第337話 馴染んでいる違和感

「こいつ、ゴブリンの癖にやるな! 龍化!」

「ぜんぜんいい攻撃入らないんだけど!」

「ヘイスト、メディック」



 九十一階層の構造は何度潜ってもほとんど変わらないため、黒門までの道を把握している努が指示する方向へとPTは進んでいく。そしてその途中ではぐれゴブリンやスライムなどを相手に、PTでの戦闘練習が行われていた。


 いつぞやの草原階層ではゴブリン相手に無双していたエイミーも、今はじりじりとした戦闘を強いられている。ガルムとゼノも抗酸装備を着込んで触腕を動かして攻撃してくるスライムを相手に防戦一方となっていた。


 その中で努は特筆すべきことがないほど普通の支援回復をしていた。武骨な剣を振りかざすゴブリンと一対一で戦っているエイミーたちにはヘイストを、弾力のある触腕で茶色のマスク越しに顎を思い切り叩かれてスタン状態に陥っているゼノにメディックを送る。



「ちっ、雑魚が手こずらせやがって」



 一番初めにゴブリンを倒したのはアーミラだった。倒したゴブリンからドロップした風の中魔石を拾った彼女は、まだ身体が動かし足りないとアピールするように黒の大剣を振り回して周囲の草木を揺らしている。


 その人間が振り回せるとはとても思えない大剣を振りかざす彼女の攻撃を、ゴブリンは上手いこと避けてはいた。だが龍化した直後にどうしても避けきれない攻撃があったので、ゴブリンは持っていた小盾で受け流そうとした。だがアーミラの大剣は無慈悲にもその小盾ごとゴブリンを圧し潰すように切り裂いた。


 恐らく龍化した彼女の強力な攻撃を受け流せるのは、次の階層へと続く黒門を守護しているゴブリンの中でも限られるだろう。はぐれゴブリンは四十階層主の腐れ剣士と同程度の技術は持ってはいたが、彼女は圧倒的な力によってそれを圧し潰した。



「にゃー、これは慣れがいりますね~」



 その後エイミーもゴブリンを倒すことは出来たが、はぐれゴブリンですらこの強さだということを認識して盛大に苦笑いしていた。この先には完全武装したエリートゴブリン軍団、強化されているスライムにグレーウルフ、更にそれを指揮するゴブリンキングまで控えているので苦笑いするのも無理はない。



「一匹でこれかぁ……」

「何だ? 怖気づいたか? 何なら俺が全部倒してやってもいいぜ」

「最初舐めてかかって龍化もしないで、そのまま負けそうになってたくせに」

「はいはい。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。前のPTも同じような感じだったけど、練習すれば余裕を持って突破出来たから」



 九十九階層まで辿り着いた前のPTでも、リーレイアがエイミーと同じくらいはぐれゴブリン相手に苦戦していた。はぐれゴブリンの強さは、子供の姿をした歴戦の傭兵みたいなものだ。自分より背が大分低い割に、その戦闘技術は腐れ剣士に匹敵する。勿論そんなモンスターを相手にした経験は誰もないので、初めは不慣れな戦闘を強いられるため苦戦するのが普通だ。


 だが慣れてくれば問題ない。そもそも体格差がある時点でこちらの有利は揺るがないため、それぞれ対処に慣れてくれば処理できる。



「タウントスイング」

「それに、安定したタンクも見込めそうだから問題ないかな」



 事前知識があって初めから抗酸装備があるとはいえ、既にガルムはスライム相手に安定した立ち回りを確立していた。どんなモンスターを相手にしてもすぐに対抗策を考えて実行に移せるその対応力には、やはり目を見張るものがある。



「ぐっ、中々、やるじゃないか。だがこのゼノを倒すまでに至らないぞ! さぁ来たまえ!」

「こっちはもう少しかかりそうだけど、及第点はいってるよ。メディック」



 ゼノはスライムの触腕でボコボコにされて脳をどんどんと揺さぶられ、今は千鳥足のKO寸前といった様子だが死んでいないだけマシだ。前のPTでは抗酸装備がなくハンナが文字通り溶けていたため、努からすると中々の地獄だった。だが今は充実した装備があるので問題ない。



「アーミラ、ガルムの方のスライムにブレス試してみて。エイミーはゼノの方で動く核を刺す練習で」

「おう」

「はーい」



 抗酸加工されている手袋やブーツに不備がないか確認したエイミーは苦戦している様子のゼノへと駆ける。そして龍化によってうっすらとした赤い気を纏っているアーミラはのっしのっしといった足取りでガルムに近づいていく。



「火竜気分かよ。きびきび動け」

「っるせーな。一点集中のブレスを吐くのはまだ時間かかんだよ」



 舌足らずな声で文句を言いながらガムでも噛んでいるようにもごもごとしているアーミラは、ガルムにアイコンタクトで確認を取った後にがばりと大口を開いた。すると赤いレーザーのような炎が発射され、スライムを貫いた。そのまま十字を書くように顔を動かすとスライムは四等分されて地面に落ちた。



「もっかいだ」



 四等分されてもまだぷるぷると動いて再生しようとしているスライムに、今度は一般的なブレスと言える炎を吐き出して焼き尽くす。するとスライムは光の粒子となって消え、水の中魔石が残った。



「スライムにブレスが通用するのは嬉しいけど、相変わらず見た目悪いね」

「ババァからも同じこと言われたわ。見た目なんざどうだっていいんだよ」



 カミーユはブレスを吐く際強く息を吹きかけるようにして放つが、アーミラはがーっと口を開けたまま放つ。アーミラ曰くその方が楽らしいが、ビジュアル的には中々に酷い。特に大口を開けて吐いているブレスをそのまま動かす時はちょっと間抜けに映るだろう。



「それは後で相談するとして、もう少しブレス試してみようか。ゴブリン軍団相手にする時に多用するだろうから」

「あぁ」



 今も戦っているエイミーたちを見ながらアーミラはぶっきらぼうに返す。だがその顔自体は満更でもなさそうだった。



 ▽▽



 そろそろ探索を終える時間帯である夕方。努たちより少し早めにダンジョンへ潜ったコリナ率いるPTは、既に九十一階層を越えて九十二階層の様子見を終え黒門への帰路についていた。



「……本当に上手くなりましたね、コリナ。ここまで変わっているとは思いませんでした」

「へ?」



 その途中でリーレイアから心底驚いたような表情でそう言われたコリナは、歯が抜けたような顔をした。だがそれに続いてダリルとハンナもうんうんと頷く。



「本当ですよ! まさか一日で九十一階層を越えられるとは思いませんでした! 支援回復、凄い良かったです!」

「そうっすよ! 師匠と同じか、それ以上はあったっすよ! それにあたしはコリナの方が優しいから好きっす~♪ なんというか、あれっす! 人の温かさを感じるっす!」

「いや、でもここまで上手く出来たのはツトムさんが色々と教えてくれたからなんですよ」



 コリナはこのPTが組まれる前日に努から二時間ほど口頭でこのPTでの立ち回りを説明され、わかりやすく纏められた資料も貰っている。それに九十一階層のことを深く理解していたダリルやリーレイアの働きも大きいし、このPT自体が初めから祈祷師である自分に合わせられていたかのような違和感も覚えていた。



「いや! コリナもぜんぜん負けてないっす! 大丈夫っすよ!」

「僕としても前より支援回復が多く来るので助かってますよ? それと九十階層を突破してからは、何だかツトムさんと同じように指示をすることも多くなりましたしね」

「それは、そうかもしれないですけど……」



 確かに九十階層をあのメンバーで、それも努にそこまで助言されることもなく突破出来たことは大分自信に繋がった。それによってこのPTでも一日目で九十一階層を突破するという、思いのほか早い成果も得ることが出来た。



(でも、普通だったらこんなに早くPTに馴染めないよね……?)



 コリナはいくつもの野良PTを渡り歩いてきた経験はあるが、ここまで早くヒーラーとして入り込めたことはない。特に白魔導士の代わりとして入れられることがほとんどで、祈祷師の回復遅延でトラブルが起きることはしょっちゅうだった。それはいくら同じクランハウスに住んでいるとはいえ、避けられないことだろう。


 だがコリナはダンジョンに入って三十分ほどですんなりとPTに馴染めた。回復の遅延に関してもダリルは気にした様子がなかったし、ハンナは最近まで祈祷師と組んでいたのではないかと疑うほどに動きをこちらに合わせていた。タンク二人の動きは完全に自分へと合わせられていた。



(多分、ツトムさんが事前に祈祷師みたいな立ち回りをして合わせてた……? そうとしか思えないくらい、上手く行き過ぎてる。初めからこんな想像通りにPTが動いたことなんて一度もない。多分だけど、私が九十階層で止まってる間にずっと調整してた……?)



 よく白魔導士の代わりとして仕方なくPTに入れられていたコリナだからこそわかる、ヒーラー特有の違いや合わせなければいけないポイント。だが今日それを意識したことは、今思い返せば一度もなかった。


 初めからここまで想像通りに人が動いて上手くいくのなら今まで何の苦労もしていない。それをコリナは無限の輪に入る前の探索者時代、嫌というほど経験してきた。


 だがもしあの嫌な経験がなければこの違和感に気付けず、これが自分の実力だと勘違いしていたかもしれない。現にダリルやリーレイア、ディニエルですらも自分が上手いという評価を下している様子だ。そう考えるとあの嫌な記憶も、少しは役に立ったと思えた。



「明日には九十二階層も攻略する。コリナもその調子でよろしく」

「あ、はい……」



 若干やる気になっているディニエルからそう声をかけられたコリナは、そんな考えもあって自然と小さい声で答えた。確かに自分もヒーラーとして成長してきたことは事実だ。だがこのPTの影に努が大きく関わっている背景が想像できたコリナは、若干の寒気すら覚えながら黒門へと入って帰還した。

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