第314話 お団子アーミラ
無限の輪のクランハウスのリビングでは、二軍PTが九十階層攻略に向けての打ち合わせを行っていた。アタッカーやタンクの役割ごとに問題点を上げ、最後にはヒーラーについての話し合いが行われた。
「コリナちゃんは、わたしが見た限りちょっとガルムに支援回復が偏ってるね」
「はい。気を付けます」
まずエイミーがコリナの支援回復が偏っていることについて言及した。ただそのことについては事前に指摘を受けていたため、コリナはその事実をすぐに受け止めた。
「ふむ、確かにこちらへの支援回復が薄い気はしていたよ! コリナ君ならばもっと上手く出来ると思うのだがねっ!!」
するとゼノもいつもの自信に満ち溢れた口調でその意見に同調した。しかしその言葉を聞いた途端に、コリナの小動物を思わせるような目から急速に光が失われていくのをエイミーだけは感じた。
「ガルムさんに支援回復が偏らないよう気を付けますね」
だがその目も一瞬のことで、コリナはすぐにいつものほんわかとした様子で答えるだけだった。そんな彼女の様子にゼノとガルムは全く気付いていない。アーミラは少し違和感を覚えたようだが、口を出すまでには至らない。
(にゃー、この空気は不味いぞ。完全に取り繕ってる感じだ。ぶつかることすらしない。こういうのはギルドでも見てきたぞ)
もはや嫌いを通り越して無の感情すら持ち合わせている様子のコリナを見て、エイミーはどうしたものかと頭を悩ませていた。それに同調するように頭の上の白い猫耳もぴこぴこと動く。
何となくコリナがゼノのことを避けていること自体はわかっていたが、支援回復に偏りが出るほど深刻なものだとは思っていなかった。リーレイアとアーミラのわかりやすい確執ばかりに気を取られ、人の良さそうなコリナに目が向いていなかった。その僅かな違和感に気付けたのも、会員制の肉専門店に招待して話した時だった。
コリナはエルフであるディニエルを除けばクランメンバーの中で一番年上であり、もう大人といえる年齢だ。そのためまだ若いアーミラやリーレイアとは違い、場を荒立てないために自身の感情を抑える理性を備えている。そんな彼女の立ち振る舞いは見事で、良くクランメンバーを見ている努にすらゼノに対する強烈な嫌悪感は悟られていなかった。
(コリナちゃん、今でも自己評価は割と低いからなぁ。だからゼノのあんな自信満々さに腹が立つんだろうけど、無意識に支援回復しなくなるまでとは思わなかった。多分ちょっとは関係を緩和させないと不味いよね)
変異シェルクラブを越えてからコリナは少し自信を持てるようになったようだが、まだクランメンバーの中では一番自己評価が低いのは否めない。そして今もガルムとタンクの立ち回りについて話し合っているゼノは相変わらずの様子だ。
コリナの評価は今や努の代わりに三大ヒーラーへ数えられるほどまでになっている。だが彼女の持っている自信は、今でもあまり評価はされていないゼノに遠く及ばない。その歪な差がここまでの嫌悪感を引き出したのだろうか。
(でもゼノは人目のあるところじゃあれだけど、ちゃんと裏では努力してるし実力もある。じゃなきゃ無限の輪に在籍出来るはずがないしね)
クランリーダーである努はゼノやエイミーの影響力も評価はしているが、それだけでクラン在籍を認めるほど甘くはない。むしろ探索者としての実力に対する評価がかなり大きいため、もしゼノがその影響力にかまけて努力を怠りでもすればすぐにクラン脱退を匂わせるだろう。
実際に自分もアイドル活動ばかりにかまけていれば、シェルクラブ戦の時のような目で脱退を命じられただろう。あの探索者としての強さしか考慮しない冷めた目は、完全にエイミーのトラウマとなっていた。
そしてそのことをゼノも強く認識していて、周りに置いていかれないよう必死に修練を積んでいる。一線級の者たちと一軍争いをしなければならない厳しい環境と、強烈な自己愛と自分を支えてくれる者たちによって生まれた強靭なメンタル。それが噛み合ったことで今まで常人の域を出なかったゼノは、周りに引っ張られるように急激な成長をしてきた。
(コリナちゃんは、あの目を見てないからなぁ。多分ゼノの人気がクラン在籍に大きく関係してると思ってる。ま、普通は大いに関係するんだけど……)
エイミーの人気は言わずもがなだが、ゼノもクランにとっては莫大な資産となり得る。その影響力を利用すれば支援を申し出る企業はいくらでもつくので莫大なGを稼げるし、スポンサー企業から特別な装備なり備品も貰える。人気のある者がクランの顔になれば名も大きく広まり、更なる影響力を手に入れてスポンサー企業を増やすことも出来るだろう。
しかし努は無限の輪のスポンサー企業をドーレン工房のみに絞っている。そしていつの間にか個人で構築していた商人や職人との繋がりで、多額のGやダンジョンで手に入れた物を取引しては倍々ゲームのように資産を増やしていた。それに加えて探索者としての稼ぎをクラン運用の資金としていて、オーリの経営手腕も無駄がないので資金繰りで困っているのを見たことがない。
エイミーの稼ぎも努に負けず劣らないが、彼はそれを現実的にも思想的にも必要としていない。そのためエイミーとゼノがいくら稼げても実力が低ければ斬ることは明白である。だからこそ彼女も必死こいて努の死ぬほど辛い訓練についていっているのだ。
(またコリナちゃんと一度二人で話した方がいいかな……。ナルシと鈍犬めっ)
そしてコリナの密かな悪感情に全く気付いていない様子のゼノとガルムに内心毒づいていると、PTでの話し合いが終わって男二人は出ていった。それを確認してコリナに声をかけようとした時。
「なんか、お前変だったよな? そんなにゼノが気に入らねぇのか?」
その前に肩へかかった赤髪を鬱陶しそうに払ったアーミラが、彼女へと声をかけた。その言葉にコリナとエイミーは目を見張ったが、アーミラはとぼけたような顔で口を半開きにしている。
(この子も、成長したなぁ……)
元々はほとんどのクランメンバーに愛想を尽かされるほどの暴君だったアーミラ。だが無限の輪に入って様々な経験を経てからは、コリナの変化に気付けるほどの観察力と気遣いが出来るようになった。以前から何かとコリナを励ましてはいたが、そんな彼女の良い変化にエイミーはおいおいと泣き真似をした。
「アーミラちゃん、立派になって……」
「あ? 何だ、気持ちわりぃ」
「あ、あの、私は別に」
「俺だってあの口だけは達者なスカした奴は気に食わねぇ。龍化結びの習得もまだ出来てねぇ割に、他のことばかりやりやがるしよ。多分お前も、あいつがガルムより弱いと思ってるから偏りが出てるんじゃねぇのか?」
「それは……」
アーミラの真っ直ぐな赤い瞳を前に、コリナは言葉に詰まった。そんな彼女を見てエイミーはおっほんと長老のように咳払いをして、二人の注目を集めさせた。
「そんな二人にこの私が提案をしましょう」
「んだよ」
「ゼノが普段何をしてるのか、ちょっと三人で見に行かない?」
パチリとウインクをしながらエイミーがそう言うと、二人はよくわからなそうな表情のまま顔を見合わせた。
▽▽
ゼノは無限の輪の中で唯一クランハウスに住居を移しておらず、プライベートはあまり見えない。そして無限の輪は努の方針で一日中神のダンジョンに潜ることはしないため、割と自由時間が多い。そのためゼノの実態はクランメンバーたちに知られていない。
更に無限の輪は週に二日休みを設けているが、今日は神のダンジョンに潜ることも禁止されている日である。そしてゼノは休日を自宅で過ごしているため、努に呼び出されない限りクランハウスに来ることはない。
「お団子アーミラちゃん!」
「殺すぞ」
「やっぱ髪長いと色んな髪型できていいよねー。私も伸ばそっかなー」
洗面台の前でアーミラの長髪を纏めて二つのお団子に纏めたエイミーは、羨ましそうな顔でヘアゴムを指先で回している。そんな彼女も今日はヘアピンで前髪を留め上げ、でこを見せる髪型を変えている。
「アーミラ、意外と似合いますね」
「ボケてんじゃねぞ、つーかお前もそんな長かったのか」
「ある時期は美容室に行く暇がなくて、しばらくそのままになっちゃってここまで来ちゃったんですよ。切るのもなんか勿体なくて」
逆にコリナは普段上に編んで纏めているクリーム色の長髪を下ろしていた。そんな彼女を見てアーミラは珍しそうな顔をしながら自身のお団子を触っている。
「今日はゼノの実態に迫る! これが一週間のスケジュールだって!」
「……あ? これ、あいつのか?」
「ゼノの奥さんから頂いてきたよ、にしし」
休日前にゼノの妻と接触し事情を話していたエイミーは、彼のスケジュール表を渡されていた。その用紙を見たコリナは目を見開いた。
「……これ、本当ですか?」
「まぁ若干盛ってるかもしれないから、今日は休みがてらゼノの観察をしようではないか。奥さんにも許可はとってるしねー」
ゼノはダンジョンに潜る以外の自由時間では、美容のために金を惜しげもなく使ってエステなどに通ったり、ファンたちと交流してワインを飲みながら遊び惚けていると報じられていたし本人もそれを認めていた。
ただスケジュール表を見る限りでは、そのほとんどがダンジョンに関することで埋められていた。そのことが信じられないままコリナは意気揚々とクランハウスを出たエイミーについていく。
(神台を見てるっていっても、私だっていつも見てる。でも他の人は見たことあるけど、ゼノなんて一度も……)
「あ、あれだあれだ」
コリナは趣味が神台鑑賞で様々な場所から見ているため、ゼノ以外のクランメンバー全員の姿は目撃している。そのため彼は本当に遊び惚けているのだと思っていた。
「あれだって」
「えっ」
ただエイミーが気づかれない程度にそっと近づいて指差したのは、フードを被って丸眼鏡をかけた冴えない男だった。それがゼノだと言われたコリナは何を言っているのかと思ったが、確かに迷宮マニアの妻も隣にはいた。
そしてエイミーの合図で妻が偶然を装ってその男のフードを取ると、男の髪とは思えないサラサラとした銀髪が露わになった。そして不意を突かれた男は思わず地声で口にする。
「なっ、どうしたのだ?」
「ごめん、ちょっと虫がいたから」
「あ、危ないではないか。やめてくれよっ」
そして後半部分ではネズミのように高い声を作って喋り始めたゼノを見て、彼が変装して神台を鑑賞していたことにコリナは気づいた。それならば確かに自分がゼノを見なかったことにも理由が出来た。
「なんだ、あの声!? カマ野郎みたいだな!!」
「確かにブルーノの声にちょっと似てるかも?」
「…………」
ゼノはただ才能にかまけて努力を怠っている者だと、コリナは思っていた。王都の学園を主席で卒業したと聞いた時に、才能のある男だと決めつけていた。そして迷宮都市では努力をしないまま落ちぶれ、自意識過剰な性格だけが残った者だと。
(……まだ、わからないかもしれない)
しかしそうではないのかもしれない可能性を、今見てしまった。ゼノの作り声で笑っている二人をよそに、コリナはジッと変装しているゼノを見つめていた。
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