第292話 コリナの気持ち
「今日はもう、大丈夫です」
「え?」
コリナが自分と同じタイミングで食卓を立ったことに、努は思わず驚きの声を上げる。いつものように追加の料理を作ろうと席を立とうとしていたオーリも意外そうな顔をしたまま、二階へ上がっていったコリナを見送った。
「……沈むと食欲がなくなるタイプか。まぁ、そっちが普通なのかな?」
「んっ?」
最近ゼノから教え込まれた丁寧なテーブルマナーを実践しながらステーキを頬張っているダリルは、努にジッと見つめられて不思議そうな顔をしている。そして立ち去っていったコリナの方を見ていたアーミラは忌々しそうに舌打ちした。
「まだ自分のせいだ、みたいな顔しやがって。何回言っても聞きやしねぇ」
「ん? コリナになんか言ったの?」
「あいつが五十階層を一番に突破出来なかったのは自分のせいだって言いやがるから、ちげぇって言っただけだ。……そういやお前から見てあの狐とコリナ、どっちがヒーラー上手いんだ?」
「あー、コリナだね。変異シェルクラブ相手にお団子レイズが役に立ってた様子はなかったし、地力なら断然勝ってると思うよ」
狐呼ばわりされているユニスに若干半笑いになりながら答えると、アーミラは嬉しそうに身を乗り出した。
「だろ!? 俺から見てもぜってぇコリナの方がうめぇと思ったんだ! だから、問題があるんだとすれば俺だったって言ってるのによ」
「へぇ、自分が悪いと思ったんだ?」
「……別に、俺だけじゃねぇ。こいつらだって問題はあった」
努が感心した様子で椅子に寄りかかりながら言うと、彼女は不服そうに腕を組んで顔を逸らした。そんな彼女にエイミーはやれやれといった顔をしていたが、リーレイアに至っては真顔だ。
「ギルド長の下位互換に問題があるとは言われたくありませんね。それに見る限り龍化の制御もまた失っていたではないですか。それでよく他人に問題があると言えたものですね」
「あ? てめぇだって精神力切らして殺されてただろうが。あれならそこらの精霊術士の方がマシだぜ」
「あれはハンナが勝手にシルフの精霊魔法を馬鹿みたいに使ったからだと説明しました。それ以降私が精神力を切らしたことは一度もありません。ですが貴方は何度も制御を失ってはコリナに抑えられていた。結局貴方は前から何も変わっていない」
「落ち着けーい! そのことはもう散々話し合ったでしょ! 今更ほじくり返さないの!」
段々と言葉に熱を持ち始めてきた二人をエイミーが仲裁し、ハンナはまたかといった顔をしながらクルミのような木の実の殻を道具で挟んで割っている。アーミラとリーレイアの言い争いには最初ハンナも怯えていたが、何度も見てきた今となっては木の実を割りながら見ていられる日常になっていた。
「じゃあ、僕は一応コリナの様子を見てくるよ」
「優しくするっすよ?」
「普通に話せばわかってくれそうだし、ハンナみたいにはしないよ」
「…………」
無言でバチンッと木の実を強く割ったハンナから逃げるように、努はそそくさと二階に上がった。そして一階から僅かに聞こえてくるクランメンバーたちのざわめきを背後に、部屋の扉をノックした。
「はい」
「あ、変異シェルクラブのことで少し話がしたいんだけど、今大丈夫?」
「……ツトムさん一人ですか?」
「あぁ、うん」
「……どうぞ」
コリナの許可を得て部屋の扉を開くと、何やらさっぱりとしたオレンジのような匂いが漂っていた。カーテンで閉め切られている窓の前には芳香器が置かれていて、コリナの格好も既に寝間着でベッドに寝転んでいる。どうやらアロマテラピーの最中だったようだ。
「別の部屋で話そうと思ってたんだけど……」
「良ければこの部屋でお願い出来ますか? これ、高いやつなので」
「あぁ、ごめん。すぐ閉めるよ」
アロマのことなどさっぱりわからない努は慌てた様子で扉を閉めて部屋に入る。コリナの部屋をそこまで詳しく見る機会もなかったが、内装は至って普通の女の子といったものだった。オーリが掃除しないとすぐ荒れるアーミラの部屋とは大違いの女子力が垣間見える。
努は普段と違う様子のコリナに勧められて床に置いてあったクッションに思わず正座で座ると、彼女もベッドから降りて正面に座った。普段のようにおどおどとした様子がなく、かといって元気でもなさそうなコリナにどう話を切り出そうか少しの間迷っていると、彼女はおもむろに口を開いた。
「……私たちのPT、凄くないですか?」
「へ?」
真面目な顔をしたコリナの唐突な自画自賛に、努はびっくりして思わず変な声が漏れた。すると彼女は言い訳でもするように素早く両手を振った。
「いや、何と言いますか。えーっとですね?」
「……意外とそこまで沈んではいないみたいだね? 一番に変異シェルクラブを討伐出来なかったことについては」
「あ、はい。あのPTに負けるのは、流石にしょうがないですよね?」
「まぁ、うん。僕が一番に討伐してって言ったのは、競合相手をアルドレットクロウだとわかっていた時だったからね。あんなPTが相手なら、しょうがないとは思うよ」
「そうですよねー。よかったです」
一応努にそのことで責められるかもしれないと僅かに思っていたコリナは、ホッとしたように息をついた。
「語弊があるかもしれないですけど、正直あのPTとあそこまで拮抗出来るとは夢にも思わなかったんです。エイミーさんたちが強いことはわかっていたつもりでしたけど、ユニークスキルを持った凄い人たちと競合していい勝負が出来るとは思わなかったんです。それに私もあのユニスさんが相手じゃ見劣りすると思ってましたけど、意外とそんなことはなかった。ツトムさんから見ればまだ駄目なところもあったとは思いますけど……でも、自分が思っていたほどの差は感じませんでした」
相手は今お団子レイズで話題を呼んでいるユニスだったが、神台で見る限りは自分も負けてはいないと本心から思えた。そして今回はあのPTに先を越される結果にはなってしまったが、その二日後に変異シェルクラブ討伐は出来たので満足のいく結果を出すことが出来た。それに祈祷師の自分でも白魔導士であるユニスに引けを取らず、ヒーラーとして戦えるという自信も湧いてきていた。
「勿論あのPTに負けた時はちょっと悔しかったですけど、エイミーさんたちほどではなかったんです。……どちらかといえば安心すらしちゃってました。でもハンナさん以外は本当に悔しそうにしてるから、その、私もあまり言い出せなくて……」
「じゃあさっき料理を途中で止めたのも……」
気まずそうにしているコリナに努がそう尋ねると、彼女のお腹がぐぅと鳴った。どうやら本気で落ち込んで食欲不振になっていたわけではなく、自分も一番に変異シェルクラブを討伐出来ずに沈んでいると周りへ思わせるために演技をしていたようだ。そんな彼女の思わぬ告白に努は少し困ったような笑みを浮かべた。
「……アーミラ、柄にもなくコリナのこと心配してたよ?」
「そ、そうですよね。反省会の時も私が何か言うとすぐ庇ってきて、でも私は内心はすごい満足してたんですけど、それも中々言い出せなくて……」
先ほどの神妙な雰囲気も消えてあせあせといった様子のコリナ、それと先ほどのアーミラを思い浮かべて努は苦笑いしていた。
「自分の活躍と、あのPT相手に戦えて満足してるっていうのは別に言っても問題はないと思うよ。確かにアーミラはちょっと怒るだろうけど、コリナなら許してくれるでしょ」
「いやぁ、アーミラさんはあのPTに先を越された時こっちが申し訳なくなるほど悔しそうにしていましたから、そんな気楽には言えない雰囲気で……」
「なるほどね。まぁでも、取り敢えずコリナが自信を持ってくれたようでよかったよ。案外戦えるもんでしょ?」
「はい。……えーっと。でも、あのー、ユニスさんって実はあまり上手くは……」
「うん。お団子レイズ開発に熱を注いでいた分、下手にはなってたね。でも流石に一般的な白魔導士よりはレベルも高いし上手い。だから少なくともコリナは一般的な白魔導士よりはヒーラーが上手いわけだ」
「ありがとうございます。……おかげでちょっとだけ、自信がつきました。私、本当に上手く戦えるようになってたんですね」
グッと手応えを感じたように両手を握っているコリナは、恥ずかしそうにはにかんだ。しかしそんな彼女を戒めるように努は目を細めた。
「ただ、ユニスを越えたくらいで満足はしないようにね。それに散々しただろうけど、変異シェルクラブ戦の反省もして次に活かそう」
「はい。今回で最前線の厳しさを痛感しました。本当に一から攻略するというのは、難しいですね……。先ほどみんなで反省会はしましたが、今回は指揮する人がいないというのが問題でした。恐らくエイミーさんが龍化結びで思考が単純になってしまったこともあったでしょうけど、みんなでもう少し明確にPTの進む場所を進められたら、もしかしたら勝てていたかもしれませんから」
「そこまでわかってるなら大丈夫そうだ。九十階層が終わったら次はコリナに任せるから、それを加味してこれから頑張ってくれ」
「はい!」
「……あと、自分が満足してることは早めにアーミラとかに言ってこようか。流石になんか、可哀想だからさ」
「……そうですね」
明るい調子で話していた二人は、最後にアーミラのことを思い出してひっそりと会話を終えた。
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