第289話 良い実戦練習

 話せるような精神状態でない孤児たちを外に連れ出した努は、一先ず魔石換金所へと向かった。昨日とは違う門番に軽く礼をしながら受付へと向かい、店主である少女に今の事情を話した。



「なので、この子たちの魔石も以前と同じように買い取ってやって下さいね」

「じゃあもう少しだけ魔石こっちに下ろしてよ。ギルドより高く買い取るのにさー」

「魔石売買についてはオーリさんに一任してるから無理ですね。それにそこまでする義理もないですよ。ただ敵対しているわけではないことを伝えにきただけですので」

「ふーん」

「まぁちょうど手持ちの魔石があるので、それはここで売りますよ。光魔石とかは需要ありますよね?」

「……取り敢えず、見せて」



 ドワーフ少女は努の後ろにいる孤児たちをちらりと意味深な目で見た後、宝石でも包める上等な布を受付台に敷いた。そして努がマジックバッグから出した光と闇の小、中魔石を虫眼鏡の形をした魔道具で鑑定し始めた。



「出来ればこの孤児たちと自分に確執がないことは広めておいて下さい」

「光魔石一個」

「ドーレンさんにチクるぞ」

「……ちっ」



 少女の祖父にあたるドーレンの名前を口に出すと彼女は一つ舌打ちを零した後、魔石を丁寧に包んで奥に持って行った。そんな彼女から木製の番号札を貰った後に努は後ろに付いているミーサを見下ろした。



「次、何処に行けばいいの?」

「……あっ、えーっとですね」



 孤児たちが商人や職人から一斉にそっぽを向かれていたことは努も知っていたため、その誤解を解くためミーサに利用している店を聞いた。すると彼女はハッとした顔で自分たちが利用していた店を挙げ始めた。



(結構あるな。まぁ、ここまで来たら付き合うか。ついでに市場周りも済ませておけばいいし)



 正直なところ孤児たちにここまでする義理があるのかといえば疑問ではあるが、新規探索者の勧誘とでも思えば苦ではない。最終的に『ライブダンジョン!』は人がいなくなってサービス終了したので、新規確保については未だに敏感だった。



「おっ、ツトムさんじゃないですか。ここに来るなんて珍しいですね」

「お疲れ様です。何かこの子たちが噂のせいでこの店の肉を買えなくなったみたいなので、自分からそれの説明をですね……」



 クランハウスで消費される食材の確保は目利きの出来るオーリが行っているが、努もたまに暇つぶしで顔を出すことがある。総勢十二人分、それも食いしん坊が何人かいて高級食材も購入することがあるので、無限の輪は食材関連の市場でもお得意様になっている。


 孤児たちは食材店から誰も食べたがらない内臓系やすじ肉、見た目が悪く売れ残りやすい野菜などを安く買い取っていたが、努と敵対した噂が流れてからは売ってくれなくなったそうだ。なのでまずはその店を回った後、それからも装備屋や魔道具開発の職人たちへ孤児を連れて会いにいった。



「ってことは、こいつらと取引しても問題ないんだな?」

「えぇ。この子たちも反省しているようですから。だよね?」

「は、はい。本当に、すみませんでした」



 突然話を振られたリキは挙動不審になりながらも低頭平身ていとうへいしんになって謝った。他の続けて頭を下げる四人を背後に置いて努は説明を続ける。



「ですけど自分が目をかけているわけではないので、特別扱いはしなくていいです。以前と同じように取引してもらえば構いませんので」

「わかったよ。……おい、てめぇら。また問題でも起こしてみろ。ただじゃおかねぇからな」

「怖いですね。嫁さんの前ではこうはいかないのに」

「おい、それをここで言うのはなしだろ。……はぁ。てめぇらも、少しは喧嘩を売る相手を考えろよ」

「はい、肝に銘じておきます」



 最後に魔道具職人は孤児たちへ睨みを利かせたが、努の言葉で色々と台無しになっていた。そして渋々といった顔で奥に引っ込んでいった店主を、ミーサは何度も頭を下げて見送った。



「あとは……あそこか。あそこ地味に治安悪いから嫌なんだよね」

「す、すみません。ここまで色々な方と話して頂きましたし、もう大丈夫です」

「いや、いいよ別に。もうここまで来たんだし最後まで付き合うよ」

「……ありがとうございます」



 努のはっきり言わない物言いに何とか笑顔を浮かべて礼を言ったミーサに続いて、他の四人も口々に感謝を述べる。そんな孤児たちを連れて努は迷宮都市の中で最も治安が良くない敗者の住処と呼ばれる場所へと向かった。


 迷宮都市全体の治安は王都よりも遥かに良い。それは探索者すら捕まえることが出来る警備団の活躍あってのものだが、それでも犯罪自体はなくならないので治安の悪い場所というのは出てくる。


 その場所へ近づくにつれて活気だっていた人々の声は聞こえなくなり、探索者にとっては敗北の証である亜麻色の服を着ている浮浪人とすれ違うことが多くなった。ギルドが大量に卸している亜麻色の服はとても安価なため、貧乏人などは好んで着ることが多い。


 なのでこの場所にいる者たちはほとんどが亜麻色の服を着ているため、普通の装備をしている努は大分浮いていた。そして孤児たちに案内されて掘っ立て小屋のような店に入る。



「……驚いたな。まさか本人がこんな場所に来るとは」

「後でガルムにでも叱られそうですね。それで、少し話があるんですけど」



 薄汚れてカピカピの髭を蓄えたお爺さんに努はそう返しながら、孤児たちについての話をつけた。そして風通しの良い店を出た努は疲れたように伸びをした。



「これでもう大丈夫だよね?」

「はい。今日はわざわざお付き合い頂いて、ありがとうございました。それと、改めて本当に申し訳ありませんでした」

「す、すす、すみませんでした!」



 改めて頭を下げてくるリキに対して努は面倒くさそうに手を払った。



「もう構わないよ。それに元々は、僕の悪い噂を君たちが流していると思ったから声をかけただけだしね。見る限りそんな影響力はなさそうだから、こっちの勘違いだったわけだ」

「は、はぁ……」

「あと、ステータスカードは早めに作った方がいいよ。ステータスカード作れば魔石はギルドで足下見られずに買い取ってくれるし。十万Gを貯めるのは辛いかもしれないけど、最悪一人作っておけばいいんだから」

「はい。ありがとうございます」

「…………」



 ぺこぺこと頭を下げているミーサから視線を外した努は、様子を窺うような顔で周りを見回した。ガルムやディニエルから索敵については学んでいるため、いくつもある路地の隅に都合よく誰かが数人固まって隠れているのは発見出来た。他にもいくつか不審な点を発見した努は疑るような目でミーサを見下ろした。



「……これ、君たちの作戦とかだったりする?」

「え?」



 唐突な努の質問にミーサはわけもわからず素っ頓狂な声を返した。他の四人を見ても特に嘘をついている様子もない。少なくとも彼女らの作戦ではないと思った努は遠くの小屋を指差した。



「なんか、監視されてるみたいだけど?」



 努の指差す先には双眼鏡が日に照らされて少しだけ輝いていて、確かにこちらを覗いていた。ミーサやリキも慌てた様子で辺りを見回した。するとその言葉の後、ぞろぞろと亜麻色の服を着た集団が小さい路地などを塞ぎ始めた。完全に六人の退路を塞ぎ終わった後、前から数人の少年たちが姿を現した。



「こんなに潜んでたのか。君たちの作戦ではないようだけど、心当たりはある?」

「……私たちの、対抗勢力です。でもこんなにいるなんて……少し前までは数人しかいなかったはずです」

「そう」



 努は護衛を頼んだディニエルがまだ出てこないことを不思議に思い、寝ているんじゃないだろうなと疑いながら小声でフライやバリアなどを自身に使用し始める。すると前にいる少年は醜悪な笑みを浮かべ、持っていた鉈を舌で舐めた。



「よう、リキ」

「お前……!」



 何やら熱く話し始めた二人を無視して努はどうやって逃げようか思案していた。路地を塞いでいる者たちの装備は欠けた剣などお粗末なものがほとんどだが、中には弓やクロスボウなどもあってこちらに構えている。とはいえ脅しで構えているようにしか見えず、VITがCはある努ならば弱点を狙われなければ大して効かないだろう。それにバリアを貫通出来るような威力が出るとも思えない。


 幸いにも空は塞がれていないので、フライを使えば余裕で逃げられそうだ。スキル使用についても警戒している様子はない。ならば後はバリアを全身に張るだけで安全に逃げられはする。何やら孤児同士が話している間にバリアとプロテクなどをかけ終えて自分の安全を確保した努は、フラッシュで目眩ましでもしてその隙にでも逃げようかと思っていた。



「おい、随分と余裕そうだな。元孤児の幸運者さんよぉ」



 そんな逃亡作戦を実行しようとしていると、リキと話していた少年が顔を愉悦に歪めながら話しかけてきた。努が思わず面倒くさそうな顔をしていると、その少年は嗤いだした。



「孤児同士、助け合わないと生きていけないだろ? だからよ、俺たちも少し助けてくれよ。独り占めは良くないよなぁ?」

「僕は元々孤児じゃないから」

「嘘は良くないなぁ? それに、リキにも負けたんだろ? お前はただ運がよくてそこまで行けたんだから、俺たちにもチャンスをくれたっていいだろう?」



 リキの対抗勢力である彼らは努のことを詳しく調べていない。なので噂だけを聞いてその実力を判断しているようだった。努は大きくため息をついた。



「なら通行料としてGでも払えばいいのか? いくら欲しい?」



 努はマジックバッグからいくらかの硬貨を片手に握って出した。様々な形をしている金の硬貨。努がいくつか手にしたものの中では一つで十万Gの価値があるものもあり、それを見せられた孤児たちは目の色を変えた。



「す、素直じゃねぇか。そう、それでいいんだよ」

「じゃあ早い者勝ちだ。拾うといいよ」



 努にとってGはゲーム通貨のようなものなので、大した価値はない。それで隙を作れるならいいかと思い、孤児たちに向かって一斉に硬貨を投げつけた。


 唐突な努の行動に孤児たちは唖然とした様子だったが、すぐに包囲を解いてお菓子を見つけたありのように硬貨の方へと群がった。リーダー格の少年もその例外ではない。思わずリキや他の者たちも飛びつきそうになっていたが、ミーサに止められていた。


そして努がその隙にフライでおさらばしようとした時。



「ああぁぁぁ!?」



 いの一番に地面へ投げられた硬貨にたどり着いた孤児の手の甲に、上から飛来した矢が深々と突き刺さった。他の孤児たちの手も地面ごと矢で射貫かれ、そのまま地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。



「えっ!? え!?」

「……巻き添えになりたくないなら、じっとしておいた方がいいよ」



 突如として上空から矢が降り注ぎ、努の周りを囲んでいた孤児たちは手や足を射貫かれていく。その異様な光景を見てパニックになっていたミーサにそう声をかけながら、努はフライで飛んで逃げるのを止めた。



「い、いてぇよぉ……」

「はっ、はっ……手がっ! 俺の手がっ!」



 全ての孤児たちが無力化された後、フライで上空に飛んでいたディニエルは弓を肩にかけてするすると降りてきた。そして孤児たちの中で唯一無傷で取り残されたリーダー格の少年を一瞥した後、努に向き直った。



「あれはツトムが倒すといい。良い実戦練習になる」

「ぎゃあぁぁぁぁ!?」



 子に狩りの練習相手を見繕う獣のようなことを言ったディニエルは、孤児の腕を踏みつけると手の甲に刺さっていた矢を無理矢理引き抜いた。矢尻ごと肉を引っこ抜かれて悲鳴を上げる孤児をまるで気にせず矢の血を払っている彼女に努は結構引いていて、ミーサやリキたちは恐怖で完全に膝が笑って今にも倒れそうである。



「倒すっていっても、もう戦意喪失してるよ。それよりも早く治さないと」

「だからツトムはこんな奴らにも舐められる」

「取り敢えず治してから話は聞くよ。骨を繋ぎ直すのは苦労するんだから」



 手の骨が粉砕骨折しているであろう孤児に近づいて、努は怪我の状態を見ながらヒールをかけていく。念を入れるなら専門の白魔導士に任せた方がいいが、孤児たちにそんな金があるとも思えない。なので骨折を治す練習も含めて努は孤児たちの怪我を治していった。


 スタンピードを経験してからは神のダンジョン外でも治療が出来るよう、骨折の治癒についても努はある程度勉強している。そのため孤児たちの穴が開いた手も順調に治すことが出来ていた。ディニエルが矢を引き抜き、努がそれを治す。そんな意味の分からない光景に治療を受けた孤児たちは知恵熱を起こしたように混乱していた。



「あの、これ……」

「あぁ、わざわざ集めてくれたの? ありがとう」



 治療している間に辺りへ散らばっている硬貨をわざわざ拾い集めて声をかけてきたリキに、努は礼を言って受け取ろうとした。ただその硬貨は浮浪者が寝転がっているような地面に落ちたものであるので、努は改めてマジックバッグに入れたくなかった。



「ならそれあげるよ。元々捨てたもんだし」

「…………」

「大丈夫だよ。今度は手を射貫かれることなんてないから。ディニエル、撃つなよ?」

「わかった」



 止めてという懇願も気にせず突き刺さった矢を全て回収したディニエルを怖がっていたリキたちに、努は硬貨を懐へ収めるように言った。



「ほ、本当にいいんですか?」

「あー、ならこの孤児たちに話をつけて、僕にあまり舐めた態度を取らないようにしてくれると嬉しいかな。ディニエルが気にするみたいだし、僕もこれ以上変な噂が流れるのは避けたいしね」



 怪我の具合を見てヒールを使いながらそう頼むと、リキは無言でこくこくと素早く頷いた。それからディニエルの手加減された射撃で怪我をしていた孤児全員の傷を癒した努は、精神力が減って少し気怠そうな顔でミーサたちに振り返った。



「それじゃ、今度こそ帰るよ。これからは探索者として頑張ってね」

「……はい」

「ほら、ディニエルが撃ったから怖がってるよ?」

「元々あの子たちはツトムを怖がってた。私のせいではない。あと結局戦闘からも逃げた」

「何十人も治した僕の身にもなってくれ。ある意味戦闘したようなもんだよ」

「せっかく勝利を経験させて自信をつけさせてあげようと思ったのに」

「やせ細った子供を相手に勝っても自信つくわけないだろ。というかそれなら普段の模擬戦で手加減してくれれば、こっちは自信つくんだよ」



 そして一瞬にして数十人の孤児を無力化したディニエルと仲良さげに話しながら立ち去って行った努を、彼らは天災にでも巻き込まれたような顔で見送った。それから呆然としていた孤児たちをリキは纏め上げると、すぐに自分たちの隠れ家へと帰って努に対する間違った噂を消すことに務めた。

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