第340話 セシリアショック

「こんなところが……」



 素材集めだということで努に先導されて二つのPTが到着した場所は一つの池だった。だがその池の中身は水ではなくスライムの一部であり、素材として持ち帰れるものである。アーミラが光線ブレスで切り出して引っ張り出したスライムを見て、ステファニーは驚愕していた。


 基本的にモンスターは神のダンジョン内で倒すと光の粒子となって消え、代わりに魔石だけが残る。そのためモンスターの素材は切り落としてもたまたま粒子化しなかったものや、女王蜘蛛の糸やシェルクラブの粘着液といった特定のものしか採取は出来ない。


 ただどの階層にもモンスターの一部を採取できるポイントが存在していて、九十一階層ではスライム池、ゴブリンの廃墟、古城の瓦礫がれき付近などが挙げられる。そういったものは『ライブダンジョン!』の知識がある努が知らないはずもない。



「よくこんなものを見つけられたな。それに、うちの情報員が気付かないはず……」

「神台に何を見せるのかは、こちらに選択権がありますからね。あまり露骨にやるとバレますけど、隠蔽しようと思えば出来ますよ。アルドレットクロウもたまにやってますよね?」



 不敵な笑みを浮かべながら唇に人差し指を当てて神の眼を遠ざけている努に、ガルムの知り合いだった屈強なタンクの男性はやれやれと首を振った。



「迷宮マニアからの評判は良くないがな。だが拮抗している相手がいるのなら情報を隠すことも重要になってくる」

「それに異論はありませんよ。それにこちらは神台映りを誰よりも気にしてきたエイミーがいますからね。それに教えてもらったから上手くやれるというのが大きいです」

「……道理で情報員たちが嘆いているわけだよ。なるほど、伝えておくよ」

「そうして下さい。たまに町中で地味に睨まれる時があるので」



 情報員が気付かないはずがない、というのはブラフで本当のところは努の神台は彼らからすると非常に情報を読み取りにくいとアルドレットクロウでは話題になっていた。


 観衆に対しての見せ場はきっちり見せつつも、重要な情報だけは包み隠すその立ち回りに情報員たちは苦汁を飲まされていた。そして当の本人である努からも確認を取った彼は、情報員たちのぐぬぬといった表情を思い出して苦笑いしながらガルムの方へ戻っていった。



「……よろしいのですか?」

「九十一階層の突破を手伝ってくれるんだから、これくらいの情報ならいくらでも提供するよ。流石に九十六階層については教えられないけど」



 ステファニーの窺うような言葉に努は何てことないといった顔で答える。素材採取ポイントや神台での情報隠蔽の確認くらいならばそこまで痛手になることはない。それで厳しく見積もっていた九十一階層を楽に突破出来るのなら協力は惜しまない。



(ま、最初はシルバービーストとまた共同探索しようと思ってたんだけど……)



 シルバービーストも最近になって九十階層突破の兆しが見えてきたので、初めは彼らを加え共同探索する予定だった。だがそれよりも先にアルドレットクロウが入ってきたので、努はそれでもいいかと判断して共同探索を行っている。


 シルバービーストも九十階層に辿り着いてからは突破を目指して躍起になっていたが、中でも走るヒーラーとして注目されているロレーナへの期待は大きかった。だが中々突破は出来なかったし、九十階層に潜る度に少なくない費用がかかる。


 シルバービーストは元々孤児たちを保護するための資金稼ぎだったり、恵まれない者たちに生き抜く術を教えることを目的としたクランだ。そのため赤字が続く九十階層へ挑むことに関しては、当人たちの中で迷いがあった。それに実力や練度にも問題があって突破出来ず、若干ギスギスとした空気が流れることも多くなった。


 だが孤児たちへの新人教育については以前から入念に行われていて、それはどんな時でも継続されてきた。そして自分たちを救い上げてくれたミシルたちに感謝している者がほとんどだったので、たとえ赤字になろうと九十階層に潜ってくれといった気持ちは教育を受けてきた者たち全員が持っていた。


 既にシルバービーストを出て探索者として活躍していた者から、まだ小さくクランハウスの雑務などを行っている子供たちまで。世話になっていた者たちは自分の出来る範囲でお金を集め、九十階層に挑むミシルたちにそれを渡した。


 自分を応援してくれるその気持ちと、自立している者が多く出ていることが伝わる金額のGを渡された。ミシルたちはその出来事があってから明らかに強くなったと情報屋から聞いている。そして一時期は死んだような目をしていたロレーナも、今では楽しそうに九十階層へと潜っている。



(金色の調べと紅魔団も、最近ようやく動き出したしなー。ユニークスキルなんてチート持ってるんだからもう少し頑張ってくれ)



 ついこの前クラン同士の同盟を解消した金色の調べと紅魔団。ようやく彼らはタンクがアタッカーのついでという軽い意識では到底こなせないことを理解したようだ。お互いのクランのヒーラー、ユニスの補佐をしているミルウェーと、努に名立たるヒーラーとして名前を呼ばれず地味にショックを受けていたセシリアの提言もあった。


 現在は変異シェルクラブでたまたま上手くいった事例を忘れ、お互いシンプルなアタッカー2タンク2ヒーラー1の構成に戻して練習をしているようだ。そして金色の調べの一軍ヒーラーは同盟解消とPTの再構築を提言したミルウェーが担当している。



(……あの馬鹿、このままスキル開発に勤しむつもりか? 一先ずはお団子レイズで功績は十分なんだから、普通に参加すればいいものを)



 新たなスキルを開発しようと躍起になっているユニスは、今回ミルウェーに譲る形で二軍に甘んじているという。そんな彼女に努は妙な苛立ちを覚えながら歩いていると、後ろから抗酸装備の袖を掴まれた。



「……ツトム様?」



 振り返るとステファニーが俯きながら袖を掴んでいた。しかし何だか危うい気配を感じたのでその顔が上がる前に彼女の手をそっと払う。



「……探索に集中しないとね。ありがとう」

「いえ、そんなことは……」



 その声色は至って普通だったが、努は振り返ろうと思えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る