第296話 成れの果てに向けて

 その日にアーミラはクランハウスへ帰ってくることはなかったが、リーレイアだけは二時間ほど経つと帰ってきた。そして努を見るとまた魔女のような笑みを浮かべた。



「ツトム、ありがとうございました」

「別に礼はいらないよ。実力と相性で選んだだけだし。それよりも今は九十階層についてだけど」

「えぇ、えぇ。わかっていますとも。せっかくアーミラの代わりに私が選ばれたのですからね。むしろこれからといったところでしょう。自分がいたかもしれない場所が映る一番台をただ眺めることしか出来ないアーミラの顔を、直接見られないのは残念ですけどね!! んふふふっ!」

「そうですか」



 完全にテンションがぶっ壊れているリーレイアに普通の応対をしながら、九十階層についての話を進める。そして話が終わるとスキップでもしそうな勢いで二階に上がっていったリーレイアを見送った。


 それからしばらく経った夜過ぎ。各々リビングでのんびりしたり自室で時間を過ごしている中で、クランハウスの呼び鈴が鳴った。



「はーい!」



 見習いの者が来訪者を迎えるためにどたばたとしながら玄関へと向かっていく。そんな彼女を見てついでにリビングにいた努も付いていくと、そこには仕事帰りのカミーユがおずおずといった顔で訪ねてきていた。彼女は努のいつもと変わらない顔を見ると少し困惑した顔をした。



「アーミラが今日は家に泊まるといって聞かないのだが、何かあったのか?」

「……えーっとですね」



 努が気まずそうにしながらリーレイアについて説明すると、カミーユはある程度納得した顔で腕を組んだ。



「……自業自得ではあるが、そこまでの気持ちを向けられていたのか」

「その辺りは僕もよくわからないですけどね」

「ほう? その辺り、ツトムはよーくわかっているように思っていたが。アルドレットクロウのステファニーも神台まで使ってのべた褒めで大人しくさせたのだろう? ギルドでもステファニーが憑き物でも取れたような顔をしていると話題になっていたぞ」

「あれはゼノのアイディアですよ」



 ニヤニヤとしながら肩をつついてくるカミーユにそう返しながら、今日はアーミラがクランハウスに帰らないことを確認した。



「あの子はすぐ散らかしますから、大変でしょう?」

「確かに毎日散らかすので大変ではありますが、探索者としてはご立派ですから。誰しも欠点の一つはあるものです」

「そう言って頂けると助かります。これからも娘をよろしくお願いします」



 それからカミーユはいつも散らかっている部屋を片付けているオーリにお礼を言った後に少し世間話した後、お土産としてアーミラの好きなチーズの塊を貰うと嬉しそうに帰っていった。リビングにいたディニエルはカミーユを見送ると、夜になって更に眠たげな目で努を見つめた。



「いっそのことギルド長も入ればいいのに。そうしたら龍化結び合わせて龍化四人出来るようになるよ」

「あの様子じゃギルドの運営も今忙しいみたいだし、しばらくは無理じゃない? 僕もその光景は見てみたいけどね」



 四人龍化状態というだけで強そうだし、アーミラに対してカミーユが龍化結び出来るかも気になる。もし出来ればスーパー龍化人になれるかもしれない。



「龍化結びについては興味がある。アーミラは私にしてくれないから。というより相性がどうこう嘘をついていたのは腹が立つ」

「まぁ、ユニークスキルでわからないことがあるのはしょうがない。今後に期待だね」



 龍化結びが自分と相性が悪いとアーミラに言われた時は、顔には出さなかったが地味にショックを受けていたディニエル。そんな彼女はただの好き嫌いを相性などと言っていたアーミラに腹を立てている様子だった。



「あと、ツトムにも腹が立つ」

「何でだよ」

「エイミーに色々無茶させてる割に成果が出てない。結局一軍には選ばれなかった。ツトムの指導不足」

「まだ一ヶ月も経ってないのに、このメンバーを抜かせるわけないでしょ。ぶっちゃけエイミー以外ユニークスキル持ってるようなもんだし、まだ時間はかかるよ。いくらエイミーでもね」



 アーミラは勿論だが、リーレイアも四種類の精霊を使いこなせる類まれな才能を持ち、ディニエルに至ってはメルチョーみたいなポジションだ。


 勿論各々欠点はあるのでエイミーが勝てる可能性もあるが、少なくとも『ライブダンジョン!』の時と同じようなスキル回しが最低限こなせなければ勝つ可能性は皆無だ。ただ幸いなことにこの世界では精神力が減ると気分が悪くなるデメリットがあるため、自身を追い込む効率的なスキル回しはそこまで開発されていない。そのためエイミー次第ではあるが、一軍を争えるようになる可能性はある。



「そう。ならいい」



 しかしディニエルに関していえば、一軍を外す未来が見えない。サボり癖という明確な欠点はあるものの、恐らく自分のせいでダンジョンが攻略出来なかったということを彼女は嫌う。ダリルがリーダーで行ったマウントゴーレム戦で一度諦めてから戦線復帰したことや、ファレンリッチ戦での一騎当千な活躍。


 特にファレンリッチに関しては、戦闘を続けるのは無茶な選択だった。タンク三人で火力不足が懸念される状況での戦闘継続は普通しないし、アタッカーであるディニエルも強く反対はしていた。


 しかし彼女は努と同じようにこのまま突破出来る可能性も内心ではわかっていた。だがそれは難しいし大変なので反対していたにすぎない。そして結果としては突破出来たし、ディニエルもそうなることはわかっていただろう。だから彼女は自分の出来る限りで戦い、そして努の腕を痛めつけた。



(ただ百階層に連れていくかは、まだわかりはしないか)



 九十階層までは先行しているアルドレットクロウを神台で確認することが出来たので、石化の魔眼の仕様も事前に知ることが出来て対策も出来る。しかし百階層に限っていえばそれが出来なくなる。


 今のところはコリナを一軍に仕立てて自分より先に攻略させて仕様を神台で確認するという、中々に最低なことを考えて立ち回っているので恐らく見ることは出来るだろう。しかし万が一コリナに突破されることを考えると不味いため、二、三回様子を見た後には努も攻略に入る。


 だがその時にディニエルが自分と同じ考えに至り、諦めずに爛れ古龍に立ち向かってくれるか。もしPTが壊滅状態に陥った時に諦めてしまわないかが不安材料ではある。なので絶対に諦めなさそうなアーミラやエイミー、一応リーレイアも候補に挙がるだろう。



(……取り敢えず、今は九十階層に集中だ。ここを突破出来なきゃ話にならない)



 爛れ古龍については嫌でも考えてしまうことが多いので、今ここで改めて考える必要はない。眠そうな目でぼけっとしているディニエルを一瞥した努は、部屋で寝るよう言った後に自室へと戻った。



 ▽▽



 その翌日から成れの果て攻略に向けての練習が始まった。外に設置してあるギルドの訓練場にはちゃんと無限の輪フルメンバーが集まっていて、今は努が再現する成れの果ての全体攻撃を把握している最中だった。


 全体攻撃の種類は五種類あり、この世界ではどれも成れの果ての予備動作を把握していなければ避けるのは難しい。それに食らうと暗黙状態になってしまうものもあるため、まずはその避け方を徹底して行った。


 暗黙状態を引き起こす全体攻撃を行う際、成れの果ては甲高い叫び声を上げる。その叫び声にも種類があるので判別をつけなければならない。そのため努は笛職人に成れの果ての叫び声を出来る限り再現させた魔道具を作らせ、それで練習を行っていた。



「うおーっ! 危ないっすー!」



 全体攻撃を避けるには予備動作を見てからの位置取りと迅速な行動が必須となる。ハンナは位置取りが大分雑だが迅速な行動力があるため何とか避けられていた。他の者たちは書類に描かれた図で把握しているため、特に問題なく避けられている。



「また一緒ですね」

「ま、毎回付いてくるんじゃねぇよ! ほんと気持ちわりぃな!! 死ね!!」

「んふふふふ」



 全体攻撃の中には上空から網目状に放たれるものもあるため、避けられるスペースは無数にある。だがそんな中でリーレイアはアーミラが避ける場所ばかり行くため、彼女からブチ切れられていたが全く怯む様子はない。そんな彼女をアーミラは気味悪そうな顔で避けるように動いていたが、結局逃げられなかった。



「ツ、ツトム? いるよね?」

「いるけど」

「な、なんかドキドキするね!」

「するな。それじゃ、動いてみて」



 布で目隠しをされながらそんなことを言ってくるエイミーに、努は短く突っ込んだ後そう指示した、


 全体攻撃の練習が終わった後は暗黙状態に慣れるため、目隠しをしながらマジックバッグからアイテムを取り出したり、ある程度その場から動く練習が始まった。



「これは中々、怖いものだね。戦闘中にこうなると思うとゾッとする」

「私は音である程度はわかったが、人間のゼノは難しいか」

「ゼノに不可能という文字はないっ!」

「ふらふらしているぞ」



 猫人のエイミーと犬人のガルムやダリルは聴覚が良いため、目隠しをしている状態でもある程度は動けた。しかし人間であるゼノやコリナ、努は突然視覚が封じられるとどうしようもなかった。ハンナも視覚が封じられると飛ぶのは相当怖くなるらしいので、全体攻撃を避ける必要性を学んだようだった。


 竜人であるアーミラとリーレイアは若干嗅覚が鋭いため、目隠しした状態でもPTメンバーの近くに寄ることは出来た。ディニエルは夜に狩りをしていた経験があるため、視覚が封じられる状況には慣れている。それに聴覚も常人よりは高く、目隠しをしている今も長い耳を僅かに動かして聞き取っているようだった。


 午前中は成れの果てに関する練習を行い、それからは個別のPT練習をするため十人はギルドへと向かう。今回初めに攻略を行うPTは、ダリル、ハンナ、リーレイア、ディニエル、努。残る五人もそのままPTを組み、両PTは成れの果て突破に向けて連携を深めていくところから始まった。

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