第327話 モンスターの死期

「コリナ君! そろそろ回復を頼む!」



 ゼノがPT内では見栄を張ることを無くすように心がけてから、二軍PTの戦闘状況は良くなった。その大きな原因はゼノが自発的に回復を求めるようになり、最善の状態で成れの果てを相手取ることが出来るようになったことだ。


 今までゼノは怪我を見栄のために我慢して動きを悪くし、コリナは無意識的に彼を避けていたせいでヒーラーとタンクの役割が上手く機能していなかった。だが今は二人の擦れ違っていた部分が改善したことにより、お互い機能するようになってきていた。



「おぉ、助かる!」

「迅速の願い、守護の願い」



 その証拠に今ではゼノの自己申告が来てすぐ、事前にかけていた治癒の祈りが発動して彼を回復させた。コリナもここ一週間ゼノの自己申告を元に回復のタイミングを予測してきたおかげで、彼に対して適切な回復を行えていた。



『キャィィィィィ!!』



 しかしPT間の連携がつつがなく取れることは、九十階層を突破するにあたっての最低条件に過ぎない。二人の関係改善で二軍PTは中盤戦を安定して越せるようにはなったが、えげつない広範囲攻撃が繰り出され石化とヘイト管理も厳しくなってくる終盤戦で苦戦を強いられていた。


 もう五十回以上は九十階層に挑み、時には装備をロストして八十九階層に潜り直したりなどしてレベルも全員八十レベルは越えている。そして成れの果てを相手に立ち回る技術も十分についてきているのだが、それでも九十階層の突破に至れない。



「……今日はここまでにしましょうか」

「おう」

「じゃ、着替えてこよっか」



 最近は亜麻色の服を着せられて黒門から吐き出されることにもすっかり慣れ、全員特に面白く倒れることもなく淡々としている。そしてすぐに更衣室へと歩き出していくアーミラとエイミーに、コリナもとぼとぼ付いていく。


 まるで行き止まりに突き当たって立ち往生しているような感覚だった。確かにゼノとの関係改善によって戦闘は楽になったが、それでもまだまだ突破出来る手応えが感じられない。その間にも先を越していったアルドレットクロウはどんどんと進んでいき、同じ階層を攻略しているシルバービーストの存在も気にかかる。


 そしてコリナは九十階層に何度も挑むにつれて、とある小さな変化が起き始めていた。彼女は何度か確認するように瞬きを繰り返した後、自分の瞼に手を添える。



(成れの果ての死期も、見られるようになってる……?)



 コリナは人の死期がわかる特異な目と感覚を持っていて、基本的にそれは黒いもやによって映し出される。それが薄いか濃いかで死の判別をしているのだが、最近それが成れの果てからもうっすらと見え始めていた。


 もしかしたら自分の希望が生み出した幻覚かもしれない。だがその感覚を信じるのであれば、現時点ではまだ成れの果てを倒すに至れない。靄の濃さとヒーラーの受け持つヘイトの限界から見るにこの調子ではまだ突破は無理だ。



(……私に、ツトムさんやステファニーさんみたいな力があれば)



 二軍PTのヒーラーを任されているコリナは、更衣室で亜麻色の服を悔しそうに握りながらそんなことを強く思う。現状九十階層を突破したPTは、主にヒーラーの働きがとても大きい。努は言わずもがなだが、そんな彼の立ち回りを恐ろしいほどの執念で再現したステファニー率いるアルドレットクロウも同じく九十階層を突破した。


 もし自分が二人のように精密なスキル操作とヘイト管理が出来るのなら、もっと成れの果てとの戦闘時間を伸ばすことが出来るだろう。そうすれば終盤戦を楽に越せる。だがそんな二人の立ち回りに近づくとこは出来ても、すぐに再現することは不可能だ。


 努やステファニーのような、PTを勝利へと導く者。それは少なくとも今の自分ではない。それを死期の見える目から得た情報で察したコリナは、鏡に映る自分の姿を改めて見た。



(ツトムさんやステファニーさんと同じような立ち回りじゃ、駄目だ)



 二人の立ち回りは参考にすべきところもあるが、今の自分では再現できないことが多すぎる。正攻法の立ち回りではなく、シルバービーストのような独自の立ち回りを構築しなければ九十階層は突破出来ないだろう。


 今のヒーラーを中心とした立ち回りでは駄目だ。自分よりもPTの中心とすべき者。すぐに赤髪の少女が浮かぶ。それを補助するような形でPTを構築することは、恐らくあのメンバーなら可能だ。ガルムとエイミーは最前線に居座った古参なので柔軟性がある。


 ゼノについても最初は半信半疑だったものの、今では口だけの男だという評価は改めている。そんな彼を活かす手段。コリナはゼノの妻が作成した書類をマジックバッグから出し、改めて内容を確認する。



(……ゼノを活かす手段なんてこんなにある)



 五十回以上同じPTで成れの果てに挑み、ここ一週間はゼノに対する嫌悪感もある程度消えて冷静な目で彼を見られるようになってきていた。そのため改めてその書類を見直してみると多くの発見があり、コリナは瞬きするのすら忘れて目を動かしながら書類を見つめる。



(……こんなに、見えてなかったんだな)



 ゼノについての書類を妻から渡された時も目を通したはずだが、そこまでの情報量は得られていなかった。いかに自分がゼノのことを色眼鏡で見ていたということがわかり、不甲斐なく感じながら読み進める。



「おい、コリナ? まだか?」



 次々と発見されていく今まで見逃していた情報を夢中になって読みふけっていると、外から訝しむような声が聞こえてきた。アーミラの声にコリナはハッとしたように顔を上げる。



「す、すぐ出ます!」

「さっさとしろよ。腹が減って仕方ねぇんだ」



 本当にお腹が空いているのかいつもより元気のない声で言うアーミラに急かされ、コリナは急いで着替えると更衣室から出た。そして欠伸をしてにゃむにゃむと口を動かしているエイミーと、早く帰ってご飯を食べたそうなアーミラと一緒にギルドへと戻る。



「では私はこれで失礼するぞ! また明日!」

「あぁ」

「声がでけぇ」

「お疲れ~」

「お疲れ様です」



 既に装備を脱いでラフな格好になっていたゼノと別れ、四人は無限の輪のクランハウスへと帰っていく。そしてお互い武器で牽制するようにして喋っているガルムとエイミーを横目に、好物の生ものが売られている屋台を見つめているアーミラの横姿を眺めた。


 最近新調した大剣を龍化しながら振り回す彼女の姿は、非常にカミーユと似ている。だが時折成れの果ての攻撃すら弾くその爆発的な攻撃には自然と目が引かれ、何処か頼れるような風格も備わってきている。努やステファニーのように輝ける素質は間違いなくあるだろう。


 そんなことを思いながらアーミラのことを眺めていると、彼女は自分の視線に気づいて振り返る。そして何故か半目で睨んできた。



「おい、買い食いするんじゃねぇぞ。クランハウスに帰りゃたらふく食えるんだからよ」

「べ、別に私はそんなつもりで見てたわけじゃ……」

「あ? この腹が買い食いしてる証拠だろうが」

「ちょ、止めてくださいよぉ!?」



 ぎゅっと腹の肉を摘まんできたアーミラからすぐに離れると、彼女は馬鹿にしたような顔を向けてきた後に前を歩き始めた。そんな彼女にコリナはムッとしながらも付いていく。


 それからクランハウスに帰って夕食とお風呂に入っている途中で、コリナはずっとPTについて考えていた。



(これで、いいかな……?)



 今までの自分には見えていなかっただけで、既に情報自体は出揃っていた。そのためPTの立ち回りについてはすぐに頭の中で固まって、これでいけそうだという気持ちもあった。


 しかしこれは今まで九十階層で築いてきた立ち回りをガラッと変えることになるし、PTメンバーたちが賛成してくれるのかという不安もあった。なのでコリナは夕食を終えると一度自室へ引きこもってその考えを煮詰め、翌日の早朝に手書きで纏めた書類を持って部屋を出た。



「うわっ」

「あ、おはようございます」



 努は隔日の頻度で朝早くからガルムやダリルとランニングをするため、コリナは彼の部屋の前で菓子パンを食べながら出待ちしていた。そして扉の前にいた自分に驚いてスキルを霧散させている努に書類を渡す。



「今日の朝、PTの皆さんに渡そうとしているものです。ただ、内容にまだ自信が持てなくて……。よければ見て頂けませんか?」

「あー、そうなんだ」



 努は早朝だからか気の抜けた声でそう返しながら書類に目を通し始めた。そしてそれを読んでいる内に目を見開かせたり、ニヤっとしている姿を見ながらも彼が読み終えるのを待つ。そして顔を上げて書類を返してきたのでコリナは尋ねた。



「……どうでしたか?」

「前にも言ったけど二軍PTの方針に口を出す気はないから、内容についてはノーコメントとさせてもらうよ。でもここまでPT構築理論を詰めているなら皆に見てもらえると思う。自信を持って渡してくればいいんじゃない?」

「そ、そうですか」

「あと、成れの果ての死期が見えたっていうのは本当なの?」

「確証はまだないんですが……多分見えたとは思うんですよね」

「へぇー。それ凄くない? ユニークスキルではないんだよね?」

「はい。一応ステータスカードを確認しましたが、特に変化はなかったですから」



 すると努は何やら考えるように顎へ手を当てた後、思いついたような顔で目を合わせてきた。



「僕とその目、交換しない?」

「…………」

「こう、ヒールの技術を使って何とかならないかな。僕もモンスターの死期が見てみたい!」

「い、いやぁ……? 無理だと思いますけど……?」

「試してみないことにはわからないよ? さぁ、こっちへおいで……。痛くないよ……」



 まるで亡霊のように手招きをしている努。もし相手が一般的な探索者であればたとえ冗談でも身の危険を感じたかもしれない。しかし努には対人練習で散々勝っているため、コリナは特に怯えることもなく少しだけ距離を置く程度に留めた。



「……じゃ、僕は外走ってくるよ」

「あっはい」



 全く動じることなくただ距離を取られたことに努は若干ショックを受けたようだったが、軽く手を挙げて去っていった。そんな努を見送った後、コリナは書類を持って早めにリビングへと赴いた。

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