第303話 九十階層観戦 三人の弟子
無限の輪の成れの果て戦が決着し、今回のMVPといえる努が疲れたような顔で地面に倒れている姿がギルドにある一番台へと映る。その視聴者は探索者がほとんどだが、外と変わらない歓声と拍手が響き渡っていた。
「やばっ、ちょっと涙出てきた」
「ツトム、ヒーラーの中でも断トツだろ。何が弟子は自分を越えてるだ」
「四人蘇生してPT立て直して自分も死なないとか、もう最強だろ……。何でも倒せるんじゃないか?」
「タンクのダリルも凄いんだけどなぁ。でもやっぱりヒーラーのツトムが引き立ててる感じはある」
観衆よりはヒーラーやタンクに詳しい探索者たちは皆一様に努を褒め称えていた。そんな探索者を見て受付台の奥にいるカミーユはちょっと誇らしげに胸を張っている。
「ふざけんじゃねぇぇ!? 何で死なねぇんだよぉぉぉぉ!!」
「嘘……嘘でしょ……」
「こんなのなしだろ!? 無効だ!!」
「おい、静かにしろ」
「暴れるようなら、連行するわよん?」
しかし努の死で賭けをしていた者たちは大多数が持っていた札を地面に投げつけたり、その場で現実逃避するように叫び出していた。ただ探索者の抑制力として呼ばれていた警備団が近くにいたので、その場で暴れることもなくギルドを足早に立ち去っていった。そんな探索者たちが外で問題行動を起こさないか見張るため、ブルーノを筆頭に警備団の者たちも一部ギルドを立ち去っていく。
そして今回裏目だった努の生存を当てた者たちはホクホク顔だ。少額ではあるが努に賭けていた孤児たちも手を取り合って喜んでいる。
(おっ……おぉ……大金持ち? これ、いくらになるんだろう……?)
そして今回その場のノリで結構な額を努が生きる方に突っ込んでいたロレーナは、オッズが良かったこともありちょっとした金持ちになっていた。その現実を前に彼女は思考の飛んだような目で手を震わせながら賭け札を握り締めている。今回の賭けには負けたミシルやララ、リリの二人も若干目の色を変えていた。
「メディック」
するとそんな彼女を落ち着かせるように前からメディックが放たれた。突然緑の気を当てられたロレーナがギョッとしていると、前方からため息が聞こえた。そのため息に釣られて少し視線を下げると、そこには黄金色のふかふかとしてそうな尻尾を揺らしているユニスが腕組みしていた。
「何て顔をしているのです。走るヒーラーが情けないのですよ」
「は、はぁ。すみません……」
突然メディックを飛ばすや否や注意してきたユニス。お団子レイズ開発で一躍有名になり、努の弟子でもある彼女のことは勿論ロレーナも知っている。ただそこまで面識があるわけではないので、取り敢えず申し訳なさそうに頭へ手を当てながら謝っておいた。すると彼女はコホンと咳払いした後に身体を一番台の方に逸らした。
「……ツトムは結局お団子レイズ、使わなかったのです」
「え? お団子?」
「お団子レイズなのです!」
ロレーナが白い兎耳を片方曲げて聞き返すと、ユニスは不満そうに語気を強めて言い返してくる。何が言いたいのか要領を得ないユニスにロレーナがよくわからなそうな顔をしていると、彼女は目を細めて不満そうに見上げてきた。
「ロレーナはいいのですね。ツトムは走るヒーラーをしているように見えたのです。全然駄目っぽかったのですが、いいのです」
「い、いやぁ、それほどでも……」
「褒めてないのですよ!?」
「えぇ……?」
何故かやけに突っかかってくるユニスにロレーナは困ったように頭を掻きながら、彼女が一体何を言いたいのかを推察した。そして先ほど言っていたお団子レイズのことを思い出すと、気が付いたように表情を明るくした。
「えーっとですね、大丈夫! ユニスさんにも次があるよ!」
恐らく努がお団子レイズを使わなかったことを気に病んでいるのだと思ったが、そこまでユニスと面識があるわけではない。なので無難なことを言ってサムズアップをして励ましたが、ユニスはむしろ怒ったように狐耳を立てて両拳を振り上げた。
「なんか励まし方が腹立つのですぅ! ムカつくのですっ!」
「え、ちょっと、痛い痛い。やめてっ」
ぽかぽかと強く肩を叩かれたロレーナは親戚の子供にでも対応するように涙目のユニスを押さえていると、その横合いからがばっと黒髪の女性が出てきた。
「もう……本当に可愛い子ね!」
「ぎゃーっ!! やめるのです!!」
努がお団子レイズを使わずに走るヒーラーという技術を使っていることに嫉妬している様子のユニスを見て、アルマは辛抱たまらんといった様子で彼女を抱きしめた。アルマに頬擦りされてぎゃーぎゃー喚いている彼女をロレーナは苦笑いしながら見守る。
(仲睦まじいなぁ。でも結局、何が言いたかったんだろう……?)
ユニスがお団子レイズや走るヒーラーの話題を出して、それから努について語り合いたかったことを察せなかったロレーナは首を傾げながら視線を逸らす。するとその先から青いドレスを着た女性がふらふらとした足取りで歩いてきていた。
「…………」
「…………」
アルドレットクロウの一軍ヒーラーであるステファニー。彼女は酒に酔ったように顔を上気させて虚ろな目で近づいてきたので警戒するように長い兎耳を立てたが、特に何も起こることなく過ぎ去っていった。
(……神台見てた時も変な奇声上げてたし、最近はほんとによくわからないね、あの人は)
ステファニーもギルドの神台で成れの果て戦を見ていたが、その途中で奇声を発したと思えば異常にもじもじし出したりと、情緒不安定な行動が多かった。確かに努が活躍した場面では自分も声を上げたことはあったが、彼女はギルドでおかしな騒ぎを起こしている分何処か気持ち悪かった。
ただその人間性を差し置いてヒーラーとしてだけで見れば、ステファニーの実力はトップクラスだ。努を思わせるような時間とヘイト管理に、古参ならではのスキル操作力の高さ。努の弟子と言えば真っ先にステファニーだと言われても納得できるほど彼の技術を受け継ぎ、最近では努を越えたという声も多かった。それについてロレーナは不満こそあったが、異議を申し立てることもなかった。
しかし努の成れの果て戦を見てからそう言える者は誰一人いないだろう。四人蘇生してからの立て直し。それにヘイト管理もロレーナから見ても正にお手本だといえるほど完璧だったし、自分の立ち回りを真似されたことも嬉しかった。正直終盤に関してはむしろその場面しか見ていなかった。
(早く帰ってこないかなぁ……)
無限の輪PTは大分消耗しているようで今も九十階層に留まっているが、ロレーナとしては早く努に自分の技術を真似したことを問い詰めて色々言ってやりたい。そして努がどういう顔をして言い訳をするのか楽しみにしながら、一番台を見つめていた。
▽▽
努と顔を合わせないため足早にクランハウスへと帰り、以前と比べると少しだけ壁に貼られているツトムに関する記事が少なくなっていた部屋。そこにあるベッドにステファニーはドレスのまま飛び込むと、枕に自分の顔を埋めた。
(なんですの!! あれは!!)
成れの果て戦で見た努の立ち回りは、正に完璧といっていいものだった。今も目を閉じれば努の立ち回りが頭の中で再生され、ステファニーは身悶えるように股を閉じて広いベッドをごろごろとした。
(成れの果てに対する動き、スキル操作、ヘイト管理、そして、最後は四人蘇生なんてっ……! 凄すぎますわっ!! あんなものを魅せられたら、もうっ、もうっ!!)
まず無限の輪のPT全員が成れの果てに対する対策を済ませていたことも大きいだろうが、その中でも努の指揮と動きは最適解といってもいいものだった。何十回も今まで成れの果てに挑んでいるステファニーだからこそ、努の異常なまでに冴え渡った動きは誰よりも良く見えていた。
成れの果ての行動に対する対応。石化を解除する秒数、暗黙状態に対する迅速な対処。支援回復のバランスと徹底されたヘイト管理。そして四人を蘇生させて自身も生き残るという脅威の立て直し。特にその立て直しは翌日大々的に報道されるだろうし、まさに快挙といってもいい功績だ。しかしステファニーはその功績の裏に無数にも積み重なっている努の行動に狂喜乱舞していた。
(もし普通のヒーラーがツトム様と同じ状況に陥ったならば、一人蘇生した後にあそこまで早くタンクに狙いが向くはずがありません!! それまでにツトム様がいかに成れの果てからヘイトを稼がず、にもかかわらずPTを正常に機能させていたのかが重要なのですっ!)
ステファニーが注目していたのは、ディニエルが自殺をして最初に努が使ったレイズだ。もし普通のヒーラーならば、あのレイズを行った時点で数十分は狙われるヘイトを成れの果てから稼いでいてもおかしくはない。石化と暗黙を解除しながら通常通りの支援回復をしていれば、それくらいのヘイトは稼いでしまうからだ。
しかし努が行った成れの果て戦での支援回復は、PTが崩れるギリギリの境を歩いているようなものだった。ハンナに対する支援効果時間が切れる秒数ピッタリに付与されていくヘイストに、ダリルが倒れない程度に抑えた最低限の回復スキル。そして一切自分の石化状態を進行させないことで、自身にかけるメディックも節約していた。他にもPTメンバー全員が全体攻撃に被弾する回数が少なかったということもあり、アタッカーの十分な火力による長期戦の回避といったものもある。
だがそんな細やかな積み重ねによって努が成れの果てから受けるヘイトを最低限にしていたからこそ、初めのレイズの後にダリルがすぐにヘイトを取れたのだ。そして努はダリルを蘇生した際、彼に対してヘイトがすぐに取れるとはっきり口にした。
それまでもステファニーは神台を見て努の立ち回りに惚れ惚れとしていたが、彼の言った通りに成れの果てがダリルの方を向いた瞬間に全てのピースが埋まったかのような感覚に陥って奇声を上げた。
(ツトム様は全てわかっていたのです!! あぁ、素晴らしい。何回も、何十回も、何百回もあの映像は見返したいですわ!!)
全てはツトム様の手中にあった。そのことを認識し、ステファニーは内から漏れる声を抑えきれなかった。その後努は四人全員を生き返らせて最後には成れの果てに捕まってしまったが、それでも彼は死ななかった。メディックによる耐久で石化を切り抜け、その後はPTを崩すことなく勝利に導いた。
「ああぁぁあぁぁぁあああ!! すごいですわぁぁぁぁ!!」
その映像を頭の中で何度も再生しては悶え、再生しては悶えを繰り返す。そしてようやく落ち着き始めたステファニーは顔を紅潮させながら仰向けになった。その狂気さえ感じるような笑顔を浮かべている顔には汗ばんだピンク色の髪が張り付いていて、今も満足そうなため息を吐いている。
だが天井に張られていた努の写真が目に入って、ステファニーはピクリと身体を硬直させた。その目は彼女から見ると、自分を責めているように見えた。
「ご、ごめんなさいっ。ごめんなさいっ。ツトム様を越えただなんて、少しでも考えてしまった
まるで神に懺悔でもするかのように手を組んで平身低頭の姿勢で謝罪を続ける。そして天井の写真に手を伸ばした後、壁に張ってある写真を見るやいなやびたりと頬を張り付けた。
「み、見捨てないでくださいぃぃ!! 私を、見て下さいぃぃ!! 頑張りますから、頑張りますから私を見て下さい! もっと、もっとぉぉぉぉ!!」
それからしばらくステファニーは咽び泣いた後、気を失って倒れるようにそのまま眠りへとついた。
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