第315話 虚勢を支える者

 それからもエイミーとアーミラとコリナの三人は時折露店を見て回りながら、妻の協力の下ゼノの観察に務めた。



「結構頑張ってるみたいだね~」



 そして半日が過ぎたが、彼は遊び惚けているという噂とは違い休日ですらダンジョンに対して向き合っているようだった。今も荒野階層の裏ボスであるデミリッチを相手に九十階層で行う立ち回りを試すため、変装したままギルドでステータスカードを更新している。そしてゼノが魔法陣で飛んだことを確認した後に、髪を下ろしているコリナは隠れていた二人を呼んだ。



「龍化の練習もしないで遊んでやがる口だけ野郎だと思ってたが、割と頑張ってんだな」



 長い赤髪をお団子二つに纏めているアーミラは、ゼノに対する認識を多少は改めたようだった。彼女もゼノはディニエルと同じくらいサボり魔であり、更に実力も伴っていない口だけ野郎と思っていた。ただ意外にも頑張っている様子を見て感心した顔をしていた。



「ま、そうじゃなきゃ無限の輪にいられないよ。ツトム、わたしですら探索者として使えなかったら切るだろうからね」

「……え? 流石にそれはないんじゃ」

「実は初めてPT組んだ時にさ、わたし本当にPTから切られかけたんだよ。まぁ失言したのが原因なんだけど、ツトムはわたしの人気すら考慮してない。だからわたしよりは人気ないゼノなんてもっと考慮されてないよ。普通のクランだったらあり得ないんだけど、ツトムだからねぇ……」

「…………」



 その事実をコリナは信じられなかったが、確かに努のエイミーに対する態度が他の者たちとさして変わらないことはクランハウスでもよく見てきた。それでも迷宮都市一番のアイドルという立場すら考慮されていないとは考えられず、言葉を返すことは出来なかった。するとそんな三人に一人の女性が近づいてきた。ゼノの妻である。



「貴女たち、目立ちすぎ……。私が気を逸らしてなかったら途中で絶対ゼノに気付かれていたわよ」

「良い仕事ぶりだったよ! 奥さん!」

「色々恥ずかしかった……」



 エイミーは勿論だが、アーミラも髪型を変えようが母の顔と似通ってスタイルもモデルのようなので周囲からは大分注目されていた。そんな三人からゼノの気を逸らすために彼女は普段やらないようなことを色々していたため気恥ずかしかったようだ。今も少し赤くなった顔を手でぱたぱたと扇いでる彼女に、コリナも少し驚きながら軽く頭を下げる。


 すると彼女はコリナとアーミラの姿を改めて見つめ直し、頭を下げ返した。



「うちの夫がクランでも見栄を張っているのは知っていましたが、まさかPTメンバーから不審を買うほどまでとは思いませんでした。この度はうちの夫が大変ご迷惑をかけました」

「あぁ、クランで一番雑魚なくせに努力すらしてない口だけ野郎だと思ってたぜ」

「ちょっと、アーミラ」

「あ? てめぇだって俺と同じこと思ってたんだろ?」

「…………」



 奥さんを目の前にしてもずけずけとした物言いをするアーミラを、コリナは慌てた様子で止めた。しかしあっけらかんとした顔で自分も巻き込んでくるめちゃくちゃな彼女に、思わず自分の顔を手で覆った。そんな様子を見ていた奥さんは苦笑いしている。



「コリナさんも、ですか。……そういえばヒーラー専の人たちが支援回復に少し偏りがあると言っていたのを耳にしましたが、多分それが原因ですよね。だとしたら、ごめんなさい」



 ゼノの妻は迷宮マニアであるが、ヒーラー専門ではないためコリナの悪感情と弊害に自身で気付いてはいなかった。彼女の支援回復が偏っていることは、PTメンバー個人にフォーカスすることもある神台だけではかなりわかりにくい。そのため同じPTにいて視野の広いエイミーか、ヒーラー専門の迷宮マニアや努くらいしか把握することは出来なかっただろう。



「確かに、ゼノは無限の輪に不釣り合いだと思います。ガルム、ダリル、ハンナ、あの三人と比べられてしまうとどうしても見劣りしてしまうでしょう。今やヒーラーの中でも群を抜いているコリナさんからすれば、支援のし甲斐がないと言われてしまうのも仕方のないことです」



 彼女は感情論を抜きにしてゼノのことを評価出来るため、無限の輪での現状を正しく認識していた。だから当初無限の輪にゼノが入ることを反対した。あんな化け物ぞろいのタンク勢の中でゼノが戦えるとは思わなかったし、一緒にアルドレットクロウへ入るために進めてきた計画をひっくり返されて腹も立った。


 そして案の定、無限の輪の中で唯一常人の域を出ていないのがゼノであり、ユニークスキル持ちのアーミラや死期を見られる目を持つコリナから見れば彼は何の強みもない弱者だろう。


 しかしそんな彼の妻であり迷宮マニアでもある彼女は、一枚の用紙を取り出して熱心な目でコリナを見つめた。



「ですが、冬将軍戦を初見突破した時のゼノは、あの時のゼノだけは立派なタンクとして機能しているように見えました。あれはゼノがマウントゴーレム戦での反省を活かして特訓したことも影響はしていると思いますが、大部分はツトムさんの完璧な支援回復と指揮によるものでしょう」



『ライブダンジョン!』で何万回と野良PTでダンジョンに潜ってきた経験により、努はどんなPTメンバーでもその限界値を引き出すことが出来る。そのため冬将軍戦ではゼノが思わぬ活躍をすることになったと妻は認識していた。



「恐らくツトムさんのような人間離れしたヒーラーは、今のところ誰にも真似出来るものではないでしょう。ですが、それに近づくことは出来ます。エイミーさんに相談を受けてから、私はそれをずっと考えてきました」



 そう言って彼女は持っていた用紙をコリナに手渡した。その用紙をおずおずといった様子で受け取ったコリナがここで目を通すべきか一瞬考えていると、すぐにゼノの妻は説明を始めた。



「それは私がゼノのタンク運用について考えたものです。ただそれを読んで実行に移すかの判断は、ヒーラーであるコリナさんに任せます。そもそもそれを実行するためにはまずゼノの意識を変える必要がありますし、コリナさんにも少し負担のかかるものですから」



 そう説明を終えるや否や、ゼノの妻は念押しするように空いているコリナの片手を握った。



「ですが、お願いします。目だけでも通しては頂けないでしょうか? それでも価値がないと判断なされるのであれば、私はまたいくらでもゼノの運用について練り直してきます」

「……え、えっと」

「私の夫は確かに格好つけたがりな割に実力は足りていないのかもしれません。ですが九十階層の戦闘についていけるだけの能力と、精神力はあると自信を持って断言出来ます。ですから、どうかうちの夫を、よろしくお願いします……」

「…………」



 感情に訴えるような彼女の言葉と自身の手を強く握りながら頭を下げている姿を見て、コリナはどうしたらいいのかわからない顔でおろおろとしていた。するとそんな彼女の後ろからアーミラが肩に手を置いて前に出た。



「あんたの言うことはわかった。これには少なくとも俺は目を通す。ただ、それを採用するかは約束出来ねぇぜ。ゼノの強さに俺らが気づいてない線も見えはしたが、まだわからねぇからな。そこら辺は、実際にPTで話し合わねぇとわからねぇ」

「採用を検討してくれるだけでも十分です。ありがとうございます」

「……はっ」



 勝手に想像していた印象と大分違うゼノの妻に対してアーミラは鼻を鳴らした後、コリナから用紙を奪うと目を通し始めた。するとエイミーもしてやられたような顔でにゃははと笑った。



「ここまで言われたら、目を通すしかないよね。……でもこれで真剣にPTでゼノについて話し合ったら、本当にいらない子扱いされる可能性もあるかもよ?」

「それは、これからのゼノ次第ですね。でも大丈夫ですよ。もし成功すればゼノは無限の輪に定着出来ますし、失敗したらアルドレットクロウに入ればいい話です。結果だけを見れば最悪どちらに転んでも問題ありませんし、ゼノならこの苦難を乗り越えられると信じていますから」

「…………」



 意地悪なことを言うエイミーに対しても引かずに返しているゼノの妻を見て、コリナは呆然としていた。そして最後に彼女は三人に改めて礼を言った後、ゼノを待つためギルドへ残った。



「あいつの妻って、てっきりもっと派手で品のない奴だと思ってたぜ。それがまさかあんな肝が据わった女だとは思わなかったわ」

「あの様子だと、家じゃ尻に敷かれてそうだね。ゼノ」

「しっかりしてましたね……何であの人がゼノの奥さんなんだろう……?」



 そんなゼノの妻と話した三人は一様にそう言いながらクランハウスへと帰っていった。

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