第295話 クレイジーサイコリーレイア

 リーレイアはここ数ヶ月辺りでよそよそしい雰囲気はなくなり、無限の輪のクランメンバーとして馴染み始めていた。しかしここに来て醜悪な本性を見せたリーレイアに周囲のクランメンバーがドン引きしている中、ある程度こうなることを予想はしていた努は注目を集めるように手を叩いた。



「あの二人はいずれ帰ってくるだろうから、僕たちだけでも話は続けるよ」

「あ、うん……」



 リーレイアが復讐のために一軍を取ったと言った時は怒りで猫耳を逆立てていたエイミーも、今ではしゅんと萎れさせて歯が抜けたような顔をしていた。他の五人も各々微妙な顔をしている。


 そんな中でも通常運転の努は成れの果て攻略の具体的な作戦と情報について話し始め、浮足立っていたディニエル以外の六人も話が進むにつれて落ち着きを取り戻してきたようだ。そして今は配られた書類を見ながら唸っている。



「これって、ツトムが再現するの?」

「うん。合間を縫って練習してたから、明日からすぐに始めるよ。全体攻撃関連は全員で練習するから、そのつもりでよろしく」



 成れの果ての全体攻撃は『ライブダンジョン!』と違って攻撃範囲の予測線が出ないこの世界では脅威になる。ただ神台で見る限り全体攻撃の範囲と種類は変わっていないので、まず努はヒールでその全体攻撃を全て再現してクランメンバーに慣れさせようと考えていた。


 他にも成れの果てに関することは全て再現して練習するつもりだ。目を合わせずに戦闘を行うことや暗黙状態に慣れるための目隠し練習など、その他にもやる練習は多岐にわたる。出来るのならその間にアルドレットクロウには中盤まで行ってほしいところだが、今のところ全体攻撃への対応が出来ていないので難しいだろう。



「凄いですぅ……」



 成れの果てに関する多くの情報に突破するビジョンと練習方法まで記載されている書類を見て、コリナは思わず感心した声を漏らした。すると努は思い出したように彼女へ振り返った。



「あ、そういえばコリナは迷宮マニアとの繋がり薄かったよね。変異シェルクラブの時、一人で情報集めてたみたいだし。今度僕から紹介しておくよ」

「え、いいんですか?」

「同じクランなのに情報で優劣決まるのも馬鹿らしいしね。変異シェルクラブの時は余計な口出しはしない方針だったから言わなかったけど、情報の大切さは身に染みてわかったでしょ?」

「そうですね……」

「じゃあ今度顔見せに行こうか。その後も毎日行けとは言わないけど、出来る限り迷宮マニアのところに顔は出した方がいいよ。市場の人たちと違って、いくら金積んでも情報くれない人もいるからね」



 迷宮マニアは今や一種の仕事になるまで成長しているが、その原点はただ趣味で神台を見続けている暇人だ。そのため今でも金銭目的で活動していない者も存在していて、中には信頼関係を築けている者にしか情報を流さないなど、明らかに身内贔屓する者もいる。


 そのため努は毎週神台を見る際に迷宮マニアともついでに会っている。そうした人脈作りは『ライブダンジョン!』でも行っていたことで、更に迷宮マニアの中でも有名なゼノの妻の影響もあり知り合いが増えて今では根強いものとなっていた。


 それからも成れの果てに関する話し合いを続け、ハンナが知恵熱を出しそうになったところで作戦会議を終えた。すると一段落した空気も束の間、エイミーは努の肩を腕でこのこのっと押しやった。



「ツトムは、リーレイアちゃんのこと知ってたんでしょ?」

「まぁね」

「へーーー」

「別にリーレイアを特別扱いして一軍に入れたわけじゃないし、責められる筋合いはないね。それに僕がアーミラに言ったこと、エイミーにも少し当てはまると思わない?」

「……それは、そうかもしれないけど」



 書類をじっと読んでいるガルムの方を意味深に見ながらそう返してくる努に、エイミーはむすっとした顔のまま肯定はした。



「リーレイアは復讐したい相手とでも最低限の連携は練習していたよ。それに合わせて個人の鍛錬も欠かさなかった。動機は不純だろうけど、一軍に選ばれたのは妥当だと思うよ。ただ単に実力で勝ち取っただけだからね」

「…………」

「エイミーをいじめるな」



 そう言われて黙り込んだエイミーを庇うようにディニエルはやる気のない目で割り込んできた。するとエイミーはそんな彼女の脇腹を軽くチョップして、嫌そうな顔で手を振った。



「一軍のディニちゃんに庇われるの、すごい惨めになるからやめて?」

「エイミーはやれば出来る子」

「うわ、すごい良いこと言ってるのになんか説得力ない!」

「このたわけが」



 そんな調子で軽くちちくりあい始めた二人を見て、努はフォローする必要はないと考えてその場から離れた。



「リ、リーレイアさん、どうしちゃったんですかね?」

「あー、元々リーレイアはアーミラのクランメンバーだったんだ」



 そして事情を知らないダリルなどに努は先ほど起こった出来事の理由を説明し始めた。アーミラへ復讐するためにこのクランへ入り、今までその機会を待って鍛錬を積んでいたこと。その説明が終わるとガルムは顔をしかめながら尋ねてきた。



「ツトムは、リーレイアの復讐に賛成だったのか?」

「あー、うん。実害が出るようなら止めたけど、一軍を実力でアーミラから奪い取って馬鹿にするくらいなら別に良いと思ったし。……まぁ、最後のあれは実害とも言えそうだけど」

「なら私は、止めるべきだったと思うぞ。今のアーミラならば、事情を話せば理解してリーレイアに謝罪しただろう。こんな遠回りなことをして、しかも二人の関係が改善したと思えん。普通に話し合いで解決する道はあっただろう」

「確かに今のアーミラなら謝罪するだろうね。でも、リーレイアは絶対に許さないと思うよ。故意ではないし、神のダンジョン内だったから生き返れた。でも背中から大剣で斬られて何度も殺されたのを、謝罪で済まされるのはおかしいと思わない? ガルムは許せるんだろうけど、僕だったら絶対許せないけどね」

「……それは」



 ほとんどの古参探索者は自分の命より金や名誉の方が重い。そのため神のダンジョンで殺されたくらいのことは水に流せる度量があるが、一般的に見ればそれはおかしいことだ。痛いところを突かれたような顔をしているガルムに、努は自然と力が入っていた顔を緩めた。



「まぁ、実際リーレイア以外の元クランメンバーはアーミラの謝罪を受け入れているから、ガルムの言うことも正しいと思う。でもリーレイアがそのことを許せなくても、責められるいわれはないでしょ。あれは一度復讐しなきゃ、前に進めなかった人種だよ。最近は割と素でみんなとも接するようになってたし、あれが僕と似ている人種なのはわかるでしょ?」

「……うむ。まぁ、わからんでもない。だが、これでリーレイアは復讐を達成したわけだろう? ならば、もうこのクランにいる必要もない」

「そうだね。少なくとも自分が一軍の九十階層はアーミラに見せつけるために頑張るだろうけど、その先はわからない。抜ける可能性もあるだろうね」



 すげなく言った努にハンナは驚いた顔で青い翼をばさばさとはためかせた。



「えーー!? リーレイア、抜けちゃうっすか!?」

「でも、多分抜けないとは思うけど」

「えぇ!? ど、どっちっすか?」

「アーミラの顔を舐めた時点で、色々お察しでしょ。後はまぁ、なるようになるよ」



 そんな努の投げやりな言葉にハンナはポカンとした顔をして、エイミーは気味が悪そうに肌をさすっていた。

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