第283話 不幸な孤児

「珍しいな。無限の輪が斡旋頼むなんてよ」



 相変わらず受付台の中で人気のないスキンヘッドの強面ギルド職員は、ステータスカードを受け取りながら努とダリルを見やる。



「暇つぶしです」

「だろうな。最前線組に斡旋出来る探索者なんて……まぁ今は運良く一人はいるが、PT斡旋で来る奴にはまずいねぇからな。八十一階層とか指定されても困っちまう」

「へぇ? 誰ですか?」

「アルドレットクロウの奴だよ。最近よく来てるんだ」



 努はそう言われて思わず一番台に振り返ったが、ステファニーはそこに映っている。そんな彼にギルド職員は盛大に苦笑いした。



「大分おっかねぇ弟子みたいだが、大丈夫か? あいつもPT斡旋にはたまに顔を出すから、いずれ出くわすだろうが」

「そ、その時はまた僕が守ります!」

「お前もあの時大分腰が引けてただろうが。あれはモンスターとは違う怖さだからしょうがねぇけどよ!」



 ずいっと自己主張するように前へ出てきたダリルをギルド職員が笑い飛ばすと、努は困ったように肩をすくめた。



「……正直ステファニーがああなった原因がわからなさすぎて対処出来ないんですよね。ギルドで何か情報ないですか?」

「アルドレットクロウは、最近じゃステファニーがクランリーダーみたいな扱いだからな。ルークもそれを良しとしてるし、周囲もあいつの実力が飛び抜けてるから認めちまってる。だからかもしれねぇが、あんまりステファニーの悪い情報は流れてこねぇんだ。新聞通りってわけじゃねぇんだろ?」

「僕この一年半くらい誰とも付き合ってないでーす」

「まぁー、あれだ。恋する乙女は時におかしなことをしちまうもんだ」

「あれを恋する乙女で済まされるのはたまったもんじゃないですけど……。それに弟子の期間に彼女の人柄を見てきましたが、恋であんな風になるとは思えませんし」



 仮にステファニーが恋する乙女だったとしても、その対象の目の前で指を噛み千切るような狂った者だとは思えない。なのでそうなるほどのきっかけがあったのだと思うのだが、努には本当に心当たりがないしその認識は間違っていない。



「それなら丁度いい。PT斡旋するならどうせ組むことになるだろうし、あいつと話してきたらどうだ?」



 ギルド職員の指差す方に視線を向けると、一心に神台へ目を向けている黒い装備を身に着けている男性が座っていた。アルドレットクロウで現在三軍に収まっているソーヴァは、熱心に神台を見ながらメモ書きをしていた。



「ソーヴァさんですか。アルドレットクロウがあるのに何でここへ?」

「壁にぶつかってるみたいだからな。色々試したいんだろう。あとお前たちと組めそうなのは……こんなところだな」



 後ろの棚に入れられている様々な色のステータスカードが魔道具によっていくつか抜き出され、ギルド職員はそれらを机に並べた。先ほど候補に挙がったソーヴァのステータスカードは光と闇階層に到達しているので灰色だ。他のステータスカードは雪原階層を示す水色や、火山階層を示す赤色しかない。



「火山も雪原も環境対策しなきゃいけないからなー……」

「今話題の五十階層があるだろ?」

「嫌ですよ。それにそっちはもう任せてあるんで」

「なら峡谷でも行くのか? 割に合わんだろ」

「暇つぶしですから正直何処でもいいんですよ。到達階層はどうでもいいんで、ギルドから見て面白そうな探索者でも入れといて下さい。あ、その時はソーヴァさん抜いていいですよ。暇つぶしに付き合わせるような仲でもないので」



 有望な新人探索者は大体迷宮マニアがすぐに見つけて記事を上げ、クランたちがこぞって勧誘するため目立つ。なので上がってきている新人については努もある程度把握している。


 ただ常日頃から神台のあるギルドで仕事をし、探索者たちとの交流も深いギルド職員でしか知り得ない情報もある。努としてもこれから先クランメンバーが増える可能性もあるのでそう頼むと、ギルド職員は綺麗に剃られた頭をぺチンと叩いた。



「面白そうな奴な。レベルを気にしないならいくつか候補はある。じゃあ手続きしとくから、少しギルドで待っててくれ。十五分くらいで集まるだろ」

「了解でーす」

「はーい」



 努とダリルはそう返して渡された紙を噛んで唾液をつけてギルド職員に渡した後、適当な席に座って神台を見ながら暇を潰していた。そんな二人を見る目は様々だ。特に努は探索者の間では未だに死んだ姿が確認されていないことで話題を呼んでいる。


 死とは探索者にとってありふれたもの。王都から流入してきて何回か死んで来た新人探索者からは、努は死ぬことが出来ない臆病者だと言われることもある。今も王都の成り上がり組の中にはそんな視線を向けている者もいる。


 しかし死の回数を数えなくなってくるほど死に慣れている迷宮都市組からは、異質な者を見るような目を向けられていた。努が一階層からスタートして一年半ほど。その期間で最前線組にいながら一度も死んでいない者は、彼しか存在しない。その存在は神のダンジョンが間近にあった者からすれば異常にすら見えた。


 それと豊富な資金力を使って強力な装備やPTメンバーを集めて今や新人探索者の中心となっている貴族組も、バーベンベルク家と関わりが見える努は怖い存在のようで普段のように平民を見下す視線は皆無だ。



(話しかけてこないんだな。てっきりPTに誘われると思ってたけど)



 とはいえ早く成果を上げて王都へ返り咲きたい貴族としては、探索者界隈で影響力のある努を利用しない手はない。現に努とダリルが二人だけなのを見た貴族たちの瞳はぎらついていたが、PT斡旋を終えた今では随分と大人しくなっていた。



(……あぁ、そういうことか)



 努はそのことを不思議に思っていたが、ギルドの受付でPT斡旋を依頼している二人の男女を見て貴族たちが大人しくなった理由を把握した。バーベンベルク家の長男と長女。その二人はPT斡旋を手早く終えると、軽く目礼をしてきた。スキンヘッドのギルド職員の方を見ると意味深な顔で頷いている。


 現在はバーベンベルク家の長男長女も当主に言い渡され、探索者としての活動もこなしている。今のところは順調に階層更新をしている途中であり、普段のPTは金で雇い入れた者たちと組んでいた。だが今回は努がPT斡旋をしているところを見て入ってきたようだ。



(それじゃあ斡旋PTは、バーベンベルク家の二人と誰かか。まぁ、ソーヴァさんが入ってくるのかな)

「……周りが優秀なだけで偉そうな顔しやがって、あいつ」



 努は周りの状況とギルド職員を見て斡旋PTメンバーの推測をしていると、小さく愚痴るような声が聞こえてきた。犬人で聴覚のいいダリルに確認するような目を向けると、彼はそーっと視線を逸らした。


 そしてその声の出どころに視線を向けると、少年といっても差し支えない者が周囲のPTメンバーから手で口を塞がれていた。どうやらあそこで間違いないようだ。努はそのPTメンバーたちのみすぼらしい外見と装備で大体の実力を推定した後に立ち上がった。



「ちょっと、そこのPT」



 努がそう声をかけて手招きすると、少年を止めていたPTメンバーたちは一様に絶望したような顔をしていた。そして実際に愚痴っていた少年もまさか本人から呼ばれるとは思っておらず、更に周囲から驚くほど注目されていることもあって恐怖で震えているようだ。


 だがそれでも自分が発端ということもあるのか、意を決した顔ですぐ努の方にやってきた。とはいえ威勢のよさはもう消え去っていて、緊張したような顔で言葉を待っていた。



「あぁ、そんな硬くならなくていいよ。別にさっきの言葉をここで責めるつもりはないから」

「そ、そっか……」



 そう言うと少年は目に見えてホッとしたような顔で息を吐いた。そしてその少年の後からそろそろと付いてきた男女混じったPTメンバーを努は改めて観察した。


 ガルムやダリルの孤児院にも何度か顔を出しているので、ある程度は雰囲気でわかる。恐らくこのPTの子たちも王都で孤児だったのだろう。隣に座っているダリルに視線を向けると、彼もそのことはわかっているのか同情的な目を向けていた。



「君たち王都から来たんでしょ? なら王都から来た探索者についてはある程度詳しいよね」

「は、はい! わかります!」



 何か答えようとした少年が口を開くよりも先に、何日も風呂に入ってないのか少し脂ぎった茶髪の少女が答える。



「王都から来た人は、あー、ハッキリ言ってほしいんだけど、僕のこと何て思ってるの?」

「……えっと」

「あんた、幸運者って呼ばれてたんだろ? うちじゃ、みんなそう呼んでるぜ」

「ちょっとリキ!」

「ハッキリ言えって言ったのはこいつだろ?」



 先ほど愚痴っていたリキと呼ばれた少年は、軽くあざけるような目でそう言った。努はそう聞いて周りにいる王都出身者、特にあまり良い環境で育っていないような者たちを見ると、確かにそういった視線を向けてくる者は何人もいた。恐らく努が孤児上がりだという情報もある分、彼らはなら自分にも出来るという認識のようだ。


 ただ他の王都民に関しては貴族と関わりがあったり、神のダンジョンの現実を知っている者が多いのかそこまで侮られているような印象は受けなかった。



(うーん。孤児たちにそこまで影響力があるようには見えないけど……でもこいつらが広めてるとしか思えないな)



 最近努は観衆からの評判が良くない。別に努は気にしていない体を取っているが、『ライブダンジョン!』の晒しスレを見るくらいそういったことに対しては敏感だ。それに性格が悪いなどといった中傷はまだ理解は出来たが、最近になって何処か調子乗ってる、ウザいなどと言われている原因が努にはわからなかった。


 ただ先ほどリキが言った発言を聞いて、原因は王都から来た孤児たちが自分の悪い噂を広めているのだと思った。そしてリキたちのPTは装備を見るに、恐らく王都から来た孤児たちの中では一番進めているようだ。孤児たちに対しての影響力はそこそこあるだろう。



「教えてくれてありがとう。それじゃあ――」

「おーい、ツトム! PT斡旋の準備出来たぞ!」



 そして努が何か話そうとする前に、ギルド職員から声がかかる。その声を聞いた努は少し考えるように腕を組んだ後、リキを押さえているPTリーダーらしき茶髪の女の子に話しかける。



「今週の土曜日の昼から、またギルドのこの場所に来てほしい。いいかな?」

「は、はい……」

「なんであんたの命令なんか……」

「リキ! いい加減にしないと怒るよ!?」

「そ、そうだよ……やめようよ」

「それじゃ、よろしく」



 何やらPT内で騒ぎ始めたので努は受付へと向かい、ダリルは少し心配そうな顔で付いていった。

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