第333話 ゲーム観戦

「死ねおらぁぁぁ!!」



 本武器を持って龍化したアーミラの暴れぶりは今までの戦いの中でも一段と凄まじかった。このPT独自の地味に曇っていた空気は払拭されて無意識的に行動が抑えられることがなくなり、調子を取り戻してきたこともある。



(俺がこいつを、ぶっ殺す! それであいつらと一緒に突破する!!)



 そして自分に期待をかけてくれているPTメンバーたち。その期待に応えようとしていることもあってか、アーミラは限界を越えた力を引き出していた。


 引き絞られた腕の筋肉が駆動し、一気に力が乗せられる。黒の大剣が呼応するように唸りを上げ、成れの果ての右爪を殴打するように斬りつけて立て続けに破壊。二本の爪はそのまま落ちて地面に突き刺さり、成れの果ては絶叫を上げた。


 柔軟性と頑丈さを兼ね備えている成れの果ての爪が破壊できたのは初めてのことで、休憩して青ポーションを飲んでいたエイミーはあんぐりと口を開けて地面に落ちた爪を見つめている。そしておぞましいまでの敵意がアーミラに向けられたのを感覚的に理解したガルムは叫ぶ。



「そろそろヘイトを持っていかれる!」

「コリナ君! 作戦は続行で構わないか!?」



 そんなガルムの声を拾ったゼノは今回の作戦を立案したコリナに確認を取り、彼女が頷いたのを確認すると不敵な笑みを浮かべた。



「ここからは総力戦だ! 私とガルム君で出来るだけアーミラ君を守る! コリナ君とエイミー君は攻撃に集中してくれたまえ!」

「破邪の祈り」



 そんなゼノの指示に合わせてコリナは光属性の攻撃スキルである破邪の祈りを唱えた。今まで何十回とその爪で真っ二つにされたり踏み潰されたりなどして殺されている相手には祈りというより呪詛に近いだろうが、コリナはとにかく祈った後に棘々しい鉄球が先についたモーニングスターを手に持った。



「このぉぉぉ!!」



 祈祷師はスキルのほとんどが後発性というデメリットがある分、白魔導士と比べてSTR値が高く設定されている。そしてモーニングスターの扱いにも慣れているコリナは、ヒーラーであるにもかかわらず前線に立って攻撃を開始した。


 成れの果ての終盤戦は全体攻撃の種類が増え、石化状態の進行も早くなりヒーラーのヘイトが溜まりやすくなる。そのためコリナは成れの果ての残存体力を鑑みて、終盤戦で一気に削る方針で突破を目指していた。そして今もその方針を貫き通すためにPTメンバーたちも動き出す。



「さて、とうとう命を張る時間が来たようだが?」

「そう簡単に死にはしない」

「はっ、精々頑張るこった。仇は取ってやるよ」

「全体攻撃フォー!!」

「頼む」



 アーミラの立ち姿にギルド長を幻視したガルムはそう言うと、彼女に向かって振られた爪をゼノと一緒に大盾で受けた。その間を縫ってアーミラが全体攻撃の範囲を逃れながら赤翼で飛翔し、その下からはエイミーが成れの果ての足から駆け上がってくる。



「休憩は済んだかよ!」

「ばっちりだよ。それじゃ、どっちが先にトドメさせるか勝負する?」

「上等だボケが。龍化結び」



 エイミーの手の甲に付いていた赤鱗が発光して龍化結びが成立し、運以外のステータス値が上昇する。それからは重い斬撃と的確に弱点を突いてくる幾多の斬撃が成れの果てを襲った。


 終盤戦での全体攻撃についても既に経験済みなため、全員範囲を把握して避けている。それでも石化状態の治療をしているとどうしてもヒーラーが狙われる展開になってしまうが、今回はアーミラが絶大なヘイトを稼いでいるのでコリナは狙われない。


 ただいくらアーミラが規格外だとしても、成れの果てから狙われればいつかは手痛い攻撃を食らう。だがそういった避けきれない攻撃はガルムとゼノが文字通り身体を張って防ぐ。成れの果て戦を何十回も行った経験値と、爪攻撃を大剣である程度防げるアーミラだからこそ出来るゴリ押し。



「ぐぉぉぉぉ!! コリナくーーん!!」

「うっ、くっ……。あと、十秒後には回復すると思うので、問題ないです」



 ここぞとばかりに破邪の祈りをして精神力を一気に使いすぎ思わず嘔吐していたコリナは口端についた胃液を拭いながら、情けない声を上げながら近づいてきたゼノに答える。今はもう成れの果てを削ることだけに注力する。彼女の目から見える成れの果ての黒靄はもう濃密になっていた。



「早く死ね。しねしねしね」

「こ、怖いぞコリナ君。ほら、青ポーションを飲んで落ち着くといい」



 コリナがかけていた治癒の祈りで回復して危機を免れたゼノは、いつの間にか真っ青な顔になっていた彼女に青ポーション瓶の栓を抜いて渡す。正直なところ気持ち悪さであまり動けなくなっていたコリナは震える手でそれを受け取って口にした。



「……ありがとうございます」



 ゼノはてっきり回復を訴えるためにここまで来たのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。この状況下でもよく自分のことまで見ていたなと感心しながら礼を言うと、ゼノはわざとらしくキラリとした歯を出した。



「気にすることはない。では私はアーミラ君の援護に行ってくるぞ。ここまで来たのだ。焦る気持ちはわかるが、くれぐれも無理はしない方がいい」

「そうですね」



 コリナの様子がおかしいことを察して近づいてきていたゼノはそう言い残すと、威勢の良い声を上げながらガルムとアーミラの方へと走っていった。そんなゼノを見送ったコリナは空になった青ポーション瓶へ視線を落とした後、何時間と戦っているのに未だ声量が衰えない彼の指示出しに従って動いた。



「はっ……!! そろそろ、いい加減、くたばりやがれっ!」

『ヤアアアアァァァァ!!』

「えいっ」



 その後もいくつか爪を破壊して成れの果てを怯ませていたアーミラは、もううんざりだと言わんばかりの顔で斬りかかる。そんな彼女に対抗するように成れの果ては声を上げたが、横からひょっこり出てきたエイミーの一撃を境に光の粒子を帯び始めた。



「はいわたしの勝ち~」

「はぁ!? どう考えても俺だろ!? なぁお前ら!?」

「……終わった?」

「……あぁ」

「ふぅ……」



 どちらがトドメを刺したかで揉めている二人。あっさりとした幕切れを見たコリナは現実感のなさそうな問いを投げかける。隣にいたガルムが崩れ落ちる成れの果てを眺めながらその問いに答えると、彼女は呆然とした顔のままその場に座り込んだ。



 ▽▽



 神台には成れの果てを撃破した二軍PTの面々が映っている。その中で突破出来た喜びが涙になって出ているコリナは、アーミラに軽く馬鹿にされながら肩を支えられていた。そんな光景にあてられたのか、観衆の中にも涙する者が割といた。特に一ヶ月以上追い続けてきた観衆たちの喜びようは半端なかった。



「よかったっすね~!!」

「はい!!」



 ハンナとダリルも二軍PTたちが九十階層を突破するために努力を積んできたことを知っているため、結構感動をしているようだ。ダリルの黒い尻尾は千切れんばかりに振られ、ハンナは号泣している。



「よく、突破しましたね……」



 そして意外にもリーレイアすら一筋の涙を流していた。彼女の場合はそこにアーミラがいるということも関係しているのだろうが、努力して何かを成し遂げることに関しては弱かったようだ。そんな彼女をドン引きするような目で見ている者が一人。



「……そんなに感動するようなこと、あったかな?」



 二軍PTの九十階層突破は、努の涙腺には全く響いていなかった。その隣にいるディニエルもエイミーの晴れ姿におー、などと言ってはいたが特に感動した様子はない。そして真顔でそんなことをのたまった努に、リーレイアは哀れなモノを見るような目を向けた。



「よくもまぁ、そんなことを言えますね……」

「まぁ、ハンナとかリーレイアが泣く理由はある程度わかりはするけどね。身近な存在でもあるし。でもあの人たちまで揃って泣いてるのは、なんか気持ち悪いわ」

「……貴方も神台はいくつも見ているでしょう。ならばあの人たちがコリナたちの努力を見てきたこともわかるはず。それを貴方は気持ち悪いと? 貴方の方が気持ち悪いですよ」

「おぉ? あのリーレイアからそこまで怒られるとは思わなかったよ。ごめんごめん」



 鼻くそでもほじくっていた方が有意義そうな顔をしながら謝罪してくる努に、リーレイアは心底呆れたようにため息をついた。彼女は緑色の瞳で責めるような視線を向ける。



「貴方には人の心というものはないのですか?」

「うーん。あれだけ頑張れば突破出来るって確信があったからね。僕にとっては当然の結果だから別に感動しないし、あと神台で人が努力しているのをちょっと見ただけで結果に感動できる精神は理解できないかな?」



 努も涙を流したことはある。『ライブダンジョン!』で行われていたTA《タイムアタック》大会で負けた時は悔し涙を、何年もかけて優勝できた時は嬉し涙を流したことはある。だが他人の結果を見て泣くことはなかったし、理解も出来なかった。


 いつもは何かと仲良さげだったリーレイアとの口論。その光景は珍しかったのかダリルは目を丸くしてこちらに注目し、ハンナも驚いて涙を引っ込めていた。その様子を見て努はすまなそうに手を合わせた。



「でも今回は僕が空気読めてなかったわ。悪かったね、感動しているところ水を差して。これなら今日僕はギルドにも行かない方がいいかな。余計なこと言いそうだし」

「……そうした方がよろしいかと」

「じゃ、僕はクランハウスに帰ってるよ。出迎えはダリルに任せるからよろしく」

「あっ、はい」



 肩をすくめながらその場から退散していった努を見送ったダリルは、ちらりとリーレイアの方を窺った。すると彼女は申し訳なさそうに目礼をして、ディニエルは小さく欠伸していた。

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