第307話 人がゴミのよう
「ツトムー!」
「昨日、凄かったぞー!!」
「……人がゴミのようだね」
「誰のせいでこうなったと思っているんですか」
努が思わず小さな声を漏らすと、リーレイアは蛇のように鋭い目をしながら言い返した。先日の大活躍で一気に人気が爆発した努の周りには、異常な数の民衆が動物園の檻でも囲むように固まっていた。
神台で目立っていたステファニーやロレーナの影響でヒーラーに対する見方も前とは大分変わり、今ではファンが出来るような環境になっている。そのおかげか先日未だかつてない活躍を見せた努に対する注目は物凄かった。一夜にして努の最前線から一歩遅れたような評価は見る影もなくなり、ほとんどがヒーラーのトップを走る者に対してのものへと変わっていた。
そして二軍PTの様子を見に神台へ行こうとしてクランハウスを出た途端に、新聞記者から観衆までもが砂糖を見つけた蟻のように群がってきた。その小さな集団はどんどんと数を増していき、気づけば警備団が出張るまでの騒ぎになってしまっていた。
「全くだ。何故俺まで貴様の起こした騒ぎの後始末を押し付けられなければならないのか」
そんな努の思わぬ人気による騒ぎの鎮静を手伝っていたバーベンベルク家の長男、スミスは不満そうな顔で柔らかな障壁魔法を努の進行方向を守るように張り巡らせていた。
「楽なので感謝はしますけど、別に頼んではいないのでそこまで言われるのはちょっと」
「貴様な……ならば俺がいなかったらどうするつもりだったのだ?」
「リーレイアが精霊の力を借りれば風の障壁を張れますし、自分もバリアで対応しますよ」
「……そうなのか?」
そう努に返されたスミスは確認するように輝きの強い黄金の瞳をリーレイアに向ける。すると彼女は竦み上がったような顔をしてすぐに恭しく頭を下げた。
「とんでもございません。障壁魔法の方がより安全ですし、皆さんも不快な思いをせずに済むでしょうから」
「ほう。少しは礼儀を弁えている者がいるようだな?」
ちなみに権力にはめっぽう弱いハンナとダリルは下手なことを言わないよう完全に黙りこくっているため、ここでスミスへまともに対応したのはリーレイアだけだ。そんな彼女の態度にスミスは機嫌が良さそうな顔で努の方を見た。
「礼儀も何も、貴方は今じゃ探索者でしょう。レベル僕の方が上なんで、礼儀を弁えてくれます?」
「……本当にいつでもそのような態度なのだな。たとえ同じ貴族でもここまでの物言いはしないぞ」
可愛い妹がいる前で格好つけたくて自分に失礼な物言いをしているという可能性を考えていたスミスは、相変わらずの努を見て呆れたように色白の指で鼻柱をつまんだ。それに対して努は渋滞にでも巻き込まれたような顔をしている。
「もう神台までは行けそうですか?」
「ここまでの騒ぎを起こしておいてまだ神台のことを気に掛けるとは、呑気なものだな。まだしばらくはかかるぞ」
「はぁ……。もうコリナたちが潜ってもおかしくない時間なのに。こんなことならエイミーの言う通りにしておけばよかった。本当にしくじった。フライでも使ってすっ飛ばしていきたい」
「知っているとは思いますが、街中でフライは禁止ですよ」
一応前日に今日騒ぎになるかもしれないことをエイミーから忠告されてはいたが、そのことを楽観視していた努はいつものように外へ出てしまった。それが今の行列待ちのような状況まで至ってしまい、久々にやらかしたと内心で後悔していた。
それからスミスは民衆が怪我をしないようにゆっくりと柔らかい障壁を進行させ、神台への道筋を作っていった。しかし最初の騒ぎで大分時間を取られてしまったため、二、三時間は足止めされてしまった。
「うわー、もう中盤くらいか。くそっ」
そして何とか指定席までたどり着いた頃には、二軍PTは既に中盤戦へと入っていた。見てしまえば即死する紫の魔眼を設置している成れの果てと、今のところゼノとアーミラが欠けている無限の輪の二軍PT。その状況を見ながら努は席に座ってメモ帳を取り出し、スミスはそんな彼の行動を興味深そうに見ていた。
「聖なる願い、祈りの言葉」
祈祷師の主軸となる聖なる願いは数分後に自身の精神力を回復出来るスキルで、稼ぐヘイトもほんの僅かなので効率が良い。更に次の願いや祈りが叶う速度を速める祈りの言葉も、祷師にとっては主軸となるスキルだ。神台に映っているコリナはタリスマンを握りながらスキルを使用し、自身の精神力回復をしていた。
しかしこの世界ではまだヒーラーすら成熟していない環境で、中でも祈祷師に関しては全く研究が進んでいない。だがコリナは努から『ライブダンジョン!』の祈祷師テンプレートを教え込まれているため、現状の祈祷師の中では間違いなく一番立ち回りが上手かった。
「癒しの光」
そして石化や暗黙に関しては癒しの光で即時回復が出来るため、成れの果てとの相性自体は白魔導士とさして変わりはない。その証拠に成れの果て相手に紫の魔眼が出現する中盤戦までは二人の犠牲で持ってこられている。コリナの焦ってはいるがまだ諦めていない顔を見るに、死んでいる二人に対しても既に蘇生の祈りがかけられているのだろう。
「コンバットクライ」
そして赤色の闘気を成れの果てに向けて放っているガルムは、その優れた聴覚に頼って戦闘を行っていた。そのため紫の魔眼は勿論だが、成れの果てに狙われているにもかかわらず石化状態があまり進行していない。そして成れの果てからの直接攻撃はあえて避けず、クリティカル判定の部位だけ守りながらタンクを務めていた。
「岩割刃っ、ブースト!」
残っているエイミーはガルムに攻撃が行き過ぎないように成れの果てを怯ませようと、的確に目を狙う動きを徹底していた。成れの果ての目は魔力で構成されているので破壊したとしても数十秒で治るが、それでも目は守るという傾向が強い。それにスキルコンボに加えて残存精神力を適切に管理しているエイミーの効率厨のような立ち回りは、一見すると地味だが確実に成れの果ての動きに制限をかけていた。
「すみません。コリナ、今まで蘇生何回したかわかります?」
「あぁ、全部で四回だな。エイミーアーミラが一回ずつとゼノ二回だ」
「……そうですか」
「お宅の祈祷師はすげぇな。ステファニーやロレーナにも引けを取ってない」
嬉しそうな顔でそう言ってくる知り合いの迷宮マニアの答えに対して、努は顔を顰めながら情報をメモして二軍PTが映っている二番台を眺める。四回生き返らせたということ自体は良いことで、コリナが精神力に余裕を持たせながら蘇生の祈りを上手く回せているということだ。だがその分確実に成れの果てからヘイトを稼いでいるということにも繋がる。
コリナは祈祷師としては立派になってきたが、PTの指揮に関してはまだまだだ。レイド戦の指揮をした経験が何度もあり、更に事前知識まで持っている努と比較してしまうとどうしたって数段は劣る。それに成れの果てからのヘイトも努と比べると大分買っているし、そのことは彼女自身が一番よくわかっているだろう。
まだ戦いは終わっていない。蘇生の祈りも既に済ませているようなのでPTは崩壊していない。だが不利な状況であることは覆らず、依然苦しい状態のままだ。アーミラとゼノが生き返る時コリナに、またヘイトが溜まるため、それ以上のヘイトをガルムが集めなければならない。
「ぐっ……!」
だが無理をすればガルムも無事では済まない。柔軟な動きをする割にとても強度の高い爪での斬撃に、その巨体から繰り出される単純な体当たりなどは八十レベルのタンクでも単純に受け切るのは難しい。気づけばガルムの片腕は肘から痛んだ鎧ごとすっぱりと切断され、金属の塊が落ちたような音を立てて地面を転がった。
そして時間が経つにつれ、コリナはまるで息継ぎなしで泳いでいるかのように苦しい表情になってくる。視点が広い彼女だからこそわかる不利な戦況。見える死の気配はより色濃くなり、息苦しすぎて投げ出してしまいたくなるような感情が襲ってくる。
「キツイなー……」
その辛い状況からくる息苦しさと心を締め付けるようなプレッシャーは、ゲームである『ライブダンジョン!』ですら耐えられない者が多かった。努自身何度も投げ出した経験があるし、他のヒーラーを見ていてもしょっちゅうだった。
心を蝕むその感情は、現実のこの世界になると努にはまだ計り知れない。だが並みのヒーラー、アルドレットクロウのキサラギ辺りならば折れていてもおかしくないだろう。何度だってやり直せるんだから、今回はもう諦めよう。装備を回収さえすれば損は備品代くらい。無理に頑張って装備をロストしてしまうくらいならば、早々に諦めた方が効率は良い。探索者歴が長いほど、辛い現状から逃れれる甘い言葉が心に浮かび上がってくる。
「治癒の願いっ!!」
だがコリナは折れない。中級者程度だった努ならば掲示板に文句でも書き込んでいるような状況でも、彼女は自分の出来ることをこなしている。そんなコリナのヒーラーを見て冬将軍戦から注目していた迷宮マニアだけでなく、他の観衆たちも彼女のひたむきな支援回復に注目し始める。
(でも、あれはもう駄目だな)
そんな状況でも腐ることなく支援回復を続けられるコリナのメンタルは称賛に値するが、二軍PTにはまだ努のように成れの果て戦を完璧にこなせる者がいない。そのため不慮の出来事が起きやすい中盤戦が安定せず、結果としてはアルドレットクロウと同程度の段階で全滅してしまった。
「二軍もいい感じだなー。シルバービースト、アルドレットクロウ、無限の輪の三つで争う感じかな?」
だがそれでも装備のロストは切り落とされたガルムの腕部分すら回収しているため、そこまでの痛手はない。それに今回は中盤戦に入ると同時に紫の魔眼による事故死が頻発してしまうという運の悪さも目立ったため、迷宮マニアや観衆たちの感想も悪くなかった。
「……はぁー。コリナたちに何て言おうかな」
しかし今回思わぬ形で二軍PTの戦い初めを見逃すことになってしまった努は、その後にリーレイアが気を遣うくらいに自分を責めている様子で帰っていった。ちなみにスミスは帰りも連れ添った。
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