第309話 芽潰し
ギルドに設置されている黒門が開き、亜麻色の服を着たマジックバッグを持つ五人が一斉に吐き出される。その中で白い兎耳を直角に立てている女性はすぐに立ち上がると、羽織る服を持ってきてくれた孤児の獣人たちにお礼を言いながらそれを受け取った。それに続いて赤と青の鳥人たちも受け取る。
「くそーーー!! もう一回!!」
「だーーー!!」
「もうちょっとで……行けそうなんですけどね」
「あそこでヘイスト遅れなければいけたよねー! 何で消えちゃったかなー……」
「私も、もっと上手く避けられるイメージはあるんですけどね……」
「もう一押しって感じなんだけどなー」
現在九十階層に挑んでいるクランの一つであるシルバービースト。そのクランの一軍ヒーラーであるロレーナと避けタンクのララとリリは話し合いながら更衣室へと向かっていく。その後ろから深く黒フードを被っている呪術師も向かう。
「ちゃっちゃと着替えちまうかね」
そして男のミシルだけはその場で亜麻色の服を脱いで手際よく防具を装備した後、すぐに受付へと並んだ。すると前に見覚えのある長身の犬人がいたので、軽い調子で声をかける。
「お、ガルムか?」
「……ミシルか」
「よう、そっちも全滅かい?」
「あぁ」
元々顔見知り程度の関係だった二人は、努がシルバービーストに関わるようになってからはそこそこ話す程度の仲になっている。そんなガルムの隣で亜麻色の服を着ている割に自信満々の笑みを浮かべているゼノにも挨拶をした後、一番台に映っている九十一階層を攻略中の努を見上げた。
「そっちはツトムなしで頑張ってるみたいだな? いけそうか?」
「……厳しい戦いを強いられてはいるが、勝機は見出だせている」
「そうか。こっちも最近までPTの空気も悪くなって行き詰まってたんだが、無限の輪とアルドレットクロウのおかげで良くなったぜ」
「ほう? とてもそうは見えなかったがね」
ずいっと割り込んできたゼノは訳知り顔で顎を擦り、吟味するような目でミシルを見つめている。今回無限の輪の二軍PTと競合する形となったシルバービーストについては、迷宮マニアである妻経由で情報が入ってくるのである程度は知っているつもりだった。しかし妻からも入ってこなかった思わぬ情報にゼノは関心を寄せていた。
「俺は珍しいジョブで最初に活躍してた分、多少は慣れてた。でも他の奴らにとっちゃ、やっぱり上位の神台は違うみたいなんだよな。だからスタンピードで大手クランがいない間に八十階層を突破した後は、PTがギクシャクしたんだよ」
「あの、シルバービーストがか?」
「俺たちも、八十階層越してからはもう大手クランって認識され始めてたからな。そのプレッシャーが思いのほか大きかった。それで足が鈍ったってのもある」
シルバービーストは走るヒーラーに避けタンク2という尖った構成と、それを可能とする綿密な連携力と縦横無尽の自由な立ち回りが噛み合って大手クランにも引けを取らないPTでいられた。しかし冬将軍を突破してしばらく一番台を独占してからは、自由な立ち回りが減って徐々に守りへと入り始めていた。
今までシルバービーストは一番台を狙う立場だったが、八十階層を突破してからは守る立場になってしまった。今の立場を失うかもしれないと考えてしまうようになったその変化によって、今まで自由に動けていたPTメンバーたちの思考を重くした。
そして外から見て察しられることはなかったが、空気もたまに悪くなることがあった。この尖った構成にも何処か行き詰まりを感じ始め、更に安定した構成に変えた方が良いのではないかという意見が迷宮マニアから出始めた。それによってPTメンバーたちはお互い妙な気を遣うようになってしまい、誰もはっきりと言いだせない微妙な空気が流れていた。
「だけど、九十階層を突破した無限の輪を見てからは変わったな。それにアルドレットクロウも、その影響か新しい立ち回りを模索し始めた。それで俺たちも改めて、自分たちがどうやってここまで来られたのかを再確認出来た」
今まで安定した戦闘をこなしてきた無限の輪。そのクランのリーダーでありヒーラーも務めていた努は、自分一人だけしか生き残っていないという最悪の状況下でも必死にPTを繋ぎ留めた。その結果、崩壊していたPTを立て直し見事九十階層を突破して一番に躍り出てみせた。
そしてその二日後からはアルドレットクロウも今のままでは駄目だと感じたのか、どんどんと新しい立ち回りを試すようになっていた。その姿を神台で見てシルバービーストのPTメンバーたちも、自分たちが今まで何をしてのし上がってきたかを再確認することが出来た。
「まだまだ未熟な俺たちが、守りに入ってもろくなことにはならねぇ。今までと同じように、攻めねぇとな」
「……そのまま潰れてくれた方が助かったのに、シルバービーストも厄介だなぁ」
するとミシルの後ろから子供っぽい声でそんな言葉が投げかけられた。振り向くとそこには深緑色の丸っこい瞳で三人を見上げている、アルドレットクロウのクランリーダーであるルークがいた。その後ろにはタンクの中でもダリルやガルムに並ぶ評価を受けているビットマンと、最近二軍で活躍し今月の査定で再び一軍昇格が一時的に決まったマルチウェポン使いのソーヴァもいた。
そんな三人を見てミシルは一瞬内心で怖気づいたが、すぐにおどけた様子で言い返した。
「おいおい、随分な物言いじゃねぇか?」
「下から伸びてくる芽は摘みたくなるタイプなんだ。無限の輪に抜かされた分、余計にね? これ以上抜かされたら色々面倒だからさ」
(おい、目が全然笑ってねぇぞ。こえーな)
七十階層からここまでトップを維持してきたアルドレットクロウも、ここに来て無限の輪に最高到達階層を抜かされたので気が立っている。言動ではたわいもない冗談に聞こえるが割と本気の目でそんなことを言ってきたルークに、ミシルは思わず返答に迷っていた。すると助け船を出すようにソーヴァがルークの首根っこを掴んで引き上げた。
「悪いな。ルークも無限の輪に先を越されたことはクランリーダーとして色々責任追及までされてるから、今は機嫌が悪いんだ」
「別に機嫌悪くないし」
「ビットマン」
「……あぁ」
ソーヴァに頼まれたビットマンは真顔でその場にしゃがみ込むと、ルークを肩に乗せて立ち上がった。身長の高い彼に肩車されているルークはまだ不機嫌そうな顔をしているが、特に嫌がっている様子はない。そんなアルドレットクロウの面々を見てミシルは困惑顔で固まった。
「な、何でいきなり肩車?」
「俺にもわからんが、高いところに上げると多少は機嫌を持ち直すらしい。まぁ、お互い頑張ろうな。無限の輪に先は越されたが、すぐに追いつく」
「あ、あぁ」
「…………」
「…………」
そう言ってソーヴァは話を終えると、着ていた亜麻色の服を脱ぎ捨てて防具を装備し始める。そしてガルムはルークを肩車しているビットマンを何とも言えない顔で見つめたが、彼は神妙な顔で頷くだけだった。
▽▽
(ど、どうしてこんなことに……)
夜の時間帯は中々に混み合う女子更衣室は、現在修羅場を迎えていた。そんな中、九十階層でまた全滅したため着替えを終えて外へ出ようとコリナは、その修羅場を作り出した二人の間に入ってお互いを止めていた。
更衣室を出た途端に、何やら周囲が騒がしかった。そしてすぐ前にいた女性二人が口論も早々に引き上げて取っ組み合いの喧嘩をし始めたので思わず間に入って止めてしまったが、その相手が悪かった。
「ちょっと! 邪魔しないでよ! 今からこいつをとっちめてやるんだから!」
「……貴女は、確か無限の輪の」
(な、なんでよりにもよってこの二人が喧嘩を……)
まさかシルバービーストの走るヒーラーとして有名なロレーナと、アルドレットクロウの指揮者と名高いステファニーが髪を引っ掴んでの喧嘩をしているとは思わなかった。コリナは顔を青ざめさせながら二人の間に立っていて、思考停止状態になっていた。
コリナは元々探索者を世話する看護師として活躍し、今現在のドカ食いがまかり通るほど過酷ともいえる働きをしてきた。それに治療を嫌がる探索者を押さえてきた経験もあるため、温和そうな見た目とは裏腹に腕っ節が強く人の押さえ方も知っている。そのため二人を止めること自体は問題なかった。
「あ、貴女って、確か無限の輪の……コリナ?」
「……あの、祈祷師ですか」
「そ、そうです。あと、け、喧嘩はよくないです」
剣呑だった二人の目はコリナが間に入ったことで、徐々に収まっていく。それに優しくも力強い手で暴れられないよう的確に押さえつけられていることもあり、まずロレーナが落ち着きを取り戻したような顔になった。
(……この人、多分普通じゃない。気を付けないと)
喧嘩の始まりを見る限り直情型に見えたロレーナは対処自体慣れているので問題ないだろうが、ステファニーの一から百にいきなり振り切れるような動き。それに恐ろしく冷めた目を見てコリナは人を殺した経験のある探索者を思い出していた。なので彼女に対しては警戒を強めながらも手を放した。
「い、一体何があったんですか?」
「あいつから喧嘩吹っ掛けてきたんだよ」
「貴女がおかしなことを言ったのが発端でしょう」
止めてしまった以上はここで投げ出すわけにもいかないので、コリナは二人に喧嘩へ至った理由を聞いた。しかし話を聞く限りでは、お互いに痛いところを突いた結果ここまで発展したようだった。
たまたま更衣室の順番待ちで居合わせた二人は、最初は努について普通に話していただけだった。しかしロレーナが努が行った走るヒーラーについて言及したところから話は拗れ、最後にはお互いに最近失敗していることを言い合った結果喧嘩に至った。
「お二人が喧嘩をしたらお互いのクランが大変なことになるんですから、どうか控えて下さい」
「わかったよ」
「…………」
ロレーナはある程度納得したように言ったが、ステファニーは何も答える様子はない。ただコリナの顔をじっと見つめ、何かを考えている様子だった。そんなステファニーの言い知れぬ視線にコリナは背中からぞわぞわとしたものが浮かんでくるような感覚を覚え、更に警戒を強めていた。
「貴女」
「そ、そろそろ私行かないと! それじゃあ失礼しますっ」
そしてステファニーが何か口にする前に、コリナは逃げるように言ってその場から離れた。そもそも二人の喧嘩を止めるなんて荷が重すぎることなど、初めから引き受けたくなかったからだ。
「……ましい」
言葉の前半は聞こえず、最後の部分だけが聞こえた。しかしその声がとても底冷えているのだけはわかったので、コリナは怖くて振り返れずにそのまま更衣室を出ていった。
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