第339話 アルドレットクロウとの共同探索

「う、ぐっ……」

「メディック」



 ゼノはやぐらのような形状をしたスライムたちから放たれた酸弾を顔に当たる寸前で何とか避けたが、恐るべき速さで繰り出された触腕で後ろから頭をどつかれてスタン状態に陥る。それを予測していた努は打撃が当たった直後にメディックを当てて回復させた。



「死ねっ!」



 アーミラはゼノがヘイトを買っている櫓スライムに対して、努が指示した通りの位置をブレスで断ち切れるように練習をしている。その少し離れたところではエイミーとガルムが自分でポーションを使って回復しながらゴブリン軍団と戦闘を行っていた。


 努率いるPTは昨日の午後行ったところと同じように、個人練習を中心に九十一階層を探索していた。そして今日はガルムではなくゼノが努の指示下で練習をしているが、大分苦戦している様子だった。


 水の入ったバケツを頭から被ったかのように発汗し、銀髪がしっとりと濡れているゼノは膝に手を付いて息も荒い。そんな戦闘終わりのゼノに努はメディックをポンポンと当てた後、余り物の青臭い青ポーションを飲んで顎に手を当てた。



「さっきの酸弾を避ける判断は良かったけど、触腕の攻撃予測がまだ甘い。朝にも言った通り頭にさえもらわなければスタン状態には陥らないから、頭以外で受けることは大前提。次はそこを意識してみて」

「それは、わかっているのだがね……」

「昨日の一生スタンして装備を溶かされてる状態に比べれば大分良くはなってきてるし、この調子なら問題ない。じゃ、次行くよ」



 昨日は主にガルムが努の指示下でスライムやゴブリンとの戦い方を練習していたが、傍から見ていても彼の要求するタンクのレベルは高かった。なので今日努に指名されたゼノは嫌な予感を覚えてはいたが、案の定中々の地獄を味わっていた。



(それでも昨日のガルム君よりはマシなのだがね……いやはや、彼はよく耐えられたものだな?)



 昨日の努はガルムをスライムの群れに特攻させ、非常に過酷な実戦形式での練習を楽しそうに行っていた。対策が必須という強敵のスライム相手に驚異的な対応力で善戦するガルムを見て凄いだとか、よくかわすなぁなどと笑顔で感心しながら迷いのない一直線な回復スキルを使っている姿は中々怖かったし、そんな努の無茶な要求にも真顔で応えて傷を負いながら戦い続けたガルムも末恐ろしかった。


 そんな昨日の地獄を見てきたので今日指名された時はモンスターの群れに放り込まれることも覚悟していたのだが、自分に対する指示はそこまで無茶なものではなかった。


 まずはVITの恩賜が薄い頭に当たれば一撃死もあり得る酸弾を防ぐことから始まって、今は縦横無尽に動く触腕を避ける訓練を課せられている。基本的に戦闘の途中は支援回復をするだけで自分に戦闘判断を任せられ、終わってから動きを評価されて改善案を出される。


 その指導方法は自信過剰とはいえ頭は回るゼノには合っていたし、何処となく七十階層対策で訓練をした際の妻にも似ていた。しかもどうやら神の眼もゼノに合わせて律儀に操作しているようで、辛い時はこれ見よがしに神台映りを意識させてくる。


 そんな訓練を一時間ほど行った今では確かに昨日より酸弾を被弾する数は激減し、触腕の動きも段々と見えやすくなってきていた。自分の実力よりも少し上を求めてくるので中々に辛いところもあるが、着実にその成果が出てきている。


 そして自分が休んでいる間に努はエイミーとアーミラのスキル回しや、ガルムにゴブリンの特徴と攻撃パターンを再確認させている。そうしながらメモ用紙にかりかりとクランメンバーのことを書き込んでいる姿を見て、ゼノは後ろからこっそり近づいてそれを覗き見た。


 何十枚と束になったものが纏まっているメモ用紙には、びっしりとした文字と図のようなものが書き記されていた。それを見てゼノが息を呑んで驚いたように眉を上げていると、努はこちらに気付いて振り返ってきた。



「もう休憩は終わりでいいかな? それじゃあまた始めるよ。アーミラの所のやつも再生してきたし」

(……よくここまでクランメンバーのことを考え、指導できる余裕を作り出せるものだね? エイミー君はツトム君のことをダンジョン脳だと揶揄やゆしていたが、本当にそうなのだろうな)



 探索者が映る神台を見て改善案を提示する監督のような者は、アルドレットクロウのマネージャーや迷宮マニアの中にも存在している。そういった者たちがいた方がPTの完成度は高まることは事実あるが、現役の探索者でそういった能力のある者はほぼいない。


 候補としてはアルドレットクロウのルークが上がるが、最近はステファニーに軍配が上がるだろうか。とはいえアルドレットクロウもPTごとのマネージャーがそうした指摘をすることがほとんどで、彼女もその意見を参考にしていると新聞記事で書いていた。


 だが努はどうなのだろうか。最近はクランハウスを運営していると言っていいオーリも神台を見始めたとはいえ、努に口出しをしている様子はない。それに努は九十階層突破の熱が冷めてからそこまで話題にはならなかったが、しれっと九十九階層まで辿り着いている。探索者としての実力を維持どころか向上させながらも、PTの指揮やクランメンバーへの改善点も提示している。



(経歴については未だに謎ではあるが……こうして考えるとまさに神のダンジョンのために生まれたと言っても過言ではない存在だな。その代わり人間性についてはあまり良い噂は聞かないが……)



 迷宮マニアからはソリット社騒動の際にその発端者をスラムに叩き落して今も生き地獄を味わわせていると聞いているし、スタンピードの時に努の民衆に対する異常なまでの冷たさも目にしている。更にクランメンバーのハンナやリーレイアも努は性格が悪いなどと散々愚痴っている姿も見受けられたし、観衆からの人間的な評価もあまり高くはないだろう。


 アーミラが真っ二つにした櫓スライムは核のある場所から再生していたので、一部のものはもう再起している。そんな櫓スライムにコンバットクライを送り酸弾を抗酸装備で覆われている腕で防ぎつつ、ゼノは再び対峙する。



(いやしかし、私からすれば冷めた印象こそあれどそこまででは――)



 そんなことを考えていて若干動きが鈍っていたゼノの後方からスライムの太い触腕が迫り、その頭を上から叩き下ろす。その衝撃で思いきり地面に顔を打ち付けて沈んだゼノに対して、努は回復スキルを送らず声をかけた。



「ゼノ、動きがさっきより大分悪くなってるよ。まずは目の前のモンスターに集中してくれ。そうしないと上達するものもしないから」

「あ、あぁ……すまない」

「ヒール」



 当人の彼からそんな指摘をされたゼノは取り敢えず思考を頭から追いやり、目の前でうようよと触腕を生やしている巨大な櫓スライムに意識を集中した。



 ▽▽



「ぐ、偶然ですわね。ツトム様」

「あぁ、うん」



 昨日は三回ほど九十一階層へ入り直したのに運悪く合流出来なかったステファニーは、今日二回目のチャレンジでようやく努と出会えて感激したように両手を握っている。ただその後ろにいるアタッカーやタンクたちは若干呆れた顔をしていたので、努はその表情で色々と察して何とも言えない顔をしていた。


 とはいえタイミング的には丁度良かった。今のところ午前中は最も重要な階層に対する練習をして午後は自由探索というスケジュールで動いているため、午後の休憩を終えた後に合流するのがベストだ。



「それじゃあ昨日話した通りの条件でいいかな?」

「はい! その代わりに黒門はお譲りしますので!」

「了解。それじゃあ今日は素材集めを手伝うよ。こっちはまだ練度不足だから」



 努たちが素材集めを手伝う代わりに、ステファニーたちは九十一階層を突破する手伝いをする。昨日話した際に合流した時はその条件で一時的に手を組むことを約束していたので、無限の輪とアルドレットクロウの合流はスムーズだった。



「おぉー。生のエイミーだ」

「生のエイミーってなにさ。ギルドとかでも見かけるでしょ?」

「でもやっぱりエイミーといえばダンジョンの中にいる時だからね。最近は可愛さよりも強さって感じだけど」

「ふふーん」



 エイミーはアタッカーの女性に褒められて満更でもないように鼻を高くしている。それを切っ掛けにお互いのクランメンバーたちは軽い会話をしながら一緒に九十一階層を探索していく。



「ガルム、これいるか?」

「うむ、頂こう」

「はっはっは! 私も頂こう!」

「……まぁいいけどよ。そっちもヒーラーが厳しくて大変そうだな?」



 ガルムは探索者としては古参で有名だった時期も長く、同業者とは交流もある程度していたので知り合いも多い。ゼノは初対面だろうと物怖じしないため問題ない。



「よぉ、ニクス。てめぇも九十階層突破しやがったのか」

「ステファニーさんの働きが大きいけどな。そっちもてっきりツトムさんが入るのかと思ったが、自力で突破するとはな」

「コリナも中々やるだろ? 見かけは臆病な奴にしか見えねぇけど、意外と根性あるんだよ」



 他人との交流に関しては不安があったアーミラも、アルドレットクロウ側には和解した元クランメンバーのニクスがいたおかげで問題なさそうだった。


 そんなクランメンバーたちを見て一先ず安心した努は、先ほどから熱い視線を一心に向けてきているステファニーをちらりと見返した。すると彼女は動揺したように目を逸らし、恥ずかしそうに桃色の髪を指先で弄り始める。



(前よりマシにはなったと思うんだけど、まだちょっと怖いんだよなぁ……)



 以前に比べるとステファニーの顔つきや雰囲気は良くなっただろう。その象徴でもあった目の下の隈はさっぱりと消え、げっそりとしていた様子もなくなった。自分に向けてくる視線には若干の媚びは感じられるが、弟子の期間を終えた後の尊敬するようなものに近くなった気はする。


 とはいえ恐ろしい行動をした事実は変わらないし、前に九十一階層で会った時の背筋がぞくりとするような気配もまだ覚えている。その後の対応も努としては今思い返すと不味かったのではないかと思うのだが、何故か上手い方向に行っているようなのでよくわからない。



「九十六階層は、中々苦労してるみたいだね」

「はっ、はい! あのよくわからない竜はどうにも……」



 しかしこのままPTリーダーでもある自分たちだけ黙っているわけにもいかないので、努はダンジョンのことについて話を振った。するとステファニーも助かったといった顔でその話に乗ってきた。


 無限の輪とアルドレットクロウの共同探索は、そんなやり取りがある中で始まった。

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