第293話 そういうところだぞ
「お前……」
「ご、ごめんなさい」
「何なんだよ、ボケが。俺が、馬鹿みたいじゃねぇかっ」
「い、痛いですぅ」
コリナから本心を告げられたアーミラは呆れてものも言えない様子だったが、案外そこまで怒ってはいないようだった。ただ自分がそんなコリナを庇っていたことを思い返して恥ずかしかったのか、彼女の肩をぽすぽすと叩いていた。そんな二人を見てエイミーとハンナは微笑ましそうな顔をしていたが、リーレイアだけは真顔だった。
そして変異シェルクラブのPTは目標を討伐出来たので解散となり、それから五人は八十五階層のファレンリッチを倒すところから始まった。とはいえ対策装備の方は既に集まっていて、努たちが攻略して得た情報もあるのでそこまで手間取ることはなく数日で突破した。
それとユニークスキル持ちが集まったドリームPTも、変異シェルクラブを討伐後には解散することになった。実のところ四人は結構乗り気だったのだが、カミーユだけは違った。変異シェルクラブに限れば問題はなかったが、本職のタンクがPTにいないことが致命的な問題になることを彼女は気づいていたからだ。その結果彼女が抜け、代わりの者もいないため解散となった。
「おぉー。これが噂の棘魔石か。本当に見えんだな」
「凄いね。魔力って貴族以外は感じられないものなんだけど、こんなんだったんだ」
その後ヴァイスやコリナたちが変異シェルクラブを討伐してドロップした新種の魔石は、棘魔石と鑑定されて名付けられた。ウニのような見た目をしているその鋭利な魔石は肉眼で確認出来るほど内包されている魔力が濃密らしく、何かに使えるのではないかと職人の間では話題になっていた。
そしてコリナたちが手に入れた棘魔石は無限の輪のスポンサーであるドーレン工房に預けられた。ちなみにドーレンの孫娘である魔石換金所の少女も棘魔石を見学しにきていて、今も興味深そうな顔で鑑定を行っている。
「お、お疲れ様です」
「あぁ、うん。お疲れ」
そんな少女には何故か孤児であるリキたちも付いてきていた。何やらたまたま街中で会ったから連れてきたとのことだが、変な気を回すなというのが努の本音だった。その後ドーレン工房まで来させて手ぶらで帰らせるのも憚られたため、ガルムが見繕ったレベル相応の装備を買い与えて帰らせた。
それから努は暇が出来ればとにかく神台で九十階層の映像を見続けていた。ダンジョンに潜っている間は迷宮マニアに依頼して情報は集めてもらっているが、それはあくまでも参考資料だ。自分で見て成れの果てが『ライブダンジョン!』と違う動きをしているかは、常に確認していた。
今のところ序盤ではあまり違いが見られない。特に全体攻撃の種類や範囲などは全く同じなので、自分ならば避けるのは容易だなと思えた。あとはPTメンバーにも練習させれば問題なく全員避けられるようになるだろう。暗黙状態については視界が遮られるのは嫌だが、仕様自体は『ライブダンジョン!』よりもヌルいため嬉しい誤算だった。恐らくステファニーと同じことをすれば大丈夫だ。
問題は石化の魔眼が常時発動していることだろう。一度黒竜で経験したことだが、状態異常を引き起こす魔眼が常時発動だと狙われるタンクの負担がとても大きくなる。ヒーラーとしてはあまり石化してほしくないが、相手の目を見ずに戦うというのは難しい。それも神台で見る限り成れの果ては黒竜と違ってしっかり目を合わせようと動いてくるため、ビットマンも対応している方だが石化状態にはなってしまっている。
戦闘技術だけでいえばビットマンはガルムよりもベテランで、とても丁寧な戦い方をするタンクだ。そんな彼でも現状石化状態を免れないということは、恐らくガルムも同じだろう。いくらガルムの対応力が高いとはいえ、黒竜のようにはいかない。
(……ヒーラー2構成か。ステファニーなら一人でも十分そうだけど、一回試す感じかな?)
それから数日間アルドレットクロウは九十階層主である成れの果て攻略に身を置いていたが、全体攻撃を避けたり支援回復に加えて暗黙、石化の解除も行わなければいけないヒーラーの負担を考えて増員することにしたようだ。それに加えて努の記事でステファニーが落ち着いたこともあり、かくまっていたキサラギをそろそろ出してもいいだろうという内部判断がなされていたこともあった。
ただその判断は努から見れば正しい。現に努も成れの果てを初めて突破した時はヒーラー2構成だった。アタッカーやタンクが不慣れの場合はとにかく暗黙や石化に引っかかってしまうので普段より多く状態異常解除に意識を回さねばいけないし、全体攻撃で事故る可能性もあるのでヒーラーを増やすという選択肢は悪くない。
この世界ではお団子レイズがあるので事故は防げるが、そうなるとヘイト管理が厳しくなる。お団子レイズは確かに有効だがその分のヘイトはしっかり返ってくるため、安易に使用することは出来ない。一度死んで生き返ることである程度ヘイトは軽減されるが、レイズとバリア分の負担が出来るほどではない。それに加えて状態異常解除となると、ヘイトがヒーラーに集まりすぎてどうしようもなくなる。
(ステファニーはあれから少し気が抜けてるみたいだから問題ないかもしれないけど、そろそろPT決めて動いておいたほうが良さそうだな。出来るなら中盤まで見たいところだけど)
ステファニーはあの記事が出て以降、何処か力が抜けたような印象があった。別にそれが悪いことではないのだが、以前まで見えた絶対にヒーラーの中で一番になるといった執念が消えてしまったことは事実だ。ただそれでもなお彼女は現状いるヒーラーの中で最も到達階層が高く、実力も申し分ない。あまり保険をかけすぎていると先に百階層まで到達される可能性もある。
(シルバービーストも八十五階層突破してきたしなー。この調子ならロレーナたちも上がってくるだろうし、そうなるとステファニーの貪欲さも戻るだろうから急がないと)
それにステファニーへ次いでいるロレーナも負けてはいない。無限の輪と一時同盟を組んだ際、ロレーナは努の立ち回りを吸収して自分の糧として急激に成長している。なのでいずれステファニーに追いつくだろうと感覚的にわかるし、そうなると二人は良いライバル関係になるだろう。そして出来るのなら九十階層にいるステファニーにはロレーナが一番に追いついて、お互いに切磋琢磨してほしいとも思う。
ただここで大人しく二人の動向を見守るわけにもいかない。そのことを努は少し残念に思いながら、神台を見て九十階層に挑むPT選出の算段をつけていた。
▽▽
それから数日後には無限の輪全員が八十九階層まで到達することに成功していた。懸念材料だったコリナもファレンリッチを相手に問題なく立ち回れていて、更に龍化結びで冷静さを欠いたエイミーには祝福の光でカバーを、避けタンクのハンナに対しては完璧な支援回復を送るなど、変異シェルクラブ戦の時よりもヒーラーが上手くなっていた。
その急激な成長の原因は自信によるものだろう。遥か雲の上だと思っていたユニークスキルPTを相手に自分たちPTは戦えたという事実が、彼女の実力をより引き出させていた。その証拠にファレンリッチを討伐した後に迷宮マニアたちはコリナに対する評価を改め始め、新聞記者からインタビュー依頼をされるようにもなって彼女は慌てていた。
そんなコリナは休日にインタビューを受けに新聞社へ向かい、同伴者としてエイミーとゼノが付いていった。そして努はいつものように神台を見に行こうと玄関で靴を履こうとした時、手に取ろうとしていた靴べらが誰かの手によって横取りされた。
「今日も神台を見に行かれるのですか?」
「そうだけど」
姿勢正しく立ちながら見下ろしてくるリーレイアにそう言うと、彼女はそれはいけないと言わんばかりの顔で畳んでいた新聞を広げた。
「ならば私も一緒に行きましょう。最近は物騒ですからね。知っていますか? 昨日神台市場の近くで暴行事件が起きたそうですよ」
「暴行事件なら日常茶飯事だし、もし護衛をつけるなら僕はガルムかディニエルにでも頼むけど?」
「ガルムは最近訓練で忙しいようですし、ディニエルもあまり乗り気ではないでしょう。それにこれでも私は要人を警護した経験もありますから、ぴったりの人選だと思いますが?」
そうリーレイアが言うと、リビングの扉が開いてディニエルが顔だけにゅっと出した。
「リーレイアに頼んだ」
「ディニエルはそのように言っているようですが?」
「……わかったわかった。それじゃあお願いするよ」
色々と根回ししていそうなリーレイアに努が面倒くさそうに言うと、彼女は不敵な笑みを浮かべて靴べらを手渡した。それを嫌そうな顔で受け取った努は靴を履いて玄関扉を開けようとすると、リーレイアが間に割って入ってわざわざ開けてくれた。まるで紳士のような立ち振る舞いに努は唾でも吐きそうな顔で彼女に続いて外に出た。
「それで、用件は何だよ。どうせ九十階層の選出メンバーについてだろうけど」
「話が早いですね。とはいえ、別に今更私を一軍にしろなどと言うつもりはありませんし、何か手段を持ちかけるわけでもありません。貴方は私が往来の場で土下座して頼もうが、軽く一蹴するでしょうから」
「それじゃあ、何で付いてきたんだよ」
そう言うとリーレイアは表情に影を落とした。
「……私は実力を示してきたつもりです。ですが、それでも不安なのですよ。居ても立っても居られないというのが本音です。ここで貴方と話しておけば僅かでも選出率が上がるかもしれない。そんなことはないだろうとは思いますが、それでもやらざるを得ない。やらないと私の気が済まないのです」
「別にここで何を言われようと、選出メンバーについてはもう変えるつもりはないよ。今から何をしても結果は変わらないから、安心して自分のやりたいことでもしてるといい」
「……そうですか」
そう断言されたリーレイアは何とも言えない顔で足を止め、二人の距離は少し離れた。だがリーレイアはすぐに駆け寄って努の傍についた。そんな彼女に努はにべもなく言い放った。
「いや、帰れや」
「もしかしたら、本当にツトムが暴行事件に巻き込まれて万が一にも死んでしまう可能性も捨てきれませんから。そうなってしまえば私の復讐も果たせなくなりますので、全力で護衛させていただきます」
「……はぁー」
「そこまで嫌そうにされるのも少し心外ですね。私が護衛してあげようというのに」
「そういうところだぞ」
それから普段の調子に戻ったリーレイアに努は露骨にため息をつくと、以前のように二人で一番台を見て成れの果てについて話し合った。
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