第297話 ヒーラーとしてのプライド
八十九階層に出現する堕天使やメーメを狩りつつ、努はPTメンバーの動きを確認するように支援回復を行っていた。その中でも一番初めに注視していたのは、避けタンクであるハンナだった。
光と闇階層を進むときはクランメンバーと満遍なく組んでいたのでハンナに支援回復もしていたが、冬将軍に挑む時は組んでいない。撤退の出来る階層と違い失敗すれば確実に自分の死へと繋がる階層主戦においては、気の持ちようが変わってくる。特に死にたくない努はその傾向がとても強い。
「カウントバスター!」
フライを付与されて今も縦横無尽に空中を動いているハンナに対して、努は飛ばすスキル、置くスキル、撃つスキルを駆使して支援回復を行っている。試しに他の形式も使っているが、やはりハンナに対しては置くスキルで対応するのが一番楽だった。
「……何故そんな正確に当てられるのですか?」
変異シェルクラブPTが解散するまで新しい弓の調整をしていたディニエルは、今日が最終調整日だったので多くのモンスター相手に試し打ちをしている。そんな彼女に残りのモンスターを任せていたリーレイアは努の近くに待機していて、彼が一度もミスせずにスキルを当てている姿を見て興味深そうな顔で尋ねた。
「ハンナの動き自体は神台で見てたし、迷宮マニアからも資料を集めさせてたからね。あとは動きを予測して定期的に置いてやればいいだけだし、ハンナはヘイスト大好きだから青の気を見ると割と自分から飛び込んでくるんだよね。だから僕だけであの動きに全部スキルを合わせているわけじゃないよ」
「しかしよくこれだけスキルを動かせるものです。全体練習の時にも思いましたが」
「攻撃系以外のスキルは動かしやすいとかもあるんじゃない? 実際エアブレイドとかの攻撃系のスキルとかは、ヒールとかみたいに変化させられないしね。他のジョブ見ててもスキルはそんな仕様だと思うけど」
「……よく話しながら出来ますね?」
「支援回復と喋る同時進行は慣れてるから」
「はぁ」
普通に会話しながらもダリル、ハンナ、ディニエルに対して定期的に支援回復スキルが当てられているのを見て、リーレイアは要領の得ない声を返した。そんなリーレイアの肩にはサラマンダーが乗っていて、二股の舌をちろちろと出しながら何かの音楽にノッているように頭を動かしている。
「リーレイアはどう? ディニエルとアタッカーは」
そんなサラマンダーに張り合うように丸いスライムの形をしたウンディーネも肩に上がろうとしたが、努は手で無理やり右ポケットに押し込んだ。そんな光景を見ていたリーレイアはよくウンディーネが怒らないなと思いながら、困ったように眉を曲げた。
「いつもあの調子で戦ってくれればいいのですが」
「多分弓の調整終わったら手を抜くだろうね。どこまでサボれるか考えてる節もあるだろうし」
「ディニエルは絶対一軍に選ばれる前提で私も動いていましたが、何故あのようなやる気のなさであそこまで強いのか理解しがたいですね。エルフですから私より戦闘経験を積んでいるのだとは思いますけど、心から納得はしかねます」
「アタッカーから見るとそうだろうね。僕もやる気なさそうなヒーラーが自分より上手かったら発狂してそう」
「……ツトムも、ヒーラーからはディニエルのように思われていますよ。いえ、むしろそれ以上でしょう。それなのによくもまぁそんなことが言えますね」
「はいはい。じゃ、魔石回収するよ」
リーレイアのお前が言うなといいたげな視線を気にせずに、全滅したモンスターたちの付近に落ちている魔石を回収しに向かう。
「師匠! 腕は落ちてないみたいっすね!」
「最初、僕の様子見て手を抜いてたよね。試すような真似してくるとは、良い度胸してるよ」
「ち、違うっすよ! 試すとかじゃなくて、ただの気遣いっす!」
「だといいけど」
「もー! じゃあいいっす! 次からは最初から全力で行くっすからね!」
「好きにしなよ」
言葉通りに受け取らない努にハンナは腹立たしそうに地団駄を踏むと、ぷんすか怒った様子で魔石の回収へと向かった。するとダリルが腕一杯に魔石を抱えながらそんな彼女を見送り、思わず苦笑いしていた。
「ダリルはいつも通りって感じだったね。この調子で九十階層も頼むよ」
「はい。でも、この鎧のおかげっていうのもありますよね」
ダリルが装備している黒と白が入り混じった重鎧は八十四階層の宝箱から出た物なので、今までのものより当然強い。そして重騎士であるダリルは重い鎧も固有スキルによって体感では軽く感じられるため、ガルムやゼノが着たら間違いなく動きが鈍るものも楽に装備して戦うことが出来る。
ただそのためかダリルは良い装備のおかげで自分が一軍に選ばれたのだと思っているようで、あまり自信がない様子だった。
「確かにその装備の強さもあると思うけど、条件は皆同じだよ。だから装備のことを気にする必要はないし、僕が選んだんだから自信持ってくれないと困る」
「……でも、ツトムさんはあの黒杖を使いませんよね?」
「……そういえばそうだな」
ダリルのド直球な指摘に努は思わずそう呟いて固まった。確かにアルマから黒杖を返すと言われたにもかかわらず受け取らなかった自分が装備のことを気にするなと言っても、あまり説得力がない気がした。努はマジックバッグを広げてダリルに魔石を入れさせる間、少し考えた。
「んー。ちょっと自慢話になるけどいい?」
「どうぞどうぞ」
譲るように手を差し向けてくるダリルに、努は言いにくそうな顔で話し始めた。
「確かに今のアルマなら、頑張って頼めば黒杖を貸してくれると思うんだよね。そうすればダンジョン攻略を先に進めやすくもなると思う。でもそれ、僕は嫌なんだよね。何かさ、攻略進んでも黒杖のおかげじゃんとか思われそうじゃない?」
「そう、ですよね」
「でもそんな考えが出るのは、僕が自分の腕に自信があるからだよ。黒杖なんかなくても、僕なら問題ない。今のところはそう思えてるから、僕は黒杖を使わない。あとアルマに頭下げるのも
「ないです!」
「早いよ」
はっきりと即答したダリルの潔さに努は思わず笑みを零した。
「ならその実力の差を他で埋めるのは当然の話だよね。ダリルは装備でガルムやゼノ、には実力勝ってるかも。いやそれはどうでもよくて、つまり差を埋めるための手段は何でもいいし、ダリルがそう断言出来るなら装備に頼ることは悪くない。僕だってなりふり構ってられなくなったら、アルマに頭下げて黒杖貸してもらう手段も取るだろうしね」
「……確かにそうですね! ありがとうございます。でも、本当に自慢話でしたね?」
「だから言ったでしょ。それで、迷宮マニアから僕はゼノばりの大言吐きとでも書かれるんだろうけど」
自虐ネタ気味にそう言うと、ダリルには通じなかったのか目をキラキラとさせて拳を握った。
「ゼノさんは確かに大言吐きかもしれないですけど、ちゃんとそれを目指して努力してますよ。それにツトムさんだって、それくらいの自信を持っていて大丈夫です! じゃあ、魔石取ってきますね!」
「……何で僕が励まされてるんだ?」
最後に何故か励まされる形となった努はそう呟き、鎧を揺らしながら走っていったダリルを見送った。魔石を多く拾うと昼食が豪華になる制度は今も実施しているので、ダリルとハンナは競うようにして魔石拾いをしている。
そんな中その争いに参加していないディニエルは、欠伸をしながら魔石を一個だけ努に投げ渡した。
「調整はもう大丈夫そう?」
「今日は確認みたいなもの。問題ない」
「そう。なら程々に頑張ってくれ」
「ん」
会話もそこそこにディニエルはモンスターではない石像に腰掛けると、もう弦の確認もすることなく目を瞑って休み始めた。どうやら今日は本当に確認だけのようで、調整は済んでいるらしい。
ディニエルは新しい弓に、まだ試作段階ではあるが光と闇の属性の矢も既に手に入れている。今のところはそもそも完成品ではないので威力も弱くそこまで機能していないが、それでもないよりはマシなので使用しているようだ。
(連携についてはそこまで問題はない。あとは全員で成れの果ての研究をすれば、挑んでいいかな)
そう考えてダンジョン探索は早めに切り上げ、成れの果ての映る神台を一緒に見て考えや作戦を共有する時間を多く取った。ただハンナが頭で覚えられないためその後すぐにダンジョンや訓練場などで実践して覚えさせる工程が必要で、ディニエルだけはげんなりした顔をしていた。
それからも成れの果てについての情報共有と練習を徹底して行い、ダンジョンに潜るのは最早息抜きのようになっていた。
そして二週間が過ぎたある日、努は迷宮マニアなどに明日九十階層へ挑むことを発表した。
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