第335話 代役の難しさ

「うおぇっ!? うおぇぇぇぇ!!」

(何で僕が朝から酔っ払いを介抱しなければならないのか)



 祝勝会の翌日。調子に乗って飲みすぎたせいで酷い二日酔いに陥り、今もトイレの便器に縋りつくような形で吐いているアーミラ。そんな彼女に努はメディックをかけつつも背中をさすって吐き気を促していた。


 何かと誰かに張り合うアーミラはカミーユの娘だというにもかかわらず、何故かダリルに飲み勝負を挑んで呆気なく潰れた。更に龍化して宴会芸のようなものも披露したせいで精神力不足に陥り、尋常ではない眩暈や吐き気が今の彼女を襲っていた。


 ついでにゼノも勝利の美酒に酔いしれ、つまりはワインを飲みすぎて恐らく体調を崩している。その証拠に今日の朝の走り込みは彼だけ来なかった。



「おえっっ!!」

(幸先は最悪だな、PT合わせ)



 今もげろげろと青ポーションの残滓ざんしを吐き続けているアーミラにげんなりしながらも、努は今日から始まるPT合わせに不安を覚えていた。


 PTメンバーだけで見ればただ努とコリナが入れ替わるだけだが、一ヶ月半近く固定PTを組んでいたヒーラーの代わりとして入るとなると話は違ってくる。無限の輪のPTは今までそこまで長く、それも一つの階層を攻略するためだけに時間をかけたことはない。コリナが率いていたPTは九十階層に向けて洗練され、結束力も強くなっていただろう。そんなPTのヒーラーを務めるというのは一筋縄ではいかない。


『ライブダンジョン!』でも同盟クランのヒーラーがTA大会の直前で病欠してしまい、代わりに自分が入るという経験をしたことはある。しかし同レベルの白魔導士で実績も自分の方が上だとしても、既に完成していたPTの中に溶け込むことは難しい。それも祈祷師の代わりとなればその難易度は跳ね上がる。



(まずは龍化がある戦闘にまた慣れることと、奥さんが書いてくれたゼノの活かし方を参考にいくつか試して……。あとは数日コリナの立ち回りを真似して様子見かな)



 ヒーラーが祈祷師だったPTの代わりに白魔導士が入ると『ライブダンジョン!』でもアタッカーやタンクが戸惑うことは多かった。それも他のヒーラーと組む経験の少ないアーミラやゼノは余計混乱する可能性が高い。その混乱を防ぐための予習はしてきたが、何分この世界でするのは初めてなので結局のところやってみなければわからない。



「……もう治った」

「そう」

「ありがとな」

「これに懲りたらお酒はほどほどにしなよ。あと龍化しながら寝るのもね」

「わーってるよ」



 精神力を回復した後にメディックで治療されたアーミラは、最後に青い唾をペッとした後に備え付けの魔石を入れてトイレの水を流した。努も二日酔いを治すメディックに関しては日に日に上手くなっているため、彼女はもうスッキリした顔をしている。


 そして暮らしていくうちに自然と女性用になっていた一階のトイレから出て、努は丹念に手を洗ってからリビングへ向かう。するとクランハウスのリビングには準備を整えた様子のゼノが優雅に紅茶を飲みながら待機していた。



「お、ゼノ来てたんだ。二日酔いは大丈夫だった?」

「起きた時は頭が割れるかと思ったが、朝一番で治してもらったよ。はっはっは!!」



 どうやら他のヒーラーにお金を払い治してもらったのか、特に二日酔いを引きずっている様子はない。エイミーとガルムは元々お酒に強いこともあってケロッとしている。ちなみにハンナも昨日の暴飲暴食で大分調子が悪そうだったが、既に別のPTで活動することは言ってあるので治療はコリナに任せている。


 まだディニエルが寝てるのか二階から降りてきていないが、起こしに行くと大抵不機嫌になるので誰も起こしにはいかない。最初は一応全員が集まってから朝食を食べるようにしていたが、今ではもう朝食が出揃ったらすぐ食べるようになっている。



「いただきまーす」



 昨日の祝勝会の後でもいつもと変わらず用意された朝食に努は手を合わせ、初めに特製のドレッシングがかけられたサラダをぱくぱくと食べた。何度もバターを塗られては焼かれを繰り返されたトーストは噛むと中からじゅわりと黄金色の汁が溢れ、綺麗に焼かれた目玉焼きとカリカリになるまで焼かれたベーコンへと落ちる。


 そんな素朴ながらも満足度の高い朝食を一通り終えてオレンジジュースを飲み干した努は、クランメンバーを見回して昨日言ったことを確認するように口を開く。



「今日からは全員を九十九階層まで素早く到達させるためにPTを変えるけど、代わるのは僕とコリナだけだ。だから僕とコリナはPTが回るよう頑張るけど、各自合わせてくれ。ダリル、コリナに古城階層のことを色々教えてあげてね」

「はい」



 二軍PTが九十階層に挑んでいる間、古城階層の情報とコリナが入ってきた時の立ち回りを努に叩き込まれていたダリルは頷く。他にもディニエルやリーレイアにも各階層の攻略は覚えこませ、回復にラグがある祈祷師が来ても対処できるように努自身ヒーラーの立ち回りも変えていた。コリナがヒーラーとして入ってきてもPTを円滑に引き継げるよう準備はしてきたので、彼女の方は恐らく問題ないだろう。


 そんなことを考えながら途中で席について朝食を食べているディニエルや、リーレイアにもアイコンタクトでコリナのことをよろしくと伝える。するとそんな彼女たちに挟まれているハンナは、今か今かという顔でひょこんと出た青髪を揺らしていた。



「……ハンナもコリナのことよろしく頼むよ。多分支援回復自体はそこまで変わらないはずだから」

「おーっす♪ あたしの二日酔いも治してくれたっすからね! 師匠と違って!」

「そっすか」



 朝にアーミラの治療を優先したことを若干根に持っていそうなハンナへ素っ気ない返事をし、努は今日から改めてPTを組む四人の方を向いた。



「ま、最初は違和感あるだろうけど、一つよろしく」

「あぁ、よろしく頼む」

「よろしくー!」

「足引っ張るんじゃねぇぞ」

「ふっ、PTについて何かわからないことがあれば全て私に聞いてくれたまえ!」



 ガルム、エイミー、アーミラ、ゼノの頼もしい言葉に努は笑みを深めた。



 ▽▽



 ドーレン工房の朝は早い。特に最近新しい店を立ち上げて住み込みが可能になってからそれは顕著となった。他の従業員たちが日も昇らぬうちに自ら起きて鍛冶場の稼働準備をしている中、店主であるドーレンもきびきびとした動きで支度を行っている。


 探索者たちの装備を生産、開発する店が立ち並んでいる迷宮都市の工房地域。そこで新しく建てられたドーレン工房はその地域の中でも一等地に建てられていて、開店した当初は工房地域の者たちも度肝を抜かれていたものだ。



(その理由が近いから、ってのも笑える話だ。平然とした顔でえげつない金渡してきやがって。俺が夜逃げでもしたらどうするつもりだったんだ?)



 職人たちにとっては一種の憧れでもある一等地。そこを努はただクランハウスから近いからと言う理由だけでドーレンに勧め、口だけでなく莫大な金も出資してきた。ドーレンは何とか面子を保つために半分は出したが、それで個人資産のほとんどは吹き飛んだ。残るはこの新しい工房と三ヶ月ほどの運転資金だけである。



(ヒリつくなぁ……。ここまでの無茶を、この歳になってから出来るなんて思いもしなかったぜ)



 ドーレンは王都で修行して磨いたその腕こそあれど、店の経営に関してはそこまで順風満帆とはいかなかった。迷宮都市の中でもあくまで中堅の工房に位置していて、多少の口コミで噂になる程度の店だった。特に神のダンジョンが出来てからは宣伝の面で大いに遅れを取っていたため、客足は減る一方だった。


 自分より実力が低いであろう若い鍛冶職人が次々と名を上げ、富と名声を得ていく。そして神台を使っての宣伝というシステム、時代の流れに付いていけない者たちは時代遅れの職人だと後ろ指を差される。


 特に自分の工房から独立した若造が成功している姿を見せつけられた職人は、その現実から逃避するため酒に溺れてそのまま店を畳んでしまうこともあった。自分が今まで積み上げてきたものを平気で飛びこされていくその現実に、彼らはとても耐えられなかった。


 だがドーレンは宣伝の面で大いに出遅れて業績も落ちてはいたものの、今工房に来ている客たちを決してないがしろにはしなかった。相手がみすぼらしい孤児であろうがその実力を己の目で見極め、それに見合う者には多少損をしても装備を作った。


 その結果、孤児たちの中でも特にギラついた目をしていたガルムは第一線で活躍出来るような探索者へとなった。そしてその繋がりからドーレン工房に努が紹介され、それからは神台の宣伝効果と長年の間研磨を怠らなかった実力が噛み合って爆発的な富と名声を得た。


 そして数十人の職人たちを雇えるまでに拡大したドーレン工房には、こなすべき仕事が山ほどある。その中でも努が持ち込んだ古城階層の素材を利用した対策装備。その開発と生産についてはドーレンだけでなく他の職人たちも率先して行い、誰に起こされるわけでもなく早起きをして仕事に勤しんでいる。



(酒も飲まずに真面目なこったな。若いから多少の無茶は利くだろうが、危なそうな奴は酒でも飲ませて潰させるか)



 最近入ってきた若めの鍛冶職人と三人ほど雇った孤児の者たちは、まだ自分の限界がわからないのかあまり休息も取らずに汗水たらして働いている。仕事に関することならば熱心に聞いてくるくせに、休憩のこととなると耳も貸さない彼らには呆れる一方だ。


 ドーレンは長年鍛冶場で働いていたため人の限界を見極めるのには慣れているとはいえ、最近は白魔導士などの回復スキルで無茶が出来る分その目もあまり信用は出来ない。



「よし! お前ら、今日もやるぞ!!」

「おおぉぉぉ!!」



 なので無理やりにでも休ませる算段をつけながらも、努から依頼された装備を生産するためにドーレンは今日もその槌を振るう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る