第290話 師を越えた弟子たち
「五人分のステータスカードを作成しました。それぞれご確認ください」
「はい」
結果的に努から合計五十万Gほど貰ったリキたちは、彼の言った通りそのお金でステータスカードを作成していた。ステータスカードを作成すればギルドが月に一度は開催している探索者の基礎を教える講習会に参加出来るし、ギルドが運営している訓練場や銀行なども利用することが出来るようになる。
そのおかげで今まで一人で魔石だけを取ってくるだけのモグリだった孤児たちは、探索者としての道へと進めるようになった。孤児たちは基本的に文字の読み書きが出来ないので口頭の説明になっていたが、それでもギルド職員のアドバイスを聞きながらPTを組んで探索することにより、僅か数日で以前よりも稼ぎが上がるようになってきていた。
「……これも、ステータスカードを作るのに回した方がいいよな?」
「そうね。ツトムにそう言われたし」
その稼ぎについてもまずはステータスカードを作成することに回し、モグリばかりだった孤児たちは次々と探索者へとなり始めていた。そのおかげで孤児全体の生活環境は向上し、今ではギルドが運営している宿屋にすら泊まれるようになっていた。
そのことについて孤児たちは努に感謝してはいたが、しかしそれよりも恐怖の方が上回っているのは否めない。努と揉め事を起こしたと噂が広がっただけで、ほとんどの店は取引すらしてくれなくなった事実。それに敗者の住処では孤児たちに向かって金貨をばら撒き、それに手を出した者を部下らしき者に矢で射貫かせた。その行動だけ見れば見せしめのためにやったと捉えられてもしょうがないし、ディニエルの言い知れぬ迫力もその恐怖を助長していた。
「お、おはようございます!」
「ツトムさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
「…………」
その結果、努は孤児たちに見かけられるとすかさず挨拶されるようになった。完全にボスへ頭を下げるような様子の孤児たちを見たガルムから不審な目を向けられる。
「……一体何をしたのだ?」
「……あー、実はね」
もうこうなったら隠せるとも思えなかったので、努は最近出始めた噂の元を自分で突き止めようと思って、孤児たちを犯人だと決めつけて行動を起こしたことを告げた。するとガルムは若干呆れ顔になり、ゼノも少し意外そうな顔をした後に高笑いした。
「はっはっは! ツトム君もそういったことは気にするのだな!」
「別に悪口言われることには慣れてるんだけど、
「ほう。だがそれについては、少し心当たりがあるぞ?」
「え?」
妻が迷宮マニアであり、自身もエンターティナーとしての活躍を望んでいるゼノは神台を見ている観衆の動向には
元はヒーラーに詳しい迷宮マニアの記事からだ。現状ヒーラーはロレーナやステファニーの二トップだと言われているが、階層更新こそ遅れているが努も十分入るに値する理由が書かれた記事。そのヒーラー界隈に一石を投じる記事自体は悪くない。ただその記事を見る観衆の一部が良くなかった。
恐らくヒーラーで女性ばかりがもてはやされていたことと、
中には記事の内容をちゃんと理解して発言する者もいただろうが、大多数は自分が現状と違う意見を上から話して気持ちよくなりたい者ばかりだった。それから観衆の中ではツトムファンがウザいという認識が広まり、それがいつしかツトムウザいにすり替わってしまったのだ。
「……ふーん」
そんな観衆たちの現状をゼノから聞いた努は、明確に不機嫌そうだった。浅い知識を周りにひけらかしてドヤ顔したい奴らのせいでそんな噂が広まり、そのせいで自分が観衆から嫌そうな目を向けられるようになったとは思っていなかったからだ。
「もうここまで来たし、昼休憩の時に情報屋にも行って確認してくるよ。あ、今日も八十七階層に行くことは変わらないけど……少しやりたいことは出来たよ。ちょっと相談に乗ってくれるかな?」
「こういったことには私も慣れているからなっ!」
何故か決めポーズをしてきたゼノに努は色々と相談した後、いつものようにPT契約を終えて八十七階層へと潜った。そして昼休憩で帰ってきた時に据わった目で情報屋からもゼノの言っていたことが間違いでないか確認を終え、またダンジョンへと向かった。
そして夕方になる頃には階層更新をして八十八階層まで行って帰還しようとするところで、努はゼノが持ってきた神の眼の前に立った。普段は神の眼を意識していない努の突拍子な行動に、何も聞いていなかったディニエルだけは早く帰りたそうな顔をしている。
「すみません。お一つだけ皆さんにお話したいことがあるので、三分だけ時間を下さい」
三本指を立てながらそう前置きした努は、神の眼を前に噂の現状について話しだした。
「今や二大ヒーラーと呼ばれているステファニーとロレーナは、自分の弟子だった時期がありました。ただそのせいか最近、師匠だった自分の方がヒーラーは上手いという噂があると聞きました。ですが少なくとも自分は、ステファニーやロレーナの方がヒーラーは上手いと思っています」
そう宣言すると努はヒールを唱えて小さい兎のような形に整え、神の眼の前に出した。
「走るヒーラーでお馴染みのロレーナは、自分とは別次元のヒーラーです。タンクの中でも避けタンクというものが出てきましたが、走るヒーラーも同じようなものなので自分とは単純に比べられませんね。ただ、そもそも自分は彼女にあんな立ち回りを教えていませんし、真似も出来ません。それ以外にも彼女の良いところはいくつか挙げられますが、中でもヘイト管理の上手さは際立っていますね。その部分は天性の才能があると思います」
ヒールで作った緑色の兎を遠くに走らせた努は、続いてステファニーが使用している指揮棒のような杖をマジックバッグから取り出した。
「ステファニーはヒーラーの中でも断トツで上手いです。支援回復、スキル操作、ヘイト管理。他にも色々ありますが、間違いなく一番上手い。普段から余念のない練習をしているのでしょうね。文句の付け所がない、まさにヒーラーの鑑と言える存在です。既に師匠を越えていると言っていた迷宮マニアの方がいましたが、その通りですね。到達階層を見てもわかる通り、彼女が今一番のヒーラーであることは事実でしょう」
そんな評価を述べる努の顔は晴れやかで、師匠を越えてくれた弟子たちを祝福しているかのようだった。ただ神の眼の後ろに控えているゼノからもう一人の弟子についても話すように言われると、少し表情を曇らせた。
「ユニスは……お団子レイズは良い開発だったと思いますよ。実力は、もうすこしがんばりましょうといったところですが」
それだけ言うと努は話題を戻すために咳払いして、本題に入った。
「確かに二人は自分の弟子だった時期はありましたが、今はもう違います。一人前のヒーラーとして最前線で活躍していて、到達階層を見ればわかる通り自分の上にいる立場ですらあります。そのことを踏まえて二人や自分の評価をして頂ければと思います。自分からは以上です。今日は突然すみませんでした」
そう言い切ると努は神の眼から離れ、黒門へと入ってギルドへと帰還した。
▽▽
「おー、そこまで言うのか」
「何だ、本人も認めてたのかよ」
努の二番台を使っての発言は観衆の間で瞬く間に広まって、新聞記者の何人かは明日の朝刊を作るために職場へ向かって帰っていく。観衆たちも努があそこまで踏み込んだ発言をすることは意外だったのか、評価を少し改めているようだった。
「顔、だらしなさすぎるぞ」
「そう? そうかなー? 天性の才能だって。へっへっへー」
そんな中、唯一その神台を生で見ていたロレーナはによによとした顔をしていて、ミシルにそのことを指摘されていた。だがそのにやけ顔は翌日まで直ることはなかった。
「…………」
そしてまだまだ攻略の兆しが見えない九十階層で全滅しておやすみの挨拶をしてから眠ったステファニーは、翌朝朝食を食べていた際にクランメンバーからその朝刊を渡された。すると彼女は一通り目を通して固まった後、再び食い入るように新聞を見つめた。
最近の努に対しては、もう腹が立って仕方がなかった。お団子レイズを開発したユニスを褒めていたことや、祈祷師であるコリナにも目をかけていたこと。それに最近ではステータスカードを作れもしない孤児ですら手助けしていたこと。自分は孤児以下なのだと言われている気がして、部屋の中にいるツトム様にますます固執するようになっていた今日この頃。
(んぅっ……!)
だが自分が使っている指揮棒を持っている努が映っている写真を見て、更に自分を大絶賛している文がついていて、ステファニーは心臓が飛び出しそうになるほど感情が昂っていた。まるで発作でも起こしたかのように息の荒いステファニーは、しばらくその場から動けなかった。
そして朝食を終えてギルドへ向かう途中、ステファニーの機嫌が良すぎて一軍PTのメンバーたちは若干引いていた。普段は氷の指揮者と言われるほど表情が乏しい彼女は、目に見えて上機嫌だということが窺えた。ギルドで受付をしていた者もそんな彼女に驚いている様子だ。
ただ九十階層に入ってからはその上機嫌な顔も引っ込んで、普段のように真剣な顔で成れの果ての戦闘へと望んでいた。神台で努に見られているということを意識しているため、無様なものだけは見せられないからだ。
(……しかし、もう越えているですか)
とはいえヒーラーが疎かにならない程度の思考を割いて、努の発言については考えていた。朝刊の文言を一語一句記憶してきたステファニーは、努の発言した内容を心の中でもう何百回も繰り返している。それでようやく冷静にその発言を見つめ直すことが出来たが、努の言葉には引っかかることがあった。
確かに到達階層だけで見れば自分は努を越えている。観衆や迷宮マニアの評価に、技術面でもお団子レイズの習得など、確かに努の言う通り越えているのかもしれない。
今も努のヒーラーを見る限り自分より劣っているとは思えない。とても細やかなところまで詰めている、素晴らしいヒーラーであると自信を持って言える。
ただ、過去の栄光は美化されるものだ。今の努に対する評価も、過去の評価が入っていないとはとても言えない。そして当の本人である努が、もう弟子たちは自分を越えていると言っていた。
努にあれほどまで絶賛されたことは、直接その言葉が聞けなかったにせよ嬉しかった。だが今冷静な頭でそれを受け止めると、何だか寂しい気持ちもあった。何だかもう努が役目を終えた師匠だと扱われている気がして、素直に喜べなかった。
(本当に、これで終わりですの?
努のことは今も尊敬している。それは本当のことだが、しかし努の発言でそんな思いも膨れ上がってきていた。今も追っていると思っていた師匠の背中は、もう既にないのかもしれない。自分が作り出していた幻想を追っていただけで、ここまで上に見る人物ではないのかもしれない。自分がただ大きく捉えすぎていただけだった。
(ツトム様……)
ステファニーはそんな疑心を抱きながら、成れの果てと戦うPTメンバーに支援回復を送っていた。
「な、なんで私のだけ短いのですー!?」
そしてユニスも努の発言を翌日の朝刊で知り、自分だけ随分とコメントが短いことに憤慨していた。
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