第308話 ハンナ産羽根ペン

「最初から見られなくて本当に申し訳ない」

「い、いえ……」

「神台まで行けなくなるほど人が集まってくるとは思ってなかった。今回見られなかったのはエイミーの忠告を軽く聞いてた僕のせいだから、本当にごめん」



 九十階層から全滅してクランハウスへ帰ってきた自分たちよりも沈んでいる様子の努を見て、コリナは虚を突かれた顔で気まずげに返事をする。珍しく心底反省している様子の努にアーミラやガルムは呆気に取られていて、エイミーはゼノと顔を見合わせた後に軽い調子で手を振った。



「ま、ツトムはここまで人気が出ること自体初めてだし、しょうがないんじゃない? わたしもまさかここまでだとは思ってなかったし」

「フッ、ゼノには及ばないがねっ!」



 最近ヒーラーの中でも地位を確立してきたステファニーやロレーナの下地もあり、九十階層で異様な活躍をした努の人気は爆発的に増えている。ただそんな現状に対して努はそこまで興奮した様子もなく、淡々とした様子で話を続けた。



「でも騒ぎが収まるまではスミスが障壁魔法で道を作ってくれることになったから、多分明日からは問題ないと思うよ」

「えっ、それって、バーベンベルク家の長男だよね? あの人が?」

「あぁ、うん。スミスたちのPTに僕が暇な時に指導するって条件は飲まされたけどね」

「へ、へぇ~?」



 何てこともない顔で色々とおかしなことを言ってきた努に、エイミーは目を丸くしながら気の抜けた声を返した。そして努の後ろにいたリーレイアやダリルへ確認するような目を向けたが、どうやら本当のようだった。


 この騒ぎが収まるまではスミスとスオウが一日交替で無限の輪に訪れ、努の送り迎えを行う。もし九十階層攻略前ならばこのような雑務をスミスも行わなかっただろうが、あの前人未踏の活躍は彼も神台で見ていた。暴食竜戦で努の実力自体は認めていたが、あの脳が痺れるような活躍にはスミスもご満悦で機嫌が良かったこともあって今回の障壁魔法を使った豪華な送迎が決まっていた。



「それじゃ、反省会しようか。最初は二軍PTだけでやって、その後に僕もオーリさんの資料を見ながら意見を出すよ」



 それからクランハウスで二軍PTの九十階層反省会が始まった。とはいえ今回の戦闘で悪かったところは明確だ。二軍PTは他のクランと同様に、中盤戦で紫の魔眼が加わってから目に見えて崩れ出した。


 見てしまえば即死するというプレッシャーの中では、どうしても平常心で立ち回ることは難しくなる。特に崩れてはいけないタンクへのプレッシャーは凄まじい。


 一軍PTでは成れの果て戦に慣れ切っている努が指揮を執り、更にタンクであるダリルとハンナはその指揮への信頼感が高かった。そのため二人は紫の魔眼での即死に対してプレッシャー自体は感じていたが、努の指揮によってそこまで意識することなく立ち回れていた。


 しかし二軍PTは全員が成れの果てとの戦闘が初めてで、コリナも指揮に関しては未熟である。そのため中盤戦に入ってからすぐに、ゼノとアーミラは思わず紫の魔眼が目に入ってしまって瞬時に石化してしまった。


 ただコリナが余裕を持って回していた蘇生の祈りによってゼノがすぐに生き返ったが、彼のすぐ前に運悪く紫の魔眼が再び設置されてしまった。そのせいでゼノは生き返った直後にまた即死するという不幸に見舞われた。それからは度重なる蘇生でヘイトがコリナに向くと予感したガルムが何とか頑張ろうとするものの、その焦りが仇となって致命傷を負ってしまう。


 その怪我を回復しているうちに成れの果てはコリナに狙いをつけてしまった。努より身体能力の高いコリナはある程度凌ぎはしたが、ガルムが成れの果てのヘイトを逸らせるほどの時間は稼げずに死亡してしまった。それからは完全に消化試合となってしまったが、撤退戦に慣れているガルムエイミーの手際の良さで装備のロストはしなかった。



「やはり、中盤戦が問題だな」

「そうですね。あそこから急に厳しくなりました」

「紫の目玉がやっぱり面倒くさいねー。あれが出てからみんな動きが硬くなったかんじしたし」

「だな。つーか俺は目の端に少しだけ入っただけだったんだが、それでも駄目だったしよ。ほんとムカつく目玉だぜ」

「蘇生された後は少しの間、目を閉じて様子を見た方が良いだろうね。あの状況は最悪だよ」



 そのことについては二軍PT全員が理解しているようで、主に中盤戦の対策について議論が行われた。その議論に対して努は実戦で試したことや感じたことを少し付け加えていきながら、特に問題はなさそうだったので傾聴した。そして議論が終わりに向かってきたところで努が締めくくる。



「この調子なら僕が口出ししなくても問題なさそうだね。……一応、ヒーラー2構成で突破も考えてはいたんだけど、アルドレットクロウもヒーラー1構成にしてきたからね。多分ここでステファニーやロレーナとコリナが勝負した方が成長出来ると思うから、このままのPTで九十階層は攻略してもらうよ」



 本音を言えばさっさと二軍PTも上げさせて百階層への準備を速めたいところだが、今回の九十階層突破は色々やりすぎてしまったところもある。この調子ではコリナを一軍にして百階層を先行させることはクラン内ですら不和が生まれる可能性があるため、少なくとも彼女にはロレーナやステファニーと並ぶ実力を示してもらわなければならないだろう。


 ただ幸いにも成れの果て戦への解答であったヒーラー2構成をアルドレットクロウが手放してくれたため、少し余裕が生まれている。もしあのままの構成で行くのなら無限の輪も真似しようと思っていたが、努の立ち回りを見たステファニーの要望によってそれは止められていた。



(でも成れの果て戦の解答見せちゃったからな……。ステファニーが少し怖いんだよなー)



 九十階層については自分も余裕がなかったため、全力を出し切って攻略した。その立ち回りを白魔導士であるステファニーやロレーナに見せてしまったことはマイナスであるが、一度見ただけで真似出来るものでもない。今日の神台で二つのクランの戦いも少し見てきたが、まだ仕上がっていない。だがその中でも多くの失敗を繰り返していたステファニーに、言いも知れぬ恐怖を感じたことは事実だった。


 今日の戦闘だけで見れば、ステファニーはかなりミスが目立っていた。しかしそのミスは全て努の立ち回りに合わせようとした結果起きたもので、その日のうちにミスを修正してきている。まるで攻略動画でも見ながら立ち回りを練習しているような彼女の勢いと、復活した執念は末恐ろしいものがあった。あの調子ならば一週間もしないうちに化ける可能性が十分にある。


 だがそんなステファニーの変化にはコリナも気付いているようで、彼女も自分の立ち回りを見つめ直している節がある。そのためステファニーに引っ張られるようにコリナも成長出来る兆しが努には見えていた。そして恐らくロレーナも成長してくるため、努から見れば今のコリナの立ち位置は羨ましかった。



「ここで二つのクランと競合出来る機会はそれほどないだろうから、みんな頑張ってね」

「わかってるっつーの。てめぇは首洗って待っとけよ」

「……そういうアーミラもちゃんと首洗った方がいいよ。最近鱗薄汚れてきてない?」

「は? ちげぇし。今は生え変わりの時期なんだよ」

「あぁ、そうなんだ?」



 鮮やかだった赤色が抜けて少し白っぽくなっている鱗をかりかりと掻いているアーミラに、コリナのことを考えていた努は適当に返して同じ竜人であるリーレイアに振り返った。



「生え変わりの時期は個人差がありますから、私はまだですよ」

「へー」

「たまに一部だけ剥げることはありますけどね。良ければ今度あげましょうか?」

「いや、いらんわ」

「ですがハンナの羽根はいつも拾っていますよね? コレクションしているのでは?」

「……確かに拾ってはいるけど、最終的には全部捨ててるよ。一瞬それで羽ペンでも作ろうかなと思ったこともあったけど、何か気持ち悪がられそうだったからね」



 鮮やかな青色の羽根は綺麗だし手触りも良いので落ちていたら拾っているが、自分の立場で考えると抜け毛を拾われているようなものだと思ったのでいつもゴミ箱へダーツのように投げ捨てている。



「あいたっ」



 すると話を聞いていたハンナは自分の翼から一本の風切羽根を抜き取ると、両手で努に差し出した。



「それならこれで作るといいっすよ。一日に何本もとかは無理っすけど、師匠が使うくらいだったら融通するっすよ」

「あ、うん……。でももういらないかな」

「んなっ!? 人がせっかく痛い思いをしてまで抜いたのに! 何て言い草っすか!?」

「だからこそだよ。別にそこまでしてもらいたくはないっていうか」

「もー!! なんなんっすかー!!」



 結構大きな羽根だったので抜くときにかなり痛そうな音がしたため、努は何だか微妙な顔でそれを受け取った。するとハンナは翼をバサバサと振って抗議したが、努の顔が晴れることはなかった。


 そして翌日にはわざわざ職人に依頼してハンナ産の羽ペンが出来上がったが、努はあまり使う気が起きずに引き出しへと仕舞われることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る