第294話 九十階層メンバー選出
「…………」
「…………」
「雰囲気怖いなー」
リビングに集まっているクランメンバー九人を見回した努は、剣呑な空気が流れているのを感じて思わず呟いた。冬将軍の時も緊張感はあったが、ここまで険悪な空気の原因は恐らくリーレイアとアーミラだろう。
リーレイアは復讐のために、アーミラについてはよくわからないが、元々ディニエルすらライバル視するほどに向上心があった。なのでアタッカーの中でとにかく一番になりたいだとか、そういった理由だろう。お互いに目も合わさずただソファーに腰かけているが、威圧感が凄かった。
それにガルムとエイミーの空気もそこまで良いものではない。後にカミーユから聞いた話だが、二人はギルド長であり恩師でもある彼女に一度実力を上げるために何をしたらいいか相談に来たそうだ。その際にカミーユは二人が協力してPTを組むように仕向けたそうだが、今回はそれが悪い方向にいってしまった。そのことは変異シェルクラブを討伐して騒ぎになった時、努はカミーユからガルムのことで謝られていた。
ガルムは元々タンク不遇という中、一人で道を開拓してきたものだ。その思想的にはカミーユに近いものがあったが、彼はジョブの限界に到達して探索者としての活動が止まってしまった。それから努とPTを組んでからは第一線のタンクとして活躍することとなったが、ダリル、ハンナ、ゼノが出てきたことによって自身の立場について深く考えることになった。
そしてカミーユに相談したことを皮切りに、ガルムは以前と同じように自分だけで道を切り開こうと努力する道を選んだ。それまで努の指導を受けて着実に成果は出てきていたのだが、それが余計に彼を孤独の道へ引き戻すことを助長した。
今のところは限界の境地を利用した自傷タンクの立ち回りも止めて、努とのギクシャクとした関係も改善はしてきている。とはいえ今の自分に納得がいっていないのか、その表情は硬かった。
対するエイミーはガルムと協力する道は選ばず、カミーユと努に指導を受けることで実力を更に引き上げようとした。しかし努のスキル回しに関する指導が厳しすぎる割に目に見えた成果がそこまで見えていないため、今は大分ストレスが溜まっている様子だ。恐らく今日の結果が内心わかっているからこその不機嫌だろう。
そんな四人以外はそこまで険悪な雰囲気はないが、ダリルは硬い顔をしているガルムのことを気にかけて引きずられるように表情が暗くなっていた。だがディニエルに至っては他のアタッカー三人がギスっているにもかかわらず暢気にあくびしている。そんなディニエルにコリナやハンナは戦々恐々としていた。
「じゃ、今回の選出理由から話すよ」
そう努が言いながら一人掛けのソファーに座ると、全員が注目した。
「まずアタッカーだけど、今回は属性を重視してる。武器で光と闇属性は補えるけど、他の属性もあるに越したことはないからね。その属性相性と力量を合わせて選出した。タンクについては、石化の眼を持つ成れの果てとの相性だね。今回も初見突破は一応の目標にしてるから、安定性と相性を重視して選んだ。それじゃあ、発表するよ」
中々に目力が強い女性陣に努は話しにくそうな顔で書類に視線を落とした。
「今回のアタッカーはディニエルとリーレイア。タンクはダリルとハンナで九十階層に挑むよ」
「ォーマイガッ!」
そう努が言うと、皆の反応は様々だった。ゼノはオーバーリアクションに頭を抱え、ガルムの表情はあまり変わらない。逆にダリルとハンナは互いに見つめ合ってオロオロとしていて、それに釣られてコリナも目をキョロキョロさせていた。
エイミーは内心予想していたのか軽いため息をつくだけに留まり、アーミラは今回自信があったのか以前よりもギリギリと歯軋りしている。ディニエルは全く表情を変えず、リーレイアは力が抜けたようにだらしなくソファーへ寄りかかっていた。
「……俺は、こいつに負けてんのか?」
今までは特にクランメンバーたちからPT選出に関して異議を口にすることはなかったが、今回に限ってはアーミラが不機嫌そうな声を上げた。その目は怒りに燃えているがただ感情に身を任せているわけではなく、純粋に選出理由も聞きたいように見えた。
「負けてる負けてないで言えば、負けてはいないよ。龍化も安定したし、変異シェルクラブ前ならカミーユを越えてるとすら思ったからね。まぁ、あの人が意地張ってきたからその評価は覆されたけど、それでも実力がリーレイアに負けてるとは言えない」
「じゃあ――!」
「でも、最近は龍化結びに立ち回りの比重が向きすぎてる。それもその割にはクランメンバーに合わせようとしてないよね? ゼノとディニエルとリーレイア、その三人とはまだ龍化結び出来てないし、練習もしてないでしょ?」
「……でも、それ以外の奴らには出来る」
「今回の選出については、絶対にディニエルは入れる予定だった。だからアーミラはディニエルに龍化結びをしなきゃいけない状況が予想出来る。僕やタンクに付与されてもエイミーみたいに慣れてなきゃあまり役立たないだろうから、少なくともディニエルに付与出来なきゃ龍化結びは機能しないんだよね。確かにあった方がいいとは思うけど、アーミラが時間をかけてる割には今のところ役立たない」
「…………」
今のところアーミラが龍化結び出来る相手は限られている。そしてその三人とは龍化結びの効果を弱めたとしても付与することが出来ない。しかし同じスキルを持つカミーユから聞く限りは、スキルの制約等で付与出来ない状況というのはないという。
つまりはアーミラの好き嫌いによって龍化結びを付与出来るかが関係している。そしてアーミラはその改善をする気が見られなかった。今回のPTには少なくともディニエルは絶対に入れ、ゼノも候補には上がっていたのでアーミラの採用は見送っていた。
「リーレイアには精霊相性っていう制約があったけど、全員と合わせる練習をしていたよ。恐らく一番嫌いなアーミラにもね。でもアーミラは少し避けて龍化結びの練習をしなかった。それに精霊術師は属性相性も成れの果てといいし、変異シェルクラブの戦闘を見るに近接戦闘も悪くなかった。個人力についてはアーミラの方が上ではあるけど、そこまで差はないように見えた。あと見た限りじゃハンナとも大分相性が良いし、ディニエルとも上手く攻撃出来そうだしね」
対するリーレイアは全員と精霊契約を前提とした連携を考え、実際に練習して仕上げてきていた。精霊の相性があるため努のようにはいかないが、それでも彼女は誰が一軍に選出されても最低限の連携は取れるように準備してきた。
それにリーレイアは復讐というモチベーションもあり、アーミラ以上の努力は常日頃からこなしていた。それでも龍化というユニークスキルがあるので個人力はアーミラに軍配が上がるが、その差を味方との連携を深めて補いながら個人力を鍛えてきたリーレイアの方が九十階層に関していえば強く思えた。
「だから今回はアーミラよりリーレイアを選出したよ。他に何か聞きたいことはある?」
「…………」
淡々とした声で理由を告げられたアーミラは声も出ない様子で、顔を悔しさで真っ赤にしていた。軽く涙すら浮かんでいる目からは、変異シェルクラブを一番に討伐出来なかった時よりも悔しそうな感情が窺える。
「んふっ」
一緒のPTで変異シェルクラブを一番に討伐出来なかった時、アーミラが母であるカミーユを神台で見ながら涙すら浮かべて悔しがる姿はリーレイアも見ていた。しかし今アーミラはそれ以上に悔しがっている様子で、その理由は一軍に選ばれなかったから。
そしてその一軍の枠には、代わりに自分が選ばれた。そう思うと顔が
「んふふ、んふぅー、んふふふふふふっ! んぃひひひっ……。んふふふふふっ!!」
幼少期から親に笑い方が騎士らしくないと言われて段々と矯正されてからは、魔女のような引き笑いはしなくなった。だが今は長年矯正された笑い方も忘れるほど、リーレイアは楽しくて仕方がなかった。
そんなリーレイアの腹の底から捻り出ている不気味な笑い声に、周囲のクランメンバーは少し引いた顔をしている。だがその中でアーミラだけは不快そうな顔をしていた。
「……なに、笑ってんだよ。気持ちわりぃ」
そんなアーミラの問いに構わずしばらくリーレイアは笑っていたが、ようやく声を抑えて彼女に振り向いた。
「これが笑わずにいられますか? 一軍を切望していた貴女は落ちて、私が選ばれたのです。私がこの時をどれだけ楽しみにしていたことか、貴女にはわからないでしょうけどね?」
「……あ?」
アーミラの殺意すら含まれた視線に対してもリーレイアは全く怯むことなく、むしろ笑みを深めた。
「もしかして、また前のクランのように殺すつもりですか? ですが今ここで私を殺したところで、貴女が一軍に選ばれなかった事実は変わりませんけどね」
「……やっぱりてめぇは、そのことを根に持ってやがったか」
「むしろ何回も大剣で斬り殺されて徹底的に罵倒されたことを根に持たない方がおかしいと思いますが? ……以前の仲間たちも貴女に謝られてからは、昔のことだから水に流せだの、復讐は何も生まないなどと、薄っぺらい言葉を私にのたまってきましたが、本当にくだらないっ! 私は、どれだけ苦しかろうが努力しましたよ。貴女に復讐するために!」
「てめぇ!」
復讐のために一軍の枠を奪ったと言ったリーレイアにアーミラは激昂して胸ぐらを思い切り掴んで引き寄せたが、逆に彼女は顔を近づけて赤い瞳を覗き込んだ。
「悔しいですか? 私に一軍を取られて。悔しいでしょうねぇ。その顔を見ればわかりますよ。私がその顔をどれだけ見たかったかわかりますか?」
「そんなことのためにっ、てめぇは!」
「えぇ、そうですよ。私は貴女に復讐するためにわざわざ無限の輪に入りました。そして実力で貴女から一軍の座を奪い取り、貴女の悔しがる顔だけが見たかったのです。これが貴女を殺すことが出来ない、私に出来る最大限の復讐です。……復讐など意味がないと散々言われましたが、今は最高の気分ですね! んふふふっ!!」
「てめぇ……!」
心底楽しそうに嗤っているリーレイア。それもこんな彼女に自分が実力で負けたのだと思うと、アーミラは情けなさやら悔しさで自然と涙が溢れてきた。そんな彼女に睨まれているリーレイアは三日月のように口元を歪めた。
「んふふっ」
「うぉぁっ!?」
そんなアーミラの頬を伝った涙を、リーレイアは下から目元までべろんと舌で舐めあげた。
「美味しいですね」
「……はっ? あっ?」
突拍子もないリーレイアの行動に、アーミラは思考が固まったような顔をした。そして自分の顔についた唾液が垂れる感覚と、今まで体験したことのない未知の気持ち悪さを認識して肌が粟だった。
「き、気持ち悪ぃ!? はぁ!? キモッ!!」
「んふふふふふ」
するとアーミラはその場から逃げるようにリビングを出ていった。そしてリーレイアもそれを追いかけていき、リビング内は嫌な静寂に包まれた。
「なーにこれ」
そしてリーレイアへ湧いた怒りも引っ込んでしまったエイミーの呟きが、驚くほどリビングに響いた。
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