第332話 エースアタッカー

「ブースト」

(こいつ、こんだけの力を持ってたのかよっ!)



 成れの果てに一足飛びで近づいて白と黒の双剣を突き立て、そのまま側転で駆け上がっていくようにして切り裂いていくエイミーを見てアーミラは心の内で思わず叫んだ。


 エースアタッカーである自分を最後まで温存させて辛い終盤戦を一気に終わらせるという作戦については、アーミラも全く異論はなかった。むしろ共にダンジョンへ潜っているクランメンバーからそこまで評価されているというのはとても誇らしく、その期待に必ず応えてみせると奮起するほどだった。


 ただその作戦に対して一抹の不安もあった。このPTが自分を抜きにして序盤中盤を今までのような時間で越えられるのか、という疑問。アーミラの戦力ダウンによって終盤戦に行くまでの時間が長くなりすぎてしまうと、この作戦の根幹は破綻してしまう。その前提条件をクリアするためにはもう一人のアタッカーであるエイミーが火力を出す必要がある。


 しかしエイミーにその役割がこなせるのか、というのがアーミラの正直なところだった。アイドル的な影響力に珍しい鑑定スキルとモンスターに対する知識量など、自分よりも強い所は確かに存在する。だがアタッカーとしては自分の方が数段上だという認識があり、そんなエイミーが終盤戦に至るまで成れの果てを削れるのかは疑問だった。


 なので武器と龍化が制限されている中でも自分が出来る限り削るという意気込みで九十階層へと挑んできたが、今日のエイミーの動きは今までの中でも目を引くほど凄まじかった。


 元々持っていた野性的な戦闘センス。それに加えて努が指導した廃人たちのスキル回しとアーミラの龍化結びによる能力上昇、更に自分がメインアタッカーという役割をこなすと認識したエイミーの動きはまさしく人外じみていた。


 エイミーはハンナやアーミラなどの特化型ではなく、大抵のことをそつなくこなせる万能型である。しかし以前ディニエルからも指摘されていた通り、より多くのことをこなせるあまりに集中力が分散しすぎて動きが悪くなることもあった。


 だが今回はアーミラを温存させるためにメインアタッカーを張ることになり、以前まで行っていた補助的な指示出しもすることはなくなった。ガルムに対する補助も勝ちに繋がるのならば彼は死んでもいい程度に考えているため、エイミーはアタッカーにのみ集中出来る環境にいた。



(速ぇし反射神経が尋常じゃねぇ! 後ろに目でもついてんのか!?)



 そんなエイミーの動きと火力はPTメンバーの誰もが想像していなかったようで、アーミラ以外の者たちも一様に驚いている様子だった。そんな中で呆気に取られていた顔をしていたゼノは慌てたように指示を出す。



「エイミー君、少し抑えたまえ! ヘイトを稼ぎすぎだ! このままでは狙われてしまうぞ!」

「…………」



 そんなゼノの指示を聞いたエイミーは首だけを動かしてガルムの方を見た。お前はその程度か、とでも言わんばかりの顔をしている彼女。



「コンバットクライ!!」



 ガルムは吠えるようにコンバットクライを使用した後、青ポーションを一気飲みしてエイミーを睨み返す。そして苛烈さを増してきた成れの果ての攻撃を大盾で受け流し、藍色の尻尾を逆立てた。



「う、後ろには私がいるとはいえ、あまり無茶はしないようにな! はっはっは!」



 いずれガルムと交代するゼノは自分がヘイトを取るのに苦労する未来が幻視出来たのか、若干声を震わせながら二人へ声高と叫んだ。コリナはそんなゼノにご愁傷様といった視線を送りながら、石化状態の進行を防ぐ祝福の光をガルムへと送る。



「双破斬」

「タウントスイング」

「岩割刃」

「シールドスロウ」



 お互い競い合うようにして攻撃と防御を繰り返しているガルムとエイミー。そんな二人の間には明らかに闘争心が生まれていた。その熱に浮かされるようにアーミラは大剣を強く握り締め、無駄に輝いているゼノに叫んだ。



「おいゼノ! ビビッてんじゃねぇぞ!! さっさとエンチャントよこせ!」

「ビビッてなどいないさ! エンチャントホーリー!!」



 アーミラは光属性の付与を受けた大剣で攻撃の手を強め、ゼノもどんどんと成れの果てのヘイトを買っていく二人に負けじとその銀剣で攻撃を行っていく。


 流石に何十回も挑戦しては試行錯誤を繰り返しておかげで、序盤や中盤でつまずくようなことは起こらなかった。最初は苦戦していた紫の魔眼も、今では見れば即死というプレッシャーに縛り付けられることもない。



「全体攻撃、スリーだ!」



 むしろ目を瞑ってでも指示さえあれば全体攻撃を避けられる位置に移動できる自信すらあったので、PTメンバー全員多少のミスはあれども致命的なものは一つもない。


 そして今回はその細々としたミスすらほとんどなく、コリナは余計な支援回復をしてヘイトを取られることないまま中盤戦をこなすことが出来た。



「全然振り向いてくれないぞぉ!?」

「がんばれー」



 あったとすればガルムとタンクを交代する際にゼノが中々ヘイトを取れなかったことくらいだが、ガルムには限界の境地があるため問題なかった。



「しゅー……」



 とはいえ二人は闘争心に身を任せすぎて相当な無茶をしていたため、コリナが回復を厚めにしてもそこまで回復することが出来なかった。そしていよいよ中盤戦も越せるかといったところで、エイミーの動きが危なっかしくなってきていた。


 龍化結びも切れかけて赤くなっていた瞳も黄金色へと戻り、息も切れ切れとなっている。そして今まで足場扱いしていた成れの果ての腕からも足を滑らせてしまい、体勢を崩してしまう。


 そんな彼女を赤の残光を背にしたアーミラが抱きかかえた。龍化によって力強い赤翼をはためかせている彼女は、エイミーを労うような笑顔を見せた。



「よくやった。あとは任せてしばらく休んどけ。」

「……にゃー、これがアーミラじゃなかったらもっとよかったのになー」

「寝ぼけたこといってねぇで休んでろバーカ。その間、俺が暴れてやる。それからお前も参戦すりゃいい」



 感情の昂りを示すかのように赤の光が強くなっていく。今にも爆発しそうな勢いのアーミラは地上へ降りてエイミーをコリナに預けると、その笑みを深めながらすっかり手に馴染んだ漆黒の大剣を持つ。切っ先の先は狂った表情で爪をかちかちと打ち鳴らす成れの果て。



「ぶっ殺してやるよ!!」



 ゼノにヘイトが向いているはずの成れの果てが思わず振り向くほどの気迫を前に、アーミラはその大剣を振りかざした。



 ▽▽



「相変わらずえげつないなぁ」

「ふふふ、あんなものではないですよ。本来のアーミラはもっと激しくて……」



 とろんとした目で何かを言っているリーレイアの声は聞こえないフリをしながら、努は二番台に映るアーミラを観察していた。体長が七、八メートルはあり、探索者と同様ステータスの加護も持ち合わせている成れの果てをも怯ませるその圧倒的な攻撃力。魔流の拳を何のリスクもなく繰り出しているかのようなそれは、まさしくエースアタッカーといっても過言ではない。


 そんなアーミラの映る神台を見ている観衆たちはおおよその者たちがそのPTのファンとなっている者たちだ。この一ヶ月近く九十階層の突破を目標に頑張っているPTを応援していて、あわよくば自分たちが見ている今日突破してほしいと願う者たち。


 今のところ神台映像はライブ配信のみで、後から見られるような機能は備え付けられていない。そのため仕事をしている者たちは色々な取捨選択をして神台を視聴している。



「頑張ってくれ……!」

「アーミラ本当に強いな。これなら突破出来るかも?」

「エイミーもかなりよかったよなー」



 今日のPTがいつもと何処か違うことはこの一ヶ月出来るだけ見てきた観衆たちもわかっているようだ。そんな者たちを横目で見ながら努は神台画面の端に映るコリナに注目していた。



(周りに指示をしなくなっただけでここまで動きが良くなるのは驚いたな)



 コリナは元々引っ込み思案な性格だということもあるのだろうが、ここまで変わるのは努も予想外だった。PTメンバーが成れの果て戦の理解度を深めて無駄な被弾をしなくなったということも大きいが、その中でもコリナの支援回復が際立っている。


 成れの果てが石化状態の者全てを即死させる宙吊りの動作に移行した直後、コリナは全員の状態異常を回復していた。それに加え暗黙状態の解除も迅速で事故を起こさなかったため、PTメンバーは誰一人死ぬことなくここまで来れている。更に彼女が稼いだヘイトも最小限であり、その数値だけで見れば努よりも小さい。



(これなら終盤戦で何度か事故っても問題ない。それに作戦も成れの果てを倒す目標に合わせて構成されてるから、まぁ間違いない)



 死期を見られる目という些かおかしな特性を持っているとはいえ、彼女は自力でその作戦を考えてここまでの形に持ってきた。それが出来るヒーラーならば百階層への一番入りを果たすことに異を唱えづらくはなるだろう。コリナはもう努お抱えの祈祷師という認識を、少なくともクランメンバーたちは脱却出来たはずだ。



(百階層のメンバー、どうするかな……)



 成れの果てを相手に暴虐の限りを尽くしているアーミラを眺めながら、努は百階層に向けての思案を始めた。

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