第319話 希少なノリツッコミ
「…………」
(ずっと黙って付いてくる気か、このエルフは)
スミスが
「九十階層について聞きたいんじゃなかったの?」
このままディニエルを置物とでも考えて疑似一人休日を楽しむのも悪くはなかったが、コリナとゼノのトラブルがあった手前そういうわけにもいかない。一番台に映っている大きいヒールの手を形作っているロレーナから視線を外してそう尋ねると、ディニエルは椅子に寄りかかるのを止めてこちらを見た。
「……エイミーたちがまだ九十階層を越えられない理由を知りたい」
「ふーん。ちなみにディニエルはどう思うの?」
「…………」
二軍PTについては既に考えていたが、自分の頭の中で纏める時間を作るためにディニエルへそう返した。すると彼女も少し考え込んだ後にゆっくりと目を開く。
「今のところはゼノが穴になってる。でもコリナとエイミーが援護すれば塞げる範囲。それと成れの果てへの対処は全員上手くなってきてるから、PTの連携がちゃんと取れれば終盤まで行けるはず」
「なるほどね。まぁ、大体合ってるかな」
最近はゼノがPTメンバーに対して見栄を張ることを止めたため、以前より多く回復を求めるようになった。そしてコリナはその回復を出来るだけの実力は兼ね備えている。ゼノにとって適切な回復が出来るのならば、彼は以前よりも良い動きが出来るようになるだろう。そうなればPTはより上手く回るようになる。
とはいえそうなればコリナの負担は以前よりも増えることになるし、全ての対応がすぐ切り替えられるわけもない。今はその負担を減らすためにエイミーが指揮を執るなどをして試行錯誤している最中である。
恐らくこの調子で行ければディニエルの言う通り中盤戦を越すことは出来るだろう。そして九十階層突破の目処も立ってはいるが、それを他のクランよりも早く出来るかといえば難しい。
「ヒール」
既に中盤戦を何回か抜けて終盤戦を経験しているアルドレットクロウは、やはりステファニーの異常な伸びが注目されていた。努の立ち回りを脳裏に全て焼き付け、それに合わせて自分の立ち回りを矯正していくという荒業。だがそれによって彼女は異常な速度で成長していて、努も下から突き上げてくるような彼女の躍進ぶりには驚いている。
それに今までヘイストを当てるため意識を割かざるを得なかったアタッカーがソーヴァに変わったことや、タンクであるビットマンが成れの果てに対応してきたことによって彼女の意識配分が楽になったことも起因してPTは順調だ。
(正しい努力量と意識の強さが他と違いすぎる。あれにコリナとロレーナが勝つのは厳しいだろうな)
成れの果て戦でのヒーラーは、戦況の把握能力と支援回復の腕を大きく問われることになる。そしてステファニーは努の動きを何百回も反復して見て参考にし、それを活かす自身の腕も相当なものだ。
下手をすれば自分の立ち回りを見失いかねないステファニーの立ち回り大改造と、果てしない試行錯誤の繰り返し。だが彼女の強い意志によってそれは成され、中盤戦での動きは努に匹敵するものへと変貌していた。
そんな彼女と比較してしまうと、ロレーナやコリナはどうしても劣る。だがぐんぐんと伸びているステファニーの影響を、間近にいるその二人は受けられる。今のところは越えられないにしても、その後ろにつくことで無駄なプレッシャーを背負わずに済んだり、様々なことを学ぶことが出来るだろう。
それは百階層に挑ませたいコリナには是非ともしてほしいことだ。だから彼女自身に成長してもらうため助言は最低限にし、彼女がPTメンバーから信頼を勝ち得るよう努めていた。
「それで、本当に聞きたいことは何なの?」
「…………」
だが、ディニエルの本当に聞きたいことが二軍PTについてではないことくらいわかる。そう言ってロレーナの巨大な手を形作るスキル応用について主観を書いたメモをしまうと、彼女の眠そうな目が真剣みを帯びた。
「ツトムの強さは色々あるだろうけど、その中でも生に対する執着は大きいと思う。死にたくないから準備を怠らず、絶望的な状況でも諦めない。それでいてヒーラーとしての実力は間違いなく一番。だから九十階層でも一人で立て直せた。……そのことを考えて、貴方に二流と言われるのは納得出来た。ムカつくけど」
エルフの中ではまだ大人になったばかりの年齢とはいえ、努との年齢差は八十近い。それに彼は女性のコリナにすら負けるほど非力で、何処か達観した態度にも腹が立つことがある。
そんな努に二流扱いされた時は力づくでも撤回させてやろうとすら思ったが、たとえ地面にねじ伏せて関節技を決めようがその発言は撤回されない気がした。だからこそディニエルは一度エイミーと相談して物事を整理し、今の結論に至った。
そして努から二流という発言を撤回させるため、ヒーラーから見たアタッカーの評価を考えて立ち回りを再構築することになった。その目標が見つかってからディニエルは、今までより少しだけ神のダンジョンに潜ることが楽しくなった。
「私は今、ツトムに二流の発言を撤回させるために実力を磨いてる。だけど、一つだけ気になることがある。エイミーから、ツトムが死んでいるところを見たことがないと聞いた。ツトムは今まで何回死んだ?」
「えーっと、一回だね」
「……そこが心配で仕方ない」
ディニエルは一回という言葉を聞いて眉を沈ませた。
「ツトムの死にたくないという気持ちは確かに長所。だからこそ九十階層を突破出来た。でもそれは短所ともいえる。死に慣れることが出来ないだけで神のダンジョンの探索者を続けられない人は多い。これから先、ツトムは死ぬことがあるかもしれない。その時にツトムがどうなるかが不安」
「まぁ実際、もう二度と死にたくない気持ちはあるしね。それでもう一度死んだら心が折れて探索者引退なんてことも――」
努は軽い調子でそんなことを口走ったが、ディニエルの目が恐ろしいことになっていたのを見て途中で口をしっかりと閉じた。
「そんなことは絶対に許されない。少なくとも私を二流扱いしたことを撤回しない限りは、絶対に何が何でも、どんな手を使ってでもツトムは神のダンジョンに連れていく」
「怖いよ」
「誰のせいでこうなったと思ってる。責任は取ってもらう」
「それは知ったこっちゃないけども、僕は僕の思うようにやるだけだよ」
「……ならいい」
ディニエルはそう言うと拗ねたようにそっぽを向いて、神台に映るシルバービーストのPTを眺めた。そんな彼女の様子に努は含み笑いをしながら新しいメモ用紙を取り出す。
(死んだらどうなるか、か。想像したことない、というよりは考えること自体を封印してた感じだよな)
努が唯一殺された経験のある、百階層主である爛れ古龍。悲惨な死の記憶は今でもゾッとするほど焼き付いている。そんな死を経験したくないがために頑張っている側面も大きいだろう。
(死んでたまるか)
もう何度心の中で唱えたかわからない言葉を思いながら、努は神台から得られる情報をただ書き記して無心になることに務めた。
▽▽
「パワーアロー」
「ひえっ……! 殺意が見えるっす!!」
入念に準備していた休日を潰した甲斐があったのか、ディニエルの矢は日に日に勢いを増していた。その証拠にハンナの矢に対する反応もどんどんと大袈裟になっている。
あの休日から二週間経過したが、その間に無限の輪の一軍PTは良い調子で階層を更新して現在は九十五階層まで進んでいた。
九十二階層で森階層のモンスターが出てからは今までの階層対策が活きると予想され、ドーレン工房はフル稼働で対策装備を準備してくれた。それと努の『ライブダンジョン!』に関する知識に、避けタンクを入れた攻撃的な編成も相まって怒涛の勢いで階層を進めていた。
(でも、そろそろだな)
階層更新に関しては順調だが、様子を見るにそろそろアルドレットクロウが九十階層を突破する気配がする。一応五階層のマージンは取れているので予定通りではあるが、割と厳しめにつけた自分の予想にも付いてくるステファニーに努は新聞を見ながらため息をついていた。
「ステファニーは相変わらずえげつないなー。というか良く体調崩さないよね。睡眠時間三時間だってさ?」
「確か誰かの弟子だった気がするのですが、誰でしたかね」
「いやー、あれの師匠なんだからきっと凄いヒーラー……あ、僕だったー!?」
「…………」
クランハウスのリビングでオーリの淹れてくれた紅茶の入ったカップを片手に、リーレイアはやけにテンションの高い努を蛇のような目で見つめている。
ステファニーが予定通りに付いてくること自体は百階層最速攻略でいえば不利益だ。しかし自分が立てた厳しめの予想にすら彼女が付いてくることは、ヒーラー目線でいえば嬉しいことである。そのため努はテンション高めの冗談を言ったが、リーレイアはくすりとも笑わなかった。
「師匠、師匠。あの魔流の拳を使えて、今じゃ最強の避けタンクって呼ばれてるハンナって人がいるっすけど、その人にも師匠がいるらしいっすよ」
「何だって!? 一体誰なんだ……」
「確か、ツ、ツ、……何だったっすかね? リーレイア、知らないっすか?」
「……ツトムですか?」
「あ、僕だったー!?」
「あっはっはっはっ!!」
「…………」
しまったといった様子で頭を抱えている努を見てバカ受けしているハンナ。そんな二人をリーレイアは呆れた様子で眺めていた。机の上で火の魔石をはぐはぐしているサラマンダーも同様の目をしている。
「今日は九十六階層を目指すのですから、少しは緊張感を持ったらどうですか?」
「神のダンジョンに入ったら本気出すよ」
「こんな調子のPTが最高到達階層に至っているというのは、何だか申し訳なくなってしまいますね。二軍PTはあんなにピリピリとしているのに」
「そろそろ突破も視野に入ってきたから、余計な力が入ってるんだろうね」
朝早くに二軍PTの者たちはやる気十分の顔でギルドへと向かっていったため、もうクランハウスにはいない。だが今日の午前中は余計な力が抜けずに失敗するだろうなと努は思っていた。中々難しいことではあるが、本番を練習のようにこなせればそれが一番良い。
「まぁ、あのPTならそろそろ突破は出来ると思うから心配はいらないかな。それまでにこっちはこっちで頑張らないとね。それじゃ、そろそろ行こうか」
「……最近、孤児たちにタンクを教えてる人がいるんですけど」
「いや、もう遅いから諦めな」
二人の軽妙な会話を聞いてからずっと考え込み、ようやく絞り出すように言ったダリルに努はすげなく返した。
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