第311話 ツトム様の何がわかる?

 無限の輪の九十階層突破を見て、ヒーラーが一人でも突破出来ると証明されてからアルドレットクロウはPT構成を戻した。その際に九十階層まで到達している二、三軍のアタッカータンクを、一軍で試してみることになった。



(使えるな)



 その中で唯一配置換えされず一軍ヒーラーをしていたステファニーは、試験的に一軍へ入ってきたソーヴァの評価を改めていた。アタッカーの素質だけでいえば、恐らくハルトの方が高かっただろう。しかしソーヴァのPT全体を考えて動く器用な立ち回りは、ステファニーも目を見張るほどだった。



「ヘイスト頼む。メディックはしばらくいい」



 まずヒーラーを意識した立ち回りが上手い。基本的にソーヴァにはヘイストを付与しているが、こちらに任せきりだった鳥人のハルトより遥かに当てるのが楽だ。確かにステファニーの技術力ならば素早い動きをするハルトに対応することも出来るが、細かな負担になっていることは間違いない。


 だがソーヴァはまるでエイミーのようなヒーラーを気遣う立ち回りが出来ていた。それは九十階層でヒーラーへの負担が高く、更に努に近づこうとしていて余裕のないステファニーにとっては助かる存在だった。



「ゲイルスラッシュ」



 更にアタッカーとしてもソーヴァは一回り成長していた。今まではユニークスキルがない分ヴァイスの劣化と言われていた立ち回りも一新し、その動きを真似する中で自分にあったものを取捨選択して新たな立ち回りを完成させていた。



「吹き飛べっ!」

『ギィィィィィィ!!』



 そのためヴァイスが使っていなかった魔道具なども積極的に使うようになり、今回はアルドレットクロウが自家開発していた手榴弾のような魔道具を持ち込んで所々使用していた。威力自体はそこまでないが成れの果ての虚を突く形で当てることが出来れば、少しの間怯ませることが出来るのでタンクへの補助にもなっている。


 とはいえまだPTが固まっていないので敢え無く全滅してしまったが、良い線までいけたことは事実だ。そしてギルドに帰ってビットマンと軽い調子で声を掛け合っているソーヴァを見つめる。



(一軍から落ちて殻を破った? ……そんな生易しい状態には見えなかったのですが、何かあったのでしょうか)



 ハルトに一軍の座を奪われてからのソーヴァは、大分迷走していた雰囲気があった。そして最後には二軍の補佐をしている職員たちの言葉も聞かず、何故か一人でギルドのPT斡旋に行くまでになった。


 ソーヴァは小さい頃から何かと一緒にいた時期があったため、彼が頑固なことは良く知っている。そのため自分が何か言ったところで絶対に聞かないであろうことはわかっていたため、ステファニーは何も言わず己の修練に集中していた。そしてソーヴァが全てやりきったところでルークにでも進言させて、そこから持ち直させる予定だった。



(元々器用な人ですから、周りに配慮して立ち回ることも出来はしたでしょう。しかしソロ探索者のヴァイスを真似するばかりに、その強みは見出だせなかった。ですが今は、それが出来ている。これがソーヴァにとっては理想的な動きでしょう。まだ改善点はあるでしょうが、及第点には届いている。しかし、本当に一人でここまで辿り着けたのでしょうか?)



 小さいときに音楽隊へ入りたいと夢見て楽器の練習をしていた時、始めて間もないソーヴァにすぐ実力を抜かされたことはまだ記憶に新しい。それほど昔からかなり器用な男だということはわかっていたので、これくらいのことは出来るだろうという認識はあった。


 しかしソーヴァは少年時代に一度ヴァイスを見てからはずっとヒーローのように執心していて、神のダンジョンが出来て神台でその姿を見た時は狂喜乱舞していたほどだ。その頃からヴァイスの使っていた武器を全て真似し、それを数年繰り返せるほどの憧れ。そのこだわりはもはや自分だけで切ることは不可能に近いだろう。



「ソーヴァ」

「……何だよ」



 最近はまた努に少しでも近づこうと神台での映像と自分を重ねながらえげつない練習量をこなし、脳と身体を酷使しているステファニーの目は何処かおかしい。そんな彼女に話しかけられたソーヴァは複雑そうな顔で振り向いた。



「貴方は、その立ち回りを一人で完成させたのですか?」

「……まぁな」



 腕を組んでそう返したソーヴァに対して即答する。



「嘘ですね。その様子から見るに、ヴァイスにでも話しかけられたのですか?」

「…………」

「嬉しさが滲み出ていますもの。良かったですわね。憧れの人に声をかけてもらえて」



 そう棘のある声で断言されたソーヴァは、諦観も滲ませた笑顔を見せた。



「俺がギルドの斡旋PTで練習をしていたことは知っているか?」

「えぇ、少し耳にはしましたが」

「その時に、たまたまツトムとダリルがいてな。PTを組んだ。その後にツトムがアドバイスしてくれて、ヴァイスさんにも会わせてくれたんだよ。おかげで上手くいってる面もあるだろうな」

「…………」



 ソーヴァは黙っていようとも思ったが、ここまで疑われているといずれ努と斡旋PTを組んでいたことはバレると思ったので諦めて言っておいた。それに今までは伸び悩んでいる自分が伸び続けているステファニーに対して意見する自信がなかったが、今なら最悪アルドレットクロウを脱退することになっても問題ないという確信が出てきたためここまで言えた。


 しかし今まで見たことがなかったステファニーの狂気的な面に対する恐怖自体は消えていない。なのでステファニーが俯きながらその場で震え始めた時は、ソーヴァは不味いと思って一歩後退った。その瞬間に大きく一歩踏み込まれて胸ぐらを掴まれる。



「何故その時に、わたくしを呼ばなかったのですかぁぁぁぁ!?」

「よ、呼べるわけないだろ。斡旋PTなんかに、今やアルドレットクロウの顔にもなってるお前を」

「アルドレットクロウなんてもうどうでもいいですのよ!! 私はっ……! 私はただあの人のためにっ……!」

「……お前な。少しは頭を冷やせ。それだからツトムにも引かれるんだぞ」



 ここまで言ってしまった勢いでソーヴァは思わず昔のような口調でそう言うと、すぐに後悔するくらい黒い感情を剥き出しにしたステファニーが顔を出した。自分の方が物理的な力は上のはずなのに、その強すぎる感情を前にしてソーヴァはまた後退った。



「ソーヴァに、ツトム様の何がわかるのですか? 私よりツトム様のことを知っていると?」



 自分以上に努のことを理解しているものなど存在しない。誰よりも彼の姿を目に焼き付けて、彼が授けてくれた書の通りに修練を重ねてきた。そして努は自分に全てを授けた後、第一線から外れていった。だからステファニーはそんな努の代わりに、彼の考えが正しいことを証明するためにヒーラーの中で一番の座を確立させようと思っていた。


 だがそんな自分を叱りつけるように、努は九十階層で異様なまでに洗練され、そして劇的なまでの活躍をしてPTを勝利へと導いた。その姿を見た後は、脳が焼け付くほどに興奮して全く眠れなかった。努様はやっぱり凄くて、自分はまだまだ勝てない。そう思わせてくれた師への感謝を忘れていた自分を殺し、新たに生まれ変われた。


 そして今、自分は充実している。また努様に近づけるように精進する日々。今まで声をかけてくれなかったこと。それは当たり前のことだった。背中に手が届いたと思っていた、慢心した弟子に声をかけてくれるはずもない。だからもっと頑張る。努様、ツトム様のために。


 だがソーヴァは、そんな自分よりも努をわかったような口調だった。その愚かさを改めさせなければならない。この男には。



「そ、そこまで言ってない。ただ、ツトムとステファニーについて話してきた。だから、そのことは、知ってるんだ」

「…………」

「ごほっ、ごほっ」



 あどけなさの欠片もない上目遣いで睨まれてたじたじの様子であるソーヴァが言い訳をするように言うと、ステファニーは彼の胸ぐらから手を放した。そしてプレッシャーと物理的な息苦しさで咳き込んでいるソーヴァを下から覗き込んだ。



「っ!」



 その目は、形容しがたいものだった。



「詳しく聞かせてもらいましょうか」

「……わ、わかった。わかったよ」



 つい昔のように話しかけてしまったことを後悔しながら、ソーヴァは変貌したステファニーにこの前努と会った時に話したことを吐いた。努からステファニーについて探りを入れてきたことと、ダンジョン探索が一息ついたら会うと言っていたこと。



「目の前で指を食い千切ったことについては、流石に気にしていた。だが、お前と関わり合いたくないという雰囲気は感じなかった。だから――」

「黙りなさい」



 その話を聞き終えたステファニーは一言だけ口にすると、顔を俯かせてピンクの縦ロールを揺らしながら早歩きで更衣室へと向かっていった。そんな彼女をソーヴァは見送ることしか出来なかった。

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