第284話 野良PT

 PT斡旋のメンバーについては努の予想通り、バーベンベルク家の長男長女とアルドレットクロウのソーヴァが割り当てられた。ギルドの受付でステータスカードを使ってPT契約をした五人は、打ち合わせをするため丸いテーブルが備え付けられている席に座った。



「えーっと、スミスさんって呼んで大丈夫ですか?」

「あぁ」



 今回PTリーダーとなった努が四人のステータスカードを見ながら言うと、バーベンベルク家の長男であるスミスはぶっきらぼうな声を返した。そんな彼にダリルは勿論、ソーヴァも大分緊張した様子だ。貴族の地位は探索者の台頭で以前より落ちたとはいえ、この世界の常識を知っている二人からすれば未だに天上にいる人と言っても差し支えない。



「私のこともスオウとお呼び下さい」

「スオウさんね。よろしくお願いします」



 バーベンベルク家の紋章が入っている場所に手を当てながら頭を下げた長女の、煌びやかな金髪がさらさらと揺れる。そんなスオウに軽く挨拶をした努は、完全に見惚れている様子のダリルに小さなメディックを撃って戒めた。



「取り敢えず、各々の出来ることを確認していきます。僕は――」



 そして努はステータスカードを見せながら自己紹介して、ついでにタンクのダリルについても済ませた。二人の自己紹介を聞いて話すことを整理したスミスとスオウもすらすらと述べて、最後に残ったソーヴァは迷ったような目で答えた。



「武器は何でも使える」

「何でも、ですか。では得意武器は何ですか?」

「…………」



 そう努に問われたソーヴァは言葉に詰まった顔をして、視線を机に落とした。剣士なのだからスキルが使える剣だと返ってくる予想をしていた努は、答えないソーヴァに首を傾げる。



「まぁ、潜る階層は五十八階層ですし、ソーヴァさんのレベルなら何使っても大丈夫でしょう。それじゃあ、取り敢えず行ってみましょうか。あとは現地で合わせましょう」



 努はそう言って手を叩いて立ち上がり、魔法陣の列へと並びに行く。そんな彼に四人も続き、魔法陣の中へと入っていく。その時にバーベンベルク家の二人が何やら揉めていた。



「いい加減慣れろ。人前でみっともない」

「酷い! いつもはすぐ繋いでくれるのに!」



 スミスと手を繋ごうと必死になっているスオウを見て、努は少しほっこりした。その怯えた様子からして、恐らく彼女はまだ人が粒子となって消えていく光景に慣れていないのだろう。努も最初は怖かったので、彼女に少し親近感が湧いていた。



「そろそろ行きますよー。スミスさん、早く手を繋いでやって下さい」

「ほら! ツトムさんも言ってくれています!」

「……はぁ」



 妹から伸びてくる手を捌いていたスミスは心底嫌そうなため息をついた後、渋々といった顔で手を繋いだ。するとスオウは上機嫌そうにニコニコとした顔で、擁護してくれた努へ感謝するようにお辞儀した。


 こうして見ると貴族というよりは、ただの仲がいい家族にしか見えない。そんな二人を見てダリルやソーヴァも少し気の抜けたような顔をしていた。



「五十八階層に転移」



 そして努の宣言で魔法陣は作動し、峡谷が広がる五十八階層へと五人は転移された。



「それではダリルさん、ご指導のほどよろしくお願いします」

「え、いやいや! 僕なんかが指導なんて……」

「何を仰っているのです。いつも神台で参考にさせて頂いておりますので、勉強させて下さい」



 バーベンベルク家長女であるスオウのジョブは聖騎士のため、ダリルと同じタンクに分類されている。そしてダリルのことは上位の神台でよく見かけていたので、その言葉に嘘はない。



「人に教えるのは自分の勉強にもなるし、ダリルが教えなよ」

「いや、いやいやいやいや……。僕なんかじゃ、スオウさんに教えられないですって!」

「頑張れ。こっちはスミスさんの相手をしなくちゃいけないから、手は空かないだろうしね」



 縋るような目を向けてくるダリルにすげなく返した努は、随分と熱い視線を向けてきているスミスに振り返った。わざわざ既存のPTを解散してまで斡旋に顔を出したスミスは、しかしその言葉を聞いて不機嫌そうな顔で努を睨みつけた。その後ろでは現在行き詰っているソーヴァも何処かそわそわとした顔をしている。



「何が、相手をしなければいけないだ。そもそもだ。貴様がバーベンベルク家の要請を受け入れていれば俺たちはもっと早く階層更新が出来ただろうし、ここまで面倒な手続きを踏まずに済んだのだ」



 スミスとスオウが探索者になることが決まった時、無限の輪にはバーベンベルク家から依頼書が届いていた。それは二人を探索者として育成してほしいとのことだったが、無限の輪のクランリーダーである努はそれを断っていた。



「こちらに利益がない依頼を受ける義理はありませんので」

「……前から思っていたが、貴様本当に不敬だな。一年前であれば、不敬罪で牢獄に迷いなく叩き込んでいただろう」

「でも今じゃ同じ立場の探索者。それにレベルも到達階層も僕の方が上なんで、そんなことは到底出来ませんね?」

「き、貴様っ……!」



 売り言葉に買い言葉で返されたスミスは色白な顔を怒りで真っ赤にして、今にも殴り掛かりそうな勢いだ。しかし努にはスタンピードの際に気絶していた自分の代わりに民を守ってもらい、更に資金面で苦労しているバーベンベルク家に対して寄付までしてくれた恩がある。


 とはいえバーベンベルク家が依頼したにもかかわらずあっさりと断り、更に顔も見せず神のダンジョンにばかり潜っているのも腹が立つ。それに今も迷宮都市に来た王都の貴族から無限の輪を守ってやっているし、スミスもそのために社交会などで働きかけていた。にもかかわらずこの態度だ。



「実際今の無限の輪には余裕がないんです。なので物理的にご依頼を受けるのは不可能でしたから、階層攻略に役立つものをお送りするだけになりました。あれは役に立ちましたか?」

「……それはまぁ、役には立っているがな」

「装備も見繕いましたし、ポーションも森の薬屋のものをお譲りしましたよね?」

「……それについては感謝している」



 ただバーベンベルク家からの依頼を断る代わりに、努は各階層の攻略情報を手書きで書き記して送っている。その独自な情報は雇った探索者からも感心され、そのおかげでスムーズに進んだことは事実だ。それに手に入りづらい装備や備品も多数寄贈してもらった。


 その事実を再確認させられ、スミスの爆発寸前だった気持ちは少しだけ鎮火した。真っ赤だった顔からもするすると赤みが消えていく。



「それにバーベンベルク家の障壁魔法が使えるなら、神のダンジョンなんて余裕だと思ってましたからね。手伝う必要はないと思っていました」

「それはそうだろう。バーベンベルク家の障壁魔法が使えるのなら、今頃お前たちと並んでいてもおかしくはない。あれから俺は更なる魔法の鍛錬を積んだ。またあの暴食竜が迷宮都市に来た時に、民を一人たりとも死なさないためにな。だから、神台に映っているモンスターなど敵ではない」



 障壁魔法のことを引き合いに出すと、スミスは途端に嬉しそうな顔で腕を組んで饒舌に話し始めた。そんな上機嫌な兄を見て、スオウはおかしそうにクスクスと笑っている。



「まぁ、神のダンジョンで使えればの話ですけどね」

「……だから、苦労しているんだ」



 そんな努の直球な言葉にスミスは露骨に気落ちした顔でため息をついた。もし外と同じように障壁魔法が使えたのなら、努は間違いなくバーベンベルク家の二人を無限の輪に入れていた。上限以上に強化された暴食竜の最大攻撃を防げる障壁魔法は、裏ダンジョン攻略でも間違いなく役に立つからだ。


 だが実際には神のダンジョンで障壁魔法を運用するのは難しい。その原因は神のダンジョンと外の環境が違うことにある。


 神のダンジョン内は外よりも豊富な魔力が漂っている。そのためポーションなどの魔力薬品を扱うには良い場所なのだが、魔法を行使するとなると話が違ってくる。


 貴族たちが魔法を行使するにはまず自身に合うよう魔石を加工し、その中にある魔力を自分の身体に慣らさせながら蓄積させている。そして魔法を行使する際には魔石に貯めている魔力を、自分のものとして外に放出している。


 しかし神のダンジョン内には貴族たちが使うもの以外に、豊富な魔力が多く漂っている。そのため貴族たちが使う魔法はその漂っている慣れさせていない魔力に阻害されるので、それを跳ね除ける力が必要になる。


 それは水の中で火を起こすようなもので、起こすだけでも相当な力と技術がいる。そして水の中で火を維持するのはとんでもない力が必要なので、バーベンベルク家の二人は障壁魔法を使えていない。一瞬ならば使えはするが、膨大な魔力を使用するし維持も出来ない。障壁魔法は神のダンジョン内の環境下とは致命的に相性が悪かった。



「バーベンベルク家もそのことは最初隠蔽していたようですし、だから僕も気づくのに時間がかかったんですよ。別にこちらが悪意を持って依頼を受けなかったわけではないことはおわかり頂けましたでしょうか? 探索者のスミスさん?」

「……あぁ。よくわかった」



 スミスは金色の目を細めて毒虫でも見るような顔で努を睨みつけた。



「俺は無限の輪に対して苛立ちを覚えていたわけではなかった。貴様個人に苛立ちを覚えていたのだな。よく、わかったぞ」

「そうですか。僕もやけに上から目線で物を申してくる人には苛立ちを覚えます。スタンピード後の誠実な態度は何処にいったんでしょう?」

「…………」

「まぁ僕も障壁魔法で命拾いしたことも事実なので、今日は何でも教えますよ。時間はありますしね」



 そう言いながらダリルに色々と質問している妹を見ている努を、スミスは何とも言えない顔で見つめるだけだった。

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