第305話 燃える心

 今夜はダリルとハンナが早々に寝てしまったため、一軍の反省会は後日行うことになった。そして帰ってきた二軍の者たちも努の想像以上な活躍に興奮した様子で、皆一様に彼を褒め称えていた。



「お前……やっぱすげぇな!! 何が弟子に負けてるだよっ! わかってて言いやがったなぁ!? おい!!」

「唾を飛ばすな、唾を」



 その中でもアーミラの喜びようはとても大きかった。知らぬうちに母が認め、自身も恐れた暴食竜に対しても真っ向から立ち向かった姿を見て認めていた男。しかし最近は弟子が台頭してきて一歩出遅れている様子の努を見て、アーミラは内心歯痒い思いをしていた。


 だがここに来て努は驚くべき活躍をした。誰もがPTの立て直しを諦めたあの場面で努は諦めず、一人で全て立て直してみせた。神台を見ていた観衆は天地がひっくり返ったように声を上げ、最近中々良い実力をつけていたコリナも呆然としていた。その様子を見てアーミラ自身も拳を握って思わず叫んでしまうほどだった。



「うるさいですねぇ。あのメンバーの中から唯一選ばれなかったくせに」



 だがそんな様子を見て静かに舌打ちをしていたリーレイアはポツリと呟いた。一軍に選ばれなかった時はあれほどに落ち込んでいた様子だった彼女が、こんなにも元気になっていることが気に食わなかったのだろう。だが今までリーレイアの気味の悪い行動に萎縮していたアーミラも、今回ばかりは受けて立つように鼻を鳴らした。



「次は絶対に一軍へ選ばれるような力をつける。てめぇに言われなくともな」

「……ッ」



 アーミラの真っ直ぐすぎる視線を受けたリーレイアは、日光でも見てしまったかのように目を逸らした。そんな彼女の宣言にエイミーやガルムも頷いた後、少しだけ視線が合ったがすぐにお互い逸らした。


 そして無限の輪が九十階層を突破した翌日、朝刊は全てその話題で持ち切りだった。ソリット社も今回は神台に映る努をフォーカスに置いて中々良い構図で撮られた写真を掲載し、四人蘇生してPTを立て直す様を褒め称えていた。


 他の二社も最近調子づいて努に対してもずけずけとした記事を書いていたが、今回ばかりは絶賛の嵐だ。その新聞に掲載されている迷宮マニアの意見もステファニーやロレーナよりも上となった。成れの果ての特性上、二人蘇生までが限界と言われていたにもかかわらず四人蘇生を成し遂げた努の評判はうなぎ登りだった。



「やっぱりすごかったよなぁ!? あれは!!」

「あー、成れの果て相手だと、もっと難しかったんだ」

「ツトムかっこよかった!!」



 更にその立て直す光景も劇的なものだったため、今回は観衆さえも努を大きく支持していた。今まではその支援回復でPTを崩すことなく回していただけに、あの四人蘇生からの立て直しは観衆の脳裏に強く焼き付いて離れていない。まだ少し残っていたウザいという認識も、今回の出来事で吹き飛ばされただろう。



「うぉー!! 師匠すごいっすね!! 全部べた褒めじゃないっすかー!!」

「今までは何故か迷宮マニアの皆さんしかわかってくれませんでしたからね! ようやく見てる人たちもわかってくれましたよっ!」

「そうっすね」



 昨日ぐっすり寝たおかげかテンションの高いハンナとダリルとは対照的に、努は新聞を注意深く見ながら冷静に言葉を返した。そんな努をおっ? という顔で見返したハンナはいたずらっ子のように近づいた。



「なんっすか~、師匠~。もしかして照れてるっすか~? 素直に喜んでいいっすよ~?」

「それ以上僕に近づいてみろ。後悔することになるぞ」



 指で頬でも付くような勢いで近づいてくるハンナに対して、努は目もくれずにそんなことを言った。すると彼女は少し楽しそうな表情のまま返した。



「お? 一体何をするっすか?」

「この新聞紙を濡らした後にハンナの翼に被せてぐしゃぐしゃにして、紙くずを死ぬほど付けてやる」

「地味っすね!?」



 しかしその紙くずを自分の羽根から取ることを想像してか、ハンナはすぐに努から離れた。そんな努は新聞記事に載っている一部の迷宮マニアの意見をジッと見ていた。



(やっぱり、ある程度勘づいている人はいるな……)



 劇的な成果の裏に隠れた努の立ち回りについて指摘している迷宮マニアは、僅かながらに存在する。特に成れの果てに捕まれる際ポーションを事前準備していたこと。そもそも石化を治せるポーションの出所も不明で、更にそこで掴み攻撃を予測して準備をしているような立ち回りは疑問視されていた。他にも初見のものを含む全体攻撃に一度も当たっていないこと、これは最初に全て避けきったおかげで指摘はそこまでされていないが、この箇所は努も気にしていた部分だ。


 終盤戦はダリルがヘイトを取っていて余裕があるとはいえ、初見の全体攻撃を完璧に避けきることは難しい。ただ努が神のダンジョンに潜っている時以外は病的なほどに神台を見学しているという事実。それに今までのヒーラーの再興に暴食竜討伐の指導者など、そんな功績のおかげで今のところはそこまで不審がられてはいない。努ならばそれも可能なのではないか、という空気のおかげだろう。


 しかしこれから攻略する完全初見の九十一階層から派手に動いては、確実に感づかれるだろう。それに百階層に関しては唯一殺されている爛れ古龍も控えているため、保険はかけておきたい。



「同じように初見突破しろとは言わないけど、コリナたちも九十階層頑張ってね。今日は僕も反省会をした後に神台見て、アドバイスはするつもりだから」



 確実な保険をかけるためには自分のクランから二軍を先行させる方がいい。コリナに人柱となってもらうためにも、努は無限の輪の二軍に早く九十階層を突破してもらわないと困る。


 そんな努の声かけにアーミラやガルムなどは目に見えてやる気を増していた様子だったが、唯一コリナだけは恐縮したように頭を下げるだけだった。

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