第336話 エイミーブレス

「九十一階層は、端的に言えば草原階層で出てきたモンスターの強化版が出る。だからゴブリン相手でも油断しないように。あとスライムがとんでもなく強化されて凶悪になってるから、ガルムとゼノは抗酸装備を失わないようにね」



 ギルドに行くまでの道中で古城階層の特徴と今日から潜る九十一階層について努が確認も含めて説明していると、ガルムは革職人によって丁寧に縫い付けられた抗酸装備を見ながら頷く。



「あぁ、ドーレンさんからもそれは聞いている。それにこの装備でもあまり長い時間は防げないのだろう?」

「うん、だから予備は何着か準備してあるよ。新しい工房になってからはある程度量産できるようになったから、駄目になったらどんどん替えていく予定」

「これほどの手間をかけられた物を替えていくのは忍びないが、仕方ないのだろうな」

「ありがたく使わせてもらおう!!」



 以前から改良が重ねられているその装備の生産過程を、装備が重要なタンクのガルムやゼノは何度か自分の目で見てきている。今回の抗酸装備は酸性の唾を持っているコルットリザードの皮を主に用いているが、その中でも特に丈夫な頭部の皮を使用しているため加工が難しい。更にそれを防具に合わせて縫い付ける作業は丸一日かかり、ガルムやゼノはその作業風景を見ていた分、足から頭まで作られた革装備を感慨深げに見ていた。



「なんか、スライムの核も動くんでしょ? ディニちゃんが狙いにくいって愚痴ってたよ」

「そうだね。しかもこのPT、あんまり魔法系で強い人いないから苦労するだろうね。アーミラの龍化ブレスでどこまで削れるかもわからないし」

「ババァよりは出せるぞ。はぁー……」

「今のお前からは違うブレスの残り香しかしないだろ。近づくな」

「あ?」

「ならわたしのブレスは綺麗だね!」

「いや、エイミーもキツいけど」

「え!?」

「冗談だよ」



 驚いたように白い尻尾を立てたエイミーに努がそう返すと、彼女はてしてしと肩を叩く。アーミラは自身の口に手を当てて息を吐き、その口臭が思いのほか酷かったのか咳き込んでいる。そんな三人を後ろから見ながらもゼノは隣にいるガルムに尋ねた。



「草原階層に近いとなると、何だか懐かしい気分になりそうだね。ガルム君は何か思い出でもあるかい?」

「……あの時は周りを見る余裕もなかったからな。だがやはり面白かったというのは覚えている。初めは全員がレベル1だったからというのもあるのだろうが」

「そうか、それは羨ましい限りだよ。私は神のダンジョンが出来て少し経ってから迷宮都市に来たからね。……他にも神のダンジョンが出現でもしたら、レベルもリセットされるのだろうか? それなら私としては是非とも出来てほしいのだがね」

「それはどうだろうな。新しいジョブでも出来るのなら違ってくるだろうが……」



 努率いるPTはそんな調子で世間話を交えつつもギルドへと入った。相変わらず人口密度の高いギルド内の受付は混み合い、神のダンジョンから持ち込まれた素材や魔石を鑑定する者たちはあくせく働いている。


 新規の探索者も続々と出てくるせいか、その怖い外見から人気のないスキンヘッドの受付担当ですら大分並んでいる。複数設置されている魔法陣からは続々とPTが転送されて消えていき、黒門からはどんどんと出てきては歩いていく。


 そんな中で先にギルドへ着いていたコリナたちは既に神のダンジョンへと転送される魔法陣の前に立っていた。努は遠目のコリナと少しだけ目を合わせた後、いってらっしゃいと手を振る。するとその隣にいるハンナがばさばさと青翼を動かし、その隣にいるノームも元気さをアピールするように両手を掲げた。


 同じ階層へ潜る場合はタイミングを合わせて潜り、十人でダンジョンを探索するというのも悪い手ではない。クランメンバーならば意識の統一がしやすいのでモンスターとも効率よく戦えるし、他のPTでも利害が一致すれば一時的に協調することも神台でよく見る光景だ。最近ではアルドレットクロウがそれで九十一階層の素材集めを効率よく行っていた。


 だが階層主のいる階層では一緒に潜ることが出来ないため、十人での探索に慣れてしまうと弊害も出る。それに次の階層へと続いている黒門は一つのPTが使用した時点でランダムな場所に移動してしまうため、階層更新の効率でいえば五人PTが別々になって潜る方がいい。



「あれが無限の輪……?」

「PTはそんなに変わらないんだな」

「あ、エイミーだ」

「あの二人って元々はギルド職員なんでしょ?」

「あんまりじろじろと見るなよ。一応は同業者なんだから」



 先に九十一階層へと転送されたPTを見送ってから受付へと並ぶと、周りの探索者たちはひそひそとした声で努たちPTの話をしていた。七十階層以降まで辿り着いている中堅などは特に反応しないが、まだ神台を見ていた頃の自分が抜けきっていない者たちは一桁台に映れる者たちを有名人でも見るような目で見てしまうことが多い。



「ダリル君、行っちゃった……」

「あっ、ガルムさんだ。相変わらず身長たかっ」

「ダリル君も実際見ると結構大きいよねー。ガルムさんと並ぶと小さく見えちゃうけど」



 ギルドには基本的に探索者かそれに関わる者しか立ち入れないが、その中でも誰かのファンになっている者は存在する。無限の輪では男性からはエイミーを筆頭に、他の者たちもある程度のファンはいる。女性からはダリルとガルムの二強である。



「ゼノも……よく見ると格好良くはあるよね」

「既婚者だけどね」

「うん、やっぱガルムかな」

「私もー」

「あっ♡」

「……ん?」



 ガルムに注がれる熱い視線とこそこそとした声。だがそれに混じって何処か聞き覚えのある声が横から聞こえたので努が振り向くと、異常に近い距離で彼女は目の前に立っていた。



「うわっ!」

「そ、そこまで驚かれると傷つきますわよ?」

「……いや、それだけ近い距離にいたら誰だって驚くよ」



 いじいじと桃色の縦ロールを指先で弄っているステファニーは、少しだけ拗ねたような表情で努を上目遣いで見つめた。病的だった目の下の隈も消え、ガンギマリだった目つきも今では丸くなってきている。そんなステファニーの後ろには、先日彼女がヒーラーを務めて九十階層を突破したアルドレットクロウのクランメンバーが控えていた。



「ツトム様も今日から他のPTで九十一階層へ潜るのですか?」

「そうだけど、ステファニーも?」

「はい! もし一緒の階層になった時は黒門をお譲りしますよ! 今回は素材集めとレベル上げが目的ですから!」

「そう、助かるよ」

「ところでツトム様、ダンジョン探索の方はいかがですか? 勿論、九十六階層についてはお聞きしませんので雑感をお聞かせ頂きたいのですが……」



 きらっきらの目をしているステファニーは自分たちが現状詰まっている九十六階層のことを抜きにして、努の話を聞きたそうにしている。ステファニーからは以前のような狂気は感じないので、努は後ろを若干気にしつつも彼女と話した。



「まぁ、そんな感じかな」

「そうなのですね!! ちなみに装備の方はどうされていますか? 最近杖も変えたと思うのですがどうですか?」

「……えーっとね」

「あっ、装備のことを聞くのはマナー違反でしたね! 失礼しました! そういえば以前行っていたあのお店、新しいメニューが出たそうですよ。何やらクリームを乗せたパンケーキのようでしたが……」

「いや、何か無理してない? 頑張って話してる感が凄いんだけど」



 努としてはあまり乗り気ではなかった会話ではあったが、ステファニーは事前に話す内容を考えていたのか並んでいる間に話が途切れることはなかった。ただそのせいか会話のテンポが早すぎたし、何だかステファニーが無理をして会話を持たせているなというのは伝わってきた。なのでそう指摘をすると彼女は後ろに浮かばせているスキルを忙しなく動かしながらも、ピンク色の目をきょろきょろとさせた。



「別にそこまで気を遣わなくても大丈夫だよ。ほら、受付も空いたからPT契約してこないと」

「い、いえっ、はいっ。それでは、ツトム様。もしもダンジョンでお会いした時はよろしくお願い致しますわ!!」

「あぁ、お手柔らかによろしく」



 もし合流した時のことも考えていくつかお互いの条件を擦り合わせながらも会話していた努は、どぎまぎしている様子のステファニーと別れて受付でPT契約を済ませる。その際に後ろからエイミーとアーミラの白けたような視線を感じはしたが、気にせず魔法陣の方へと向かう。



「あれが噂のステファニーさんだね。あれ、ツトムがギルドに入ってきたところを見計らってしっかり並び順意識してたし、話してる内容もなーんか怪しかったなぁ」

「おーおー、大した弟子じゃねぇか。探索者としての弟子だけの関係かも怪しいところだな。こいつのことだから師匠の立場を利用していかがわしいことでもしてんじゃねぇか?」

「下手な詮索はやめてくれ。さっさと行くよ。なんかステファニーたちと合流しそうな予感がするから、初めのPT合わせは早めにしておきたい」



 大体嫌な予感は当たるので十人で探索することになる前に、最低限の連携は取れるようにしておきたい。特にアーミラとゼノとは何度か会わせておきたいので努はひそひそ話をしている二人の背中を押し、魔法陣へと向かわせた。



「エイミー、見た目がゴブリンだからって前みたいにはいかないから気を引き締めるように。アーミラも龍化で調子づいて特攻するなよ。最悪見殺しにするからな」

「はーい」

「けっ」

「それじゃ、行こうか。九十一階層へ転移」



 納得していないような雰囲気をかもし出している二人に声をかけた努は、四人が魔法陣へ入るとすぐに九十一階層へと転移した。

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