第304話 ディニエルの弱点
「よし、それじゃあ帰るよ」
努が自動回復した精神力で全員にメディックやヒールをかけた後、しばらくして一番疲れていたダリルもようやく身を起こした。この場で寝てしまいそうな顔をしている彼に引き続きメディックをかけながら努は黒門を潜る。
「うわっ」
九十階層からギルドに設置されている黒門に転移した努は、どんちゃん騒ぎになっているギルド内を見て軽く声を上げた。大きな賭けに勝ったロレーナがギルドにいる者全員に酒やらジュースやらを奢ったので、宴会のような騒ぎになっている。努は仕事中だからかジュースを飲んでいた門番に目礼をして、この騒ぎの理由を聞いた。
「ツトムぅぅぅ!! 九十階層突破おめでとうぅぅぅ!!」
すると少し酒に酔ってほんのり頬を赤くしているロレーナがいの一番に駆けてきた。そして努の前で止まると、でへへと笑いながらふにゃふにゃとした様子で指差してきた。
「ツトム、私の真似してたよねっ!? 走るヒーラーの!! どういうことか説明してくださいよー? ほれほれー?」
楽しそうに責めるような目で前屈みになって様子を窺ってくるロレーナ。努はそんな彼女に冷めた視線を送った後、顔の前で動いて邪魔な兎耳を二つ纏めてきゅっと掴んだ。
「僕をダシにした賭けで勝って飲む酒は美味いか? ん?」
「ぎゃー!!」
狩人に仕留められて運ばれていく兎のようにロレーナは兎耳を掴まれ、ぎゃーぎゃー騒いでいる。ギルドの様子を見るに余程の大勝ちをしたことが窺えるので、ロレーナを逆に責め返した後に解放した。
「……九十階層突破、おめでとうなのです」
頭を押さえて涙目でしゃがみ込んでいるロレーナを見てため息をついていると、その後ろからユニスも九十階層突破に対して祝福の言葉を贈ってきた。そして努が何か言葉を返す前に彼女は壁を作るように腕を組んだ。
「……本当にお団子レイズ、使いやがらなかったのです。ムカつくのです」
「あの三人殺された攻撃は一歩間違えば僕が死んでいた可能性もあるし、作成しておくに越したことはない。まぁ僕は精神力とヘイト増加嫌だったからしなかったけど」
「ふん、さっさと実戦で慣れておかないと後悔することになるのですよっ」
「わざわざご警告どうも」
はいはいと言った様子で努が手を振ると、ユニスは警戒するようにその手の平を見つめて目線を左右に揺らしている。そんなユニスの様子を見て努が手を近づけてみると、彼女は天敵に睨まれたかのような顔をした後、覚悟したように目を閉じてぷるぷると震え始めた。
「あーー!! ツトムがまたユニスさんだけ撫でようとしてるーーー!!」
そんなユニスを見て何とも言えない顔をしていた努に対してロレーナが叫ぶと、闘牛のように兎耳を唸らせて突進してきた。
「そもそもですよ!? ツトムが撫でるの上手いの発見したのは私ですから! それなのに何でユニスさんを撫でるんですか!? おかしいですよね!?」
「はいはい、疲れてるからそういうのは後にしてくれ」
「私だけ扱いが雑っ!? ずるいー!! えこひいきだー!! ユニスさんは撫でてるくせにー!! そもそもユニスはレオンの嫁じゃないですか! 浮気です! それに比べて私は純真無垢なのに!!」
「ちょ、ロレーナ。やめるのです。何を言ってるのです。」
酔っている勢いもあってあることないこと叫び始めたロレーナをユニスが慌てて止めている。そんな二人をスルーして努は受付台に向かうと、ジュースを飲んで休憩している受付嬢に代わってカミーユが業務をしていた。
。
「九十階層突破、おめでとう」
「わざわざどうも」
「前人未踏の活躍だったではないか。弟子たちに負けているとは何だったのかな?」
「あの時点では攻略階層が負けていたのは事実ですよ。実力も上だと言いましたが、これからもずっと上だとは言ってませんし」
「くっくっく、そうだったな」
面白そうに笑っているカミーユにステータスカードを渡し、ヒールなどで回復しているにもかかわらず疲れた顔をしている三人を気遣って努はギルドの騒ぎを背にクランハウスへと早々に帰った。
「おかえりなさいませ。凄い騒ぎでしたね」
「そうですね。リーレイアとディニエルがいなかったら面倒なことになっていたかもしれません」
九十階層初見突破、それもその内容が今までと違い劇的だったこともあり、観衆の騒ぎも物凄いことになっていた。その興奮のまま努たちに近づいてこようとする者も多くいたが、ダリルやハンナは疲れ切っていて対応出来そうになかった。その際にリーレイアがシルフに協力してもらって風の壁を生み出して地味に観衆を阻み、更にディニエルの不機嫌オーラも相まってもみくちゃにされることは避けられた。
「二人は寝落ちしそうなんでよろしくお願いします。リーレイアとディニエルは動けるので」
「わかりました」
取り敢えず半分寝ているダリルとハンナをオーリに預け、他の三人は各自リビングへと向かう。努は見習いの者が持ってきたお冷を受け取りながらソファーに座り、リーレイアも彼から少し離れた隣へ座る。そして見習いの者が差し出したお冷も受け取らずに立ち尽くしているディニエルを見やった。
「お二人は、戦闘中に何か問題があったのですか? ディニエルが表情をここまで顔に出すのも珍しいですし、余程のことがあったように見えるのですが」
そんなリーレイアの指摘でディニエルは気が付いたかのように動き出すと、努と対面するように座った。そして膝に肘をついて前屈みになるとまた動かなくなったので、努が代わりに説明した。
「成れの果ての、恐らく石化状態を急速に進行させる初見の攻撃でダリル、ハンナ、リーレイアが一気に死んだ。リーレイアはそのこと覚えてる?」
「えぇ、とはいえ一瞬で意識がなくなったのでその二人も死んでいたことには気づきませんでしたが」
「その時に残ったディニエルはさっさと仕切り直すために装備を纏めて、僕の指示を無視して勝負を諦めたんだよ」
「……私は、判断を間違えたとは思っていない」
ディニエルはすかさず反論したが、思わず出てしまったといった様子でその言葉に力はない。そんな彼女の言葉に努はにっこりと笑みを深めた。
「ディニエルは三人死んだ状況じゃもう立て直せないし、勝機がないと判断して勝負を諦めたんだよね? でも僕はまだ立て直せると思ったし、勝機は小さいけどあると判断した。それでも結局ディニエルが諦めて更に可能性は小さくなったけど、実際にPTを立て直して九十階層突破したよね? それでもまだ判断を間違えてないと言えるの?」
「…………」
「もし九十階層突破が出来ていなかったら、その判断の正誤は微妙なところだろうけどね。でも結果が出てるのに判断を間違えたと思っていないとか、それはちょっと無理があるんじゃない?」
「普通のヒーラーなら無理だった。ロレーナでも、ステファニーでも無理だった。よくわからない。何故ツトムは無理じゃなかった? 意味が分からない。絶対におかしい。何でそんなに対応出来た?」
「偶然も重なったとは思うけどね。でも僕は無限の輪の中で誰よりも成れの果ての動きを研究していたし、準備は怠らなかったよ」
「……私が駄目だったと言いたいの?」
遠回しに自分の事前研究と準備が足りなかったと言われたように感じたディニエルは、無表情で努を見返した。そんな彼女にさも当然といった顔で言い返す。
「そうだよ? ディニエルの事前準備は誰よりも足りないし、知識も僕が作った資料頼り。それでも今までは実力があるからカバー出来ていたけど、九十階層じゃ酷かったね。最初は良かったけど、三人死んだあそこで僕の指示を無視して諦めたことと、その後の普段と違う動きだけ見れば二流アタッカーって言われてもしょうがないんじゃない? あれなら諦めはしなかっただろうエイミーかアーミラ採用した方が良かったよ」
「私が、二流?」
「九十階層だけ見ればそうでしょ。自分の判断ミスも何故か認めようとしないし、あれは確実にディニエルのミスだよね? 僕の説得材料不足だってことを加味しても、結果は出したからね。それなら普通は自分の判断が間違っていないなんて言えないと思うんだけど」
「…………」
「ディニエルはここしばらく他の弓術師に追い抜かされることもなかったんだろうし、他のアタッカーを見てもユニークスキル相手でも引けを取らない強さはあった。でもあの状況で何もせずに諦めたディニエルは、僕から見たら二流だね。競争相手がいないからって手を抜きすぎなんだよ」
そんな歯に衣着せぬ物言いにディニエルは珍しく眉間にしわを寄せ、リーレイアが警戒して努を守ろうとするくらいの目をしていた。ディニエルに攻撃でもされたら一瞬でやられるであろう努が、何故こんなにも強気で彼女を責め立てられるのか。そんな努にリーレイアは警告するように物申した。
「ツトム、何もそこまで言う必要はないのでは?」
「ディニエルにここまで言える機会なんてそうそうないだろうし、ここできっちり言っとかなきゃ不味いでしょ」
「そういう問題では……」
「もういい」
そんな二人のやり取りをどうでもよさそうに聞いていたディニエルはそう呟くと、普段のようなゆっくりとした動作で立ち上がって二階へと歩いて行った。そして部屋の扉が閉まる音が聞こえた後に、リーレイアは訝しむように努を見つめた。
「あのような言い方をして、もしディニエルが逆上したらどうするつもりだったのですか?」
「あれくらいで逆上まではしないよ。百年近く生きてるんだし、割と付き合いも長くなってきたからね」
「……貴方はわかっているのかもしれませんが、私はそこまでディニエルのことを知りません。あまり冷や冷やさせないで下さい」
「悪かったよ。まぁ、リーレイアが抑止力になってたからあんなにずけずけ言えたっていうこともあるしね」
「はぁ……。言い方も相変わらずねちねちと責めるようなものでしたし、本当に貴方は酷いですね」
「お前にだけは言われたくない」
ため息をついているリーレイアにそう返すと、玄関の方からエイミーたちが喋る声が聞こえてきた。その声を聞いてまたギルドの時と同じようなテンションで来られるのだろうなと察した努は、疲れたように小さくため息をついた。
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