第328話 無限の輪のヒーラー、コリナ

「……ふむ」



 朝食を終えた直後にコリナから提示されたPT構築を聞き、ガルムはその予想していなかった内容を警戒するように腕を組んでいた。エイミーも難しげな顔で猫耳を畳み、アーミラはその内容をあまり理解出来なかったのか首を傾げながら渡された書類を読み込んでいる。


 今まで二軍PTは九十階層を初見突破した一軍と同じように、ヒーラーを主軸として長期での戦闘を行ってきた。実際に九十階層を突破したPTの立ち回りを後追いするのは至極当然であり、その方法でアルドレットクロウも突破することは出来た。


 だがこの立ち回りはヒーラーへの負担がとても大きく、並大抵の者では再現できないことが明らかだった。それにPTメンバーも全員違うのに立ち回りを丸々真似したところですぐに上手くはいかない。そのズレを二軍PTはこの一ヶ月近い時間をかけて修正し続け、成れの果ての終盤戦まで辿り着けるまでに成長してきた。


 だがコリナの提案したPTの立ち回りは、今まで積み上げてきたものを崩すようなものだった。その大きすぎる変化に対してガルムとエイミーは難色を示し、アーミラはまだ書類を読み込んでいる。


 そんな中いち早く内容を理解して声を上げたのは、銀髪を掻き上げて白い歯をきらめかせたゼノだった。



「実に面白いね! 一見するとシルバービーストに近い立ち回りに見えるが、このPTメンバーに合わせて戦略が練られているように見える! ここまでPTの立ち回りを変化させることは大胆すぎるかもしれないが、これには理にかなうことしか書かれていない。少なくともただの思いつきでないことは明らかだねっ!!」



 キリっとした顔でウインクをしてくるゼノに、コリナは正真正銘の苦笑いを浮かべながら頷いた。今は何の悪感情に歪められることなくゼノの言動を聞けるため、コリナは正しく彼の意見を受け止めていた。


 そして今も悩んでいる様子の三人へと目を向ける。



「私には、ツトムさんやステファニーさんのような立ち回りは再現出来ません。それはこの一ヶ月で私自身よく理解させられました。再現出来れば一番良かったのだとは思いますが……すみません。それは私の能力不足です。そのことは、もっと早く察して改善するべきでした」



 見栄を張ることが恐怖を隠すための虚勢であること。そのことをゼノから告白された時、一体何を考えているのかと正気を疑った。そもそも普段の態度が虚勢だということも信じられなかったが、自分の弱みをさらけ出すということも考えられなかった。


 無限の輪というクランにはとんでもない実績を築き上げているヒーラーが存在する。そんな彼に自分が劣っているということは初めからわかっていた。わかってはいたがその劣等感と弱みに向き合うことを避け続け、誰からもその話題に触れられないよう弱気の姿勢で立ち回ってきた。


 努の真似をしても同じように九十階層突破は出来ないことにも、薄々は気づいていたのかもしれない。それでもその現実を直視せず目を背け続けてきた。もっと時間があれば自分にも再現が出来る。ステファニーが再現したのだから自分にも出来るんだと言い聞かせて九十階層に挑み続けたが、出来ないものは出来なかった。その弱みを隠し続けてきた。


 だが自分が口だけの男だと評していたゼノは弱みすらPTメンバーに打ち明け、それをどのように解決出来るかを模索していた。その姿を見せられてからコリナはようやく思い至った。自分の弱さを隠すために現状維持を続ける立ち回りは止めようと。皆の何も言わない厚意に甘えるのは止めようと。



「このままの立ち回りでは九十階層の突破は難しいです……。ですが皆さんの力と創意工夫があれば、突破出来ると思うんです。ここまで長くやってきた立ち回りを崩すことには躊躇いがあると思いますが、何も全て無くすわけではありません。応用できることも多くあると思うので、その、一度考えてみてくれませんかね……?」

「俺には、正直よくわからねぇ」



 冷や汗をだらだらと流しながら意味を成していないジェスチャーを交えて説明するコリナを、アーミラは書類から目を離して真っ直ぐと見つめた。



「結局はババァの血を引き継いでる以上、俺も大して頭は回らねぇ。俺にはこの作戦が悪いかなんてわからん。けどよ、お前の必死さはよくわかる。もう何度も失敗してんだ。取り敢えず試してみてもいいんじゃねぇか?」

「アーミラ……」

「んだよ、その気持ちわりぃ目は。死んどけ」

「えぇ……」



 感謝の念を込めて見つめたつもりだったが、アーミラは唾でも吐くような顔で辛辣な言葉を返すだけだった。そのことに思わず困惑の声を漏らしていると、エイミーが白い尻尾をゆらゆらとさせながら指を立てた。



「確かに、駄目だったら戻せばいい話だしね。でもこれについてはもう少しみんなで考えて変える必要があると思うよ。わたしからも少し変えた方がいいところがあるし」

「私にもいくつか気になる点がある」

「は? こっちが先に言ったんだけど」

「はっはっは!! 是非二人の意見を聞かせてくれたまえよ! さっ、座りたまえ!」



 エイミーとガルムが喧嘩腰の顔をし始める前にゼノは威勢よく言うと、周りの気を引き締めるように一拍して気を逸らさせた。すると二人はくしゃみが出そうで出ないような顔をした後に着席した。



「……ありがとうございます」

「……なに、気にすることはないよ!」



 コリナから小さい声でお礼を言われたゼノは少しだけ息を呑んだ後、気障ったらしい表情でサムズアップした。少し動揺している様子のゼノにコリナは目を丸くしながらも、席に座って九十階層突破に向けての作戦会議を開始した。



 ▽▽



「疲れたー。はい、帰るよー」

「え? 行かないんですか?」

「百階層の攻略は二軍PTが来るまで後回しにして、しばらくは素材集めしつつ各階層の復習かな」

「えー!? ここまで来て行かないっすかぁ!?」

「ここまで来たのなら一度入ってみてもいいと思うのですが」

「…………」



 一軍PTは『ライブダンジョン!』の知識がある努指揮の下で動き、破竹の勢いで九十九階層まで辿り着いていた。だが努は百階層への黒門を直前にしてまさかの撤退を命じたので、一同は驚いた様子だった。



(何せあの百階層だ。ディニエルとだけは絶対に潜りたくない)



 九十階層で戦闘を放棄したディニエルと撤退出来ない階層に潜りたいとは思わない。それも自分が唯一殺された経験のある爛れ古龍相手なら尚更だ。それに出来ればコリナを一軍に仕立てて先に百階層へ向かわせ、自分が何度か神台で様子見をしておきたい。


 だがステファニー率いるアルドレットクロウも着実に階層を進めてきているため、あまり時間の猶予はない。ただあのステファニーなら最悪土下座でもすれば階層更新の加減をしてくれる可能性は高いと思っているし、交渉次第ではコリナの代替え品に出来るかもしれない。



(……でもステファニーだと、万が一が怖いからなぁ)



 九十階層での自分と似た立ち回りを見た時は、ステファニーの指先が背中に触れたかのような恐怖は感じた。もしまたあの狂気が再発すればこちらの言うことを聞かなくなる可能性はある。そんな彼女と組むことはあまり得策ではない気もするし、最悪百階層の突破をダシにこちらが脅されかねない。それならば今のところ予想の範疇はんちゅうを出ないコリナの方が良かった。



「ツトムさん。あの二人、どうします?」

「……ん?」



 そんなことを考えながら杖先で凝った肩を叩いていると、ダリルが気まずそうに尋ねてきた。彼の視線へ続くようにして見てみると、何故かディニエルとハンナが黒門前で寝そべっていた。努の目から真面目さが消えて虚無になる。



「……二人とも、行くよー」

「や」

「やっ!!」

「おい、寝るな」

「ツトムが一緒に百階層行くなら起きる」

「そういうことっす!!」

「置いていくぞ」

「私とハンナを抜いて帰還の黒門まで行くのは苦労するはず。そうしたらツトムは死ぬかもしれない」

「……確かに苦労はするだろうけど、別に問題はないよ」



 九十九階層は主に罠などのギミックが重視された場所だが、それでも出てくるモンスターは手強い。ダリルとリーレイアだけで撤退するとなると苦戦を強いられることにはなるだろう。今も真顔で寝転んでいるディニエルは何も考えていないようではないようだ。だがその隣で寝転んでいるハンナは完全にノリでしかない。それに一人釘を刺しておかなくてはならない人物がいた。



「あぁ、リーレイア? 寝返りは考えてくれるなよ。その選択を一生後悔させるくらいには君に粘着するだろうから、大人しくこちら側についておけ」

「……私にはツトムが何を勘違いしているのかがわかりませんね。寝返るわけがないではありませんか。私は無限の輪のクランメンバーの一人であって、貴方はクランリーダーなのですから」

「僕の杞憂ならよかったよ」



 少しでも形勢が傾けばすぐに掌を返してきそうなリーレイアは、信頼を示すようにウンディーネを努と再契約させた。ダリルはもとより味方なので問題なく、三人は帰る組になった。


 今回は一軍から外される予感がしているため今すぐにでも百階層に行きたいディニエルの意思は固くとも、ハンナはただ流れに身を流しただけに過ぎない。三人が帰る雰囲気を出し始めた途端におずおずとした様子で立ち上がり、ちらちらと視線をよこしてくる。



「帰るよ」

「……おっす」

「はぁ」



 そして二人の抵抗もむなしく一軍PTは帰還の黒門へと撤退することになった。

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