがコリナはまだ二日目なのでそこまで移動がスムーズにいかないため、リーレイアに補助をしてもらいながらも進む。



「気持ちはわかりますが、あまり汚れることを気にしないように。ここはそういう場所だと認識した方が楽ですよ」

「はい」

「ではこちらへ」



 湿り気を帯びて腐っている枝木をかき分けて進んでいくリーレイアのアドバイスを聞きながら、コリナも同じようにして深い森の中を進んでいく。リーレイアは騎士の仕事上誰かを警護したり誘導することの訓練を積んでいるため、その先導は洗練されていた。



「……ん?」



 すると何処か遠くから何か音が聞こえた。それからちょっとした地震が起きて、コリナはその慣れない感覚に驚いて思わずぬかるんだ地面に手をつく。



「少し失礼しますよ」

「うひゃぁ!」



 そんなコリナの手を取ったリーレイアは厳しい顔つきで彼女をすぐに担ぐと、ダリルの方へ跳躍してすぐに追いついた。そしてどんどんと強くなる揺れから逃れるため、予めかけられていた飛翔の願いによって空に滞空する。



「ランページですね。もう少し上に避難します」



 リーレイアはコリナの手を掴んで上に引き上げながらそう言って、高い木々の間を縫って昇っていく。そして遠目に木々がなぎ倒されていく様と、灰色の巨大なランページエレファントが迫ってくるのがコリナにも見えた。



「あ、あれがそうですか?」

「はい。ですが今回は見逃しましょう。フェンリルを見つけるのが先ですから」



 象にしては長々とした牙を二本伸ばしているランページエレファントは、耳を塞がなければ耐えられないラッパのような叫び声を上げながら森をなぎ倒していく。みるみるうちに破壊されていく自然とそれをものともしないモンスターを見て、コリナは思わず震えながらもそれを見送った。



「こ、怖いですね」

「僕も最初はそう思いましたが、罠にかけて動きを止めてしまえば大したことはありませんよ。安心して下さいね」



 ダリルは朗らかな笑顔を浮かべながらそんなこと言うと、周囲をディニエルと共に確認しながら地面へと降りた。そしてコリナもリーレイアから手を放して引き裂かれたように荒れている地面へと足を下ろす。



「っ!」



 すると突然ディニエルが焦ったような顔で弓を構えた。そんな彼女の動きに釣られてダリルやハンナも身構えた直後、コリナに向かって白い物体が草陰から飛び出して突撃してきた。



「コリナ!」

『キュイ!?』



 近くにいたリーレイアは素早く彼女を押し出す形で入れ替わり、身代わりとなる形でその白い物体と衝突する。そのまま押し倒される形で地面を転がる彼女を援護しようとディニエルは矢を放とうとしたが、その途中で目を丸くして手を止める。



「……これは」



 リーレイアにのしかかる形で乗っているその白い獣は、ぶつかってしまったことを謝るようにペロペロと彼女の頬を舐めている。それはコリナたちが救おうとしていた、フェンリルの子供そのものだった。

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