第310話 見掛け倒し
「見た目は、ただのゴブリンなのに……」
「多分他のモンスターも強いだろうから、油断せずにいこうか」
「はい……」
不気味な古城の外門前に位置する九十一階層の丘では、主に草原階層で出たモンスターの強化版が多数出現する。そのため見た目に騙されて拍子抜けしていたダリルは、ゴブリンたちの思わぬ力に押されて囲まれボコボコに殴られるハメになった。
それを見て気持ちを切り替えたハンナが代わりにヘイトを取ったことで大事には至らなかったが、犬耳を引き千切られかけたダリルは大分萎えた様子だった。ヒールしたことでもう怪我自体は治っているが、今も不安そうに垂れた犬耳を触っている。そんなダリルに努は手鏡を渡した後、見覚えのある古城を双眼鏡で見つめていた。
(見た限り、古城の仕様はアプデ後臭いな。運ゲー回避出来たことを喜ぶべきか、面倒臭いモンスターが増えたことを悲しむべきか微妙なところだ)
古城階層では今までと違い、次の階層へ進むためにはとある条件を揃えなくてはならない。一番初めは各階層主から極稀にドロップする武具をPTメンバーの誰かが装備することで、古城に設置してある黒門が開いて進める仕様だった。
しかし1%未満のドロップ率である階層主の武具、それも十階層のものなど九十一階層まで辿り着いたユーザーにとってはゴミ同然である。それを九十二階層へ続く黒門を開くためだけに狙わなければいけないため、ユーザー側に何の旨味もないマラソンを強要したことにより運営へ非難が殺到した。
その後アップデートで武具を装備すると開くという仕様はそのままに、階層主から確定ドロップする魔石でも開くように変更された。しかしその後も続く階層ではただSTRやVITの数値を弄っただけの既存モンスターばかりで、これにも非難が殺到した。
これは元々『ライブダンジョン!』を運営していた会社自体が大きくなかったので、モンスターのグラフィック制作が万策尽きたため苦肉の策で実行されたことだった。そのためすぐに対応はされなかったが運営が安定してきた一年後にようやく固有のモンスターを出して、それを倒すことによって黒門が開く仕様に変更された。
その固有モンスターには外から見えるものも存在し、アプデによって古城の外観も若干変わっている。その違いがわかる努は古城を眺めて恐らくアプデ後の仕様であることを確認していた。
「見た目がほとんど変わらないのに矢が深く刺さらない。VITが上がってる?」
ある程度考察を終えた努が古城から視線を逸らすと、黒弓を肩に下げているディニエルがぶつぶつと呟きながら落ちた矢を回収しているのが目に入った。
(ある程度フォローは必要かと思ってたけど、大丈夫そうだな)
エイミーが言うには今世紀最大の拗ね顔で愚痴っていたそうだが、もうそのような様子は見られない。ただ以前と比べて違うところは、目に余るようなサボり行動が減ったことだろう。それに二流という刻印を押されたことを払拭するためか、探索意欲も以前より高くなったように見える。
(エイミーは無限の輪のメンター担当に任命したいくらいだな)
努も上位勢の白魔導士としてクランの中心にいたり、その後クランリーダーもした経験が
あるのでクラン内における人間関係の脆さを良く知っている。そのため致命的な問題にはすぐに対処して解決する能力は備わっているが、エイミーはその問題が発生する前に防ぐ細かな立ち回りをしていた。
先日の戦いによって欠点が露呈したディニエルのメンタルケアは勿論、最近では減給されたハンナの金回りについて相談に乗って整備を始めたり、アーミラの龍化制御についての意見交換。コリナには一見さんお断りの飲食店を紹介して探索のモチベーションアップを図り、最近人気の出てきたダリルの相談もゼノと一緒に乗っている。
探索者とアイドル活動を両立していたエイミーは今までクラン解散やアイドルの裏側などを経験してきているため、相談相手には持ってこいの存在で周りから頼りにされているような雰囲気がある。それに努にも勝る気配りと天性の明るさは流石迷宮都市一のアイドルといったところだろうか。
(僕が見る限りだと、そこまでって感じなんだけどな)
ただ努に関わることだと途端に思考が停止してポンコツ化してしまうことが多いため、彼の印象ではエイミーがしっかりとした様子はあまり感じられない。ただあのディニエルを一夜にしてここまで前向きにした能力には目を見張るものがあるし、ゼノから話を聞く限りでは大分凄いことをしているようだったので評価はしていた。
「まだ少しですが、変わってしまいましたね。彼女も」
すると同じくディニエルの僅かな変化に気付いている様子のリーレイアは、少し嫌そうな顔をしながら風の魔石を持って近づいてきた。その後ろには魔石を粘体に張り付けたウンディーネものそのそと付いてきている。
「エルフなのですから、もっとプライドに引きずられて堕ちていけば一軍維持も楽だったのですが」
「エイミーがいなかったらもう少し引きずってはいただろうけどね。親友が同じクラン内にいるのは大きいんじゃない?」
「そうですね。私もアーミラと一緒のクランなので、まだまだ頑張れそうですよ」
「親友ではないだろうけどね」
「今はただのクランメンバーでしょうが、いずれ深い関係になります」
「そうですか、ご健闘をお祈りします」
リーレイアがアーミラに向けているのはただの好意なのか信仰なのか、はたまた情愛なのかわからない。ただ少なくともそれが一方通行なことは努にもわかっていたので、適当に流すだけに留めて双眼鏡で古城にある門付近を眺めた。
「そういえば雑魚モンスターがここまで強くなっているのは、何処か気持ち悪いですね。ほとんどが草原にいるモンスターでしょうし」
「そうだね。それにあの門前にいるゴブリン軍団は、全員しっかり武装してる。今日は一度モンスターの様子見だけで撤退した方が良さそうだ。あれを崩すには対策が必要そうだし」
九十二階層へと続く黒門の前には銀色の武器防具を完全装備したゴブリン部隊が勢ぞろいしており、他にも巨大スライムやグレーウルフなどもゴブリンの指揮下に入っている。そして勲章が付いている偉そうな鎧を着込んでいるゴブリンキングは、双眼鏡で観察している努を一点に見返していた。
アプデ後仕様では各階層ごとに中ボスのようなモンスターが存在し、それを倒すことでも黒門は開く。そのためあのゴブリン軍団を倒して進むことが無難な突破方法になるだろう。
「まずはあの軍団より先に、この階層のモンスターに慣れることからだね。たかがスライムやグレーウルフだと思ってかかったら、ダリルの二の舞になるだろうし」
「もう油断しません!」
「はいはい、じゃあ次から頑張ってくれ」
「ゆ、油断してたの僕だけじゃなかったのに……」
「あ、こういう時はあれっすね。ドンマイっす!」
「……ハンナさんにだけは言われたくないです」
努やゼノがたまに使っている言葉を贈ったハンナに対して、ダリルは珍しく不機嫌な声を返した。そしてゴブリンを前に一番油断していた様子だったハンナは、そのことも忘れていたのか首を傾げただけだった。
▽▽
「にゃー、駄目かー」
「ドンマイだっ! 次に活かそう!」
「本当に威勢だけはいいな、てめぇは」
九十階層での全滅回数が十回を超えた無限の輪の二軍PT。亜麻色の服を着ているのに明るいゼノに対してアーミラは小言を言いながら、受付の奥でにっこりしている母を一睨みした。
(みんなも成れの果てには慣れてきた。でも、それなのに、まだ終盤戦にも辿り着けない。ツトムさん、本当におかしいですよぅ……)
恐らく今のエイミーやガルムなどは九十階層で何度も戦った経験があるため、一軍PTのアタッカータンクよりも上手く成れの果て相手に立ち回れている。しかしそれでも尚、中盤戦は中々突破出来ない。その結果を受けてコリナは改めて努が達成した九十階層突破を末恐ろしく感じていた。
その時の神台で戦闘模様は見ていたのである程度記憶はしているが、今では何度もその映像を見返したくなるほどだ。中盤戦の壁があまりにも厚く、更に終盤戦まで控えているこの状況は中々息苦しい。
(でも、このPTに手応えはある。アーミラさんの言う通りだ。私は、私に出来ることを頑張ってやる。みんなと一緒に)
中々壁を乗り越えられない辛さはあるが、そこまで苦ではない。それでもいつかは必ず突破出来そうな手応えをコリナは感じているからだ。
確かに自分は努のような神がかり的ヒーラーではないし、一人では絶対に成れの果てを相手に出来るわけがない。だが自分の前には頼りになるPTメンバーが四人も立っている。
「龍化結びなしだとやっぱり厳しい時もあるねー。臨機応変にしていかないと無理だねこりゃ」
エイミーは元々優秀なアタッカーであると同時に、アイドル活動によって周りの状況を事細かに見る能力が鍛えられている面もある。そのため最近は強くなれるが視野が狭くなってしまう龍化結びの頻度を控え、全体的な声かけをするようになっていた。
それに努が教えていた効率的なスキル回しと精神力が減った状態での立ち回りも身に付き始めてきたので、火力を龍化結びに頼り切らずとも問題なくなってきている。あと少しPTの噛み合わせが良くなれば、良い具合に立ち回れそうな雰囲気があった。
「なら面倒くせぇが、ガルムとゼノにも龍化結びするしかねぇな」
アーミラは九十階層の一軍に選ばれずにリーレイアから復讐された後、それをバネにして更にスキル回しや立ち回りを見直した。そして自分の嫌いな人物に対して龍化結びが出来ないという認識を改め、手始めに相性の悪いゼノを相手にして練習を重ねた。
更にエイミーからのアドバイスで龍化への理解も深め、背中から生える赤翼や吐けるようになるブレスを利用した立ち回りについても大分練度を高めている。それと以前から目に見えて伸びていた大剣の扱いと人間的成長も合わさり、以前にも増したアタッカーへと変貌している。
「練習を重ねているゼノは問題ないだろうが、私は少し不安が残る。アーミラ、今日合わせられるか」
「おう、ならババァも呼んで二人纏めて相手してやるよ」
「……カミーユさんの手を煩わせるのはどうかと思うが」
「おーい! ババァ! こっちこいや!」
「…………」
ガルムは以前努とギクシャクした時から何処か迷走していた様子だったが、今の立ち回りは非常に安定したタンクでビットマンに近い。元々ガルムは狂犬と呼ばれるような立ち回りをしていたのでビットマンと正反対の存在だったが、引退してギルドに入ってからは基礎的な技術を学んでいる。
狂犬時代に培った自身の身体を顧みない精神と、ギルドで数年かけて成熟させた技術。その二つを持ち合わせ更に努の知識が組み合わさったことによって、ガルムはモンスターに怯まず自分の技術を駆使できる優秀なタンクへと化けた。
その後努に頼りたくないという思いで離れて自分の力だけでタンクを確立させようとしたが、今は他のタンクを神台で見ながら自分の出来ることを確立していた。そしてコリナも何度かタンクについて確認されていて、今では祈祷師に合わせた立ち回りもしてくれるようになっていた。
「フッ、龍化結びをしてしまうと私の優雅さが少しだけ失われてしまうのだがね……、しかし九十階層突破のためならば仕方がない。私も龍になるとしよう」
「てめーが全然制御出来ないせいだろうが。コリナの方がまだ制御出来てるぞ」
「今日こそは制御してみせるさっ! コリナ君! 私は負けないぞ!」
「ははは……」
ゼノについては、正直よくわからない。冬将軍戦では意外な底力を見せたものの、やはり無限の輪の中で一番弱いタンクとしての印象は拭えない。その自意識過剰による無駄な自信もあまり役に立っているところが見られない。一体何が強みなのか。
(……駄目だなぁ。ゼノは、なんか駄目なんだ。お腹がむかむかする)
コリナは最初からゼノのことがあまり気に食わなかった。一番の原因は、そのナルシシズム的な自信だろうか。根拠のない自信、うぬぼれ、自己の過大評価。
(でも、このままじゃ駄目だ。ゼノが嫌いってことに気を割いてちゃ、九十階層を突破出来るとも思えない。実害だって出ちゃってるし)
エイミーに先日指摘されて初めて気が付いたが、自分はどうやらガルムに対しての回復が厚くなっているようだった。ゼノに対して支援を切らすことはないが、積極的に回復はしない。それを無意識的に行っていたことに気付かされて、コリナはその問題を認識した。
(それに、エイミーさんとガルムもあんまり連携が取れてない。……アーミラは、嫌いそうなゼノに対しても龍化結びをするようになった。私たちも、ちゃんと向き合わないといけないよね)
きっかけは何であれ、アーミラも変わってきている。それなのに自分が逃げていては突破出来るものも突破出来ない。コリナはそう考えながらPTメンバーたちをただ見つめていた。
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