第320話 迫りくる狂女

(くだらない精神論ばかりですこと)



 探索者のPT構築については以前から様々な議論がなされてきたが、とある迷宮マニアの見解を朝刊で見たステファニーは心底そう思った。PTメンバー同士の信頼、連携力、士気。それもPTに必要なことではある。


 だが今やアルドレットクロウの一軍選抜にすら意見を出せるステファニーのPT構築理論では、それよりも先に考慮すべきことがあった。



(信頼、連携だけでPTが機能するのなら苦労しませんわ。結局はその綺麗ごとでPTの穴を塞ごうとしているだけのこと。それならば最初から穴のないPTメンバーを揃え、その後で連携力なども高めればいい話です)



 それはPTメンバーに穴が存在しないこと。今も九十階層で競っている無限の輪の二軍、そしてシルバービーストに憧れてPTを組んでいる者たちを見て彼女は強く思っていた。そういった精神論も大事ではあるが、それは穴のないPTを作ってから考えるべきことだ。穴の開いた杯に勝利の水は溜まらない


 今の無限の輪はゼノという穴を塞ごうと周りが動き、乗りに乗っているアーミラや龍化結びをしたエイミーが以前に見せた怖さはない。確かにゼノはあのメンバーの中では最も劣っているだろうし、現状PTの穴となっていることに間違いはない。


 しかしアルドレットクロウでいえば初めから上位軍に食い込めるような実力を持っていて、冬将軍戦では常人の域を越える動きをしていたと情報員から報告が入っている。そして九十階層での戦いを神台で見た限り、彼は使えるタンクだとステファニーは認識していた。


 冬将軍戦でゼノが己の限界を越える動きをしたことは、努が完璧な支援回復をしたことも一因だろう。しかしステファニーは彼の根源にある強い意志を感じ取っていた。



(見栄を張るのもあそこまで突き抜け、タンクとしての役目を全う出来るのなら十分。それに厳しい状況でも敢えて笑うあの馬鹿げた明るさと、他とは違った自己犠牲の精神は使える。事実、ツトム様は彼を活かした。一見穴にも見えますがそうではない、それに気付けなければ終盤戦で多くつまずくことでしょう)



 ゼノという見せかけの穴を塞ごうとするあまり、エイミーの動きが悪くなっている。彼女は視野が広いためリーダーのように指示出しを行っているが、それは恐らくゼノの方が適任だ。エイミーは最近やけにスキルの使用が洗練され、双剣士という手数の多いジョブも相まって今や強みのあるアタッカーへと変貌している。そんな彼女を指示出しで腐らせておくのはよろしくない。


 ガルムもゼノへ変に意識を向けているせいで思考が散っている。アーミラも才能が開花してえげつない速度で成長しているとはいえ、まだ探索者歴自体は長くない。そんな二人に引っ張られるようにして動きが控えめになってしまっている。


 それでも無限の輪の二軍PTはここ一週間である程度持ち直してはいるが、恐れるに値しない。あれならば穴だらけながらも次々と新しいことへ突き進んでいくシルバービーストの方が仮想敵に成り得る。



(コリナ……祈祷師としての能力は素晴らしいのですが、ヒーラーでの経験が少ないのでしょうか? ツトム様と同じクランにいるヒーラーだとは思えないほど指揮能力が低い。……というよりはその精神か?)



 コリナの能力には目を見張るものがある。死期の見える目を利用して祈祷師の蘇生が遅いというデメリットを解消し、支援回復の質もヒーラーとして認められるレベルまでは達している。それは恐らくアルドレットクロウの二軍ヒーラーであるキサラギよりも高い。


 だが視野の広いヒーラーにおける仕事の一つである指揮の練度が低い。一定以上はあるだろうが、その目を引く支援回復や蘇生と見比べるとその差は歴然としている。アルドレットクロウでもたまにいるが、自己犠牲ヒーラー精神のまま成長しているような感じだ。



(意思なき者に力は宿らない。強く求めなければ、強く、強く……)



 自分もツトム様と出会う前は、周りから流されるだけの女だった。だが弟子の期間を終えてあの紙を手渡されてからは変わることが出来た。周りの者たちへ内に秘めていた意見を言えるようになったのも、ツトム様が指し示した道に進むため。そしてようやく辿り着けたと思えば、ツトム様は今その先にいる。



(私は、最善のPTを作り上げましたよ。九十階層も突破出来るような、穴のないPTを)



 ステファニーもまた、努と同じように他のPTメンバーを成長させていた。その中でもビットマンとルーク、そして新しく入ってきた女性のタンクに関しては今や命令すれば何でもいうことを聞くくらいには仕上がっていた。そしてソーヴァについても考えてはいたのだが、彼はツトム様によって変えられたと聞いた。そう彼から聞き、実際に一軍へ上がってきた時は胸が高鳴った。


 ツトム様が立ち直らせたソーヴァが一軍に戻ってくるということは、いわば自分とツトム様が共同で作り上げたPTと言える。それにツトム様の前で粗相をしたことについても、そこまで深刻に考えられていないとも。


 だからこそ、このPTで他のクランに負けてはならない。ツトム様と初めて作り上げた共同のPTで負けたとなれば、それこそツトム様に顔向けが出来ない。証明しなければならない。



(絶対に、私が一番に追いついてみせますわ。何と言ったって、このPTにはツトム様の意思が宿っています。あの糞兎にも、意思なき者よりも先に、わたくしが、わたくしが、わたくしがぁぁぁぁぁ!!)



 少なくとも神台ならば、そして神のダンジョンならツトム様は絶対に私だけを見てくれる。たとえ自分が気持ち悪かろうと、異常者だと見られてもそれだけは変わらない。そして一番に自分が追いついた時のツトム様の顔を想像したステファニーは周りに浮いているスキルを荒ぶらせながら、まだ薄暗い中クランハウスを出ていった。



 ▽▽



「……ん? 何だか騒がしいね」



 その翌日。九十五階層を突破する目処をつけた努を筆頭に、無限の輪の一軍PTがギルドに帰ってくると探索者たちが浮足立っているのが窺えた。身体の大きいダリルを盾にしながら人混みを進んでいくと、一番台でアルドレットクロウがはしゃいでいるのが見えた。



「あ、突破したんだ」



 光と闇の番い魔石が映っていることからして、成れの果てを下したことはわかった。召喚したゴーレム、ソーヴァ、ビットマンに胴上げされているルーク。そして息を荒げながら何故かステファニーの眼前で這いつくばっている女性のタンク。中々にカオスな光景に努が驚いていると、神台の映像がステファニーを映した。


 一時期は死の寸前まで追いやられた獣のような顔と評されるような表情で、桃色の髪もボサボサのまま神のダンジョンに潜っていたステファニー。しかし今は最低限の身だしなみと表情は整えている状態だ。それは朝夜に自分の部屋で行う挨拶の時と奇しくも同じである。



「追いつきますから」

(こわっ)



 ステファニーが追いつく先は一つしかなく、更にその笑顔の裏にある形容しがたいものも感じた。そして隈の目立つ彼女から視線を逸らした努は、さっさとギルドから退散した。



「アルドレットクロウ、突破しちゃいましたね……」

「だね」

「……予想通りって感じですか?」

「まぁね。シルバービーストならもしかしたらって思ったけど、ちょっとロレーナが怪しいからなー」



 神台でロレーナの様子を見る限り、彼女の表情からは笑顔が消えていた。ずっと成れの果てに負け続け、ライバル視しているステファニーとの差も感じている中で楽しそうに笑えるわけもない。



「あの人、最近楽しそうじゃなさそうっす。なんかこう……もっと自由に走ればいいのに」

「ほう」

「な、なんっすか?」

「いや? ハンナが面白いことを言い始めたなと思っただけだよ。そういえば、結構ロレーナと似てる部分があるしね」



 広大な空は怖いが鳥籠の中も窮屈に感じるハンナからすれば、自由に走れていないロレーナは可哀想にでも思えるのだろうか。とはいえ自由に走るためには整えられた地面が不可欠だ。泥沼の中を自由に走れる者などいるわけがない。



「ま、こっちもシルバービーストに構ってる暇はない。アルドレットクロウもすぐに追いついてくるかもしれないし、一先ず階層主前まではがんがん進んでいくよ」

「うわ~、冷めてるっす~」

「一時同盟を組んだとはいえ、今は敵に位置するクランですからね。敵に塩を送る必要はありません」

「どうでもいい」

「さ、冷めてる人ばっかりっす……」

「きっと内心では少し気にしてはいますから、大丈夫ですよ。……多分」



 そんなダリルの呟きに対して努は鼻で笑うだけだった。

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