第331話 回り始めたPT
実際にコリナの提示した作戦で九十階層へ潜ってみると、改善すべき点がいくつか見つかった。だが今までとは違う手応えをPTメンバー全員が感じ、皆で積極的に話し合って作戦を詰めていった。
「PTの指示出しについては、私に任せてもらえないだろうか?」
現状PTメンバーへの指示出しはエイミーが補助的にすることもあるが、主にヒーラーのコリナが行っている。だがコリナの指揮練度はあまり高くないし、九十階層はそもそもヒーラーのやることが多いため指示出しまで行うこと自体無理があった。
それならばPTの指揮は視野が広く指揮能力もあるゼノとエイミーが担当し、コリナは支援回復と状態異常回復に集中した方がいいのではないかという意見が出た。そしてその提案をしたのはゼノだった。
「わかりました。では一度それでやってみましょうか」
ゼノはふざけているように見えはするが、その裏で努力は積んできている。そのことを理解したコリナはその提案をすんなりと呑んだ。他の者たちも特に異議はないことを確認したゼノは、自信を示すように胸を張った。
「任せたまえよ! きっと上手くいくさ!」
「…………」
「……いや、これは、だな」
「別に怒ってはいませんよ。ただツトムさんがたまに貴方のことをこういう目で見ていたなと思って、その理由がわかっただけです」
「そこまでの目を向けられた覚えはないのだがね……」
時折おかしな道化師でも眺めるような目を努がしていることは何度か見たことがあったので、コリナはそれを再現したに過ぎない。だがそれを受けたゼノが言い淀むくらいの視線ではあったようだ。そんな二人を見てアーミラは若干目を丸くしていた。
「アーミラの温存方法についてだけど、今のままじゃ駄目だね」
他にも終盤に活躍させるアーミラの温存方法をただ休憩させるのではなく、序盤中盤は軽い武器に変更し龍化も制限して戦わせて身体は冷まさせないようにしたり、成れの果ての攻撃に対応してきたガルムをフォローする形でエイミーとゼノを配置したりと改善していく。
それから数日の間はそうした試行錯誤を繰り返し、二軍PTは今日もまた九十階層へと挑む。そろそろ百回目も見えてくるのではないかという中、もう見慣れ過ぎて飽きた九十階層へと転移する。
黒の空から高階位の天使だった成れの果てが舞い降り、この世の全てを呪うような叫び声を上げる。初めて目の前にした時は恐怖を感じたし、エイミーの鑑定によって元天使だという情報を得た時はその哀れな姿に同情すらした。
(いい加減、通して下さいよ)
だが今となっては自分たちの行く手を塞ぐ大きな障害にしか過ぎない。コリナは宿敵を見るような目で成れの果てを睨みながら、守護の願いと迅速の願いをPTメンバーに使用した。
元天使だとか、堕天使にすらなれなかったなど成れの果てというモンスターにも事情は窺える。迷宮マニアの中には成れの果てについて様々な考察をしている人もいたりして、以前のコリナもそういったものは好きだった。
だが今はそんなことなど関係ない。ただ目の前にいるモンスターを倒してこの階層を突破する。そのことだけを考えながらタリスマンを握って動き出した成れの果てを凝視すると、蜃気楼のようなものがその背後から垣間見え始めた。
探索者たちの最期を看取り続けてきた経験と、実際に見える黒い
だが何故か成れの果て相手にだけは死の予測が見え始めた。それを確認してからコリナは靄の濃さを元に成れの果てが死ぬまでの時間を予測した。そして自分のヘイト管理能力ではどうやっても生き残れずジリ貧PTの方針を見直し、終盤戦に力を注ぐ作戦へと切り替えた。
「祈りの言葉」
努のアドバイスを元に彼の後を追い続けてきたコリナは、そこで始めて違う道の一歩を踏み出した。努やステファニーの歩む白魔導士の道とは別にある、祈祷師への道へと。
祈りの言葉によって守護の願いと迅速の願いの発動時間が短縮され、PTメンバー全員のAGIが上昇しガルムだけVITも上昇する。青い気が全てのPTメンバーから出た瞬間にゼノは
「さぁ! 開戦と行こうか!」
「っるせーな」
「うるさいくらいがちょうどいいよ!」
「…………」
「行くぞ」
ゼノが九十階層全体に響き渡るような威勢の良い声を上げ、アーミラとエイミーが言葉でじゃれ合っている。コリナは集中するように目を閉じ、ガルムは頼もしそうに大盾を握る力を強めて槍状の黒いコンバットクライを放った。
タンク職のスキルについては三種の役割が確立されてから研究が進められ、コンバットクライについても色々な新情報が発見されている。ヒールと同様に形を変化させられる、色も変えられるなどとあるが、最近はその形状変化によるヘイト変化が注目されていた。
コンバットクライは普通に発動させると赤の波動で固定だが、槍のように一点へ集中させることでより多くの波動をモンスターへ効率的に当てることが出来る。ただそうするとモンスターも避けようとしてくるため、当てる側であるタンクの技術も要求される。
更にその色形によって僅かだがモンスターのヘイト上昇率が変わることも報告されていた。基本的にはコンバットクライの形状を武器にした方がヘイト上昇率が上方修正され、弱点属性の色にすることでも変わるようだった。
そのため初めはコンバットクライの色を変えて遊んでいる様子のダリルやゼノに難色を示していたガルムも、今では練習を重ねて同程度の形状変化はこなせるようになっていた。
『ヤァァァァ!!』
「タウントスイング」
そして成れの果ての攻撃パターンもこの一ヶ月で把握しているため、強度と柔軟性を兼ね備えて攻撃方向が予測しづらい爪での斬撃にすらタウントスイングを合わせられる芸当もこなせるようになっていた。
攻撃と防御を同時に行って吹き飛ばされたガルムへ成れの果ては追撃をしようとしたが、それを邪魔するように双刃の斬撃が飛翔する。更にまるで即時回復のようなタイミングで治癒の願いが叶ってガルムを回復した。
「双破斬、双破斬、双破斬……」
エイミーは瞳孔の開いた猫目で双破斬と何度も小さく呟きながら双剣を振り、勝つための動きを徹底していた。その動きには一切の迷いがない。
勝つためならばガルムに協力することも厭わない。その精神は暴食竜と戦っていた時からありはしたが、自身でそのことを認めて動けるようになったのは最近のことだ。そしてエイミーは無駄に石化が進行しないよう成れの果てと視線を合わせないようにしながら、後ろから来るアーミラに合わせて横に逸れた。
「パワースラッシュ!」
アーミラはドーレン工房が光と闇階層の素材を使用して作成したものではなく、軽量化されている大剣で成れの果てへと龍化せずに斬りかかる。そしていつもと違ってそこまで怯むことのない成れの果てを見て彼女は一つ舌打ちした。
成れの果ての弱点を突ける特攻武器に龍化というユニークスキル、更に幼少期からカミーユに鍛えられてきた大剣を扱う技術と才能を兼ね備えているアーミラは恐ろしいまでの火力を引き出せる。それは二軍PTの要となれるほどのもので、彼女のおかげで序中盤戦を楽に越せている部分もあった。
だが龍化をモノにしたとはいえ体力を消耗することは変わらず、スタミナ切れで不安定になることがある。それはヒーラーの適切な支援回復によって一時間、二時間と伸ばすことは出来るが、長時間の戦闘をこなすとどうしても体力が尽きてしまう問題があった。
なので終盤戦に全力を出してもらうためアーミラを温存させるようにしたが、彼女は自分の力加減を調整することが大分苦手だった。それにいきなり全力を出すことも出来ないようだったので、今は武器とスキルを制限して彼女自身は全力で戦わせて身体と戦闘勘を温めさせるようにしている。
そして成れの果てが天を仰ぐような動作をした途端に、凛々しく大きい声が響く。
「全体攻撃1の動作だ! エイミー君、アーミラ君はコリナ君のいる右方向へ退避! コリナ君はその場で問題ない! ガルム君はそこから左後方だ!」
今はタンクをガルムに任せているゼノはとにかく成れの果ての動きを観察し、全体攻撃の予兆を確認してすぐに指示を出す。彼の自信に満ち溢れる声は戦場の中でも非常によく通り、拡声器の魔道具が必要ないほどだ。街中で演説をすれば誰もが嫌でも耳に入ってしまうようなその声は、間違いなく誰かに指示を出すことに向いている。
そしてゼノは迷宮マニアである妻の協力の下、成れの果てについて徹底的に調べ上げてその情報を頭に叩き込んでいた。その情報に基づいて行われる理論と自信に満ち溢れた指示出しはPTメンバーを惑わすことなく動かすことが出来る。それに元々中堅クランのリーダーをしていた経験もあるため、指示を出すことにも慣れていた。
「ガルム君! 後ろにはこの私が控えているぞ! 存分に戦ってくれたまえ!」
「コンバットクライ」
「治癒の願い」
ゼノがそんなことをのたまっているのを気にせず、ガルムとコリナはスキルを駆使して戦闘を続けている。そんな中でコリナは明らかに自分がいつもより集中出来ていることを感じていた。
PTメンバー全員に逐一指示を出しながら支援回復をするのと、黙って自分の仕事が出来ること。それはコリナにとってまさしく雲泥の差だった。指示出しやアーミラへの支援回復が減ったことによってやることが少なくなった分、タンクへの支援回復や石化状態の把握が以前よりも明らかに出来ていた。
(ゼノさんに頼んでよかった)
そして今も意気揚々と声を張り上げているゼノも楽しそうで、その指示出しについても文句はない。前までのイメージならゼノの指示出しは信用出来なさそうだったが、彼が妻の情報を元にして成れの果てについて勉強していることはもう知っていた。そのため彼の出す指示内容をいちいち疑うことなく従える。
「ブースト、岩割刃」
(それとアーミラの力を抑えるから序盤の火力不足が心配ではあったけど、エイミーさんが予想以上に上手く立ち回れてる。これなら大丈夫そうだ)
成れの果ての周りを機敏に動いて的確に攻撃を当て続けているエイミー。彼女は努の訓練を着実にこなして双剣士の出せる火力の理論値を更新していった。その結果今までアイドル要素込みで評価されていた彼女の実力は、本格的な探索者として見られるようになってきていた。
「よっと」
その理論値を追求した立ち回りに加え、彼女には戦闘センスもある。猫のようにしなやかな動きで成れの果てから付かず離れず攻撃を当てていくその様は、今のアーミラより明らかに勝っていた。ユニークスキルという絶対的な才能の差を、エイミーは理論を追い求めた努力と独自のセンスで詰めていた。
(これなら勝てるかもしれない)
コリナは内心でそう思いながら願いと祈りを張り巡らせ、PTメンバーの体力と石化状態を管理しながら立ち回っていく。二軍のPT方針を変えての九十階層戦の序盤は好スタートで切ることが出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます