第334話 同類の否定
「あ、おかえり」
リビングのソファーに背を預けながらメモ用紙に目を通していた努は、帰ってきた面々に軽い調子で挨拶した。そんな努にエイミーはずかずかと歩み寄ってソファーの肘掛けにもたれかかり、子供を叱りつけるように顔を近づけた。
「何でツトムだけ先に帰っちゃったの!? みんなは来てくれたのに!」
「神台周りの雰囲気からして、ギルドでも感動的な空気になってそうだったからね。僕、そういうの苦手だから」
「……まぁ、それはそうかもしれないけど」
神台周りの感動ムードはギルドでも同様で、探索者たちは一ヶ月近く九十階層に挑み続けてようやく突破出来た無限の輪のPTを大きく
コリナがアーミラを初めとした他のPTメンバーにもヒーラーとして認められて涙を流す姿を見ていた探索者たちは改めてPTの大切さに気付き、クランメンバーなどと手でも繋いで仲良く帰ったことだろう。
「僕もエイミーたちが九十階層を突破してくれたことは嬉しいよ。特にコリナは九十階層でヒーラーとしての殻を破れたと思うから、僕としてもありがたい。取り敢えず皆、九十階層突破おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
「でも皆が突破に向けて練習している姿は僕も近くで見てきたからね。九十階層を突破することは既定路線でしかない。むしろこれからが本番だから、そこのところはよろしく」
「はっ、俺だって九十階層がゴールだなんて思ってねぇよ」
若干汗で濡れている赤髪を纏めているアーミラは、深く頭を下げたコリナを押しやって挑発的な目を向けてきた。
「速攻で九十九階層まで行ってやるよ。首洗って待っとけや」
「あぁ、その件についてはもう考えてあるよ。……まぁそれは明日の朝に話すから、取り敢えずお風呂入ってきたら? 地味に汗臭いよ」
「…………」
にべもない言葉を言い放つ努をアーミラはじろりとした目で睨み返した後、少し重たげな足取りで一階の浴室へ向かっていった。そんな彼女にエイミーとコリナもそそくさと付いていき、ガルムとゼノも顔を見合わせた後二階へ上がっていった。
「先ほどは失礼しました」
すると二軍PTがいなくなったのを見計らってリーレイアが感動の熱が冷めた様子で声をかけてきた。そんな彼女に努はいやいやと遠慮するように手を振った。
「いや、あれは僕が空気を読み違えただけだから気にしなくていいよ。むしろこっちが失礼した立場だから」
「……普段の私ならば、ある程度同意はしていたと思うのですがね」
「あのPTにはアーミラもいたしね、単純に僕の配慮が足りなかったよ。悪かったね」
神台を見てリーレイアが泣いている姿を見た時に、努は心がざわついた。自分とそこまで変わらない価値観を持っているはずの彼女が、何故周りの観衆と同様に神台を見た程度で泣いているのか。そこで若干の苛つきもあって思わず変なことを口走ってしまった。
(嫌だ嫌だ。リーレイアを自分の同類とでも思ってたのか? そんなわけがないだろ)
元からあんな性格だとしてもリーレイアはこの異世界、それも騎士の家系で育ち、アーミラの件で歪んだものの自分よりはまともな感性を持っている。常時数万人はプレイしていた『ライブダンジョン!』のアジア鯖ならば小汚い感性を持つ者もいたが、このゲームに似た異世界で自分と同じような感性を持つ者など早々いないだろう。
そのことを再認識させられた努は内心苦い思いをしながらも、リーレイアとすぐに和解した。そして一緒に帰ってきたダリルたちがお風呂に行くのを見送り、いつもと違い何かと騒がしい厨房を後ろに一人リビングで皆が上がってくるのを待った。
(まぁ、間に合いそうかな)
「おや? 何やら随分と寂しそうじゃないか、ツトムは」
努が今後のダンジョン攻略について考えつつものんびりとしていると、赤髪の女性が後ろから腕を蛇のように絡ませてきながらそんなことを囁いてきた。すると努はソファーに深く寄りかかってずり落ちるようにその拘束から抜け、悪戯げな笑みを浮かべているエプロン姿のカミーユを軽く睨んだ。
「もう料理は終わったんですか?」
「あぁ、一段落ついたところだ」
「そうですか。お疲れ様です」
ひょいとソファーを乗り越えて座り、その隣をポンポンと叩いてくるカミーユと対面するように座る。すると彼女はムッと抗議するような目を向けてきたが、それも一瞬のことで疲れたように背もたれへもたれかかった。
何せアーミラの活躍を神台で見た後すぐクランハウスへ向かって料理の腕を振るったため、疲れているのは事実なのだろう。そんなカミーユに続くように後ろからはゼノの妻も顔を出し、努に軽く礼をする。それにガルムとダリルが何かと世話を焼いていた孤児――リキとミーサ率いる者たちが数人で料理を配膳していく。
努が一人でクランハウスへ帰ってきた時、彼女らは外で買い出しを終えた状態で待っていた。そこで夕食の手伝いを申し出されたのでオーリに確認を取ってから了承した。リキたちはただお祝いの言葉を伝えにきただけだったそうだが、せっかくなので夕食準備の手伝いを命じておいた。その方がガルムは喜ぶかと思ってのことだ。
「今日は本当にありがとうございます」
「いえ、オーリさんから誘ったと聞いていますし、来ることについても了承していたので」
「……あの、九十階層のゼノはどうでしたか?」
「うーん、全体的に良かったんじゃないですかね。そちらはどう思われたんですか?」
「私も良かったと思います。ゼノの力をいつも以上に引き出して下さった皆さんには、感謝してもしきれません。中でも紫の魔眼が出るところの――」
「あー、詳しいことはコリナとか、PTメンバーに聞いてやって下さい。その方が喜ぶと思いますし、どちらも参考になると思うので」
明らかに長話が始まる気配がしだしたゼノの妻にそう提案し、努は逃げるように料理を運んでいるリキたちの方へ向かった。人数でいっても十数人、それも大食いの者が多いため立食パーティーを開けるのではないかと思えるほどの料理をせっせと丸机に運んでいる。
「手伝わせて悪いね」
「……あっ、はい」
手伝わせて悪いと微塵も考えていなさそうな努からそんなことを言われたミーサは、思わず反応が遅れながらも答える。努はミーサたちの世話を焼いているわけではないため、直接会うのはおよそ一ヶ月ぶりくらいだ。ただ彼女たちの噂くらいは聞いていた。
「今まで魔石拾いで日銭しか稼げなかった孤児たちが、最近は徒党を組んで装備もある程度整えて立派に探索者をしているって噂は聞いてるよ。色々と頑張っているみたいだね」
「は、い」
「新規の探索者が増えるのは良いことだし、調べた限りじゃ警備団に捕まるような悪事もしていない。それに免じて無限の輪の影響力も利用しているのは良しとするけど、妙なことを始めて失望はさせてくれるなよ」
ギルドで努が絡まれてからも何かと無限の輪と関わることがあったミーサたちは、孤児はもちろんのこと商人たちなどからも一目置かれている。孤児の中でも色々な徒党は既にあるようだが、今の注目株としてミーサたちは情報屋からも探られているほどだ。
だがそういった影響力は悪用しようと思えば容易い。なので今も子羊のような目をしているミーサに釘を刺していると、丁度ダリルたちがお風呂を上がってリビングへ来た。そして立ち並ぶ料理を見て歓喜の声を上げる。
「うわー! 凄いですね!!」
「急遽ご用意したものも御座いますのでまだお出しできないものはありますが、お先に召し上がっていて下さい」
「どうぞ、召し上がれ」
「いっぱい作ったからたらふく食うといい」
「ですっ!」
お店顔負けの夕食を準備したオーリとゼノの妻にカミーユ、そして最後に見習いの者も厨房からひょっこりと顔を出す。
「何だ、わざわざここに来ていたのかね?」
「ババァ!?」
「ギルド長!? わざわざ来たの!?」
「カミーユさん、お疲れ様です」
「うわぁ!? すごいいっぱいありますぅ!」
そんな思わぬ者たちの登場にゼノやアーミラは驚いた様子で、エイミーとガルムも意表を突かれた顔をした後に挨拶していた。コリナの方は大きな丸机に置かれた料理に目が向いている。
魚住食堂でもお馴染みである巨大魚の丸焼きに、人気の露店に売っている菓子パンを模したもの。大きな器で焼かれチーズがふつふつと立っているグラタンにゼノの妻の手作り料理。そしてドカ盛りの料理の数々。全て二軍PTメンバーに向けて作られたものだ。
それも今日は人数がいつもと比べると多い。席の中心は二軍PTにするとして、他にもカミーユやゼノの妻などは一緒に会話をしたいと思うので傍においてやりたい。そう考えていると努は自然と一番端の席を取り、全員が落ち着くまではコップを並べたりなどして配膳を手伝った。
そして準備が整って皆がどうしようかと辺りを見回し始めた頃に、努は若干声を張ってコリナに声をかけた。
「それじゃ、PTリーダーのコリナ。音頭よろしく」
「えぇ!? え、えぇっと……」
「早くしろよ。腹が減って仕方ねぇ」
「お、お疲れ様でーす!」
「かんぱーい!」
ギルド長まで集まっている中で緊張している様子だったコリナは、アーミラに急かされてやけくそ気味に音頭を取った。それに続いて各自エールやジュースを飲んだり、食事に手を付け始めたりして祝勝会が始まった。
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